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祈りよ、届け
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大量に血が出る腹の傷口を押さえて、ニーは地面に倒れた。
「目の前に腹が現れたら、肝臓か膵臓をえぐりたくなるものですよ。シュシュシュ!」
ビャクヤやリンネの近くで、蛇顔が次のターゲットを決めようと一人一人の顔を見ている。何を基準に殺す順番を決めているかは知らないが、彼は直ぐには攻撃をしてこない。しかし目に殺意があるのは確かだ。
この僅かな時間を無駄にはするまいと、ビャクヤが指示をだす。
「リンネ、騎士殿の回復を! エストは離れてッ!」
リンネは素早く水魔法の【再生】を唱えたがどうも手応えがない。
「ニーさんの傷は致命傷だわ! 私じゃ無理よ!」
アサッシンを相手に無謀だと知りつつ、ビャクヤは近接戦で一番最適な【氷の手】をマムシに当てようとした。
無詠唱ノーモーションの魔法ではあったが、マムシは難なくバク転で躱すと木の陰に沈む。
(マムシが次に狙うのはエストか? リンネか? リンネはああ見えて自分の身ぐらい守れるだけの実力と冷静さがある。なら・・・)
ビャクヤはエストに近づいて、足元の影を警戒しながら聖騎士見習いに尋ねる。
「エスト、回復の御業はどこまでできるッ?」
「癒しの手と毒消しだけだ」
「それはおかしい。君は蘇生の祈りができるのに・・・」
「何の話だ?」
エストの口調が元に戻っている。彼女は今頃になって、愛用しているボロボロのショートソードを構えて、ビャクヤと共に周囲を警戒し始めた。
その素振りはこれまでの事を全く覚えていないといった感じだった。彼女はただ空気を読んで剣を構えているだけのようにビャクヤには見える。
「【知らせ犬】!」
どういうわけか思考が分散してまとまらないビャクヤとは対照的に、リンネは敵対者が近づくと吠える幻の犬を召喚する。すぐに姿を消すスカウト系相手に、これはありがたい補助魔法である。
犬は現れると同時に激しくリンネの背後に向かって吠えだした。
シュッ! と音がして苦無がリンネの背中を狙うも、敵の飛び道具の軌道を逸らす魔法が発動して難を逃れる。
「チッ! いつの間に【弓矢そらし】の魔法を・・・」
マムシは苦無を拾うとまた木の陰に隠れた。
「魔法の実力は人並ですが、どんな時でも普段通りの力が出せるリンネが、ちょっと羨ましいですなッ!」
実力にむらのあるビャクヤにとって、リンネの戦い方は精神面において良い手本となる。なぜなら今の今まで自分も【知らせ犬】の魔法を唱えられる事をすっかり忘れていたからだ。
性格上、派手な攻撃魔法を好むビャクヤにとって、リンネの地味だが縁の下の力持ち的な援護はありがたい。
リンネが数々の補助魔法をかけている間、ビャクヤは周囲を警戒しつつも、以前キリマルと模擬戦をした時の事を思い出していた。
(あの時はどう戦ったか・・・。キリマルは陰に潜んで吾輩を翻弄し、攻撃時には必ず吾輩の影から現れたッ。物陰から現れる時は基本的に陽動か遠隔攻撃だッ!)
幻の犬が一本の木に向いたので、ビャクヤがすぐさまそちらを見やると、マムシが陰から半身を出して自分に向けて苦無を投げようとしているところだった。
(いや、吾輩ではないッ! エストを狙っているッ!)
「無駄ッ!」
ビャクヤはエストをマントで包んで守った。
「誰が守ってくれと言った! 余計な事をするな!」
エストは頬を赤らめてビャクヤを睨むと突き放す。
「おや・・・。エストが妙に乙女チックなりッ。(自分とまぐわろうとしていた時と雰囲気が全く違うッ! 寧ろ普通の騎士っぽい反応だッ!)」
どこにそんな事を考えている余裕があるのだッ! 今一度キリマルとの戦いを思い出せ、と心の声が頭の中で一喝する。
(すぐに考えが横道にそれるのはッ! 悪い癖だぞッ! 吾輩ッ!)
