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ヒジリとドワイト(番外編)2
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翌日、上空千メートルを流れる湿気を含んだ大気は、【固定化】で強化された網にぶつかると水滴となり、雨どいに落ち、デスワームの抜け殻の管を通って飲み水となった。
朝日を浴びて、眠たい目を擦る村人が見つめる水瓶の口は、すぐに満たされて水が溢れてくる。
「わぁぁ! 凄い! 水が勝手に湧いてくどぅ!」
仕組みが理解できないオーガ達は、取り敢えず家から柄杓やらコップやらを持ち出して、水を飲む。
「おいいしいど!」
村長のオーガメイジが目を丸くして、ゴブレットの中の水を飲み干した。
「流石王様! この給水塔なら頭の悪いおでたちでも管理できるだ! ・・・多分」
簡易給水塔は、見事に水を供給する事ができると証明したヒジランドの王に、オーガたちは喜んで抱き合う。
オデンは嬉しさのあまりヒジリの腕に抱き着いてしまった。
すぐにウメボシがオデンに軽い電撃を落とす。
「無礼者! 一国の主に気安く触ると何事か!」
くわっと目を見開いてオデンを叱咤するウメボシを見て、ヒジリは呆れる。
「君は樹族の貴族か何かかね。そんなキャラではないだろう」
オデンをギッと睨んでウメボシはヒジリの背後に移動し、ツンとした顔でそっぽを向いた。
「済まないね。オデン。君たちが喜んでくれて、私も嬉しく思う。我が国民の生活が向上するのを見ると心が満たされる」
「まぁこれくらいの事ならヒジリを呼ばずとも、ワシらドワーフでも何とかなったがな、グハハ!」
ドワイト・ステインフォージが錆び色の髭を扱いて笑う。
「無理ですね。この中で大気の流れを把握できるのはマスターとウメボシだけです。この給水塔を作る知識もドワ―フにはありません」
「ふん。煩い奴じゃな、ウメボシの嬢ちゃんは。まぁ確かにワシらだけだと、水脈を探して砂漠の砂を永遠に掘り返していただろうさ」
ドワイトは昨日ウメボシに貰ったビールジョッキで、水瓶の中の水を掬うと飲んで喉を潤す。その後、チラチラと単眼の球体を見たが、彼の持つジョッキにビールが満たされる事はなかった。
ヒジリは体を動かして筋肉をほぐすと、巨人が住むといわれる砂漠の向こうを見た。
「さて、今日は巨人の村まで行くとしようか。彼らも一応ヒジランドの民。救ってやらねばなるまい」
巨人族は魔物なのか亜人種なのか、樹族国では長年論争が続いている。
著しく知能が低く、まともな会話ができず、コミニュケーションが取れないと思われているからだ。
それは光側が闇側の住民に対して行う印象操作などではなく、実際に巨人は文化交流が難しい種族でもある。トロール、ジャイアント、サスカッチ等。
「あ? 巨人を国民として扱うじゃと? ワシは魔物だと思っとるがの? 冒険者時代に、幾度となく襲われては返り討ちにしとる。この魔法の斧”息切り“が無けりゃ、ワシはとっくに死んでたわい。この砂漠の巨人はどうかは知らんが、用心して向かうに越したことはないぞ、ヒジリ」
背中に浮かぶ両手斧を掴むとドワイトは、愛用の得物に異常がないかを確かめだした。
「なんでか知らんけど、ここの巨人たぢは砂漠のオーガに対して友好的だ。大丈夫だと思いますけんど」
オデンが指先を合わせながら自信なさげに笑う。
「馬鹿か。その友好的だった巨人が、今はお前らの仲間を人質を取っているんじゃろうが」
「そうですが・・・。その、あいつらはそこまで悪い奴等じゃありませんです」
「は?」
ドワイトが怪訝な顔をする横で、ヒジリは村人を観察する。
「そういえば人質を取られたにしては、誰もが落ち着いているな」
「へぇ。建前上、お父ちゃんやお母ちゃん達は人質として連れていかれまんしたが、実は年寄りや小さな子供が干からびているのを、巨人たちは見てられなくなって連れて行ったんだと思うんでんす」
「ふむ、確かにこの水のない時に人質なんて取ったら、それだけ飲み水が減るからな。普通ならばライバルを減らす為、巨人はこの村にやって来てオーガ達を皆殺しにするもんじゃが」
「んだ。でもそでをしなかったのは、体力のあるおでたちみたいな若者で水問題をなんとかしろって事なんだと思うんです。でもおでたちは頭が悪い。王様に頼ざるをえなかっただ」
「結果オーライだ。解決して何より。さぁ水問題は解決したと、巨人たちに言いに行くとしよう」
いつもの、ささやくような甘い声でヒジリはそう言うと、ブーツにある浮遊装置を作動させた。
ヒジリに抱かれてうっとりとするオデンは、このままずっと巨人の住処に辿り着かなければいいと思っていた。
(王様はいい匂いがするど。はぁ、こんなハンサムに惚れない女はいないだどう。頭も良くて力も強くて面白い事も言う。王様と結婚出来たらどんなに素敵な事か)
オデンに冷たい視線を投げかけるウメボシが、主の顔の横で嫉妬する。
「マスター。別にドワイト様を抱っこしても良かったのではないですか?」
「筋肉達磨のドワイトは二百キログラムあるのだぞ。オデンは百五十キロだ。主である私に重たい方を抱っこしろと言うのかね?」
