殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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帰国して

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 正直言うと竜騎士キラキ・キラキは、目の前の三人の成長ぶりに困惑気味だった。

(この数ヶ月で一体何があったというのか。キリマルを呼び戻すという任務は、私が思っている以上に過酷だったというのか?)

 三人の能力値が書かれた書類に目を通し、キラキは鼓動が早くなるのを感じて、軽く深呼吸をする。

「あり得ない・・・。身体能力がこんなに変化するとは・・・」

 細い見た目からは想像できない程の筋力と頑強さを持つリンネは、最早ただのメイジの器ではない。寧ろ、バトルメイジ、アーマーメイジに向いているだろう。魔法剣士になるには、幾らか素早さが足りない。

 どちらになろうが、機動力を飛竜で補えるのだから、前線で戦えるメイジになるのは間違いないだろう。

 前線で倒れた仲間を自軍の野営地に連れ帰る支援要員としても使える。なにせ頑丈なのだから、行き帰りで落とされる事がないのだ。

 次にビャクヤを見る。

 あまり成長が見られない彼だが、元々メイジとしての才能が高かったので当たり前だ。というか、リンネの成長が異常なのでそう見えても仕方がない。

 とはいえ、ビャクヤの魔法の練度が大幅に上がっていると報告書には書いてあった。上位の全体魔法を四連続で使う事ができるほどの強力なメイジ。第一位階魔法を八連続で唱えたとも書いてある。

(簡単な魔法でも一箇所に八連続ともなると流石に黒竜の鱗でも耐えられないのか。良い情報だが、生憎、このニムゲイン王国で黒竜と戦う事はないだろう。彼らは下位のドラゴンを見下して忌避する。この島は飛竜ワイバーンだらけだからね)

 そして、凶悪凶暴そうな悪魔に目をやったキラキの瞳孔が大きく開いて輝く。

「君はキリマル君で・・・、いいのだよね?」

「そうだ」

 歪んだ声が素っ気なく返事をし、退屈そうにして爪を出したりしまったりを繰り返している。

(こんな悪魔! 今まで見たことがないぞ! 人修羅は成長するとこうなるのか! なんというか・・・。釘抜きハンマーのような頭。サメのようなギザギザの牙と大きな口。伸縮自在の鋭い爪。オーガ並みに大きくなった黒い体! そして! その体全体に走る、謎の光を放つクラック。腰には魔刀天の邪鬼を携えたままだ)

 勝った! とキラキは確信する。何に勝つというのか。それは勿論ニムゲイン王国内での派閥争いに、である。

 外敵のいないこの平和な島では、兎にも角にも貴族同士でマウントの取り合いに終始するばかりだ。

「マーベラス! そして、エリート街道へようこそ新米竜騎士の諸君!(既に新米レベルの能力ではないが・・・)」

 ビャクヤと同系統の動きをする美青年は三人にハグをして、嬉しそうに踵を返し、竜の飾りがついた椅子に座る。

「学園長にはキリマル再召喚の件を私から伝えておく。リンネ君は忘れずにレポートさえ出しておけば、問題なく卒業できるだろう。卒業までの三ヶ月、最後の学生時生活を存分に楽しみたまえよ。それでは解散」

「はい! 竜騎兵騎士団に入団できた事を誇りに思います、キラキ様。失礼します」

 リンネはペコリとお辞儀をして、嬉しそうに両開きの扉を出ていく。ビャクヤもリンネの後ろを、軽い足取りで歩く。

 キリマルは自分の身長よりもいくらか低いドアを屈んで出ていくつもりだったが、ドア枠の上部を角で壊してしまった。

 悪魔は「おっと!」と声は出したが気にした様子はない。

「ちょ・・・。そのドア枠は黒檀で作った高級なものなのだが・・・」

 キラキは注意しようと思ったが、超優秀な人材を手に入れた嬉しさが勝り、言葉を飲み込むと深く椅子に腰掛けて天井にぶやいた。

「なに、次は不死鳥鉄でドア枠を作らせるさ。それだけの力を私は手に入れたのだから」



 リンネは学院の部屋に戻ると、真っ先にイノリスにいる両親に手紙を書いていた。

「サイコパス父ちゃんへの手紙か? リンネはとうとう、父ちゃんより地位が上になっちまったな。クハハハ! 戦場で出会ったら、お前の父ちゃんはリンネの事をなんて呼ぶんだ? リンネ・ボーン上位騎士殿か?」

 俺がリンネの背中に向かって意地悪く訊くと、ビャクヤも困り顔で尋ねる。

「正直言うとッ! アトラス・ザ・サイコパス様が将来の義父だと思うとッ! 吾輩も不安でんすッ!」

「は? お父さんはサイコパスじゃないわよ! っていうか、なんで二人とも女子寮にいるのよ!」

「いや、なんとなくリンネについてきただけですがッ!」

「よく寮母さんに止められなかったね・・・」

「寮母さんはッ! キリマルを見て、失禁して腰を抜かしてましたのでッ!」

「くせぇから放置して素通りしてきた(モモは元気にしてっかな・・・)」

「も~。後で謝りにいかないといけないじゃないの~」

「では、街にでも行って、お詫びの菓子折りでも買ってきましょうかッ!」

(なんで、そんなとこは妙に日本人っぽいんだぁ? ビャクヤは)

 ビャクヤはマントを翻して部屋から出ていこうとすると・・・。

「だ、駄目!」

 リンネは慌てて椅子から立ち上がると、ビャクヤのマントの裾をギュッと握った。

「どうした、リンネ。ビャクヤが街に行っちゃあいけねぇ理由でもあんのか?」

「ビャ、ビャクヤ一人で行ったら浮気するかもしれないし・・・」

(おやぁ? リンネはビャクヤにデレデレじゃねぇか。一体何があった?)

