殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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マナの大穴とヒジリ

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 マナを感じ取れることができる者にとって、ここはどういった場所なのだろうかと、ヒジリは遺跡を歩きながら考える。

「なにをお考えですか? マスター」

 ピンク色をした1つ目球体がヒジリに話しかけた。

「愛しい君の事を考えていたのだよ、ウメボシ」

 池田秀一のような声が、アンドロイドにふざけて答える。

「あら、それは嬉しい限りです。しかし、ウメボシに嘘は通じません。発汗量、血流の速度等でマスターが嘘をついているかどうか分かります」

「それは困るな。浮気をすればすぐにバレるではないか」

「もう浮気し放題でしょう? スケコマシの我が主様」

 ツンとするウメボシが進むその先に、何かが実体化を始めた。

 ――――悪魔だ。

 前方に伸びる角、白いお面のような顔、金縁の黒ローブを着る悪魔にヒジリは驚く。

「ほう、悪魔の姿がこの目でしっかりと見れるとはな。これまで基本的に悪魔は霞む影のように見えていたのだが」

「マナ粒子が大量に噴出する大穴が近くにある影響でしょう。どうします? マスター。あまり友好的な悪魔には見えませんが」

「確かに問答無用で攻撃してきそうだな。そう考えるとキリマルは話が通じる相手だった」

 ヒジリが言う通り、意思疎通をしようともしない攻撃的な悪魔は、手に持つ炎の鞭を打ち付けてくる。

 しかし格闘家兼科学者のヒジリは、自信に満ち溢れた顔で両腕を組んだまま動かない。

 ブンと音がして彼の前にフォースフィールドが発生し、鞭を弾いた。

「残念だが、私が悪魔に負けることはない。そもそも私は悪魔の存在を心の底では認めてはいないのだからな。君はさしずめ、マナ粒子が作り出した幻の類だろう」

 実際のところヒジリは科学者としてまだまだ発展途上中で、マナ粒子やサカモト粒子の全てを解明しているわけではない。知識量でいえばサカモト博士の足元にも及ばないのだ。

 しかしながら、あらゆるものは数字で表せると頑なに思い込んでいる。

 その思いが魔法を否定し、魔法生物や悪魔、マジックアイテムを否定する。ゆえにマナの濁流の中に立っていようがマナ粒子はヒジリを避けるのだ。

 逆にいえば、ヒジリやウメボシが魔法を見ることができないのもこれが原因である。

 上位悪魔は滅多矢鱈と単体魔法を撃ったが、ヒジリやウメボシに届くことはなかった。

 完璧な魔法無効化能力を持つ人間に、悪魔は少し後ずさりして慄く。召喚されれば如何なる世界にも現れる悪魔にとって、人などは他愛もない存在のはずだった。

 しかし目の前の人間はどこか普通ではない。悪魔の目には彼が神属性だとわかるが、何か嘘くさい。人の総意や願いを背負い、その役目ロールを演じる白々しさ。

「貴様は・・・。特異点か・・・」

 何千年も人の悪意に関わってきた悪魔はそう呟いて、諦めた表情をする。

「今回は運がなかったか・・・。そもそも我は一体誰に召喚されたのだ・・・」

 怖気づく悪魔を見てヒジリは退屈そうな顔をする。

「面白くないな。これでは一方的な戦いになる。私が近づく前に必殺の一手を考えてほしいものだ」

 上品そうな上位悪魔だったが、チッと舌打ちをした。

「ふん、いいだろう。元々精神体である我らに死の概念はない。今、悪魔の間で噂になっている反逆の人修羅のようにはいかぬが、抗ってみせよう」

 魔法が効かないとはいえ、二次的被害はヒジリにも影響する。

 悪魔は基本的に無尽蔵に無詠唱で呪文を唱える事ができる。ヒジリに対峙する上位悪魔は指先の爪を広げて、ヒジリに向けると辺り一面を閃光が駆け抜けた。

 光熱の魔法が天井を溶かして、血のように滴る赤いマグマが現人神を襲う。