「昨日は抱こうとしていたじゃないですか」
「そりゃ髭の筋肉爺さんよりも、女性を抱っこしたいと思うのが男ではないかね」
「はぁー・・・。マスターはほんといやらしくなりました。この星に来た当初なんて、性欲皆無でしたのに」
「色んな制御チップを外したのだから当然だろう。本来人間とはこういうものなのだよ」
「へ、へー。じゃ、じゃあマスターは・・・。性欲に任せてウメボシを抱いてくれたりもしれくれるのですか?」
「勿論だとも」
「そそそそれは、い、いつですか! 今晩ですか!」
「そのうちにな」
「むー!」
適当に往なされてウメボシが拗ねていると、砂漠の真ん中に大きな岩が見えてきた。
「あ! あでです! 王様!」
岩の真ん中には穴が開いており、洞窟となっているようだ。
「巨人は地下に住んでいるのか。ウメボシ、少し調べてみてくれ」
球体アンドロイドのウメボシが、目から出る平たい光線で地面と岩をなぞる。
「石灰岩でできた洞窟ですね。大昔、ここは海の中だったようです。巨人が百人ほど住んでいます。中の気温は二十五度と快適です」
「巨人が百人か。かなり大きな洞窟だな。一体どうやって生活をしているのか興味がある」
「さっさと洞窟に入るぞ、お前らは砂漠の炎天下の中だろうが、極寒の雪山だろうが、夢中になって訳の分からん話をしだすからな。ウメボシのお嬢ちゃん、さっさと洞窟に運んでくれ」
ドワイトはサングラスをずらして額の汗を拭い、ウメボシを睨んで急かす。
「失礼しました」
ウメボシは腕を組んで胡坐をかくドワイトを、洞窟まで反重力で浮かせて運ぶ。その後をヒジリがオデンを抱いて移動する。
洞窟の中は確かに涼しく、かといって寒過ぎもしない。
「洞窟の壁が湿気ているな。この苔のお陰か。いくらサカモト博士の装置があると言っても、水脈のないこの砂漠でどうやって水分を確保しているのだ・・・。低位置で大気から水分を集めるのは難しいだろう。となるとマナが関係しているのか? よし、サンプルとして持ち帰るか。いや待て、マナが関わっているなら、私が触れた途端に枯れてしまうかもしれない」
「ブツブツ煩いぞ、ヒジリ。はよう先に行くぞぃ!」
「ふむ。また今度調べに来るか」
ヒジリは頭にあるカチューシャ型の暗視スコープを下すと洞窟を進んでいった。
「暗視ができないのも面倒じゃな。その魔法の眼鏡が無いと夜道もろくに歩けんのじゃろう?」
「最悪、ウメボシが全身を光らせて夜道を照らすから問題ない」
「ウメボシのお嬢ちゃんは何でもできるな。ちょっと光ってみせてくれんか」
ドワイトの要求にウメボシは何の前触れもなく全身を光らせた。
「ぐあ! 眩しい過ぎるわい! 一声かけてから光ってくれ!」
「すみません、ドワイト様」
暗視は急な光に弱い。目の前が白くなって暫く何も見えなくなったのはドワイトだけではなく、ヒジリやオデンも同じだった。
「視界が戻るまで少し待機だ」
ヒジリがそう言うと洞窟の中で女性の声が響いた。
「いた! 私の赤ちゃん!」
いつの間にか、目の前に音もなく立っていた巨人の女がヒジリを掴んで抱き上げる。
「可愛い赤ちゃん!」
巨人は人形のような大きさのヒジリに頬ずりする。
ウメボシが即座に目に光を集結させ始めた。
「マスターを放しなさい! さもなければ攻撃を開始します」
しかしウメボシの言葉を理解していないのか、巨人の女は頬ずりを止めない。
「赤ちゃん、赤ちゃん」
「警告はしました。では攻撃を開始します」
「待て! ウメボシ!」
ヒジリはウメボシに攻撃中止命令を出す。そして自分の体が濡れている事に気が付いた。
「彼女は泣いているのか?」
巨人は確かに涙を流しながらヒジリの全身を頬ずりしていた。
「いた! 駄目じゃないか、ハリティ!」
洞窟の奥から男の巨人が足音もさせずに現れた。忍び足が上手い。
「ほら、よく見てごらん。君が抱いているのは、私たちの子供じゃないよ。オーガだ!」
「違うわ、シャカ! 私の子供よ!」
ドワイトは方眉を上げて、巨人同士の会話を聞いて驚く。
「なんじゃこいつら。言葉を喋りよるぞ! 巨人のくせに!」
「んだ。こいつらは他の巨人と違って、お喋りができる」
「ほう?」
ヒジリはハリティと呼ばれた女の巨人に頬ずりされながらも、男の巨人を観察する。
身長は十メートルほどで植物の繊維でできた粗末な服を着ているが、他の地域の巨人族のような不潔感はない。
「とにかく下ろしてくれないかね、ハリティ」
ヒジリの言葉にシャカも下すよう促す。
「私たちの子供はまだ喋れなかっただろう? ハリティ。彼は喋っている。我らの子供ではないよ」
納得したのか、ハリティは渋々ヒジリを下した。
「説得をありがとう、シャカ」
「迷惑をかけてすまなかったね、オーガ。君たちが来たという事は水問題は解決したのだね」
「そういう事だ」
「解った、長のいる場所まで案内するよ」
シャカはハリティの肩を抱くと、ついて来るように言って先を歩き始めた。
「ねぇシャカ。私の子供はどこ? どこに隠したの?」
「わからない。でもきっとすぐに見つかるさ」
「いつ? いつなの? そう言ってから、もう何か月も経つわ!」
歩きながら言い争う巨人二人にヒジリは声を掛ける。
