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コロネ
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ヒジリがいる時代に戻ってきたヤイバは、父親の城である桃色城の前で泣いている獣人を見て、報告を優先するか、無視をするかで悩んだ。
(獣人が闇側国にいるのは珍しい。光の種族は闇側の怪物に狙われやすいからね。さぞかし危険だったろう)
ドワーフたちが滅多に地上に出てこないのもこれが理由である。彼らは光の住人でありながら、神話の時代に樹族を見限って闇側に来たからだ。
「どうしたのか、鉄騎士殿。城に入ろうではないか。それともあの獣人に見覚えでも?」
ダーク・マターが早く目的を果たそうと急かす。自分がビャクヤたちの子孫かどうかは関係なく、仲間に託された使命を果たさないと気がすまない律儀な性質なのだ。
(確かに彼の言う通りだ。一刻も早く父を手伝ってこの馬鹿げた無の侵食を止めなければならない。禁断の箱庭を停止させれば、きっと全てが良い方向に転がるはずだ)
しかし彼の優しさが足を動かそうとはさせない。これがヤイバの長所であり短所でもある。過去にもこの優しさの所為で、付き合う相手の人間性が見抜けず、裏切られた経験がある。
ヤイバは兜を被ると振り向いた。
「オビオ君・・・だったかな? 門前で泣いているあの猫人の事情を聞いてやってくれないか? 僕は国王に会って事情を説明してくる」
ヤイバの願いをオビオは笑顔で快諾する。
「ああ、いいよ。あんた優しいな」
城に入って待合室兼商談室であるラウンジで、ヤイバは忙しそうに書類を運ぶリツ・フーリーと目があった。
「ヒジリ国王陛下はどこですか? 母さ・・・、リツ・フーリー鉄騎士団団長殿」
ツィガル帝国の騎士団長でありながらヴャーンズの命令で、ヒジランドで在外公務をしているリツは、所属不明の帝国鉄騎士に対して太い眉をしかめた。
まず騎士団長のメガネの奥が真っ先に確認したのは階級章だった。
彼の鎧のネックガードには団長を表す三ツ星の階級章がついている。更に胸部にはグリフォンの紋章。自由騎士でもある証拠だ。
(目の前のオーガがツィガル帝国の騎士なのは間違いないのだけど、団長で自由騎士? どういう事かしら)
しかし、リツは察する。
自由騎士というのは基本的に外交問題に関わっていたり、極秘任務を以来されていたりで素性を隠しているものだと。
国内外から強い信頼を得た騎士だけが自由騎士の称号を受け、自由に国を行き来し、且つ強力な権限を持つ事ができる。
誰でも彼でも自由騎士になれるものではないのだ。
となると、一団長である自分が目の前の自由騎士を知らなくても納得がいく。彼の素性を知っている者がいるとすれば、それは間違いなくヴャーンズ皇帝だけだろう。
自分がメイジで、【読心】の魔法を覚えていたら良かったのにと思いながら、リツは必要最低限の情報をヤイバに教えた。
「ヒジリ国王は重要な任務で外出しております。残念ですが、出直してもらえますか?」
私は神国ヒジランドの臣下ではない、という気持ちが乗ったリツの冷たい声と、父の行動の速さに驚いてヤイバは面食らう。
「もう遺跡探しに出かけたのか・・・。流石は父さんだ」
「父さん?」
リツが聞き返した。ヒジリはまだ二十歳前後だ。こんなに大きな子供がいるはずがない。
「い、いや。なんでもありません。忘れてください。ところで、王はどこへ行くと仰っていましたか?」
「貴方が信頼のできる自由騎士とはいえ、安易に一国の主の詳細を伝える事はできません。それに私はツィガルの騎士。この国での権限はそう多くはありませんから」
「では、誰かヒジリ国王陛下に近い・・・。そうだ! タスネさんか、フランさん、イグナさんは? サヴェリフェ姉妹がいるはずでしょう?」
「残念ながら不在です。彼女たちも樹族国からの任務を受けているのです。私同様忙しい身。また時間を置いて尋ねて下さいませ、自由騎士様」
そう言うとリツは書類の山を持って二階へと上がっていってしまった。
「では、これほどの客を一体誰が対応しているのか・・・」
ラウンジに溢れかえる商人や貴族を見てダークが不思議がる。
「幻が相手をしているのですよ。暗黒騎士ダーク殿」
「幻?」
「ええ、実体のある幻が業務をこなしています」
ダークはマスクを脱いで、【魔法探知】で周囲をよく見る。
色んな種族の商人の対応をしているのは、彼らの同族ばかりだ。それらが魔法の幻で作られた人ならば、赤く光っているはずだがそんな事はなかった。
「願いを叶えしマナが形作る、魔法の幻ではないようだが?」
どこかビャクヤに似たその大仰な喋り方に、ヤイバは内心でうんざりしながら答える。
「あの幻は魔法ではないからね。彼らには触れることもできるし、感情も知性もある」
「???」
混乱するダークに説明している暇はない。
「とにかくヒジリ王を探そう」
ドアへと向かおうとして踵を返したヤイバの目に、なにか点のような物が映った。
「【高速移動】!」
魔法の脚絆が光るとヤイバは瞬間移動したかのように動き、放物線を描いて飛来してきた物体を回避した。
「コロロさん、また鼻くそを飛ばして! 僕が潔癖症な事を知ってるでしょう!」
「名前間違えるな! コロネだよ! 久しぶりだね、セイバー。シシシ」
