殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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扉を閉めて

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 動きも思考も遅くなったニセヨシの体を、透明な球体が包みこんで後光が差す。

 いくらマナを自由に使いこなす神だといっても、マナを吸われ続けている上に判断力も鈍くなった今、これを躱しきれまい。

 那由多来光はその名の通り、敵の体の内から来光が発せられるが如く、刺突攻撃が無数に飛び出す技だ。

 そしてその光線のような攻撃は、球体の囲いにぶつかると跳ね返って体に戻り、肉片も残さずに血の霧を作る。

 目前でニセヨシはそうなっている。いくら思い浮かべた事象を現実化する能力があっても、条件が揃っていない上に、技に対応するだけの思考が追いついていないのであれば、この結果は当然だった。

「ヒャッハー! 所詮は偽者! 人間! 悪魔に敵うか! アホが!」

 俺はそう喚いた後に地面に肩から倒れる。瞬時にマナとスタミナを全部奪われる大技だからな。

「よくいいますよッ! 皆がいなければッ! その攻撃も当たらなかったくせにッ!」

 覚醒ビャクヤが浮きながら俺に近づいてくる。仮面から見える目に瞳がねぇから不気味だ。

「俺の心配はいい。押し寄せる無は消えたか?」

「おっとッ! そうでしたんごッ!」

 ビャクヤはそのまま上空まで浮くと、首を横に振って降りてきた。

「どういうわけかッ! 無はそこまで来ていますッ!」

「チッ! この作戦、上手くいくと思ったのによ・・・」

「おい!」

 スタミナが回復したので立ち上がると、オビオが爪で攻撃してきた。勿論俺は片手で受け止めて顔を竜人に寄せる。

「なんだ?」

「それはこっちのセリフだ! お前は何か作戦があって散々砦の皆を脅してきたんだろ? なのにこの様はなんだ?」

 気づいてやがったか。流石に気づかない程馬鹿ではなかったと。

「所詮は無能を司る悪魔。期待した我々が馬鹿だったのだ」

 サーカが腕を組んで睨みつけてくる。俺は無能なんて司ってねぇがな。

「言い争っている暇はないぞ!」

 ダークが仮面ライダーブラックのようなマスクを近づけて、オビオと俺の間に割り込んでくる。

「その暗黒騎士の言う通りですよ」

 虚無の渦が消えてヤイバは緊張から開放されたのか、息を軽く吐いて門を見る。

「いくら化け物を倒しても・・・。意味がないのかもしれませんね」

 ヤイバはそう言って、不意打ちのようにバトルハンマーで謎の門を叩いた。

 だが、金属同士がぶつかり合う音が響くだけだ。一体何がしてぇんだ?

 皆の不思議そうな視線に恥ずかしくなったのか、兜を被っていない鉄騎士は眼鏡を正位置に戻して頬を赤らめる。

「もしや、この赤い門が災いの元凶ではないのかと思いましてね」

「ヤイバ様ッ! それはッ! あながちッ! 間違いではないのかもしれませんぬッ!」

「というと?」

「門の中を御覧くださいませ」

 珍しくテンションの低いビャクヤの声を聞いて、俺たちは門の中を覗き見る。

「――――!!」

 中の暗闇で何かが蠢いている。

 それは泉の泡の如く、闇の底からコポコポと浮かんでは、形を成そうとして消える。

「これは・・・。なんだ? 化け物が生まれようとしているのか?」

 オビオは爬虫類のような縦筋の瞳を広げて驚いている。お前も十分化け物みたいだけどな。

 他者が焦っていたり怖気づいてたりするのを見ると、案外自分の心ってのは落ち着くもんだな。この性質は俺が悪魔だからだろうか?

「芳しい匂い。無限に湧き上がるこの気泡は、皆の恐怖だろうさ。生きている者の恐怖と、無に飲み込まれる者が死ぬ間際に感じた恐怖が、この門の中に集まってんだ。俺の計画は間違っちゃいなかった。だが、この砦にいる、たかだか百五住人程の思い込みじゃどうにもならなかったんだな。ドリャップたちが作り上げたのは無に対する恐怖への入り口だけ。この赤い扉の向こう側には世界中の・・・。いや、全宇宙の知的生命体が感じた恐怖が詰まっている。それを全部潰さねぇと恐らく無は消えねぇ」

「そんな・・・。という事は、あと僅かな時間のうちにその全ての恐怖を倒さないといけないわけ?」

「その通りだ、リンネ。マナ粒子ってのはそんなに都合の良い代物じゃなさそうだな。恐怖を具現化するという、一所で大量に消費する行為は、何かしらのしわ寄せが来るんような気がする。その報いがこれかもしれねぇ。まぁ真実はどうなのかは知らねぇがよ」

