殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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奴隷商人の砦

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 ステコはうやうやしく頭を下げているが、目は兄から離さず片頬笑いをしたままだ。

「ステコか・・・。お、お前はこんなところで何をしている・・・」

 ステコの兄は目を背けたついでに、怪我をした仲間に近寄る。

「トメオ兄さんこそ、まさか卑しい奴隷商人にまで身を落としているとは思いませんでしたよ」

「チッ」

 ろくにロープで獣人たちを縛れないガノダを手伝いながら、俺はステコに訊ねた。

「お前の兄貴ってことは、そいつはワンドリッター家の次男か? 次男はワンドリッター城で長男の補佐をしているはずだが?」

「彼は落とし子だ。つまり父がその辺の女に孕ませた子さ。正式なワンドリッター家の一員ではない。最近まで私同様ワンドリッター城にいたのだがね。彼は血筋が穢れているせいで、ワンドリッター城から追い出された」

 血筋か・・・。あほくさい。だがステコのような上品さは兄にはねぇな。伸び放題のウェーブした緑の髪、垢と汗でヌメヌメしてそうな肌。無精髭。

 だが目はまだ死んでねぇな。上を目指している目だ。おおかた奴隷商人のてっぺんでも目指してんだろうがよ、あとウン十年でその商売も廃れる。

 高慢ちきな弟に見下されているトメオが哀れだから、少し援護してやるか。

「お前だって家から追い出されて、形式的にアルケディアに差し出された人質だろ? ステコ坊ちゃんよ。お前の所属する人質だらけの小さな騎士団を見てみろ。兄貴の奴隷商人団とどれほどの違いがある?」

「それは私だけに限らないだろ。ガノダだって同じだ!」

「まぁ俺からすれば、お前もそこの兄貴も一緒だって事よ」

 俺の言葉を聞いたステコの兄の表情が和らいだように見える。

「で、あんたはこんなとこで何をしていた?」

 トメオが仲間の傷を調べながら、俺に悪意を感じさせない明るい声で話しかけてきた。

 俺に対して好意的な対応をする奴は滅多にいないのだがな。人殺しの俺が懐柔する術を学んできているって事か? フハハ!

「馬車の車輪がこっぴどく壊れてな。近くの農家に車輪を貰いに行こうとしてたところで、お前らに遭遇したってわけだ」

「そうか。一応助けてもらったんだ。礼をさせてくれ。近くに俺たちの砦がある。そこで俺の馬車の車輪をくれてやってもいい。この馬車は俺のじゃねぇからな」

「兄さんの命を助けたのは、この私だ。だから車輪一つだけでは割りが合わないな。一晩の寝床と食事もだ」

 ステコの一人称が、になっている。いつもは俺なんだがな。貴族の顔を出すときは私なんだな。

「お前の助けなど、邪魔にしかならなかったぞ!」

「結果助かった。違うかね? トメオ兄さん」

 トメオは弟の恩着せがましい言葉に怒っている様子はない。寧ろ楽しんでいるように見える。

「お前とムダンの息子は魔法点を使い過ぎて、【捕縛】の魔法すら残ってなかっただろうが。そこの剣士がいなければ獣人たちは再び立ち上がって、戦闘が再開していた」

「でも助かっただろう?」

「ハハッ! ステコは昔からしつこくて、うっとおしい弟だったな。まぁいい。さぁ。皆ついて来てくれ。この先の廃れた砦に我が主が待っている。きっと喜んで歓迎してくれるはずだ」




