殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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魔力暴走

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 黒鉄鎧と兜で身を包むワンドリッターの騎士たちは腕力、体力、魔力に優れる強者だと聞く。訓練練度も高く、自分が率いる王国近衛兵騎士団独立部隊と、良い勝負をするかもしれないとシルビィは一目で見抜いた。

(彼らの着る黒い鎧は魔法が付与されたものだ。どういった種類の魔法が施されているのかまでは分からないが・・・)

 暗い地下の拷問部屋で見辛いはずの黒騎士の鎧は、仄赤く光っている。

(それを全員が装備をしているのだ。まずこちらからの魔法は一割か二割の確率で無効化されると考えてもいい。加えて彼ら自身のレジスト率を考えると魔法だけで戦うのは難しいな)

 それに比べこちらはマント一枚を羽織る、片目の潰れた自分と戦闘の苦手なステコ、両肩を撃ち抜かれてワンドが持てず高位の魔法が使えなくなったトメオだけだ。

(歴史の長い一族は騎士に貸与する装備も段違いだな。一族の歴史が二千年程度の我がウォール家とは流石に違う。金で買えないような装備を長い時間かけて集めたのだろう)

 城を守る彼らは獣人国の宿屋にやって来た、遣い走りの黒騎士のようにはいかない。あの時は魔法とメイスを駆使して十人を戦闘不能にできたが、今回は精々二人が限界だろう。

「さぁどうしてやろうか・・・」

 ジナル・ワンドリッターは顎を擦って二人の弟とシルビィを見ている。

(敵に考えさせる暇を与えるな。常にこちらが主導権を握るのだ。何か策があるはずだ! 考えろ、シルビィ・ウォール!)

 しかし、そう自分を焚きつければ焚きつけるほどシルビィが何も思いつかない。焦っていると、ステコがキリマルのような陰鬱な顔をして立ち上がった。

「騎士の典範に従って! 私はジナル・ワンドリッターに決闘を申し込む!」

 じりじりと間合いを詰めていた黒騎士たちの動きがピタリと止まる。

 ステコは騎士の典範に命のコインを賭けたからだ。騎士の掟ではこの決闘は誰も邪魔をしてはならないし、決闘者は降参する事を許されない。

 絶対的に自分が不利だと分かっているステコだったが、手袋を外すと兄の顔に叩きつけた。

「ほう? その決闘、受け手も良いが・・・」

 手袋を敢えて頬で受け、ジナルは額に緑色の血管を浮き立たせたが、声は至って冷静だ。

「いいのか? お前はまだ死なずに済む可能性があったのだが?」

 勿論、ジナルはステコを最初から生かすつもりはないが、弟を後悔させる目的でそう言った。

(馬鹿なステコめ。この勝負の先は手に取るように見えているぞ。勝ったも同然だ)

 ワンドリッター家長兄の補佐を務め、護衛を兼ねるだけの実力が自分にはあるという自負が、ジナルに余裕の態度をとらせる。

 家を追い出されたモヤシのような弟に負ける要素がないので、自然と片頬が上がった。

「で、何を望む? 出来損ないの弟よ」

「私が勝った暁には仲間を開放してもらいます!」

「構わんよ。では私が勝てば全員殺して、晒し首だ。そしてムダンとウォールが王子殺しを計った情報を評議会にでも流すかな。彼らの情報拡散力は馬鹿にできんぞ?」

 それを聞いたシルビィの眉が僅かに動く。

(評議会が我らの計画を察知して、ワンドリッターに情報を送ったのではないのか?)