 しかし、それすらもフォースフィールドが完全に弾く。

 悪魔が核爆発の魔法を唱えても、ウメボシがすぐに放射能キャンセラーを発動させて無害化してしまい、彼女の主は何も影響を受けない。

 極寒の魔法で空気を凍らせても、黒いパワードスーツの装甲が微振動繰り返し、熱を発生させる。

「あらゆる状況に対応できるよう、パワードスーツに改良を重ねた結果が今なのだ。科学力とはこういう事なのだよ。理解できるかね? 悪魔の君」

「・・・いや、この強さは――――。そうか。慢心するなよ、現人神。貴様の今の強さは貴様のものではない。禁断の箱庭にいる、もう一人の貴様の力の影響だな。でなければ元来ここまで強くないはずだ。貴様は利己的で・・・。どちらかというと此方側だ」

「禁断の箱庭の中の私の力? 何を言っているかわからないが、私が悪側だというのかね? 冗談ではない。私は自分の信念に忠実であるし、私の力は自身の知性と四十一世紀の科学力が生み出したものだよ」

 静かに困惑する主を見て、ウメボシはクスクスと笑う。

「その悪魔の言っている事はある意味正しいかもしれませんね。地球でここまでパワードスーツを改良すれば、マスターは過激派と認定されて逮捕されるでしょうから」

 ウメボシが余計な事を言うのでヒジリは少し拗ねる。

「気分良く優越感に浸っていたのに無粋だな、ウメボシは」

「その慢心で、これまで何度失敗してきたことでしょうか? その悪魔も慢心するなと注意してくれているではないですか?」

「痛いところを突く。では本気を出そうか、明日から」

「今、出してくださいませ」

「ふむ。いいだろう。神の力を存分に知れ、悪魔の君。この星の住人はこちらの意志に関係なく、私に神を投影する。一つ言っておくが、私自身、解明できていないマナ粒子に頼る気はないし、神になろうともしていない。この星の住民の総意に応えて、私はホログラムで偽りの後光をかざして、それらしく振舞っていたら、いつしかそれが本物となっただけなのだ。私を見る者がそう思えば、マナ粒子はそのように作用する。どうしてそうなるのか・・・。私はその謎が解けなくて、科学者として恥ずかしく思う。さてその恥ずかしさを紛らわすために、悪魔の君には八つ当たりの対象になってもらおうか」

 突然、理不尽な事を言って近づいてくるヒジリの背から広がる、聖なる光を見た悪魔は、途端に体が痺れたようになって動けなくなった。

 回避率が限りなく完璧に近いはずのキリマルが動けなくなったのも、この神属性の力だが、当の本人であるヒジリは気づいてはいない。なぜならマナ粒子はヒジリを避けながら、神属性が作用しているからだ。

「では地獄だか魔界だかに戻りたまえ。いや、マナ粒子の海に帰れと言うべきか?」

 ドンと悪魔の腹部に衝撃が走る。

 速すぎて見えなかった打撃が、苦痛となって悪魔の全身を駆け巡った。一所に複数回の聖なる拳が入ったのだ。

「――――!!」

 上位悪魔は声を上げる事もできず、腹を押さえて悶絶しながら消えていった。

「呆気ないな」

「これまでのデータからして、マスターはアンデッドや悪魔等に対して無類の強さを発揮しますからね。彼らにしてみれば、マスターはズルっ子しているのと同じですよ」

 ズルっ子というフレーズがヒジリのツボに入った。拳を軽く握って口を隠して笑う。

「フフフ、ウメボシは時々古臭い言葉を使う」

「人をお婆ちゃんみたいに言わないでください、マスター」

「それにしても少しずつ下りていく四角い回廊は見飽きたな。苔むす石壁に滑りやすいスロープ」

「マスターは床から一センチほど浮いていますから、足元に注意する必要はないと思いますが」

「私はそうだろうな。しかしそうでもない者がいる。いい加減出てきたらどうかね、ピーター。スキルの効果時間も無限ではないだろう?」

 ヒジリの影からヌッと小人が頭を掻きながら現れる。

「えへへ。バレてたか・・・。僕ね、ついつい、ついてきちゃったんだ。なぜかって? ほら! 遺跡って大体さ、罠だらけでしょ? 盗賊のスキルが役に立つかな~なんて思ってさ!」

