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気狂いの黒竜
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ビャクヤたちがゴデの街に着き、馬車のタラップを踏んだその時――――。
先行していたリツが目の前で、満身の力を籠めて、ミスリル銀の大盾を黒竜に向かって投げていた。
「ふぁ? 黒竜ですとッ!」
驚くビャクヤの視線の先で、リツが投げた大盾は黒竜の顎から少女を守っていた。
「ヒジリはどこに?」
最近あやふやとなってきた歴史の記憶を探り、この出来事の詳細を思い出したビャクヤはそう叫んだ。
「この戦いにはッ! ヒジリがいたはずです!」
まるで未来を知っているような事を言う魔人族を見て、ロロムは怪訝な表情を浮かべる。
「いるなら、彼は喜んで最前線に立っている事でしょう。そういう男ですよ、彼は」
ロロムのヒジリに対する評価は当然高い。樹族国から救い出してくれた恩人なのだから当然である。マスター・サモナーのゴブリンは、然程遠い過去の話でもないのに遠い目をする。
(あの時・・・。マムシという名の・・・。裏側に所属する二重スパイであった彼に対抗せんがために、呼び出したグレーターデーモンを、私は制御できなかった。絶望が我が身を包んだその時、ヒジリ殿は興味深そうな目をして悪魔を見つめ、私の前に立った。)
あの現人神は政治的な事以外の殆どに興味を持ち、観察し、関わろうとする。あれは探求者の素質を持つ者の特徴だ。
なので黒竜に興味を持たないわけがない。ここに彼がいないのは何らかの理由があるからだろう。
「戦っているのは砦の戦士たちとヘカティニスッ! そしてお爺様と闇魔女」
無理だ、とビャクヤは内心で嘆く。
たかが人類如きが、上位種のドラゴンに勝てるわけがない。下位種の赤銅や黄銅のドラゴンなら個人でも倒せる。中位種の赤や青、黄色のドラゴンもベテランパーティならば、なんとか倒せる。
しかし、上位種である黒竜や金竜、古竜に関してはレイドを組んでも倒せはしないだろう。彼らは神に等しい。実際、古竜は樹族の古い神である。
ハイヤット・ダイクタ・サカモト神が現れる前の時代に、樹族たちは竜を神として崇めていた。そしてその神に、自然と共に生きる知恵と魔法を授けてもらっていたのだ。
「ヒジリも黒竜を倒してはいない。改心させて人と関わらないようにしただけだッ!」
いや、そうだったか? ウメボシと力を合わせて倒したのでは、という記憶も脳の片隅にある。
(どういうことだ。何かがおかしい。記憶が不確かで混乱するッ!)
前からこの症状はあったが、それが最近は顕著だ。
若年性痴呆症かと首をひねるビャクヤの横を、我が恋人が通り過ぎた。
「あの子を助けないと!」
リンネがリツを追いかけるようにして走って行く。
「ちょ! 待ちなさいッ! リンネッ!」
しかしビャクヤの呼び止めも聞かず、リンネは小人族を喰おうと黒竜に近づく。
騎士の子であるというプライドが、あの黒髪の地走り族の危機を見過ごせないのだ。。
少女から気を逸らそうと、挑発をしながら飛び掛かった砦の戦士の一人が、黒竜の念力に潰された。
全身がひしゃげて地面に落ちる若いオーガの戦士は、それでもまだ生きている。オーガの生命力はゴキブリ並だとも言われており、彼らは頭が無くなっても戦おうとするだろう。
「ザック!」
眼鏡のオーガが、彼に気休め程度のヒーリングポーションを飲ませる。しかし致命傷には無意味だ。ザックの口から無駄に薬が零れ落ちていく。
その様子を見て黒竜が目を細めた。
「よしよし、肉が柔らかくなった。これは良い事だね。骨まで美味しく頂ける。もう少し待てば血も抜けて、臭みも消えるかな? 楽しみだよ」
「致命傷(クリティカルヒール)の癒し」
死にかけていたザックの体が、奇跡の光に包まれて浮く。
死の一歩手前、致命傷の傷は普通の癒しでは治らない。修行を積んだ高僧か、能力の高い聖騎士にしか使えない奇跡なのだ。
「誰が助けてくれたのかは知らないが、感謝するぞ!」
砦の戦士ギルドの司令塔らしき眼鏡の戦士が、まだ足のふらつくザックを抱えて後退する。