「行方不明者がいるのかね?」
シャカは振り返ってヒジリをチラリと見ると、ばつが悪そうに返事をした。
「え、ええ」
「ウメボシ、二人の遺伝子に近しい者を探せ」
「畏まりました。スキャニングを開始」
ウメボシは洞窟内をサーチして、シャカとハリティの子供と思しき個体を探す。
「残念ながら見つける事はできませんでした、マスター」
ヒジリは出た結果をそのまま巨人に伝える。
「そうか。シャカとハリティ。少なくとも君たちの子供はこの洞窟にはいない」
一瞬、シャカの顔に怒りの表情が浮かぶ。
余所者のオーガ如きに何故そんな事が解るのかと言いたげだ。しかし、怒り顔はすぐに引っ込み、シャカは冷静にヒジリを観察しだした。
「君は・・・。そうかオーガメイジなら人探しも簡単かもしれないね。君がそう言うのならそうなんだろう」
シャカは肩を落とすと無言になって歩き出した。そのシャカを見てウメボシはポツリと主に呟く。
「なんだか可哀想ですね、マスター」
「うむ。子供を失うのは、親にとって何よりも辛い事だろう。何とかしてやりたいものだが」
「まだ子供もいないのに、親の気持ちを知っているかのような事を言いますね」
「なぜだかわからないが、私は弟でもおかしくはない年齢の自由騎士セイバーを息子のように思ってしまった。是が非でも彼を守らなければ、という気持ちが心のどこかにあった。それは親心に近かろう」
「そういえばセイバー様は、全く会いに来なくなりましたね」
「うむ、寂しいものだ」
「なんじゃ、ヒジリには息子がおるのか? 初耳じゃな」
「いや。まだいないが、セイバーという自由騎士は未来から何度も私を助けにやって来ていたのだ。顔も私と似ている。もしやと思ってな」
「(またわけのわからん事を・・・)ワシにもドワームという鍛冶屋を営む息子がおってな。前にも話したじゃろうか? ステインフォージ家は代々、鍛冶業が下手なんじゃ。手先が不器用でな。ようやっと形になる物が出来上がっても、売り物としては下の下。息子には採掘業を継げと言ったんじゃが、鍛冶屋をやめなんだから勘当した。子供ができたとしても親心に気づかない子供もおるもんじゃぞ、ヒジリ」
ドワイトの話にウメボシはクスクスと笑う。
「ウメボシは知っていますよ、ドワイト様。ドワーム様の武器防具を全て買っているのが貴方だって事を。鉱山の保管庫にドワーム様の名が刻んである武器防具が、たくさん保管されてあるのも確認済みです」
「ば、バカが! あれは土食いトカゲ等と戦闘になった時用じゃ! 従業員もつるはしだけじゃ対応できんじゃろうて! 部下に適当に買いに行かせとるから、誰が作った物なのかまでは知らん!」
「はいはい。そういう事にしておきましょう」
「ハハハ、ドワイトのツンデレは嫌いじゃない」
「バカにしよって! 覚えておれよ、お前ら!」
ドワイトが不貞腐れて先を歩くと、明るくて大きな空間に出た。壁に掛かる青白い魔法灯が、あちこちを照らし洞窟内の大きな岩の家を照らしている。
「おお! まるで故郷に帰ってきたようじゃ」
ドワーフは大昔に樹族と袂を分かってからは、闇側の土地で地下暮らしをしている。闇側の土地で光属性であるドワーフが地上に出ると魔物に襲われるからだ。なので地上に出てくる者は変わり者か、腕に自信がある者か、はみ出し者かである。
「ほう? ドワイトの故郷はこんな感じなのか。ドワーフの地下都市にも行ってみたいものだな」
「残念じゃが部外者は立ち入り禁止じゃ。王様であってもな」
「ハハッ。中々排他的だな。まぁいいさ、そういう場所があっても」
細かい事を気にしないヒジリの性格がドワイトは好きだった。普通であれば、王である自分が入れない場所がある事を、許せないと言って怒るだろう。
実際、これまでのグランデモニウム王は、私欲から何度もドワーフの故郷を見つけ出そうとして失敗している。しかし、ヒジリはドワーフの故郷を聞き出そうともしない。それはそれで少し腹立たしくも思う。
「故郷の奴らは頭が固いからな。その内、自分たちで解決できない事が起こって、にっちもさっちもいかなくなってヒジリに助けを求めてくるかもしれんぞ」
「その時は喜んで手助けしよう」
「は! お人好しが!」
ドワイトはガハハと笑ってヒジリの尻を叩いた。
道を行きかう巨人たちに蹴飛ばされないように、ヒジリはオデンを抱き上げて浮かぶと、ウメボシはドワイトを同じ様に浮かせた。
巨人たちはシャカとハリティの後ろに浮くヒジリ達を見て驚く。基本的に人型種は浮くことが出来ない。
「オホォ! 皆ワシらを見て驚いとるのぉ。浮くのは神の証。良い気分じゃわい」
ドワイトは巨人の畏怖の混じった表情を見ていい気になる。
「イグナ曰く、人は空を自力で飛んだ事がなく、具体的なイメージを脳内で作り出す事ができないので、魔法として定着しなかったらしい」
「後付け設定っぽいのぅ。本当は魔法なぞ、大したもんじゃないってだけじゃろう」
戦士であるドワイトは魔法を使わないのでそもそも詳しくない。無知からくる疑いの目をヒジリに向けている。
「そろそろ長の家に着きます」
シャカの静かな声に一同は黙る。
「ダキニ様! サヴァーク村の村長と、その使いを連れてまいりました」