いつマムシが襲ってくるかわからない中で気が気ではないが、ビャクヤはキリマルとの模擬戦を詳しく思い出す。
(そう言えばッ! あの時ッ! 何となく気付いた事があるッ! 影をよく見ると微妙に不自然だったッ! 影は当たり前だが投影した場所を透かして見せる。地面の上に落ちたなら地面や石を、石畳なら石畳を)
そう思って何となく目を落とした地面の影は、真っ黒で不自然だった。
「―――!!」
ビャクヤが回避行動をとる間もなく、苦無がビャクヤの太腿をかすめる。
と同時に視界が狭まった。即効性の毒だ。
「クッ! 視神経に影響する毒かッ!」
シュシュシュと笑い声が地面から聞こえてきたが、追撃はない。敵の懐に入るというのはそれだけ危険でもあるのだ。反撃を恐れたマムシが用心してもおかしくはない。
「ビャクヤ殿。君は殺すには惜しい人材です。これ程までの赤黒いオーラを放つ大魔法使いが在野にいるのは実に勿体ない! 社会の損失とも言えます! なぁので! 捕まえて脳を調整し、我らの駒になっていただきますよぉ! シュシュ!」
というものの、マムシは中々姿を現さない。
「中々用心深いなッ! しかしッ! 吾輩に反撃の隙を与えた事を後悔させてやるッ! さぁッ! リンネッ! それからエストッ! 閃光系魔法をありったけお願いしますッ!」
「私に命令するな! 私に命令できるのは私の信じる神だけだ!」
エストは文句を言いながらも【閃光】の魔法を唱えた。リンネは【灯り】の魔法を最大レベルで唱えている。
それを見たビャクヤはそこまで熱くなるシーンでもないのに、拳を振り上げて「いっけぇぇぇぇぇ!!」と叫んで二人の魔法の具現化を待った。が、妙な間が空く。
淡々と自分のやるべきことをやろうとするリンネとエストとの温度差が凄い事に気が付いたビャクヤは、恥ずかしくなって拳を静かに下した。
「シュシュシュ! 強烈な光で影を消そうという発想なんでしょうがっ! ありがちな対応策過ぎて笑えますねぇ。私はその光の範囲から逃れればいいだけの話ですよぉ!」
リンネとエストが作り出した眩い光は、どんどんと周囲を白くしていく。
「ところがどっこい! 【氷の壁】!」
強烈な光が及ぶ範囲の外で、地面に冷気が漂い霜が立つ。その霜はどんどんと分厚くなり大きくなって氷のドームを作りだし、敵味方関係なく包み込んでしまった。
あのアサッシンは凍る地面を潜ってドームから逃げられるのでは? とエストは思ったがそうはならなかった。
陰から陰へ移動する影潜り、或いは陰潜りと呼ばれる技は、魔法や物理攻撃の影響をそれなりに受ける。陰が凍れば、影空間に潜む者もまた凍るのだ。影空間の浅い位置にいれば、敵が剣を陰に突き刺した時に自分も攻撃を受ける。
ビャクヤは攻撃を封じるつもりで視界を暗くしてくれたマムシに感謝した。
強烈な光で辺りが益々白くなる中、まだ残る陰の中を移動するマムシがはっきりと見えたからだ。
逃げた先に【氷の壁】を発生させれば、二度とその陰には戻れなくなる。ビャクヤはそうやって逃げ場をドンドンと潰していった。
そしてとうとう強烈な光で薄らいだ陰からはじき出された彼は、地面に横たわると寒さで震えだした。
「うぶぶぶ。たたた、ただの氷魔法の付随効果で、ここまで動けなくなるとは」
寒さで歯が噛み合わないマムシは、自分の肩を擦って少しでも温まろうとしている。
「ただの氷魔法ではないですからッ! どうですかな? 吾輩が得意中の得意とする氷魔法は。行動阻害系魔法の普通の【氷の壁】であればッ! 近寄った程度で寒さで凍えることはありませんがッ! 偉大にして最強なる大魔法使いビャクヤ☆の氷魔法はッ! 付加効果が結構えぐいッ! ばりばりッ! アッ! えぐいッ! 氷系の魔法は敵に対してッ! もれなく【吹雪】並みのッ! 氷結効果を与えまんもす!」