「この神の御業は、間違いなく聖騎士フランの祈り!」
ビャクヤはそう叫んで辺りを探す。
聖騎士見習い(見習いとは名ばかりで実力は聖騎士と同等)のフランが来たのかと思ったが、そこにいたのはフランと同じ地走り族ではあるが、傲慢な聖騎士見習いのエストだった。
「エスト!」
「黒竜ごときに手こずるとはな・・・。人とは実に弱い生き物だ」
「んんん! そのコメントッ! 何様視点ですかッ!」
「ふん」
エストに憑依しているQは内心で舌打ちをした。
(偉大なる私が憑依しても、この小娘の実力値を一時的に数段上げるだけか。まだ蘇生の奇跡は無理だな。何としてもビャクヤだけは綺麗なままで生かさねば)
黒竜に再び狙われるイグナに向かって走っていくリツを見て、Qはありったけの防御魔法と祈りの加護をかける。
そのお陰か、リツの動きが普段よりも早くなり、素早くミスリル銀の大盾を手に取った。
そして、牙を剥いてイグナに再び襲い掛かろうとした黒竜の顔に、シールドバッシュを食らわせたのだ。
「キエェェェ!」
リツの攻撃で動きを止めた黒竜の顔に、道化師が飛びつく。
「お爺様・・・」
ビャクヤの祖父、ナンベルは対人戦において無類の強さを見せるが、魔物相手だとそこまで強くない。
その彼が闇魔女を守らんとばかりに自分の戦法を捨ててまで、狂戦士の如く黒竜の頭に飛びつき片目にナイフを突き刺したのだ。
「この気狂いの黒竜め!」
「狂人一歩手前のお祖父様がッ! それを言いますかッ!」
祖父の黒竜に対する罵りを聞いて、ビャクヤは軽くずっこける。
「しかしッ! 確かにッ! あの黒竜はッ! おかしいッ!」
なぜなら竜は人を食べないからだ。
彼らにとって人型種はとても臭くて不味く、噛みつくのも嫌がる。
「僕は狂ってなんかいないさ。空いた縄張りを貰いに来ただけだよ。叔母さんのいなくなったこのテリトリーをね。確かに人の肉を好む変わり者だって事は否定しないけどさ、竜が自分のテリトリーで何をしようが自由だろ? それが自然の掟ってものさ」
基本的に竜はいつも仏頂面だ。笑ったりなどしない。しかし、この若い黒竜は人の真似をして、牙を見せて口角を上げる。
片目を失った事を全く気にしておらず、頭を激しく振るとナンベルを地面へ叩き落とそうとした。
ナンベルは一回転すると着地して、着地と同時に自分の影に沈む。
かの道化師は不意打ちを狙うつもりだ。黒竜の一時の相手を帝国鉄騎士団団長のリツ・フーリーに任せたのだ。
黒髪の地走り族――――闇魔女イグナは相変わらず動かない。いや、動けないのだ。恐らくは黒竜の麻痺のブレスが直撃したのだろう。
リツが大盾で竜の攻撃を凌いでいる間に、リンネはイグナの肩を抱えてエストのいる場所まで運んだ。
勿論エストは麻痺を癒す祈りでイグナを治す。
「ありがとう」
小さな声で聖騎士見習いに感謝する闇魔女を見て、ビャクヤは思う。
(吾輩は何を怯えていたのかッ! この時代の彼女はまだ幼くてメイジとしても未熟ッ! それにッ! 狂人化の兆しもないッ! となるとッ! 目下の問題はあの黒竜!)
黒竜の一つだけになった目がまずヘカティニスに向いて、次にリンネに向いた。殺す順番を決めているのだ。
黒竜とリンネの間には少し距離がある。という事はあの邪なる竜は魔法か念力を仕掛けるつもりだろうか?
途端にビャクヤの体に怒りと魔力が巡り始めた。
「させませんよッ!」
仮面の魔人族の周囲で霜柱が立つ。
「おほっ! 寒いッ!」
近くで傍観していたマサヨシとロロムがビャクヤから離れる。
黒竜の念力によって、絶え間なく飛んでくる岩の相手をさせられているヘカティニスと、黒竜の間近でバトルハンマーを叩きこんでは鱗に弾かれているリツに向かって、ビャクヤは声を掛けた。
「二人とも下がってくださいぃぃんぬッ!」
ただならぬ魔力の気配に、ヘカティニスもリツも急いで黒竜から離れた。
「ほう! 凄まじい魔力だね。何をするのかは知らないけどさ、人如きが何をしても無駄だよ! ま、いいだろう。全部受けきった後に君を殺してあげるよ!」
(人ってのは確かにッ! 君たち竜のように強くはないッ! だからこそッ! 出来る連携攻撃があるッ! お爺様なら吾輩が何をしようとしているか、直ぐに気付くはずだ!)
