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残酷なヒーロー
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(冒険物語の主人公のように・・・。スマートにピンチを切り抜けられればどんなに良かったか)
現実はそんなに甘くない。
ステコが命を懸けて起こした爆発は、当然のごとく城に駐留する黒騎士たちに気づきかれる。が、どうも喚き声や足音ばかりで、脱走者が二人いるこの現状を把握しているようには見えない。
(妙だな。統制がとれていないぞ。そうか! ソラス・ワンドリッターはもう戦場へ向かったのか!)
毎年のように行われるグランデモニウム王国との戦争に不謹慎ながらも感謝し、安堵するシルビィの頬を【氷の矢】が後ろから掠めた。
「シルビィがいたぞ!」
上から声がする。どこかの見張り塔で誰かが叫んだ。
城壁で声が反響して発見者の場所を、シルビィは特定できないでいた。
名門コーワゴールド家のように遠距離魔法を得意とする一族でない限り、遠くから魔法を当てるのは難しい。外れたという事は敵はまだ遠くにいるということだ。見張りが【遠視】の魔法でこちらを見つけたのだろう。
「トメオ殿、腕はもう使えるか? 弟の事なら心配するな。きっと奇跡の剣士が何とかしてくれる」
その場凌ぎの嘘だ。あの蘇生は万能ではないとキリマル本人も言っていた。それでも言わないよりはましだとシルビィは考える。気力の有無はこんな時にとても重要だからだ。
「あ、ああ。そうか、彼か・・・。そうだ! 彼がいたな!」
トメオの顔に生気が戻る。
シルビィの支えから離れて腕の傷を確かめると、トメオは手を出してステコのワンドを貸してくれと言った。
「子供の頃、落とし子の俺は親兄弟とは別のテーブルで食事をしていた」
トメオは広い芝生の向こうから煙を背にして、迫りくる黒騎士たちを見つめて突然過去を語り始めた。
「今はそういう話をしている時では・・・」
「いいから聞いてくれ。ソラスは俺を自分の子として見ておらず、忠実なる家臣として育てるつもりだったんだ。だから食事もパンとスープと時々干した肉か魚が出る程度だった。甘いデザートなんてまず食べさせてもらえなかった」
黒騎士は鎧が重いせいか機動力が低い。まだ遠くにいるが、そろそろ魔法が飛んできてもおかしくはない距離だ。
シルビィの焦る気持ちは高まる。
「早く逃げなければ、トメオ殿!」
しかしそんな彼女の焦りを無視して、トメオは話を続けた。
「でも、ステコはいつも夜になるとこっそりと俺の部屋に菓子を持って来てくれた。ロウソクの薄明りの中で、冗談を言い合って二人で食べたクッキーはとても美味しかったよ」
「・・・トメオ殿?」
肩を震わせて泣くトメオの背中から黒いオーラが漂っている。魔力が高まっている証拠だが何かおかしい。
(まさかステコのような魔力暴走を狙っているのか? しかし、あれは魔法に未熟なステコだからできる自爆だ。体に魔法の術が染み付いている熟練のメイジは、狙って魔力暴走なんてできないぞ)
トメオはもしかしたら気が狂っているのかもしれないとシルビィは思ったが、泣きながら発する彼の言葉に狂気の音色を感じなかった。
「俺はどうやら人を憎み切る事ができない性格らしい。親友のようだった弟が死んでも尚、ワンドリッター家に対して憎悪が湧かない。それはなぜかと考えたら自分にも半分、ワンドリッターの血が流れているからだ。そして弟もワンドリッター家の人間だった。どんなに憎くてもやっぱり家族は家族なんだ」
(そうか、わかったぞ。トメオ殿は生贄をするつもりだ。つまり闇堕ちか!)