説明している間にも凍死しそうなマムシは、青い唇を精一杯動かして命乞いをしてきた。
「見逃しなさい・・・。私を見逃すのですよ・・・」
「は?」
「い、いいいいくら貴方があの魔法院の元長であるチャビンよりも強かろうとも・・・。組織の力の前には無意味です。我らが”裏側“の力を見くびらないほうがいいですよぉ。言っておきますが、この世界で暗躍するどの暗殺集団よりも、我らは強いのですから。それだけ諜報活動や暗殺にかけては長い歴史があるのです・・・」
「脅しですかッ?」
ビャクヤは怒りを抑えながら、地面に横たわって動かなくなったニーを見てまたマムシに視線を戻す。
「君を見逃すわけにはいかないッ! 君はッ! 善良なるニー・ウンズ殿を殺したのだぞッ! 彼は勇敢にもッ! 君が狙ったエストを救って息絶えたッ! エストは他国人なのにだッ! 二―・ウンズ殿はッ! 国境騎士ではあったが、我が身を犠牲にして人を救うその行いはッ! まさに聖騎士に匹敵する! その彼をッ! 君は殺したのだッ!」
歴史上の重要人物を救って倒れたニーの名誉の価値は計り知れない。しかし、その価値を知るのは、この中で自分だけだと思うとビャクヤは余計に腹立たしくなった。
そして熱い怒りと共に心の奥底でひんやりとした殺意が芽生える。この男はこのまま生かしておいてはいけない。放置すれば世の中に害をまき散らすタイプなのだから。
ビャクヤの目の中に殺意を感じ取ったマムシは一層焦りだす。
「シュシュシュ・・・。そこの少女の奇跡の力・・・で、国境騎士殿を生き返らせればよいでしょう・・・。どうです? 私は今後一切、貴方たちの事は他言しませんし、関わり合いません。なんなら成約の呪いを受けてもいい。自分の利益を優先して貴方たちに手を出した事は謝ります」
「ふん。まだ質問させてもらいますよッ! なぜエストを殺そうと思ったのです?」
「・・・」
「言わないのであれば凍死が待っていますが?」
「私は・・・、神聖国側の者だからです・・・」
「つまりモティのスパイであると? 道理で同じ樹族国の同胞を簡単に殺せたわけだ」
「私は神聖国の息のかかっていない聖騎士やその見習い、更には敵対者を見かければ殺すようにに命令されています・・・。かの国は利権やお金を何よりも重視しますので。さぁ話しましたよ。命の保障を! シュシュシュ・・・」
「クズ・・・。圧倒的クズッ! 生きる価値もないクズッ! お前にもッ! モティの法王にもッ! いずれ神罰が下るでしょうッ! いやッ! 寧ろ! 吾輩は今ッ! 全力をもってしてッ! 貴方を殺そうとしていますッ! 冷気が貴方の心臓を直接凍らせる【心臓氷砕】の魔法をかけているのですがッ! 全魔力を籠めた吾輩の魔法でもッ! 貴方を殺すことができませんッ!」
ビャクヤは何度も心臓を砕こうとする手の動きを見せたが、その度に手は何かに弾かれるように開いた。
「運命とはぁ! 理不尽なりッ! 他者の生を願って死んでいった崇高なる騎士がいる一方でッ! 自分の利益のために人殺しをするようなクズがッ! 運命に守られているッ! 吾輩は納得できないッ! あぁ!」
ビャクヤはよろめいて膝を突いた。
「大丈夫? ビャクヤ」
リンネが寄り添ってビャクヤの背中を撫でる。恋人はマナの使い過ぎで精神が疲弊しているのだ。
ハァハァと息をして、ビャクヤは何かに気が付く。
「運命・・・。という事はッ! 彼はッ! 二―・ウンズ殿はッ! 絶対に生き返らないッ!」
「まだ諦めたらダメだよ、ビャクヤ。エスト、蘇生の祈りをニーさんにお願いね」
(なんで、リンネもビャクヤも私に蘇生の祈りを期待するのだ・・・。私はまだ見習いなのだぞ! 聖女様に聖騎士の素質があるかどうかすら視てもらっていないというのに!)