 ピーターは地走り族が友好的な態度を取る時に見せるポーズ(人差し指と中指と薬指を立てる)をしてはにかむ。

「ああ、もう! ピーター様! 孤児院にお帰りになったのではないのですか? シスター・マンドリル様が心配していますよ」

「シ、シスター・マンドルな。嫌な名前を出すね・・・」

 元傭兵のシスターの名前を出すと、ピーターが邪悪な顔をしてウメボシを睨んだ。

(これまでシスターに何度頭を小突かれただろう? あの筋肉女め! お陰で僕の頭は凸凹さ!)

 ヒジリはピーターの精一杯の悪い顔が滑稽だったのでクスっと笑うと、話題を変えてやることにした。

「その地走り族特有のサインを、サヴェリフェ姉妹がやっているのを見たことがないのだがね」

「だってタスネさんって貴族じゃん。僕みたいに冒険に出て、見知らぬ種族と交渉するなんてこと、滅多にないでしょ」

「確かに。彼女が相手にするのは基本的に樹族国とヒジランドの顔見知りばかりだからな。それに狭量なる我が主タスネは、敵対者に容赦なく魔物をけしかける」

 ヒジリはこの星に来て最初に出会った、タスネという地走り族の少女の顔を思い浮かべる。色々と経験を積んだ彼女は今は貴族となり魔物使いとなって、樹族国とのパイプ役になってくれている。

「ピーター様。孤児院が恋しくなったりはしないのですか? シスターにはお世話になりっぱなしでしょう? マスターが孤児院に植えた美味しい野菜やキノコの味を思い出さないのですか?」

 ヒジリが折角話題を変えてもウメボシが強引に話を元に戻した。

「思い出さないよ! あそこで思い出すのはイグナちゃんの柔らかいおっぱいだけだ!」

 欲望に忠実なピーターは、教会に寄付に来た闇魔女イグナの豊満な胸を見て、つい揉んでしまった過去がある。勿論その後、シスターに頭をいやという程殴られたが。

「まぁ・・・。いやらしい」

 ウメボシが呆れていると、上階で何やら騒がしい声がする。

「フハハハハ! 我の前に敵はなし! 我の後にも敵はなし!」

 よく響く低い声が、残響音を伴って聞こえてきた。その後に魔物の悲鳴が轟く。

「暗黒騎士殿。敵を倒すごとに一々見得を切らないでください。急いでいるのですから」

「ふむ、あの余裕のないツッコミはセイバーだな」

 ヒジリが声で誰が誰かを判断していると、彼らの声が悲鳴に変わる。

「うわぁぁ! スロープが滑る!」

 聞き覚えのない男の声が聞こえてきた。

「おい! 私を巻き込むな! 糞オビオ!」

 これまた聞き覚えのない女の声が聞こえる。

「フハハ! ここは敢えて! 一気に滑り降りたほうが! 速やかなのでは?」

「わ! 暗黒騎士ダーク・マター! 僕の足を引っ張らないでください! 滑ります! いや、もう滑っています!」

 一々律儀に状況を説明しながら、回廊のスロープを滑り降りてくる自由騎士とその仲間を見たピーターは、慌てて壁に背中を付けてぶつからないようにした。

「現人神様、避けないとぶつかりますよ!(ふん、ヒジリめ! いつも自信満々な顔をしてて腹が立つんだよ。ぶつかっちゃえ!)」

 腹に邪悪さを抱えてピーターは注意を促すが、ヒジリは両手を組んだまま滑ってくるヤイバたちを見ている。

「ウメボシ、前方に弱めの斥力フィールドを展開せよ」

「畏まりました」
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