極稀に自然発生的ではなく、自ら望んで闇樹族やリッチになりたがるメイジがいる。
勿論樹族国でそんな事をすればメイジギルドから追われる羽目になり、掟を破ったメイジは殺されるだろう。そうなる前に彼らは身を潜めるか外国に逃げるが・・・。
そういったメイジが必ずしも利己的で冷酷な黒ローブのメイジとは限らない。だが中立の赤ローブや善の白ローブのメイジが闇堕ちするのは難しい。彼らは心の底から、全身全霊を籠めて誰かを憎んだ経験がないからだ。
―――ではどうするのか。
業を背負うのだ。今回の場合は迫りくる黒騎士たちの命を生贄として闇の住人に生まれ変わる。
「逃げよう! トメオ殿! 闇堕ちすれば、私は掟に従い、君を殺さねばならない!」
「逃げても小鳥に見つかってすぐに捕まる。・・・ステコは恥に思っていた。今回の件は父が仕組んだ事かもしれないと」
「証拠はあるのか?」
「ない。ステコは昔から頭は良かったが何か一つの事を思い込むと、その考えから中々離れようとはしない性格だった。だから色んな者をたぶらかして王子を殺すよう仕向けたのは、父だと城に帰ってきてから思い込むようになった。俺も弟の話を聞いた時は同意見だったよ。だってそうだろう? 任務遂行直前でタイミングよくワンドリッターの黒騎士が来たのだから」
「だからって闇堕ちするなんて!」
「ステコは命を使ってジナルを巻き込み、一族の愚かさを父に気付かせようとした。だったら兄の俺が覚悟を見せないのは恥ずかしい事じゃないか! 俺にもプライドがある! だからお前も覚悟を見せろ! 王命を遂行するんだ、シルビィ・ウォール! 俺は生贄から得た魔力とマナで君を獣人国に飛ばす」
「やめろ!」
叫ぶシルビィの足元に様々な属性の魔法が飛んでくる。そろそろ黒騎士の魔法の射程範囲に入る頃だ。
「他に手段はあるはずだ! 闇堕ちするな!」
しかしトメオは黙ったままだ。真っ直ぐに黒騎士たちを見てワンドを構えたままの姿勢を崩さない。
そして魔法が完全に届く距離に近づいてきた黒騎士が、魔力を練り上げて強力な火球を放つ。
轟々と音を立てる大きな火球がトメオを直撃しようとしたその時。
トメオとシルビィの前に二人の影が落ちた。
と同時に黒騎士の火球は幻のように消えてしまった。
「うわっと! 転移していきなり修羅場とは! おふっおふっ!」
豚人は目の前で消えた【火球】の魔法に驚いた後、くぐもった声で笑った。
「クハハ! これは手間が省けていいな!」
ストレートの長い緑の髪を風になびかせて、陰気な顔の樹族が、大勢の黒騎士を見て大口を開けて笑う。
「久々の大量虐殺だ!」
腰を落として剣士は、上半身を捩じって敵に顔を向けたまま背を見せている。そして必殺技名を大声喚いた。
「空中で回転するネズミ花火が如し! 頭を舞い上げて死ね! お前ら! 無残一閃!!」
テンションの上がったキリマルが放った―――、水平薙ぎ払いの斬撃波は、大人数で押し寄せる黒騎士たちの首を一瞬で刎ねた。
予告通り、どうやってそうやったのかはわからないが、黒騎士の頭が回転して上空に上がっていく。
彼の邪悪な助け方を喜んでいいのかどうか戸惑うシルビィの前で、キリマルはおでこに手を当てて庇を作り、飛んでいく黒騎士たちの頭を見てこう言った。
「た~まや~!」
現実はそんなに甘くない。
ステコが命を懸けて起こした爆発は、当然のごとく城に駐留する黒騎士たちに気づきかれる。が、どうも喚き声や足音ばかりで、脱走者が二人いるこの現状を把握しているようには見えない。
(妙だな。統制がとれていないぞ。そうか! ソラス・ワンドリッターはもう戦場へ向かったのか!)
毎年のように行われるグランデモニウム王国との戦争に不謹慎ながらも感謝し、安堵するシルビィの頬を【氷の矢】が後ろから掠めた。
「シルビィがいたぞ!」
上から声がする。どこかの見張り塔で誰かが叫んだ。
城壁で声が反響して発見者の場所を、シルビィは特定できないでいた。
名門コーワゴールド家のように遠距離魔法を得意とする一族でない限り、遠くから魔法を当てるのは難しい。外れたという事は敵はまだ遠くにいるということだ。見張りが【遠視】の魔法でこちらを見つけたのだろう。
「トメオ殿、腕はもう使えるか? 弟の事なら心配するな。きっと奇跡の剣士が何とかしてくれる」
その場凌ぎの嘘だ。あの蘇生は万能ではないとキリマル本人も言っていた。それでも言わないよりはましだとシルビィは考える。気力の有無はこんな時にとても重要だからだ。
「あ、ああ。そうか、彼か・・・。そうだ! 彼がいたな!」
トメオの顔に生気が戻る。
シルビィの支えから離れて腕の傷を確かめると、トメオは手を出してステコのワンドを貸してくれと言った。
「子供の頃、落とし子の俺は親兄弟とは別のテーブルで食事をしていた」
トメオは広い芝生の向こうから煙を背にして、迫りくる黒騎士たちを見つめて突然過去を語り始めた。
「今はそういう話をしている時では・・・」
「いいから聞いてくれ。ソラスは俺を自分の子として見ておらず、忠実なる家臣として育てるつもりだったんだ。だから食事もパンとスープと時々干した肉か魚が出る程度だった。甘いデザートなんてまず食べさせてもらえなかった」
黒騎士は鎧が重いせいか機動力が低い。まだ遠くにいるが、そろそろ魔法が飛んできてもおかしくはない距離だ。
シルビィの焦る気持ちは高まる。
「早く逃げなければ、トメオ殿!」
しかしそんな彼女の焦りを無視して、トメオは話を続けた。
「でも、ステコはいつも夜になるとこっそりと俺の部屋に菓子を持って来てくれた。ロウソクの薄明りの中で、冗談を言い合って二人で食べたクッキーはとても美味しかったよ」
「・・・トメオ殿?」
肩を震わせて泣くトメオの背中から黒いオーラが漂っている。魔力が高まっている証拠だが何かおかしい。
(まさかステコのような魔力暴走を狙っているのか? しかし、あれは魔法に未熟なステコだからできる自爆だ。体に魔法の術が染み付いている熟練のメイジは、狙って魔力暴走なんてできないぞ)
トメオはもしかしたら気が狂っているのかもしれないとシルビィは思ったが、泣きながら発する彼の言葉に狂気の音色を感じなかった。
「俺はどうやら人を憎み切る事ができない性格らしい。親友のようだった弟が死んでも尚、ワンドリッター家に対して憎悪が湧かない。それはなぜかと考えたら自分にも半分、ワンドリッターの血が流れているからだ。そして弟もワンドリッター家の人間だった。どんなに憎くてもやっぱり家族は家族なんだ」
(そうか、わかったぞ。トメオ殿は生贄をするつもりだ。つまり闇堕ちか!)