リンネに頼まれたエストは沈んだ顔で、ニーの冷たい死体のある場所まで歩いて行った。
と同時に氷結からいつの間にか解放されたマムシは、フラフラと立ち上がってこの場を立ち去ろうとしている。
その背中にビャクヤは冷たく静かな声で言い放った。
「成約の呪いを受けてもよいと口にして、その意思を見せた時点で呪いは成立しているぞ、マムシ。お前が今後どれだけ運命の神に愛されて生き延びようとも、我らとの約束を破れば無条件に、地獄のような苦しみと死が襲うと知れ」
「シュシュシュ・・・」
朦朧としながら歩くマムシの背中に黒い靄のようなものが一瞬見えた。リンネは成約の呪いというものを初めて見たので驚く。
「あれが成約の呪い・・・。要は指切りげんまんの強力版だけど、約束を破った代償が命・・・」
マムシが茂みに消えるとリンネはビャクヤが視線をやる方を見た。
そこには自分を庇ってくれた国境の騎士を、必死になって生き返らせようとしている地走り族の少女がいる。
「神様・・・。私は薄情にも、彼が自分を庇ってくれた時の事は覚えていないのです。ですが色々と混濁し、よくわからない何かが混在する意識の中で、私はこの国境の騎士から放たれる、子を思う親のような温かさを感じました。親が子を守るように・・・。自分の命を顧みず、彼は私を助けてくれたのです。そんな善なる国境の騎士に死の運命は無情過ぎます。どうか私の願いを聞き入れて、ニー・ウンズ殿を生き返らせたまえ! 星のオーガよ!」
跪いて両手を合わせる彼女の声を拾う神は果たしているのだろうか? もしウンズが生き返らなければ、エストと同じ神を進行する自分の心は一層揺らぐだろうとビャクヤは思った。
信じる神への信仰心を失うような結果にはならないでくれ、と思いつつエスト共に騎士の復活を祈る。
(奇跡をッ! どうかッ! 蘇生の奇跡をッ! ヒジリ様!)
「・・・」
しかし何も変化はない。
ただ静寂が辺りを包み、まるでビャクヤとエストの祈りをあざ笑うかのように、晴れていた空は徐々に曇っていった。
「目の前に腹が現れたら、肝臓か膵臓をえぐりたくなるものですよ。シュシュシュ!」
ビャクヤやリンネの近くで、蛇顔が次のターゲットを決めようと一人一人の顔を見ている。何を基準に殺す順番を決めているかは知らないが、彼は直ぐには攻撃をしてこない。しかし目に殺意があるのは確かだ。
この僅かな時間を無駄にはするまいと、ビャクヤが指示をだす。
「リンネ、騎士殿の回復を! エストは離れてッ!」
リンネは素早く水魔法の【再生】を唱えたがどうも手応えがない。
「ニーさんの傷は致命傷だわ! 私じゃ無理よ!」
アサッシンを相手に無謀だと知りつつ、ビャクヤは近接戦で一番最適な【氷の手】をマムシに当てようとした。
無詠唱ノーモーションの魔法ではあったが、マムシは難なくバク転で躱すと木の陰に沈む。
(マムシが次に狙うのはエストか? リンネか? リンネはああ見えて自分の身ぐらい守れるだけの実力と冷静さがある。なら・・・)
ビャクヤはエストに近づいて、足元の影を警戒しながら聖騎士見習いに尋ねる。
「エスト、回復の御業はどこまでできるッ?」
「癒しの手と毒消しだけだ」
「それはおかしい。君は蘇生の祈りができるのに・・・」
「何の話だ?」
エストの口調が元に戻っている。彼女は今頃になって、愛用しているボロボロのショートソードを構えて、ビャクヤと共に周囲を警戒し始めた。
その素振りはこれまでの事を全く覚えていないといった感じだった。彼女はただ空気を読んで剣を構えているだけのようにビャクヤには見える。
「【知らせ犬】!」
どういうわけか思考が分散してまとまらないビャクヤとは対照的に、リンネは敵対者が近づくと吠える幻の犬を召喚する。すぐに姿を消すスカウト系相手に、これはありがたい補助魔法である。
犬は現れると同時に激しくリンネの背後に向かって吠えだした。
シュッ! と音がして苦無がリンネの背中を狙うも、敵の飛び道具の軌道を逸らす魔法が発動して難を逃れる。
「チッ! いつの間に【弓矢そらし】の魔法を・・・」
マムシは苦無を拾うとまた木の陰に隠れた。
「魔法の実力は人並ですが、どんな時でも普段通りの力が出せるリンネが、ちょっと羨ましいですなッ!」
実力にむらのあるビャクヤにとって、リンネの戦い方は精神面において良い手本となる。なぜなら今の今まで自分も【知らせ犬】の魔法を唱えられる事をすっかり忘れていたからだ。
性格上、派手な攻撃魔法を好むビャクヤにとって、リンネの地味だが縁の下の力持ち的な援護はありがたい。
リンネが数々の補助魔法をかけている間、ビャクヤは周囲を警戒しつつも、以前キリマルと模擬戦をした時の事を思い出していた。
(あの時はどう戦ったか・・・。キリマルは陰に潜んで吾輩を翻弄し、攻撃時には必ず吾輩の影から現れたッ。物陰から現れる時は基本的に陽動か遠隔攻撃だッ!)