玄関を開けて大声でシャカが伝えると奥から、老婆の巨人が現れた。
「ほうほう。ようきた。おや! 何故かドワーフまでおるのぅ。オデン以外のオーガメイジも初めて見た。ははぁ? 解ったぞ。彼らに水問題の解決を頼んだのじゃな?」
「んだ。年寄と子供はどこだ? おで達は最初からお前らの考えぐらい読み取っていたぞ。預かってくれて、ありがとうな」
「はは、ばれておったか。お前達に気を使わせたくなかったでな。手荒い真似をしてすまんかった。で、人質の件なんじゃが・・・。まぁ奥へ入りなさい。お前達も」
長は皆を客間に通すとシャカとハリティを椅子に座らせた。ヒジリ達は浮いているので特に座るようには勧めない。
「それでじゃが・・・」
巨人の長のためらうような会話の切りだしに、オデンは嫌な予感がした。
「さっきの返事もなんか歯切れが悪かったな。まさか人質を食っちまったか?」
「食ったかもしれん・・・」
「かもしれんってどういう事だ!」
オデンはヒジリの抱擁から離れ、テーブルの上に下りると自己強化魔法を唱え始めたので、巨人の長は慌てて誤解を解く。
「誤解するでない! ワシらが食ったわけではない。数人が消えてしまったんじゃ、空気に食われるようにしてな」
「そんな言い訳通じると思うか?」
巨人の住処で戦えばノーマルオーガに勝ち目はない。それでもオデンは身を震わせて、鋭い犬歯をむき出しにして憤怒していた。
「食ったんだど? 言い訳すんな!」
オデンは巨人たちが人質を食べたと思い込んでいるのだ。信頼していた相手に裏切られたという気持ちが彼女をより怒らせる。
ヒジリはオデンを落ち着かせようと肩に手を置いた。
「オーガという種族はどうも感情が先走り易いようだ。落ち着きたまえ、オデン。長の話を聞いてから、彼らをどうするか判断しようじゃないか」
巨人の長は争う気こそないが、目の前の、見た事もない黒い服を着るオーガの、偉そうな上から目線に少し不愉快な顔をする。
「お主はただのオーガとは違うようじゃな。名前は?」
「私はオオガ・ヒジリ。ヒジランドの王だ」
「道理で。ワシらはお前らの理には従わぬのでな。敬意は示さんぞ?」
「ああ、構わないさ。ところで人が消えたとは、どういう事かね?」
巨人の長は溜息をつくと椅子に腰を掛けてテーブルに手を置いた。
浮いたままでは会話がし辛いのでヒジリ達はテーブルの上に乗る。
ヒジリやオデンは巨人の四分の一の大きさなのでそこまで小さくはなく、テーブルに乗るのは何となく無礼な気がしたが、その方が話しやすいのでそうした。
行儀の悪いヒジリ達を気にした様子もなく、老婆の巨人ダキニは椅子に座って申し訳なさそうな顔をする。
「最初はシャカとハリティの子供がいなくなったんじゃ。ゆっくりと滅びの道を歩む我らにとって子供はとても大事な存在なんじゃが・・・」
地球でも子供は貴重な存在である。ヒジリは同意して頷くと巨人の長の会話の続きを待った。
「村でも十数年振りの子供でな。皆喜んでおった矢先の出来事じゃった。ハリティは余程ショックだったんじゃろうな。正気を失のうてしまっての。毎日のようにこの洞窟内で子供を探しておる」
部屋の片隅で項垂れる気の毒なハリティを見て、一同は同情する。
「で、次はオーガ達だった。ワシらは彼らに食事も水も与えて不自由が無いように気を使っておったんじゃが、ある日オーガの年寄が一人消えた。その次の日もオーガ。次の日は巨人族が消えたんじゃが、巨人族が消えると暫く誰も消えなくなるという事に気が付いた。が、気が付いただけじゃ。何か対策ができるわけでもなく、悪魔か何かの仕業かと疑ってメイジに魔法探知をさせてみたりもしたが、原因は判らずじまい。そうこうしている間に人質は十人ほどが消えた。巨人族も三人ほど消えた。結局誰もがいつ自分が消えるかわからないという恐怖に身を震わせるだけじゃった」
「き、消えたオーガの中にチクワとオフって名前のオーガはいなかったか? おでの父ちゃんと母ちゃんなんだ!」
その名前を聞いて、長は白い眉毛の下に目を隠して残念そうな顔をする。
「その名はオーガ達から聞いた・・・。気の毒じゃが・・・」
「そんな・・・」
オデンは握っていたワンドを落とすと机の上にへたり込んだ。
「(流石に今回は消えた人達を蘇らせるのは無理だな。消える前にウメボシがスキャニングをしていれば、問題なく再構成蘇生ができたが)なんとなくだが、その消滅の原因に心当たりがある」
ヒジリがそういうとシャカは立ち上がってヒジリを持ち上げた。
「何か、何か解るのであれば教えてくれませんか?」
「勿論だ。原因を取り除くことは可能だと思うが、消えた人々が帰ってくることはないだろう」
ヒジリはウメボシと目配せすると、ウメボシも悲しそうな目で返す。ウメボシも主の考えが解っており蘇生が無理だと知っている。
「死んだって事ですか?」
シャカは咄嗟にヒジリを掴んで顔を近づけ、手に力を籠めた。
そのまま大人しくしていると握りつぶされそうだったので、ヒジリは巨人の手をこじ開けてテーブルに着地する。
「残念だが、そういうことだ。我々が原因を排除してこよう。見届け役を付き添わせたいなら好きにするがいい」
大粒の涙を零すシャカは、事情が呑み込めていない正気を失った妻を見た後、涙を拭きながら手を挙げた。