 悪魔の鼻に、発情したリンネの匂いが纏い付く。

「お前まさか、ビャクヤの顔を見たのか?」

「そうだけど、それがなによ。マサヨシが蘇って、ナゴリさんからの言付けを伝えに来た時に、なんでかビャクヤの顔が見えたのよ」

「ヒジリねッ! ナゴリって誰ッ! 吾輩はヒジリに名残惜しさなど感じていないんごッ!」

 お決まりのようにビャクヤが奇妙なポーズでリンネの言い間違いをツッコむ。

 あちゃ~。俺はあの美形顔を記憶の中から消し去ることに成功できたが、リンネには無理だろうな。もうビャクヤのことが好きで好きで堪らないはずだ。

「しゃあねぇ。俺が菓子を買ってきてやる。金よこせ」

「いいのかいッ? キリマルッ!」

「ああ」

 ビャクヤは無限鞄に手を突っ込むと、財布を取り出して銀貨を渡してきた。

「ばかか、おめぇ。これは樹族国とかで使われる通貨だろ。ニムゲインの金はどうした?」

「君をッ! 召喚するための巻物にッ! 財産の殆どをつぎ込んでしまったのだよッ! リンネは魔剣を売って得たお金の殆どをッ! 実家に置いてきているのだしッ! 残りの学園生活のお金はッ! ダンジョンに潜って稼ぐしかありませんぬッ! 取り敢えずその銀貨は銀には変わりないのでッ! 両替商に寄って換金してきてく太宰治ッ!」

「へいへい(こいつ、なんで太宰治を知ってんだ?)」

 俺は聞き分けよく従うことにした。こいつら、俺が出ていった瞬間、抱き合うぞ。クハハ! んですぐに合体だ。

 ビャクヤは俺に【変身】の魔法をかけながら、人差し指を顔の前に上げた。

「いいですかッ! キリマル。制約の殆どは解除してありますが、他者に大義なき攻撃をすると恥ずかしい思いをしますからねッ! もし禁を破るとッ! ドゥ~ルルルルルルル! ジャァン! 強烈な快楽がキリマルを襲いッ! アヘ顔ダブルピースM字開脚でッ! 脱糞する事となりまする~ッ!」

 リンネがそれを聞いて小さな声で「うわぁ」と言って引いた。

「はぁ? それだったら死んだほうがマシじゃねぇか!」

「でしょうッ! なのでッ! 常に良い子ちゃんでいるようにッ!」

 大義ねぇ。まぁ当り公妨みたいな感じで大義を得りゃあ、きっと誰でも殺せるだろうさ。

「へいへい」

 俺はドアの横にある全身鏡で自分の姿を見る。人間の時の姿だが・・・。

「おい! なんで俺ァ、こんなに顎がしゃくれてんだ!」

「ふぁッ? キリマルってそんな顔じゃなかったっけ?」

「ここまでアゴってねぇわ! 延髄蹴りするぞ、コノヤローッ!」

「はぁ、注文の細かい客ですねぇ。いいでしょうッ! 貴重な魔法点を使用して再度【変身】をかけます、それッ!」

 ビャクヤはワンドを掲げると、勿体ぶるようにして手をクルクルと回転させて魔法をかけた。

「お前ら魔人族は各階位ごとのマジックポイント制だろうが。時間で回復するし、何が貴重な魔法点だ」

 俺は引っ込んだ顎を鏡で見て納得し頷くと、部屋から出る。

 すると部屋の中でシュババッ! と音がした。多分、二人で抱き合っているんだろうよ。貪るようなキスの音もする。

 そうそう、言い忘れてたことがあった。俺はすぐに振り返って扉の前に立つ。

「あ、それからな、ビャクヤ。お前、リンネに中出しすると普通に赤ちゃんできっからな」

 カナの子孫なら間違いなくそうだ。これまでよく避妊できていたな。

 気を使ってドアを開けてはいない。開けなくても、匂いや音で何をしているかわかるからよ。

「な、なんでそんな事がわかるのですッ? キリマルッ!」

 ガサガサと音がした。二人が離れた音だ。

「俺ァ、過去の世界でお前の先祖に会ったからよ。お前の先祖は異種間で子供を作れるんだわ」

「う、嘘ですねッ! そうやって我輩を困らせようと・・・。なんですとーーーッ!」

 悪魔の魔法防御やレジスト確率を掻い潜って、ようやっと届いたビャクヤの弱い【読心】の魔法は、俺が嘘をついているのか真実を言っているのかぐらいはわかるようだ。

「その様子からして、読心の魔法を使ったのね? で、キリマルの話は本当だったの?」

「そうですが・・・ッ! ナッ?!」

 急に扉の向こう側が、ドタンバタンと煩くなった。

「ちょっと! リンネッ! キリマルの話を聞いたでしょうッ! 避妊具を付けないと、赤ちゃん出来ますってッ! ダメですってばッ! リンネッ! ちょっと! ハウッ!」

 まぁ、仮面の下の美形顔を見れば、誰だってビャクヤを自分のものしたくなるわな。

 力で勝るリンネに押し倒されて、慌てるビャクヤの悲鳴を聞き、俺の嗜虐心が満たされる。

 一声「クキキッ!」と笑って、街へと向かった。
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