幻の犬が一本の木に向いたので、ビャクヤがすぐさまそちらを見やると、マムシが陰から半身を出して自分に向けて苦無を投げようとしているところだった。
(いや、吾輩ではないッ! エストを狙っているッ!)
「無駄ッ!」
ビャクヤはエストをマントで包んで守った。
「誰が守ってくれと言った! 余計な事をするな!」
エストは頬を赤らめてビャクヤを睨むと突き放す。
「おや・・・。エストが妙に乙女チックなりッ。(自分とまぐわろうとしていた時と雰囲気が全く違うッ! 寧ろ普通の騎士っぽい反応だッ!)」
どこにそんな事を考えている余裕があるのだッ! 今一度キリマルとの戦いを思い出せ、と心の声が頭の中で一喝する。
(すぐに考えが横道にそれるのはッ! 悪い癖だぞッ! 吾輩ッ!)
いつマムシが襲ってくるかわからない中で気が気ではないが、ビャクヤはキリマルとの模擬戦を詳しく思い出す。
(そう言えばッ! あの時ッ! 何となく気付いた事があるッ! 影をよく見ると微妙に不自然だったッ! 影は当たり前だが投影した場所を透かして見せる。地面の上に落ちたなら地面や石を、石畳なら石畳を)
そう思って何となく目を落とした地面の影は、真っ黒で不自然だった。
「―――!!」
ビャクヤが回避行動をとる間もなく、苦無がビャクヤの太腿をかすめる。
と同時に視界が狭まった。即効性の毒だ。
「クッ! 視神経に影響する毒かッ!」
シュシュシュと笑い声が地面から聞こえてきたが、追撃はない。敵の懐に入るというのはそれだけ危険でもあるのだ。反撃を恐れたマムシが用心してもおかしくはない。
「ビャクヤ殿。君は殺すには惜しい人材です。これ程までの赤黒いオーラを放つ大魔法使いが在野にいるのは実に勿体ない! 社会の損失とも言えます! なぁので! 捕まえて脳を調整し、我らの駒になっていただきますよぉ! シュシュ!」
というものの、マムシは中々姿を現さない。
「中々用心深いなッ! しかしッ! 吾輩に反撃の隙を与えた事を後悔させてやるッ! さぁッ! リンネッ! それからエストッ! 閃光系魔法をありったけお願いしますッ!」
「私に命令するな! 私に命令できるのは私の信じる神だけだ!」
エストは文句を言いながらも【閃光】の魔法を唱えた。リンネは【灯り】の魔法を最大レベルで唱えている。
それを見たビャクヤはそこまで熱くなるシーンでもないのに、拳を振り上げて「いっけぇぇぇぇぇ!!」と叫んで二人の魔法の具現化を待った。が、妙な間が空く。
淡々と自分のやるべきことをやろうとするリンネとエストとの温度差が凄い事に気が付いたビャクヤは、恥ずかしくなって拳を静かに下した。
「シュシュシュ! 強烈な光で影を消そうという発想なんでしょうがっ! ありがちな対応策過ぎて笑えますねぇ。私はその光の範囲から逃れればいいだけの話ですよぉ!」
リンネとエストが作り出した眩い光は、どんどんと周囲を白くしていく。
「ところがどっこい! 【氷の壁】!」
強烈な光が及ぶ範囲の外で、地面に冷気が漂い霜が立つ。その霜はどんどんと分厚くなり大きくなって氷のドームを作りだし、敵味方関係なく包み込んでしまった。
あのアサッシンは凍る地面を潜ってドームから逃げられるのでは? とエストは思ったがそうはならなかった。
陰から陰へ移動する影潜り、或いは陰潜りと呼ばれる技は、魔法や物理攻撃の影響をそれなりに受ける。陰が凍れば、影空間に潜む者もまた凍るのだ。影空間の浅い位置にいれば、敵が剣を陰に突き刺した時に自分も攻撃を受ける。