 都市部の明るい夜に慣れている俺にして見りゃ、森の中で赤く光る松明の光は意外と暗い。森の闇には敵わないといった感じで、申し訳程度に辺りを照らすだけだ。

 その松明の光は砦の門と―――奇妙な干物を照らしていた。

「何でこんなもんが吊るしてあるんだ?」

 門から突き出た杭の下にぶら下げられている、二つの死体を見て俺はトメオに訊いた。

「森から来る獣人はこれを見ると逃げていくし、奴隷たちも檻から逃げ出した際、これを怖がって門をくぐろうとしないからだ。夜になるとこれを下げる」

 ステコは死体が不自然な事に気が付く。

「なんでこの女の脚は、ドワーフ女の髭みたいになっているんだ?」

「そりゃあ、スキュラだからだよ。俺は生きている姿を見た事がないから知らねぇが、主様がやっつけたらしい」

「こっちの男の干物は?」

「詳しくは知らねぇけど、スキュラとは良い仲だった。原因は・・・。あ~・・・。よく知らんが主様の逆鱗に触れて二人ともこうなった」

「とても詳しい情報をありがとう、兄さん。それは間違いなくムダン領から逃げ出した、霧の魔物とムダン家の家来だな。そうだろう? ガノダ」

「まぁそうだろうな。まさか陰鬱なるワンドリッター領のこんな端っこで死んでたとは。可哀想に」

「太っちょオークのガノダは、魔物にも哀れみをかけるのか」

「そうじゃない。ムダン家の家来に対してだ」

 話はそこで終わり俺たちは砦の門をくぐって中に入った。



 奴隷を買いに来た客が待つ部屋で、俺たちは随分と待たされた。

 客の殆どが貴族の使いみたいなのばかりだ。

 今頃、トメオは俺たちの事を話しているのだろうな。

「捕まえた獣人解放同盟のトウバはどうなったんだ? あれは俺たちの手柄だろう?」

 トウバたちはいつの間にか、トメオたちに連れていかれて姿がない。

「おい! キリマル、忘れたとは言わせないぞ! あの手柄は私とガノダのものだ」

「ああ、そうだ。お前らのもんだ。約束したからな。ちゃんと王にも報告しておく。ただ気になったからそう言ったまでだ」

「報告の際には少し話を盛ってくれよ」

「そんな事すりゃあ、後々厄介な事になるぞ? お前は王の期待に応えられるのか? 王は大の英雄好きだからな。そうだろう? 王の盾の娘」

 シルビィは黙って頷いた。機嫌が悪いな。どうも奴隷商人の砦にいることが我慢ならんようだ。

「やはりありのままに伝えてくれたまえ」

 樹族の平均身長(1・6m)よりも十センチ高いステコは長い首を引っ込めている。自分の実力を知っているから王の期待が怖くなったか。だが根拠のない自信を持っているアホよりはマシだ。クハハ!

「いいだろう」

 俺は偉そうな顔で後ろ手を組んで頷いていると、シルビィが口を開いた。

「見たか?」

「ん? ちゃんと主語を言え。干物の事か?」

「違う。獣人の子供の死体だ。中庭で黒焦げになって杭に刺されていただろう?」

「それがどうした? 死神がいつも背中に張り付いているこの世界で、ああいったものは日常的なものだと聞いたが? 奴隷への見せしめだろうよ」

「この世界? キリマルだってこの世界の住人だろう?」

 彼女の短い眉が下がり眉間に皺が寄った。赤い瞳が俺をじっと見ている。また堂々と見つめ返してもいい口実ができた。

「ああ、失礼。俺は異国人だからな」

「東の大陸の?」

「そう、東の大陸の」

「私は東の大陸には詳しくないから、名前を聞いても多分わからないと思うが、どこの国出身なんだ?」

「コモランドだ」

 俺は咄嗟にエリート獣人と地走り族の国、コモランドの名前を出した。レッドたちのいる国だ。

「へぇ? なんだ、もっと東の方かと思っていたが、案外海を挟んですぐのところの出身なのだな。あそこは獣人と地走り族ばかりの国なのに珍しい」

 シルビィは疑っているな? こいつは最初から俺の事は信用していない。下手すりゃ悪魔だと知っているのかもしれねぇ。良い奴だし好みではあるが、他の坊ちゃんたちと違って有能だからな。色々と情報を集める部下がいるのだろう。裏側みたいなのが。

「あまり俺に探りを入れると、王様の命に背く事になるんじゃねぇのか? ほら、トメオが呼んでいる。行くぞ、お嬢様」

 俺はシルビィのプリっとした、形の良いケツでも叩こうかと思ったが、後でアマリが激怒するので止めて、この砦の主のいる大広間まで向かった。




 図書館の椅子に座って夢中になって召喚術書を読むビャクヤは、書いてある内容を理解すればするほどキリマルを召喚する事の難しさを知る事となった。

「ああ、なんという事だ。この希少なるマジックアイテムをどうやって手に入れればいいのかッ! 三千世界の如何なる場所だろうがっ! 必ず使い手の探し物を探しだす魔法の小さな合わせ鏡ッ!」

「なぁに? それ」

 リンネは悩むビャクヤにマグカップに入った珈琲を差し出した。

「ホワッ? どこから珈琲をッ?」

「ナビさんがあの魔道具の使い方を教えてくれたの。なんて名前だったかしら? エスト」

 エストが自信満々に答える。

「ぶちゅりけーたーだ」

「そんなお腹を壊した時みたいな名前だったかしら?」

「デュプリケーターじゃ」

 ナビが杖で地面を突きながら図書館の闇からすっと現れた。

「触れながら欲しい食べ物を言えば出してくれる。そこの地走り族のお嬢ちゃんは、何個もチョコレートケーキを食べておったぞ」

 ビャクヤがエストの顔を見ると口の周りにチョコが沢山付いていた。

「なんだ? 無限に出てくるのだぞ! 好物が無限に!」

 エストが恥ずかしそうにしてそう言って横を向いた。

「別に誰もエストを責めていませんよッ! ヤモリ人・・・、ではなくてウンモスの家にも似たようなものがありましたな、リンネッ!」

「そうね。あっちは材料を入れないと駄目だったけど」

「で、何がわかったね?」

 老婆はビャクヤに大きなクッキーを食えと差し出した。

「ありがとうございます。丁度小腹が空いていましたッ! 実はこの本には、相手が何者であろうが、存在している場所を示す魔法の合わせ鏡が必要と書いてありまして・・・」

「なぬ!」

 ナビは重たそうな瞼をいっぱいまで上げてビャクヤを見ている。

「呼び出せるのは悪魔だけじゃないのかい?」

「ええ、誰でも探せます。どこの世界にいようとも」

「あああああ!」

 急に老婆が震え出したので、リンネが心配して肩を支える。

「大丈夫ですか? ナビさん」

「その話が本当ならば・・・。サカモト博士を現代に蘇らせる事が出来るかもしれない!」

「は? オーガの始祖神を蘇らせるだってッ!?」

 ビャクヤはとてつもない事を言う老婆に驚きつつも、歴史の授業を思い返す。

(そうだ、近いうちに現人神ヒジリはサカモト神を復活させる。その準備をしたといわれる図書館とはここの事だったのかッ! だが、それが原因で世界は・・・)

 まさかその歴史的事件に自分が関わる事になろうとは、ビャクヤは夢にも思わなかった。
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