「私もついてきます。いいでしょう? 長よ」
巨人の長は、ため息を噛み殺しながら、目を閉じて頷いた。
朝日を浴びて、眠たい目を擦る村人が見つめる水瓶の口は、すぐに満たされて水が溢れてくる。
「わぁぁ! 凄い! 水が勝手に湧いてくどぅ!」
仕組みが理解できないオーガ達は、取り敢えず家から柄杓やらコップやらを持ち出して、水を飲む。
「おいいしいど!」
村長のオーガメイジが目を丸くして、ゴブレットの中の水を飲み干した。
「流石王様! この給水塔なら頭の悪いおでたちでも管理できるだ! ・・・多分」
簡易給水塔は、見事に水を供給する事ができると証明したヒジランドの王に、オーガたちは喜んで抱き合う。
オデンは嬉しさのあまりヒジリの腕に抱き着いてしまった。
すぐにウメボシがオデンに軽い電撃を落とす。
「無礼者! 一国の主に気安く触ると何事か!」
くわっと目を見開いてオデンを叱咤するウメボシを見て、ヒジリは呆れる。
「君は樹族の貴族か何かかね。そんなキャラではないだろう」
オデンをギッと睨んでウメボシはヒジリの背後に移動し、ツンとした顔でそっぽを向いた。
「済まないね。オデン。君たちが喜んでくれて、私も嬉しく思う。我が国民の生活が向上するのを見ると心が満たされる」
「まぁこれくらいの事ならヒジリを呼ばずとも、ワシらドワーフでも何とかなったがな、グハハ!」
ドワイト・ステインフォージが錆び色の髭を扱いて笑う。
「無理ですね。この中で大気の流れを把握できるのはマスターとウメボシだけです。この給水塔を作る知識もドワ―フにはありません」
「ふん。煩い奴じゃな、ウメボシの嬢ちゃんは。まぁ確かにワシらだけだと、水脈を探して砂漠の砂を永遠に掘り返していただろうさ」
ドワイトは昨日ウメボシに貰ったビールジョッキで、水瓶の中の水を掬うと飲んで喉を潤す。その後、チラチラと単眼の球体を見たが、彼の持つジョッキにビールが満たされる事はなかった。
ヒジリは体を動かして筋肉をほぐすと、巨人が住むといわれる砂漠の向こうを見た。
「さて、今日は巨人の村まで行くとしようか。彼らも一応ヒジランドの民。救ってやらねばなるまい」
巨人族は魔物なのか亜人種なのか、樹族国では長年論争が続いている。
著しく知能が低く、まともな会話ができず、コミニュケーションが取れないと思われているからだ。
それは光側が闇側の住民に対して行う印象操作などではなく、実際に巨人は文化交流が難しい種族でもある。トロール、ジャイアント、サスカッチ等。
「あ? 巨人を国民として扱うじゃと? ワシは魔物だと思っとるがの? 冒険者時代に、幾度となく襲われては返り討ちにしとる。この魔法の斧”息切り“が無けりゃ、ワシはとっくに死んでたわい。この砂漠の巨人はどうかは知らんが、用心して向かうに越したことはないぞ、ヒジリ」
背中に浮かぶ両手斧を掴むとドワイトは、愛用の得物に異常がないかを確かめだした。
「なんでか知らんけど、ここの巨人たぢは砂漠のオーガに対して友好的だ。大丈夫だと思いますけんど」
オデンが指先を合わせながら自信なさげに笑う。
「馬鹿か。その友好的だった巨人が、今はお前らの仲間を人質を取っているんじゃろうが」
「そうですが・・・。その、あいつらはそこまで悪い奴等じゃありませんです」
「は?」
ドワイトが怪訝な顔をする横で、ヒジリは村人を観察する。
「そういえば人質を取られたにしては、誰もが落ち着いているな」
「へぇ。建前上、お父ちゃんやお母ちゃん達は人質として連れていかれまんしたが、実は年寄りや小さな子供が干からびているのを、巨人たちは見てられなくなって連れて行ったんだと思うんでんす」
「ふむ、確かにこの水のない時に人質なんて取ったら、それだけ飲み水が減るからな。普通ならばライバルを減らす為、巨人はこの村にやって来てオーガ達を皆殺しにするもんじゃが」
「んだ。でもそでをしなかったのは、体力のあるおでたちみたいな若者で水問題をなんとかしろって事なんだと思うんです。でもおでたちは頭が悪い。王様に頼ざるをえなかっただ」
「結果オーライだ。解決して何より。さぁ水問題は解決したと、巨人たちに言いに行くとしよう」
いつもの、ささやくような甘い声でヒジリはそう言うと、ブーツにある浮遊装置を作動させた。
ヒジリに抱かれてうっとりとするオデンは、このままずっと巨人の住処に辿り着かなければいいと思っていた。
(王様はいい匂いがするど。はぁ、こんなハンサムに惚れない女はいないだどう。頭も良くて力も強くて面白い事も言う。王様と結婚出来たらどんなに素敵な事か)
オデンに冷たい視線を投げかけるウメボシが、主の顔の横で嫉妬する。
「マスター。別にドワイト様を抱っこしても良かったのではないですか?」
「筋肉達磨のドワイトは二百キログラムあるのだぞ。オデンは百五十キロだ。主である私に重たい方を抱っこしろと言うのかね?」
「昨日は抱こうとしていたじゃないですか」
「そりゃ髭の筋肉爺さんよりも、女性を抱っこしたいと思うのが男ではないかね」
「はぁー・・・。マスターはほんといやらしくなりました。この星に来た当初なんて、性欲皆無でしたのに」