ビャクヤは黒竜の正面に立つと魔法を放った。初心者メイジでも簡単に習得できる基本的な攻撃魔法を。
「【氷の矢】!!」
先行していたリツが目の前で、満身の力を籠めて、ミスリル銀の大盾を黒竜に向かって投げていた。
「ふぁ? 黒竜ですとッ!」
驚くビャクヤの視線の先で、リツが投げた大盾は黒竜の顎から少女を守っていた。
「ヒジリはどこに?」
最近あやふやとなってきた歴史の記憶を探り、この出来事の詳細を思い出したビャクヤはそう叫んだ。
「この戦いにはッ! ヒジリがいたはずです!」
まるで未来を知っているような事を言う魔人族を見て、ロロムは怪訝な表情を浮かべる。
「いるなら、彼は喜んで最前線に立っている事でしょう。そういう男ですよ、彼は」
ロロムのヒジリに対する評価は当然高い。樹族国から救い出してくれた恩人なのだから当然である。マスター・サモナーのゴブリンは、然程遠い過去の話でもないのに遠い目をする。
(あの時・・・。マムシという名の・・・。裏側に所属する二重スパイであった彼に対抗せんがために、呼び出したグレーターデーモンを、私は制御できなかった。絶望が我が身を包んだその時、ヒジリ殿は興味深そうな目をして悪魔を見つめ、私の前に立った。)
あの現人神は政治的な事以外の殆どに興味を持ち、観察し、関わろうとする。あれは探求者の素質を持つ者の特徴だ。
なので黒竜に興味を持たないわけがない。ここに彼がいないのは何らかの理由があるからだろう。
「戦っているのは砦の戦士たちとヘカティニスッ! そしてお爺様と闇魔女」
無理だ、とビャクヤは内心で嘆く。
たかが人類如きが、上位種のドラゴンに勝てるわけがない。下位種の赤銅や黄銅のドラゴンなら個人でも倒せる。中位種の赤や青、黄色のドラゴンもベテランパーティならば、なんとか倒せる。
しかし、上位種である黒竜や金竜、古竜に関してはレイドを組んでも倒せはしないだろう。彼らは神に等しい。実際、古竜は樹族の古い神である。
ハイヤット・ダイクタ・サカモト神が現れる前の時代に、樹族たちは竜を神として崇めていた。そしてその神に、自然と共に生きる知恵と魔法を授けてもらっていたのだ。
「ヒジリも黒竜を倒してはいない。改心させて人と関わらないようにしただけだッ!」
いや、そうだったか? ウメボシと力を合わせて倒したのでは、という記憶も脳の片隅にある。
(どういうことだ。何かがおかしい。記憶が不確かで混乱するッ!)
前からこの症状はあったが、それが最近は顕著だ。
若年性痴呆症かと首をひねるビャクヤの横を、我が恋人が通り過ぎた。
「あの子を助けないと!」
リンネがリツを追いかけるようにして走って行く。
「ちょ! 待ちなさいッ! リンネッ!」
しかしビャクヤの呼び止めも聞かず、リンネは小人族を喰おうと黒竜に近づく。
騎士の子であるというプライドが、あの黒髪の地走り族の危機を見過ごせないのだ。。
少女から気を逸らそうと、挑発をしながら飛び掛かった砦の戦士の一人が、黒竜の念力に潰された。
全身がひしゃげて地面に落ちる若いオーガの戦士は、それでもまだ生きている。オーガの生命力はゴキブリ並だとも言われており、彼らは頭が無くなっても戦おうとするだろう。
「ザック!」
眼鏡のオーガが、彼に気休め程度のヒーリングポーションを飲ませる。しかし致命傷には無意味だ。ザックの口から無駄に薬が零れ落ちていく。
その様子を見て黒竜が目を細めた。
「よしよし、肉が柔らかくなった。これは良い事だね。骨まで美味しく頂ける。もう少し待てば血も抜けて、臭みも消えるかな? 楽しみだよ」
「致命傷(クリティカルヒール)の癒し」
死にかけていたザックの体が、奇跡の光に包まれて浮く。
死の一歩手前、致命傷の傷は普通の癒しでは治らない。修行を積んだ高僧か、能力の高い聖騎士にしか使えない奇跡なのだ。
「誰が助けてくれたのかは知らないが、感謝するぞ!」
砦の戦士ギルドの司令塔らしき眼鏡の戦士が、まだ足のふらつくザックを抱えて後退する。
「この神の御業は、間違いなく聖騎士フランの祈り!」
ビャクヤはそう叫んで辺りを探す。
聖騎士見習い(見習いとは名ばかりで実力は聖騎士と同等)のフランが来たのかと思ったが、そこにいたのはフランと同じ地走り族ではあるが、傲慢な聖騎士見習いのエストだった。
