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戦いは続く
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「侵食が止まった!」
ドリャップが櫓の上でそう叫ぶと、砦に歓声が上がる。
「だが、止まっただけだ・・・」
湧き上がる歓声の中、砦の壁の際で止まった無を見て、オーガは小さく呟いた。
「こっからどうすんだ、オビオ様!」
キリマルの適当な芝居の後始末を強引に擦り付けられたオビオは、竜人化を解いて人間の姿に戻る。
「キリマル・・・」
嫌っていた極悪非道の殺人鬼は、最期に自己犠牲で皆を救ったのだ。果たして自分に同じことができただろうかと思うと、キリマルの言葉が頭に浮かんでくる。
――――料理人ごときが厚かましい!
非戦闘職である自分は心のどこかで、料理人だろうがなんだろうが、多くの人を救う事ができると思っていたが、ここに立つ実力者たちに比べると、自分は何もできていないと実感していた。
あの悪魔は皆を世界滅亡回避の贄にするのではと疑っていたが、率先して扉に飛び込んでしまったのだ。躊躇したり、代わりを頼むような事は一切なく。
そして漆黒の悪魔は、鉄騎士やヒジリに勝ったと宣言して、笑いながら扉を閉めてこの世界から消えた。
(俺なら足がすくんでいただろうな・・・。笑顔で世界から背を向けるなんて事、できっこない・・・)
どういう仕組であの扉と、よくわからない空間が繋がっているのかは理解できないが、行けば戻ってこれないのは容易に想像できる。ビャクヤが消えた時のような空々しさがなかった。
空々しさは無いが虚しさは残る。それは肌でキリマルの気配が消えた事が分かったからだ。
オビオは複雑な感情でこのままキリマルのシナリオに乗るか、別の手段を模索するかを考えている間に扉は消え、ドリャップの言葉通り無の侵食は止まったように見える。
「どういう理屈でこうなったんだ?」
ヒジリと同じく四十一世紀の地球人であるオビオは、理解の範疇を超えたこの出来事に混乱しつつも、砦の皆を安心させようと何か言おうとしたが、ヤイバが先に口を開いた。
「こうしている間にも時間は過ぎ去っていく。元の時間に戻りたい者は?」
すぐさまサーカが手を上げた。
「帰るぞ、オビオ」
「でも皆を放っておけば、逃げ場を求めてやってきた盗賊や怪物に襲われるかもしれない」
サーカ・カズンは氷のような冷たい表情でオビオを見据える。
「お前は元の時間でも助けると約束した奴らがいるだろう? 旅の途中で助けた、あの無力な異世界人たちの事はいいのか? 出会ったのは彼らのほうが先だぞ」
「・・・」
悩むオビオの肩を覚醒ビャクヤが叩いた。
「気にしなくても良いですよ、オビオ君。ここは吾輩に任せて下さい。それからダー君。君は未来に戻りなさいッ! 君が我らの子孫である以上ッ! ここにいては矛盾が更に大きくなりマンモスッ! キリマルはヤイバ様を助けるように言っていましたが、吾輩は生きたいように生きると決めたのです。ヤイバ様とは一緒には行きませんぬッ! ここでキリマルが戻ってくるのを待ってますッ!」
ビャクヤの言葉の後にリンネも頷く。
「そうか。君がそう決めたなら何も言わないさ。では、未来に戻る者は僕の近くに」
ヤイバが転移石を腰のポーチから出したので、オビオとサーカ、ダークは走ってエリートオーガに近づく。
「僕の過ごした安穏とした未来は一体どこへ・・・」
溜息をついてからヤイバは、灰色のオーラを纏って無言で転移石を掲げると、オビオたちと共に一瞬で未来へ転移してしまった。
「本当にこれで良かったの? 帝国の世継ぎはどうするの?」
リンネは今一度ビャクヤの気持ちを確かめた。
ビャクヤは祖父の死を思い出して悲しくなる。
本当は祖父との散歩の時に、年老いた者なら誰にでも忍び寄る、静かなる死に気づいていたのだ。
ツィガル帝国皇帝ナンベル・ウィンの死に気づいた自分は、悲しみのあまり記憶を封印して、リンネの召喚に応じた。現実から逃げたのである。
今思えば召喚ゲートに入るよう後押ししたあの声は、祖父のものだったのではなかろうか。
――――冒険の旅は素敵ですヨ。キュッキュー。さぁゲートに飛び込みなさい!