小さな子どもの地走り族、サヴェリフェ姉妹の末妹が、鼻くそを丸めながら白い歯を見せて笑っていた。
(獣人が闇側国にいるのは珍しい。光の種族は闇側の怪物に狙われやすいからね。さぞかし危険だったろう)
ドワーフたちが滅多に地上に出てこないのもこれが理由である。彼らは光の住人でありながら、神話の時代に樹族を見限って闇側に来たからだ。
「どうしたのか、鉄騎士殿。城に入ろうではないか。それともあの獣人に見覚えでも?」
ダーク・マターが早く目的を果たそうと急かす。自分がビャクヤたちの子孫かどうかは関係なく、仲間に託された使命を果たさないと気がすまない律儀な性質なのだ。
(確かに彼の言う通りだ。一刻も早く父を手伝ってこの馬鹿げた無の侵食を止めなければならない。禁断の箱庭を停止させれば、きっと全てが良い方向に転がるはずだ)
しかし彼の優しさが足を動かそうとはさせない。これがヤイバの長所であり短所でもある。過去にもこの優しさの所為で、付き合う相手の人間性が見抜けず、裏切られた経験がある。
ヤイバは兜を被ると振り向いた。
「オビオ君・・・だったかな? 門前で泣いているあの猫人の事情を聞いてやってくれないか? 僕は国王に会って事情を説明してくる」
ヤイバの願いをオビオは笑顔で快諾する。
「ああ、いいよ。あんた優しいな」
城に入って待合室兼商談室であるラウンジで、ヤイバは忙しそうに書類を運ぶリツ・フーリーと目があった。
「ヒジリ国王陛下はどこですか? 母さ・・・、リツ・フーリー鉄騎士団団長殿」
ツィガル帝国の騎士団長でありながらヴャーンズの命令で、ヒジランドで在外公務をしているリツは、所属不明の帝国鉄騎士に対して太い眉をしかめた。
まず騎士団長のメガネの奥が真っ先に確認したのは階級章だった。
彼の鎧のネックガードには団長を表す三ツ星の階級章がついている。更に胸部にはグリフォンの紋章。自由騎士でもある証拠だ。
(目の前のオーガがツィガル帝国の騎士なのは間違いないのだけど、団長で自由騎士? どういう事かしら)
しかし、リツは察する。
自由騎士というのは基本的に外交問題に関わっていたり、極秘任務を以来されていたりで素性を隠しているものだと。
国内外から強い信頼を得た騎士だけが自由騎士の称号を受け、自由に国を行き来し、且つ強力な権限を持つ事ができる。
誰でも彼でも自由騎士になれるものではないのだ。
となると、一団長である自分が目の前の自由騎士を知らなくても納得がいく。彼の素性を知っている者がいるとすれば、それは間違いなくヴャーンズ皇帝だけだろう。
自分がメイジで、【読心】の魔法を覚えていたら良かったのにと思いながら、リツは必要最低限の情報をヤイバに教えた。
「ヒジリ国王は重要な任務で外出しております。残念ですが、出直してもらえますか?」
私は神国ヒジランドの臣下ではない、という気持ちが乗ったリツの冷たい声と、父の行動の速さに驚いてヤイバは面食らう。
「もう遺跡探しに出かけたのか・・・。流石は父さんだ」
「父さん?」
リツが聞き返した。ヒジリはまだ二十歳前後だ。こんなに大きな子供がいるはずがない。
「い、いや。なんでもありません。忘れてください。ところで、王はどこへ行くと仰っていましたか?」
「貴方が信頼のできる自由騎士とはいえ、安易に一国の主の詳細を伝える事はできません。それに私はツィガルの騎士。この国での権限はそう多くはありませんから」
「では、誰かヒジリ国王陛下に近い・・・。そうだ! タスネさんか、フランさん、イグナさんは? サヴェリフェ姉妹がいるはずでしょう?」
「残念ながら不在です。彼女たちも樹族国からの任務を受けているのです。私同様忙しい身。また時間を置いて尋ねて下さいませ、自由騎士様」
そう言うとリツは書類の山を持って二階へと上がっていってしまった。
「では、これほどの客を一体誰が対応しているのか・・・」
ラウンジに溢れかえる商人や貴族を見てダークが不思議がる。
「幻が相手をしているのですよ。暗黒騎士ダーク殿」
「幻?」
「ええ、実体のある幻が業務をこなしています」
ダークはマスクを脱いで、【魔法探知】で周囲をよく見る。
色んな種族の商人の対応をしているのは、彼らの同族ばかりだ。それらが魔法の幻で作られた人ならば、赤く光っているはずだがそんな事はなかった。
「願いを叶えしマナが形作る、魔法の幻ではないようだが?」
どこかビャクヤに似たその大仰な喋り方に、ヤイバは内心でうんざりしながら答える。
「あの幻は魔法ではないからね。彼らには触れることもできるし、感情も知性もある」
「???」
混乱するダークに説明している暇はない。
「とにかくヒジリ王を探そう」
ドアへと向かおうとして踵を返したヤイバの目に、なにか点のような物が映った。
「【高速移動】!」
魔法の脚絆が光るとヤイバは瞬間移動したかのように動き、放物線を描いて飛来してきた物体を回避した。
「コロロさん、また鼻くそを飛ばして! 僕が潔癖症な事を知ってるでしょう!」
「名前間違えるな! コロネだよ! 久しぶりだね、セイバー。シシシ」
小さな子どもの地走り族、サヴェリフェ姉妹の末妹が、鼻くそを丸めながら白い歯を見せて笑っていた。
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