ビャクヤは攻撃を封じるつもりで視界を暗くしてくれたマムシに感謝した。
強烈な光で辺りが益々白くなる中、まだ残る陰の中を移動するマムシがはっきりと見えたからだ。
逃げた先に【氷の壁】を発生させれば、二度とその陰には戻れなくなる。ビャクヤはそうやって逃げ場をドンドンと潰していった。
そしてとうとう強烈な光で薄らいだ陰からはじき出された彼は、地面に横たわると寒さで震えだした。
「うぶぶぶ。たたた、ただの氷魔法の付随効果で、ここまで動けなくなるとは」
寒さで歯が噛み合わないマムシは、自分の肩を擦って少しでも温まろうとしている。
「ただの氷魔法ではないですからッ! どうですかな? 吾輩が得意中の得意とする氷魔法は。行動阻害系魔法の普通の【氷の壁】であればッ! 近寄った程度で寒さで凍えることはありませんがッ! 偉大にして最強なる大魔法使いビャクヤ☆の氷魔法はッ! 付加効果が結構えぐいッ! ばりばりッ! アッ! えぐいッ! 氷系の魔法は敵に対してッ! もれなく【吹雪】並みのッ! 氷結効果を与えまんもす!」
説明している間にも凍死しそうなマムシは、青い唇を精一杯動かして命乞いをしてきた。
「見逃しなさい・・・。私を見逃すのですよ・・・」
「は?」
「い、いいいいくら貴方があの魔法院の元長であるチャビンよりも強かろうとも・・・。組織の力の前には無意味です。我らが”裏側“の力を見くびらないほうがいいですよぉ。言っておきますが、この世界で暗躍するどの暗殺集団よりも、我らは強いのですから。それだけ諜報活動や暗殺にかけては長い歴史があるのです・・・」
「脅しですかッ?」
ビャクヤは怒りを抑えながら、地面に横たわって動かなくなったニーを見てまたマムシに視線を戻す。
「君を見逃すわけにはいかないッ! 君はッ! 善良なるニー・ウンズ殿を殺したのだぞッ! 彼は勇敢にもッ! 君が狙ったエストを救って息絶えたッ! エストは他国人なのにだッ! 二―・ウンズ殿はッ! 国境騎士ではあったが、我が身を犠牲にして人を救うその行いはッ! まさに聖騎士に匹敵する! その彼をッ! 君は殺したのだッ!」
歴史上の重要人物を救って倒れたニーの名誉の価値は計り知れない。しかし、その価値を知るのは、この中で自分だけだと思うとビャクヤは余計に腹立たしくなった。
そして熱い怒りと共に心の奥底でひんやりとした殺意が芽生える。この男はこのまま生かしておいてはいけない。放置すれば世の中に害をまき散らすタイプなのだから。
ビャクヤの目の中に殺意を感じ取ったマムシは一層焦りだす。
「シュシュシュ・・・。そこの少女の奇跡の力・・・で、国境騎士殿を生き返らせればよいでしょう・・・。どうです? 私は今後一切、貴方たちの事は他言しませんし、関わり合いません。なんなら成約の呪いを受けてもいい。自分の利益を優先して貴方たちに手を出した事は謝ります」
「ふん。まだ質問させてもらいますよッ! なぜエストを殺そうと思ったのです?」
「・・・」
「言わないのであれば凍死が待っていますが?」
「私は・・・、神聖国側の者だからです・・・」
「つまりモティのスパイであると? 道理で同じ樹族国の同胞を簡単に殺せたわけだ」
「私は神聖国の息のかかっていない聖騎士やその見習い、更には敵対者を見かければ殺すようにに命令されています・・・。かの国は利権やお金を何よりも重視しますので。さぁ話しましたよ。命の保障を! シュシュシュ・・・」
