殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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死の雲

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 パワーレベルを最大まで上げた氷の矢が、ドリルのように回転して黒竜に飛ぶ。

 しかし誰もが想像したように、黒竜の胸にある鱗の一つに氷の矢が当たると砕け散った。

 ―――所詮は人型種。

 上位種である竜とは魔力の大きさもレジスト率にも大きな差がある。

 間を置かずして、ビャクヤは他の位階の魔法点を使い、もう一度最大レベルの【氷の矢】を同じ鱗に当てた。そしてこれをもう二回繰り返す。

「四連続魔法!」

 目を見開いて驚くイグナも、連続魔法を使えるが二回までである。

 四連続魔法を使えるメイジはそうそういない。しかもこれは魔法ではなく、スキルなので一度見覚えの能力を持つ彼女でも、修練を積んで会得するしかないのだ。

「それで終わりか? 鱗の一つを凍らせて何がしたいんだい?」

 黒竜はまた気味の悪い笑顔を向けてくる。

 ナンベルのようにカカカッとタップを踏んでビャクヤは、ナルシストが天の神に手を差し出すようなポーズでマナを体に充填させる。

「んんんッ! なんのッ! まだまだ!」

 ビャクヤは再び四連続の【氷の矢】を同じ鱗に撃ち放った。

 が、スキルは連続して使えるものではない。リキャストタイムを無視して使うと当然体に負荷がかかる。

 鼻から血を出して仮面の下部から赤い雫を零すビャクヤを見て、エストの毛が逆立つ。

(綺麗なままで彼を連れて行きたいのに!)

 Qにはビャクヤの真の姿が見えている。絶世の美男子が鼻から血を出している姿は、見るに堪えない。

 鼻血程度でもエストが自分に癒しの祈りを施したので、ビャクヤは不思議に思いつつも戦いに集中する。

「キュキュキュ! なるほどッ!」

 どこからか憎たらしく、ふざけた声が聞こえてくる。

 ナンベル・ウィン―――、中年期のビャクヤの祖父だ。ビャクヤの作戦に気付いたのだ。

「見覚えのある我が同胞よ、君はサブ職業が付魔師なのですかなぁ? この攻撃、竜の鱗の特性を知っていないとできないですねぇ! 低温脆性がある事を知っているなんて! キュッキュー!」

 あらゆるアイテムに魔法を永続的に付与する生産職である付魔師は、多くの素材の特性に精通していなければならない。

 素材の性質を知っていないと魔法が上手く乗らないからだ。ナンベルは元々付魔師であったが、家族を殺されてからは、無理やり自分の才能を道化師兼暗殺者へと変えている。

 エストの影から道化師の手が伸び、メイスをひったくってまた影に消えた。

「どんな種族でも、若さというのは! 希望に満ち溢れ! 太陽のように輝かしく! 素晴らしいものですが! 残念ながら! 経験が足らず、浅学なのも事実です。齢と知識を重ねていれば、あのメイジが何を狙っていたのかを、黒竜も理解し対抗できたでしょう。死んで後悔しなさい。さようなら、蕾の黒竜! キュキュキュキュ!」

 太陽を背にする黒竜の前面の影から、ナンベルは現れる。

 そして、小指を立てて柄を握るメイスの軽い一撃が、たった一枚の鱗を砕いた。

「鉄騎士が散々叩いてもこわれなかったのに、どうしでだ?」

 黒竜の念力で執拗にぶんぶんと飛び回る岩を回避しながら、ヘカティニスは驚いた。

「説明は、あとあとぉ!」

 ナンベルは「キャヒヒー!」と笑って、特殊な毒を塗りたくってあるダガーの刃を舐めそうになり、「おっと!」と慌てて止めた。

 鱗の無くなったドラゴンの柔らかい皮膚に、その毒ダガーを突き刺すとまた影に沈んだ。

「それで?」

 黒竜が笑うと少し離れた建物の陰から両手を広げ、踊るように歩くナンベルが笑い返した。

「終わりだということです。貴方のその位置には何がありますか? 心臓がありますねぇ」

「とはいえ、刃の長さが足りなかったようだね。致命傷ではない。微かに心臓に刃先が届いたか、届かなかったぐらいの―――?!」

 黒竜の一つだけ残った目が霞む。

 途端にヘカティニスを狙って高速で飛んでいた岩がボトボトと落ちた。

「何を・・・したんだい?」

「小生は暗殺者ですよ? あらゆる毒薬を常に持っています。毒耐性の高い竜に効く毒もねぇ? 目を狙った時は毒が貴方の体中を巡る事はありませんでしたが! 心臓はそうではなかった! キュッキュキュ! ヘカちゃん! 麻痺毒が効いている間に止めをよろしキュ!」

「わがっだ」

 銀髪で秋の麦畑のような瞳色の女戦士は、跳躍すると魔法のグレートソードを黒竜の背中に叩きつけた。

 鈍器のようなグレートソードが強固な鱗に当たった途端に、黒竜の目が大きく開く。

「ぎゃあああ! なんだ? 骨が軋む! 骨が痛い!」

 重く鈍い痛みが包むのを感じて黒竜が叫ぶ。

 魔剣へし折り。

 ―――その剣は素肌をかすっただけでも魔法効果が発動して、全身或いは、当たった部位の骨が折れて戦闘不能となる。

 黒竜は魔剣へし折りの事は知らなかったが、一瞬でその使い手の実力と魔剣から滲み出る異様な雰囲気を見抜いていたからこそ、念力による岩の攻撃を執拗に続けていたのだ。

 ヘカティニスを多少は脅威に思いつつも、オーガなど最後に魔法で殺せばいいと余裕さえ見せていた。

 その”下位種は上位種に絶対に勝てない“という慢心が黒竜の弱点となった。

 ここにいる者の多くが英雄レベルの実力者であることは間違いない。普通の冒険者がレイドを組んでも勝てない相手に数人で勝てたのだから。

 その要があのメイジだ、と黒竜はビャクヤを睨む。

(普通の氷の矢ならば、それに付随する冷気も、我が鱗は弾いたはずだ。なのに、あの仮面のメイジは、敵を殺す目的で攻撃魔法を放ったのではなく、手段の為に魔法を撃った。氷の矢を回転させ、冷気の渦を纏わせて、鱗を冷やす事だけを考えるなんて・・・)

 死の間際に敗因を考える黒竜に野太い声がかかる。

「介錯はいるか?」

 ヘカティニスが苦しむ黒竜に情けを見せたのだ。

 下位種から哀れみを受ける自分を恥じつつも、黒竜は介錯を拒否した。

「いや、ゆっくり死なせてくれ。僕にだって思い返す過去ぐらいあるさ」

「そうか」

 しおらしい態度とは裏腹に、黒竜の腹の中では怨恨と憎悪が渦巻いていた。

(ハ! ただで死ぬものか。奴の心を読んでやる。あれが一番大事に思っているのは誰か!)

 竜は【読心】の魔法でビャクヤの心を覗きこむ。そして意識が朦朧とする頭に浮かんだのは三人。

 すぐ近くにいるレッサーオーガの金髪少女。それから黒髪長髪の悪魔。最後に自分の胸に毒を流した道化師!

(ウフフフ! 僥倖! 奴の想い人が遠くにいれば、僕は黙って死ぬしかなかったが! 少なくとも! あの道化師はやれる! なにせ魔人族は生命力が低いからな!)

 黒竜はゆっくりと首をもたげる。

 誰もが最期の言葉を述べるのだろうと思っていた黒竜は呪いの文を読んだのだ。

「命を闇に包め!【死の雲】!!」
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