そんな感じの内容だったと思う。
「お祖父様・・・」
ビャクヤはまた泣きそうになったが、下唇を強く噛んで前を向く。
ツィガル帝国は昔から世襲制ではなく、強者が支配するようになっている。現実逃避した弱い自分に、その資格はない。祖父の死が知れ渡れば、決闘が始まり、決着が付けば新たなる皇帝が生まれるだろう。
それも今の危機が去れば、の話だが・・・。
「いいーんですッ! もしキリマルが帰ってきても、吾輩たちがいなかったら悲しいでしょうし。彼は案外寂しがり屋さんですよッ!」
キリマルの記憶を読んだ事のあるビャクヤは、彼の抱いた感情も知っている。自分の血族を異常なまでに愛しているのだ。
その愛は恐らく自己肯定からくるものではあるとは思うが、あの殺人鬼に誰かを愛する感情があったのは間違いない。
突然消えた勇者オビオとサーカを探して、ウロウロするドリャップを見ながらリンネは呟く。
「ビャクヤとキリマルは出会えたと思ったら、また離れて・・・。いつになったら一緒にいられるのかしら? まるで磁石の同極同士みたいね」
「確かにッ! でも会えないからこそッ! 会いたいという気持ちが募るかもしれませんぬッ! さぁ、あの迷いし子羊ドリャップとその他大勢を導いてあげますかッ!」
「どうせデタラメ言うんでしょ?」
「デタラメ? とんでもない! 吾輩はッ! 歴史通りの内容を伝えるだけですよッ!」
「ニムゲイン王国の始まりの歴史を?」
「そうですッ! 凶悪な悪魔と相打ちになって消えた赤い鎧の勇者オビオ。そして彼を支えた優しき姫サーカのお話ッ!」
「矛盾が有り過ぎて頭が痛くなってきたわ・・・。じゃあ最初の悪魔と勇者と姫はどこから来たの?」
「それは言わない約束よッっと」
ビャクヤは急に宙に浮くと、砦門前の魔物の群れに攻撃魔法を撃ち込んだ。
「どうやら説明は後のようですねッ! 今はッ! 少なくなった餌を追い求めてやってきた魔物たちを退治しましょうかッ!」
ドリャップが櫓の上でそう叫ぶと、砦に歓声が上がる。
「だが、止まっただけだ・・・」
湧き上がる歓声の中、砦の壁の際で止まった無を見て、オーガは小さく呟いた。
「こっからどうすんだ、オビオ様!」
キリマルの適当な芝居の後始末を強引に擦り付けられたオビオは、竜人化を解いて人間の姿に戻る。
「キリマル・・・」
嫌っていた極悪非道の殺人鬼は、最期に自己犠牲で皆を救ったのだ。果たして自分に同じことができただろうかと思うと、キリマルの言葉が頭に浮かんでくる。
――――料理人ごときが厚かましい!
非戦闘職である自分は心のどこかで、料理人だろうがなんだろうが、多くの人を救う事ができると思っていたが、ここに立つ実力者たちに比べると、自分は何もできていないと実感していた。
あの悪魔は皆を世界滅亡回避の贄にするのではと疑っていたが、率先して扉に飛び込んでしまったのだ。躊躇したり、代わりを頼むような事は一切なく。
そして漆黒の悪魔は、鉄騎士やヒジリに勝ったと宣言して、笑いながら扉を閉めてこの世界から消えた。
(俺なら足がすくんでいただろうな・・・。笑顔で世界から背を向けるなんて事、できっこない・・・)
どういう仕組であの扉と、よくわからない空間が繋がっているのかは理解できないが、行けば戻ってこれないのは容易に想像できる。ビャクヤが消えた時のような空々しさがなかった。
空々しさは無いが虚しさは残る。それは肌でキリマルの気配が消えた事が分かったからだ。
オビオは複雑な感情でこのままキリマルのシナリオに乗るか、別の手段を模索するかを考えている間に扉は消え、ドリャップの言葉通り無の侵食は止まったように見える。
「どういう理屈でこうなったんだ?」
ヒジリと同じく四十一世紀の地球人であるオビオは、理解の範疇を超えたこの出来事に混乱しつつも、砦の皆を安心させようと何か言おうとしたが、ヤイバが先に口を開いた。
「こうしている間にも時間は過ぎ去っていく。元の時間に戻りたい者は?」
すぐさまサーカが手を上げた。
「帰るぞ、オビオ」