「エスト!」
「黒竜ごときに手こずるとはな・・・。人とは実に弱い生き物だ」
「んんん! そのコメントッ! 何様視点ですかッ!」
「ふん」
エストに憑依しているQは内心で舌打ちをした。
(偉大なる私が憑依しても、この小娘の実力値を一時的に数段上げるだけか。まだ蘇生の奇跡は無理だな。何としてもビャクヤだけは綺麗なままで生かさねば)
黒竜に再び狙われるイグナに向かって走っていくリツを見て、Qはありったけの防御魔法と祈りの加護をかける。
そのお陰か、リツの動きが普段よりも早くなり、素早くミスリル銀の大盾を手に取った。
そして、牙を剥いてイグナに再び襲い掛かろうとした黒竜の顔に、シールドバッシュを食らわせたのだ。
「キエェェェ!」
リツの攻撃で動きを止めた黒竜の顔に、道化師が飛びつく。
「お爺様・・・」
ビャクヤの祖父、ナンベルは対人戦において無類の強さを見せるが、魔物相手だとそこまで強くない。
その彼が闇魔女を守らんとばかりに自分の戦法を捨ててまで、狂戦士の如く黒竜の頭に飛びつき片目にナイフを突き刺したのだ。
「この気狂いの黒竜め!」
「狂人一歩手前のお祖父様がッ! それを言いますかッ!」
祖父の黒竜に対する罵りを聞いて、ビャクヤは軽くずっこける。
「しかしッ! 確かにッ! あの黒竜はッ! おかしいッ!」
なぜなら竜は人を食べないからだ。
彼らにとって人型種はとても臭くて不味く、噛みつくのも嫌がる。
「僕は狂ってなんかいないさ。空いた縄張りを貰いに来ただけだよ。叔母さんのいなくなったこのテリトリーをね。確かに人の肉を好む変わり者だって事は否定しないけどさ、竜が自分のテリトリーで何をしようが自由だろ? それが自然の掟ってものさ」
基本的に竜はいつも仏頂面だ。笑ったりなどしない。しかし、この若い黒竜は人の真似をして、牙を見せて口角を上げる。
片目を失った事を全く気にしておらず、頭を激しく振るとナンベルを地面へ叩き落とそうとした。
ナンベルは一回転すると着地して、着地と同時に自分の影に沈む。
かの道化師は不意打ちを狙うつもりだ。黒竜の一時の相手を帝国鉄騎士団団長のリツ・フーリーに任せたのだ。
黒髪の地走り族――――闇魔女イグナは相変わらず動かない。いや、動けないのだ。恐らくは黒竜の麻痺のブレスが直撃したのだろう。
リツが大盾で竜の攻撃を凌いでいる間に、リンネはイグナの肩を抱えてエストのいる場所まで運んだ。
勿論エストは麻痺を癒す祈りでイグナを治す。
「ありがとう」
小さな声で聖騎士見習いに感謝する闇魔女を見て、ビャクヤは思う。
(吾輩は何を怯えていたのかッ! この時代の彼女はまだ幼くてメイジとしても未熟ッ! それにッ! 狂人化の兆しもないッ! となるとッ! 目下の問題はあの黒竜!)
黒竜の一つだけになった目がまずヘカティニスに向いて、次にリンネに向いた。殺す順番を決めているのだ。
黒竜とリンネの間には少し距離がある。という事はあの邪なる竜は魔法か念力を仕掛けるつもりだろうか?
途端にビャクヤの体に怒りと魔力が巡り始めた。
「させませんよッ!」
仮面の魔人族の周囲で霜柱が立つ。
「おほっ! 寒いッ!」
近くで傍観していたマサヨシとロロムがビャクヤから離れる。
黒竜の念力によって、絶え間なく飛んでくる岩の相手をさせられているヘカティニスと、黒竜の間近でバトルハンマーを叩きこんでは鱗に弾かれているリツに向かって、ビャクヤは声を掛けた。
「二人とも下がってくださいぃぃんぬッ!」
ただならぬ魔力の気配に、ヘカティニスもリツも急いで黒竜から離れた。
「ほう! 凄まじい魔力だね。何をするのかは知らないけどさ、人如きが何をしても無駄だよ! ま、いいだろう。全部受けきった後に君を殺してあげるよ!」
(人ってのは確かにッ! 君たち竜のように強くはないッ! だからこそッ! 出来る連携攻撃があるッ! お爺様なら吾輩が何をしようとしているか、直ぐに気付くはずだ!)
ビャクヤは黒竜の正面に立つと魔法を放った。初心者メイジでも簡単に習得できる基本的な攻撃魔法を。
「【氷の矢】!!」
応援ありがとうございます!
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