 それを知っているのは恐らくコズミックペンやコズミックノート、或いは人である事をやめたウィザードくらいだろうさ。

「サカモト粒子で、なんとかならないのか?」

 オビオは鱗の隙間から汗をかいて動揺している。

「なんちゃって竜人が、虚無魔法で何とかならんのかと言ってるぞ? ヤイバ」

「無に虚無をぶつけても無意味ですよ」

 ヤイバは諦めの表情でそう吐き捨てた。こいつは悪あがきはしないタイプか。

 まぁ・・・。「僕は拒絶する!」とか言って無を止められるなら、さっさとやっているわな。

「おい! キリマル! どうすんだ! 砦の壁まで無が迫っているぞ!」

 オーガが無から後退りしながら安全な場所を探して喚いた。

「うるせぇ! 黙ってろ、ドリャップ! お前らが怯えれば門の中の化け物も生まれやすくなるだろうが!」

 そうなるように仕向けたのは俺なんだけどよ・・・。

「コポポポ」

 門の中の闇に気配を感じる。得体のしれない恐怖の塊。こうなったら最早Qとか関係ねぇ。

 これまで門から出てきた奴らはまだ知性や感情を感じたが、こいつはどうだろうなぁ。闇の中のあれは俺たちを消し去ろうとする事だけを目的とした、絶望の権化かもしれん。

 さぁどうする? 俺。

「きっと父さんが何とかしてくれる・・・」

 俺がどうするか悩んでいると、ヤイバが親指を噛みながら呟いた。急に子供みたいな事言いだしたな、こいつ。

「あの現人神がなんだって?」

「きっとこれは禁断の箱庭の不具合なんだ。父さんが止めてくれる・・・」

 他力本願だな。そもそもこれはQの仕業なんだわ。箱庭とやらは関係ねぇ。俺も確実性のない事に望みをかけて動いてみたものの、結果はこれだ。

 ――――だが。

「どうせ消えるなら! 可能性に懸けてみるのも一興。クハハ!」

 俺もたまには他人を頼ってみるか。腹立たしいが、あの現人神様に賭けるしかねぇ。

「聞け! 糞ども! お前らは魔王Q様の侵攻を止められなかった! これから人類は滅ぶ!」

 あちこちから嘆きの声が聞こえてくる。良い声だ。もっと泣き喚けと言いたいが、もう時間はねぇ。

「しかし! 最後のチャンスを与えてやろう! お前らの希望の星である勇者オビオの洗脳を解いた! これで勇者は真の力を発揮できるだろうよ!」

 ビャクヤ、ヤイバ、ダークが何をする気だという目で俺を見ている。

「この門は内側から閉じると無の侵食は一時的に止まる! で、俺様が中に入って扉を閉じておいてやる。その間に精々足掻くんだな! 俺様は気まぐれだ! いつ出てくるかわからねぇぞ?」

 勿論、これはデタラメだ。

 デタラメでも“可能性がある”と、ここにいる奴らが思い込めばマナは作用するはずだ。

「キリマルッ!」

 ビャクヤがスーッと地面を滑って近づいてきて耳打ちする。

「キリマルはッ! もしかしてッ! 犠牲になるつもりではッ?」

「ハァ? クハハ! バカ言え。誰が犠牲になんかなるか。俺は抗うンだよ。この宇宙を支配する神様気取りの糞どもにな! そんな糞どもの為に命なんて捧げるか、ハゲ」

「ンンッ! ハゲてないしッ!」

 ビャクヤはシルクハットを脱いで長くも短くもない黒髪を見せる。

「いいか、お前らはヤイバを手伝ってやれ。結果的にお前が捨てた神――――、ヒジリを手伝うことになるかもしれねぇがよ」

「嫌でんすッ! 現人神にはもう会いたくないですッ!」

「馬鹿野郎! 世界が終わるかどうかの瀬戸際で我儘を言うな。ウィン家の先祖として命令する。ヤイバと共にヒジリに会え!」

「ぐぬぬっ!」

 俺はそう言うと素早く門に入った。そして体中のクラックを青く光らせてヤイバを見る。

「いいか、これは大きな貸しだ。もしかしたらお前の親父が世界を救うことになるかもしれねぇが、その踏石となったのは俺だということを忘れるなよ。門を閉める事で、俺は神とか創造主とかそういった次元を超越して、世界を救う事になるんだ。つまり! 俺はお前やお前の親父に勝ったも同然! そう、勝ち逃げだ! クハハ! 実に気分がいいぜ!」

「キリマルッ!」

「キリマル!」

「来るな!」

 ビャクヤとリンネが門に入ってこようとするので、俺は慌てて門を閉じて二人を入れないようにする。

 そして少しだけ隙間を開けて、もう一人の子孫に声をかけた。

「ダーク、こっちに来てマスクを外せ!」

「御意」

 ダークが門の隙間の向こうでマスクを抜いだ。相変わらず記憶に残らねぇ普通の顔だ。

 それから俺はビャクヤを見て笑顔を見せる。笑顔つっても悪魔の顔では表情が伝わらないだろうがよ。とにかくギザギザに並ぶ牙をビャクヤとダークに見せた。

「クハハ! お前らの姿、しかと目に焼き付けた! 我が子孫に繁栄あれ!」

 隙間の前まで寄ってくるビャクヤたちに、心の中で別れの挨拶をしてから扉を閉めると、俺は背後の気配に意識を向けた。

「さぁ、恐怖の権化ども、かかってこいよ。いくら湧いてこようが愛刀で一撃だ。わりぃな、アマリ。お前まで巻き込んで」

 腰に浮く魔刀天の邪鬼の鞘を撫でた。

「いい。私は世界の理から外れた男の恋人。最期まで一緒なのは当然。それはカナにもミドリにも出来なかったこと」

 アマリはどこか得意げだ。カナやミドリにずっと嫉妬してたのか、俺と居られる事が自慢なようだ。

「縁起でもねぇ。俺に最期なんて来ねぇよ」

「そうだと嬉しい」

 俺はアマリを構えると、色んな恐怖が入り混じって混沌と化した魔物に向かって跳躍した。
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