極稀に自然発生的ではなく、自ら望んで闇樹族やリッチになりたがるメイジがいる。
勿論樹族国でそんな事をすればメイジギルドから追われる羽目になり、掟を破ったメイジは殺されるだろう。そうなる前に彼らは身を潜めるか外国に逃げるが・・・。
そういったメイジが必ずしも利己的で冷酷な黒ローブのメイジとは限らない。だが中立の赤ローブや善の白ローブのメイジが闇堕ちするのは難しい。彼らは心の底から、全身全霊を籠めて誰かを憎んだ経験がないからだ。
―――ではどうするのか。
業を背負うのだ。今回の場合は迫りくる黒騎士たちの命を生贄として闇の住人に生まれ変わる。
「逃げよう! トメオ殿! 闇堕ちすれば、私は掟に従い、君を殺さねばならない!」
「逃げても小鳥に見つかってすぐに捕まる。・・・ステコは恥に思っていた。今回の件は父が仕組んだ事かもしれないと」
「証拠はあるのか?」
「ない。ステコは昔から頭は良かったが何か一つの事を思い込むと、その考えから中々離れようとはしない性格だった。だから色んな者をたぶらかして王子を殺すよう仕向けたのは、父だと城に帰ってきてから思い込むようになった。俺も弟の話を聞いた時は同意見だったよ。だってそうだろう? 任務遂行直前でタイミングよくワンドリッターの黒騎士が来たのだから」
「だからって闇堕ちするなんて!」
「ステコは命を使ってジナルを巻き込み、一族の愚かさを父に気付かせようとした。だったら兄の俺が覚悟を見せないのは恥ずかしい事じゃないか! 俺にもプライドがある! だからお前も覚悟を見せろ! 王命を遂行するんだ、シルビィ・ウォール! 俺は生贄から得た魔力とマナで君を獣人国に飛ばす」
「やめろ!」
叫ぶシルビィの足元に様々な属性の魔法が飛んでくる。そろそろ黒騎士の魔法の射程範囲に入る頃だ。
「他に手段はあるはずだ! 闇堕ちするな!」
しかしトメオは黙ったままだ。真っ直ぐに黒騎士たちを見てワンドを構えたままの姿勢を崩さない。
そして魔法が完全に届く距離に近づいてきた黒騎士が、魔力を練り上げて強力な火球を放つ。
轟々と音を立てる大きな火球がトメオを直撃しようとしたその時。
トメオとシルビィの前に二人の影が落ちた。
と同時に黒騎士の火球は幻のように消えてしまった。
「うわっと! 転移していきなり修羅場とは! おふっおふっ!」
豚人は目の前で消えた【火球】の魔法に驚いた後、くぐもった声で笑った。
「クハハ! これは手間が省けていいな!」
ストレートの長い緑の髪を風になびかせて、陰気な顔の樹族が、大勢の黒騎士を見て大口を開けて笑う。
「久々の大量虐殺だ!」
腰を落として剣士は、上半身を捩じって敵に顔を向けたまま背を見せている。そして必殺技名を大声喚いた。
「空中で回転するネズミ花火が如し! 頭を舞い上げて死ね! お前ら! 無残一閃!!」
テンションの上がったキリマルが放った―――、水平薙ぎ払いの斬撃波は、大人数で押し寄せる黒騎士たちの首を一瞬で刎ねた。
予告通り、どうやってそうやったのかはわからないが、黒騎士の頭が回転して上空に上がっていく。
彼の邪悪な助け方を喜んでいいのかどうか戸惑うシルビィの前で、キリマルはおでこに手を当てて庇を作り、飛んでいく黒騎士たちの頭を見てこう言った。
「た~まや~!」
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