「色んな制御チップを外したのだから当然だろう。本来人間とはこういうものなのだよ」
「へ、へー。じゃ、じゃあマスターは・・・。性欲に任せてウメボシを抱いてくれたりもしれくれるのですか?」
「勿論だとも」
「そそそそれは、い、いつですか! 今晩ですか!」
「そのうちにな」
「むー!」
適当に往なされてウメボシが拗ねていると、砂漠の真ん中に大きな岩が見えてきた。
「あ! あでです! 王様!」
岩の真ん中には穴が開いており、洞窟となっているようだ。
「巨人は地下に住んでいるのか。ウメボシ、少し調べてみてくれ」
球体アンドロイドのウメボシが、目から出る平たい光線で地面と岩をなぞる。
「石灰岩でできた洞窟ですね。大昔、ここは海の中だったようです。巨人が百人ほど住んでいます。中の気温は二十五度と快適です」
「巨人が百人か。かなり大きな洞窟だな。一体どうやって生活をしているのか興味がある」
「さっさと洞窟に入るぞ、お前らは砂漠の炎天下の中だろうが、極寒の雪山だろうが、夢中になって訳の分からん話をしだすからな。ウメボシのお嬢ちゃん、さっさと洞窟に運んでくれ」
ドワイトはサングラスをずらして額の汗を拭い、ウメボシを睨んで急かす。
「失礼しました」
ウメボシは腕を組んで胡坐をかくドワイトを、洞窟まで反重力で浮かせて運ぶ。その後をヒジリがオデンを抱いて移動する。
洞窟の中は確かに涼しく、かといって寒過ぎもしない。
「洞窟の壁が湿気ているな。この苔のお陰か。いくらサカモト博士の装置があると言っても、水脈のないこの砂漠でどうやって水分を確保しているのだ・・・。低位置で大気から水分を集めるのは難しいだろう。となるとマナが関係しているのか? よし、サンプルとして持ち帰るか。いや待て、マナが関わっているなら、私が触れた途端に枯れてしまうかもしれない」
「ブツブツ煩いぞ、ヒジリ。はよう先に行くぞぃ!」
「ふむ。また今度調べに来るか」
ヒジリは頭にあるカチューシャ型の暗視スコープを下すと洞窟を進んでいった。
「暗視ができないのも面倒じゃな。その魔法の眼鏡が無いと夜道もろくに歩けんのじゃろう?」
「最悪、ウメボシが全身を光らせて夜道を照らすから問題ない」
「ウメボシのお嬢ちゃんは何でもできるな。ちょっと光ってみせてくれんか」
ドワイトの要求にウメボシは何の前触れもなく全身を光らせた。
「ぐあ! 眩しい過ぎるわい! 一声かけてから光ってくれ!」
「すみません、ドワイト様」
暗視は急な光に弱い。目の前が白くなって暫く何も見えなくなったのはドワイトだけではなく、ヒジリやオデンも同じだった。
「視界が戻るまで少し待機だ」
ヒジリがそう言うと洞窟の中で女性の声が響いた。
「いた! 私の赤ちゃん!」
いつの間にか、目の前に音もなく立っていた巨人の女がヒジリを掴んで抱き上げる。
「可愛い赤ちゃん!」
巨人は人形のような大きさのヒジリに頬ずりする。
ウメボシが即座に目に光を集結させ始めた。
「マスターを放しなさい! さもなければ攻撃を開始します」
しかしウメボシの言葉を理解していないのか、巨人の女は頬ずりを止めない。
「赤ちゃん、赤ちゃん」
「警告はしました。では攻撃を開始します」
「待て! ウメボシ!」
ヒジリはウメボシに攻撃中止命令を出す。そして自分の体が濡れている事に気が付いた。
「彼女は泣いているのか?」
巨人は確かに涙を流しながらヒジリの全身を頬ずりしていた。
「いた! 駄目じゃないか、ハリティ!」
洞窟の奥から男の巨人が足音もさせずに現れた。忍び足が上手い。
「ほら、よく見てごらん。君が抱いているのは、私たちの子供じゃないよ。オーガだ!」
「違うわ、シャカ! 私の子供よ!」
ドワイトは方眉を上げて、巨人同士の会話を聞いて驚く。
「なんじゃこいつら。言葉を喋りよるぞ! 巨人のくせに!」
「んだ。こいつらは他の巨人と違って、お喋りができる」
「ほう?」
ヒジリはハリティと呼ばれた女の巨人に頬ずりされながらも、男の巨人を観察する。
身長は十メートルほどで植物の繊維でできた粗末な服を着ているが、他の地域の巨人族のような不潔感はない。
「とにかく下ろしてくれないかね、ハリティ」
ヒジリの言葉にシャカも下すよう促す。
「私たちの子供はまだ喋れなかっただろう? ハリティ。彼は喋っている。我らの子供ではないよ」
納得したのか、ハリティは渋々ヒジリを下した。
「説得をありがとう、シャカ」
「迷惑をかけてすまなかったね、オーガ。君たちが来たという事は水問題は解決したのだね」
「そういう事だ」
「解った、長のいる場所まで案内するよ」
シャカはハリティの肩を抱くと、ついて来るように言って先を歩き始めた。
「ねぇシャカ。私の子供はどこ? どこに隠したの?」
「わからない。でもきっとすぐに見つかるさ」
「いつ? いつなの? そう言ってから、もう何か月も経つわ!」
歩きながら言い争う巨人二人にヒジリは声を掛ける。
「行方不明者がいるのかね?」
シャカは振り返ってヒジリをチラリと見ると、ばつが悪そうに返事をした。
「え、ええ」
「ウメボシ、二人の遺伝子に近しい者を探せ」
「畏まりました。スキャニングを開始」
ウメボシは洞窟内をサーチして、シャカとハリティの子供と思しき個体を探す。