「でも皆を放っておけば、逃げ場を求めてやってきた盗賊や怪物に襲われるかもしれない」
サーカ・カズンは氷のような冷たい表情でオビオを見据える。
「お前は元の時間でも助けると約束した奴らがいるだろう? 旅の途中で助けた、あの無力な異世界人たちの事はいいのか? 出会ったのは彼らのほうが先だぞ」
「・・・」
悩むオビオの肩を覚醒ビャクヤが叩いた。
「気にしなくても良いですよ、オビオ君。ここは吾輩に任せて下さい。それからダー君。君は未来に戻りなさいッ! 君が我らの子孫である以上ッ! ここにいては矛盾が更に大きくなりマンモスッ! キリマルはヤイバ様を助けるように言っていましたが、吾輩は生きたいように生きると決めたのです。ヤイバ様とは一緒には行きませんぬッ! ここでキリマルが戻ってくるのを待ってますッ!」
ビャクヤの言葉の後にリンネも頷く。
「そうか。君がそう決めたなら何も言わないさ。では、未来に戻る者は僕の近くに」
ヤイバが転移石を腰のポーチから出したので、オビオとサーカ、ダークは走ってエリートオーガに近づく。
「僕の過ごした安穏とした未来は一体どこへ・・・」
溜息をついてからヤイバは、灰色のオーラを纏って無言で転移石を掲げると、オビオたちと共に一瞬で未来へ転移してしまった。
「本当にこれで良かったの? 帝国の世継ぎはどうするの?」
リンネは今一度ビャクヤの気持ちを確かめた。
ビャクヤは祖父の死を思い出して悲しくなる。
本当は祖父との散歩の時に、年老いた者なら誰にでも忍び寄る、静かなる死に気づいていたのだ。
ツィガル帝国皇帝ナンベル・ウィンの死に気づいた自分は、悲しみのあまり記憶を封印して、リンネの召喚に応じた。現実から逃げたのである。
今思えば召喚ゲートに入るよう後押ししたあの声は、祖父のものだったのではなかろうか。
――――冒険の旅は素敵ですヨ。キュッキュー。さぁゲートに飛び込みなさい!
そんな感じの内容だったと思う。
「お祖父様・・・」
ビャクヤはまた泣きそうになったが、下唇を強く噛んで前を向く。
ツィガル帝国は昔から世襲制ではなく、強者が支配するようになっている。現実逃避した弱い自分に、その資格はない。祖父の死が知れ渡れば、決闘が始まり、決着が付けば新たなる皇帝が生まれるだろう。
それも今の危機が去れば、の話だが・・・。
「いいーんですッ! もしキリマルが帰ってきても、吾輩たちがいなかったら悲しいでしょうし。彼は案外寂しがり屋さんですよッ!」
キリマルの記憶を読んだ事のあるビャクヤは、彼の抱いた感情も知っている。自分の血族を異常なまでに愛しているのだ。
その愛は恐らく自己肯定からくるものではあるとは思うが、あの殺人鬼に誰かを愛する感情があったのは間違いない。
突然消えた勇者オビオとサーカを探して、ウロウロするドリャップを見ながらリンネは呟く。
「ビャクヤとキリマルは出会えたと思ったら、また離れて・・・。いつになったら一緒にいられるのかしら? まるで磁石の同極同士みたいね」
「確かにッ! でも会えないからこそッ! 会いたいという気持ちが募るかもしれませんぬッ! さぁ、あの迷いし子羊ドリャップとその他大勢を導いてあげますかッ!」
「どうせデタラメ言うんでしょ?」
「デタラメ? とんでもない! 吾輩はッ! 歴史通りの内容を伝えるだけですよッ!」
「ニムゲイン王国の始まりの歴史を?」
「そうですッ! 凶悪な悪魔と相打ちになって消えた赤い鎧の勇者オビオ。そして彼を支えた優しき姫サーカのお話ッ!」
「矛盾が有り過ぎて頭が痛くなってきたわ・・・。じゃあ最初の悪魔と勇者と姫はどこから来たの?」
「それは言わない約束よッっと」
ビャクヤは急に宙に浮くと、砦門前の魔物の群れに攻撃魔法を撃ち込んだ。
「どうやら説明は後のようですねッ! 今はッ! 少なくなった餌を追い求めてやってきた魔物たちを退治しましょうかッ!」
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