 ステコもそれに気が付いたのか、ちらりとシルビィに視線を送った。

「私も王子殺しの計画に加わったのに? ワンドリッター家も同罪ですよ、ジナル兄さん」

「世間ではお前と父上の仲が悪い事は広く知られているからな。簡単にしっぽ切りができる。問題はなかろう。さぁお喋りはここまでだ。決闘を始めるぞ」

 ジナルは胸元から金の装飾が施されたワンドを取り出して、フェンシングのように構える。

「先制攻撃はか弱き弟に譲ろう。死に際に、私を優しい兄だったと思ってくれるなら幸いだ」

「ありがとうジナル兄さん。では全力でやらせてもらうよ。魔法点を全て注ぎ込んだ【火球】の魔法で!」

 一々、何の魔法で攻撃をするかを敵に宣言する馬鹿がいるかとシルビィは思いながらも、これもステコの作戦かもしれないと期待する。

 ステコは魔力を高めて全身にマナを巡らせる。そして皆に聞こえるように現段階のパワーレベルを大声で告げた。

「一段階・・・!二段階・・・!」

 妙に間が長い。普通はこれほどまでに時間が掛かる事はない。

「ああ、情けなや! これまで戦う事を避けて生きてきた結果がこれだぞ、我が弟! 魔法点を加点するのに、こんなに時間がかかってしまうとはな! 高威力の魔法を撃つのに一体何時間かけるつもりだ?」

 マナを漲らせている弟を見ながら、ジナルは余裕をもって【魔法防壁】を唱える。

「戦いの邪魔だな・・・。シルビィ、トメオ兄さんを連れて壁際まで下がってくれ。三段階目・・・」

 実力値の低いステコの第一位階の魔法点の最大値は精々四だ。シルビィは次の段階で魔法は完成すると見当をつけつつも、なぜステコが下がれと指示を出したのか不思議に思う。

 しかし言われた通りに、トメオの腰に手を回して歩き壁際まで離れて待つ。

「四段階・・・」

 最大値に到達するとステコはジナルに向かって歩き始めた。

「なんだ?」

 弟の異様な雰囲気に少し気圧されて、ジナルは眉根を寄せて半歩下がる。

「ご・・・・五段階!」

 五段階目だと? とシルビィは心の中で呟く。

「どういうことだ? あり得ないぞ! 実力値が一桁のメイジが、五段階目まで加点しただと? ハ! ブラフだ!」

 弟の異常な行動にジナルは一筋の汗を額から垂らした。

「六段階・・・」

 ステコの目から瞳が消え、ツーっと鼻血を出して一歩一歩がふらつく。

「な、な、七段階ィ!」

 髪が逆立って体が光り始めた弟を見てジナルは叫ぶ。

「ひぃぃぃ!! これは! 魔力暴走だ!」

 滅多にない現象を見て逃げようとしたジナルの腕を、ステコは力の限り握って引き寄せる。

「は・・・はち・・・・」

 ―――ズドン!!

 階上まで避難しようとした黒騎士たちを巻き込んで大きな爆発が起こる。

 不思議な事に爆発のエネルギーと爆風は、ジナルと黒騎士がいる方向にだけ向かった。そして単純な初期魔法は魔力暴走で、ノームの作る強力な爆弾のような威力を発揮したのだ。

 ジナルとステコは木っ端微塵に消し飛び、黒騎士の殆どが重傷で立ち上がる事もできない。

「そ、そんな・・・。ステコ・・・。なんで・・・」

 呆けるトメオの前に、ステコのワンドが回転しながら飛んできて落ちる。シルビィはすぐさまそれを拾って、トメオに光魔法の【再生】を掛けた。

「爆発の音で、じきに黒騎士が集まってくる。この場に留まっていてはステコの死が無駄になるぞ!」

 床で呻く黒騎士たちの上に一階の床が崩れ落ちてきたが、爆発で半分になった地下の柱が支えとなって丁度上りやすい坂のようになった。

「トメオ殿! 早く!」

 とにかく一階に上がって身を隠しつつ、城の敷地から出なければという焦りと、ステコの死を悔やむ感情が綯交ぜになる。

(いつか墓参りには行くぞ、ステコ)

 シルビィはトメオの肩を支えながら、坂になった一階の床を駆け上がった。
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