「残念ながら見つける事はできませんでした、マスター」
ヒジリは出た結果をそのまま巨人に伝える。
「そうか。シャカとハリティ。少なくとも君たちの子供はこの洞窟にはいない」
一瞬、シャカの顔に怒りの表情が浮かぶ。
余所者のオーガ如きに何故そんな事が解るのかと言いたげだ。しかし、怒り顔はすぐに引っ込み、シャカは冷静にヒジリを観察しだした。
「君は・・・。そうかオーガメイジなら人探しも簡単かもしれないね。君がそう言うのならそうなんだろう」
シャカは肩を落とすと無言になって歩き出した。そのシャカを見てウメボシはポツリと主に呟く。
「なんだか可哀想ですね、マスター」
「うむ。子供を失うのは、親にとって何よりも辛い事だろう。何とかしてやりたいものだが」
「まだ子供もいないのに、親の気持ちを知っているかのような事を言いますね」
「なぜだかわからないが、私は弟でもおかしくはない年齢の自由騎士セイバーを息子のように思ってしまった。是が非でも彼を守らなければ、という気持ちが心のどこかにあった。それは親心に近かろう」
「そういえばセイバー様は、全く会いに来なくなりましたね」
「うむ、寂しいものだ」
「なんじゃ、ヒジリには息子がおるのか? 初耳じゃな」
「いや。まだいないが、セイバーという自由騎士は未来から何度も私を助けにやって来ていたのだ。顔も私と似ている。もしやと思ってな」
「(またわけのわからん事を・・・)ワシにもドワームという鍛冶屋を営む息子がおってな。前にも話したじゃろうか? ステインフォージ家は代々、鍛冶業が下手なんじゃ。手先が不器用でな。ようやっと形になる物が出来上がっても、売り物としては下の下。息子には採掘業を継げと言ったんじゃが、鍛冶屋をやめなんだから勘当した。子供ができたとしても親心に気づかない子供もおるもんじゃぞ、ヒジリ」
ドワイトの話にウメボシはクスクスと笑う。
「ウメボシは知っていますよ、ドワイト様。ドワーム様の武器防具を全て買っているのが貴方だって事を。鉱山の保管庫にドワーム様の名が刻んである武器防具が、たくさん保管されてあるのも確認済みです」
「ば、バカが! あれは土食いトカゲ等と戦闘になった時用じゃ! 従業員もつるはしだけじゃ対応できんじゃろうて! 部下に適当に買いに行かせとるから、誰が作った物なのかまでは知らん!」
「はいはい。そういう事にしておきましょう」
「ハハハ、ドワイトのツンデレは嫌いじゃない」
「バカにしよって! 覚えておれよ、お前ら!」
ドワイトが不貞腐れて先を歩くと、明るくて大きな空間に出た。壁に掛かる青白い魔法灯が、あちこちを照らし洞窟内の大きな岩の家を照らしている。
「おお! まるで故郷に帰ってきたようじゃ」
ドワーフは大昔に樹族と袂を分かってからは、闇側の土地で地下暮らしをしている。闇側の土地で光属性であるドワーフが地上に出ると魔物に襲われるからだ。なので地上に出てくる者は変わり者か、腕に自信がある者か、はみ出し者かである。
「ほう? ドワイトの故郷はこんな感じなのか。ドワーフの地下都市にも行ってみたいものだな」
「残念じゃが部外者は立ち入り禁止じゃ。王様であってもな」
「ハハッ。中々排他的だな。まぁいいさ、そういう場所があっても」
細かい事を気にしないヒジリの性格がドワイトは好きだった。普通であれば、王である自分が入れない場所がある事を、許せないと言って怒るだろう。
実際、これまでのグランデモニウム王は、私欲から何度もドワーフの故郷を見つけ出そうとして失敗している。しかし、ヒジリはドワーフの故郷を聞き出そうともしない。それはそれで少し腹立たしくも思う。
「故郷の奴らは頭が固いからな。その内、自分たちで解決できない事が起こって、にっちもさっちもいかなくなってヒジリに助けを求めてくるかもしれんぞ」
「その時は喜んで手助けしよう」
「は! お人好しが!」
ドワイトはガハハと笑ってヒジリの尻を叩いた。
道を行きかう巨人たちに蹴飛ばされないように、ヒジリはオデンを抱き上げて浮かぶと、ウメボシはドワイトを同じ様に浮かせた。
巨人たちはシャカとハリティの後ろに浮くヒジリ達を見て驚く。基本的に人型種は浮くことが出来ない。
「オホォ! 皆ワシらを見て驚いとるのぉ。浮くのは神の証。良い気分じゃわい」
ドワイトは巨人の畏怖の混じった表情を見ていい気になる。
「イグナ曰く、人は空を自力で飛んだ事がなく、具体的なイメージを脳内で作り出す事ができないので、魔法として定着しなかったらしい」
「後付け設定っぽいのぅ。本当は魔法なぞ、大したもんじゃないってだけじゃろう」
戦士であるドワイトは魔法を使わないのでそもそも詳しくない。無知からくる疑いの目をヒジリに向けている。
「そろそろ長の家に着きます」
シャカの静かな声に一同は黙る。
「ダキニ様! サヴァーク村の村長と、その使いを連れてまいりました」
玄関を開けて大声でシャカが伝えると奥から、老婆の巨人が現れた。
「ほうほう。ようきた。おや! 何故かドワーフまでおるのぅ。オデン以外のオーガメイジも初めて見た。ははぁ? 解ったぞ。彼らに水問題の解決を頼んだのじゃな?」
「んだ。年寄と子供はどこだ? おで達は最初からお前らの考えぐらい読み取っていたぞ。預かってくれて、ありがとうな」