「クズ・・・。圧倒的クズッ! 生きる価値もないクズッ! お前にもッ! モティの法王にもッ! いずれ神罰が下るでしょうッ! いやッ! 寧ろ! 吾輩は今ッ! 全力をもってしてッ! 貴方を殺そうとしていますッ! 冷気が貴方の心臓を直接凍らせる【心臓氷砕】の魔法をかけているのですがッ! 全魔力を籠めた吾輩の魔法でもッ! 貴方を殺すことができませんッ!」
ビャクヤは何度も心臓を砕こうとする手の動きを見せたが、その度に手は何かに弾かれるように開いた。
「運命とはぁ! 理不尽なりッ! 他者の生を願って死んでいった崇高なる騎士がいる一方でッ! 自分の利益のために人殺しをするようなクズがッ! 運命に守られているッ! 吾輩は納得できないッ! あぁ!」
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「大丈夫? ビャクヤ」
リンネが寄り添ってビャクヤの背中を撫でる。恋人はマナの使い過ぎで精神が疲弊しているのだ。
ハァハァと息をして、ビャクヤは何かに気が付く。
「運命・・・。という事はッ! 彼はッ! 二―・ウンズ殿はッ! 絶対に生き返らないッ!」
「まだ諦めたらダメだよ、ビャクヤ。エスト、蘇生の祈りをニーさんにお願いね」
(なんで、リンネもビャクヤも私に蘇生の祈りを期待するのだ・・・。私はまだ見習いなのだぞ! 聖女様に聖騎士の素質があるかどうかすら視てもらっていないというのに!)
リンネに頼まれたエストは沈んだ顔で、ニーの冷たい死体のある場所まで歩いて行った。
と同時に氷結からいつの間にか解放されたマムシは、フラフラと立ち上がってこの場を立ち去ろうとしている。
その背中にビャクヤは冷たく静かな声で言い放った。
「成約の呪いを受けてもよいと口にして、その意思を見せた時点で呪いは成立しているぞ、マムシ。お前が今後どれだけ運命の神に愛されて生き延びようとも、我らとの約束を破れば無条件に、地獄のような苦しみと死が襲うと知れ」
「シュシュシュ・・・」
朦朧としながら歩くマムシの背中に黒い靄のようなものが一瞬見えた。リンネは成約の呪いというものを初めて見たので驚く。
「あれが成約の呪い・・・。要は指切りげんまんの強力版だけど、約束を破った代償が命・・・」
マムシが茂みに消えるとリンネはビャクヤが視線をやる方を見た。
そこには自分を庇ってくれた国境の騎士を、必死になって生き返らせようとしている地走り族の少女がいる。
「神様・・・。私は薄情にも、彼が自分を庇ってくれた時の事は覚えていないのです。ですが色々と混濁し、よくわからない何かが混在する意識の中で、私はこの国境の騎士から放たれる、子を思う親のような温かさを感じました。親が子を守るように・・・。自分の命を顧みず、彼は私を助けてくれたのです。そんな善なる国境の騎士に死の運命は無情過ぎます。どうか私の願いを聞き入れて、ニー・ウンズ殿を生き返らせたまえ! 星のオーガよ!」
跪いて両手を合わせる彼女の声を拾う神は果たしているのだろうか? もしウンズが生き返らなければ、エストと同じ神を進行する自分の心は一層揺らぐだろうとビャクヤは思った。
信じる神への信仰心を失うような結果にはならないでくれ、と思いつつエスト共に騎士の復活を祈る。
(奇跡をッ! どうかッ! 蘇生の奇跡をッ! ヒジリ様!)
「・・・」
しかし何も変化はない。
ただ静寂が辺りを包み、まるでビャクヤとエストの祈りをあざ笑うかのように、晴れていた空は徐々に曇っていった。
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