「はは、ばれておったか。お前達に気を使わせたくなかったでな。手荒い真似をしてすまんかった。で、人質の件なんじゃが・・・。まぁ奥へ入りなさい。お前達も」
長は皆を客間に通すとシャカとハリティを椅子に座らせた。ヒジリ達は浮いているので特に座るようには勧めない。
「それでじゃが・・・」
巨人の長のためらうような会話の切りだしに、オデンは嫌な予感がした。
「さっきの返事もなんか歯切れが悪かったな。まさか人質を食っちまったか?」
「食ったかもしれん・・・」
「かもしれんってどういう事だ!」
オデンはヒジリの抱擁から離れ、テーブルの上に下りると自己強化魔法を唱え始めたので、巨人の長は慌てて誤解を解く。
「誤解するでない! ワシらが食ったわけではない。数人が消えてしまったんじゃ、空気に食われるようにしてな」
「そんな言い訳通じると思うか?」
巨人の住処で戦えばノーマルオーガに勝ち目はない。それでもオデンは身を震わせて、鋭い犬歯をむき出しにして憤怒していた。
「食ったんだど? 言い訳すんな!」
オデンは巨人たちが人質を食べたと思い込んでいるのだ。信頼していた相手に裏切られたという気持ちが彼女をより怒らせる。
ヒジリはオデンを落ち着かせようと肩に手を置いた。
「オーガという種族はどうも感情が先走り易いようだ。落ち着きたまえ、オデン。長の話を聞いてから、彼らをどうするか判断しようじゃないか」
巨人の長は争う気こそないが、目の前の、見た事もない黒い服を着るオーガの、偉そうな上から目線に少し不愉快な顔をする。
「お主はただのオーガとは違うようじゃな。名前は?」
「私はオオガ・ヒジリ。ヒジランドの王だ」
「道理で。ワシらはお前らの理には従わぬのでな。敬意は示さんぞ?」
「ああ、構わないさ。ところで人が消えたとは、どういう事かね?」
巨人の長は溜息をつくと椅子に腰を掛けてテーブルに手を置いた。
浮いたままでは会話がし辛いのでヒジリ達はテーブルの上に乗る。
ヒジリやオデンは巨人の四分の一の大きさなのでそこまで小さくはなく、テーブルに乗るのは何となく無礼な気がしたが、その方が話しやすいのでそうした。
行儀の悪いヒジリ達を気にした様子もなく、老婆の巨人ダキニは椅子に座って申し訳なさそうな顔をする。
「最初はシャカとハリティの子供がいなくなったんじゃ。ゆっくりと滅びの道を歩む我らにとって子供はとても大事な存在なんじゃが・・・」
地球でも子供は貴重な存在である。ヒジリは同意して頷くと巨人の長の会話の続きを待った。
「村でも十数年振りの子供でな。皆喜んでおった矢先の出来事じゃった。ハリティは余程ショックだったんじゃろうな。正気を失のうてしまっての。毎日のようにこの洞窟内で子供を探しておる」
部屋の片隅で項垂れる気の毒なハリティを見て、一同は同情する。
「で、次はオーガ達だった。ワシらは彼らに食事も水も与えて不自由が無いように気を使っておったんじゃが、ある日オーガの年寄が一人消えた。その次の日もオーガ。次の日は巨人族が消えたんじゃが、巨人族が消えると暫く誰も消えなくなるという事に気が付いた。が、気が付いただけじゃ。何か対策ができるわけでもなく、悪魔か何かの仕業かと疑ってメイジに魔法探知をさせてみたりもしたが、原因は判らずじまい。そうこうしている間に人質は十人ほどが消えた。巨人族も三人ほど消えた。結局誰もがいつ自分が消えるかわからないという恐怖に身を震わせるだけじゃった」
「き、消えたオーガの中にチクワとオフって名前のオーガはいなかったか? おでの父ちゃんと母ちゃんなんだ!」
その名前を聞いて、長は白い眉毛の下に目を隠して残念そうな顔をする。
「その名はオーガ達から聞いた・・・。気の毒じゃが・・・」
「そんな・・・」
オデンは握っていたワンドを落とすと机の上にへたり込んだ。
「(流石に今回は消えた人達を蘇らせるのは無理だな。消える前にウメボシがスキャニングをしていれば、問題なく再構成蘇生ができたが)なんとなくだが、その消滅の原因に心当たりがある」
ヒジリがそういうとシャカは立ち上がってヒジリを持ち上げた。
「何か、何か解るのであれば教えてくれませんか?」
「勿論だ。原因を取り除くことは可能だと思うが、消えた人々が帰ってくることはないだろう」
ヒジリはウメボシと目配せすると、ウメボシも悲しそうな目で返す。ウメボシも主の考えが解っており蘇生が無理だと知っている。
「死んだって事ですか?」
シャカは咄嗟にヒジリを掴んで顔を近づけ、手に力を籠めた。
そのまま大人しくしていると握りつぶされそうだったので、ヒジリは巨人の手をこじ開けてテーブルに着地する。
「残念だが、そういうことだ。我々が原因を排除してこよう。見届け役を付き添わせたいなら好きにするがいい」
大粒の涙を零すシャカは、事情が呑み込めていない正気を失った妻を見た後、涙を拭きながら手を挙げた。
「私もついてきます。いいでしょう? 長よ」
巨人の長は、ため息を噛み殺しながら、目を閉じて頷いた。
応援ありがとうございます!
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