殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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世界の行く末

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 目的の人物を魔法で探し当てたアオは、彼の姿が邪悪な悪魔そのものになっているのを遠視で確認したが、確かにキリマルだという確信があった。なぜなら彼の腰に浮いてぶら下がる魔刀は間違いなくアマリだったからだ。

「金剛切りと対になる刀・・・」

 闇の中で同じ人修羅と剣戟を繰り広げるたびに、散る火花は捻じくれた角を持つハンマーのよう悪魔を照らし出す。

 若干受け口気味の下顎からは、長い犬歯が伸びている。筋肉隆々で大きな黒い体にはヒビが多数あり、そこから赤い光が漏れている。

「ユウレイグモのようにヒョロヒョロだった頃のキリマルとは別人みたいです・・・。彼ならきっと世界を・・・」

 全て者の命を請け負って戦うキリマルの左手に魔刀金剛切りが転移したのを見届けると、アオは緊張が解けて気を失ってしまった。

 倒れるアオの影からダークが現れて彼女を抱き支える。

「相当気を張っていたのだろう! 暫くは安息の闇を揺蕩うがいい!」

 相変わらず中二病なセリフを吐いて、ダークはヒジリの座るソファに彼女を寝かせた。

「さて。では我からも質問をさせてもらおうか、禁断の魔本よ」

 ダークは気迫を出すために無駄に負のオーラを放ったので、ピーターが喚く。

「意味もなくスキルを使うなよ!」

 このメンバーの中でダークよりも実力値の低いピーターは、負のオーラに当てられてブルブルと震えながら落ち着こうとしてコーヒーを飲んだ。

(良い質問を頼むぞ)

 ヒジリは片目を閉じ、片方の黒い瞳で暗黒騎士を見つめる。

「我の存在・・・。いや、そんな事を聞いても今は詮無きこと・・・。我は! この世界をあまねく無に導く存在を倒したい。どこに行けば相まみえるのか? キリマル一人だけに良い格好をさせたくないのだ!」

「それならば、既にピーターが倒し、ウメボシが復活させた」

 素っ気なく魔本は答えてユラユラと揺らめく。

「なに! まさかとは思うが! オビオ殿が守ろうとした少女がそうなのか?」

「・・・。質問は一人につき、一つだ。が、まぁいいだろう。相方が今しがた物語を書くのを止めたのでな。我の命もそう長くはない。語ってやろう、世界を破滅に導く者の正体を」

 魔本はウメボシに浮かされたままの樹族の少女の寝顔を見ると、話の続きを語り始めた。

「奴は世界を無に帰す役目を背負う女――――。ウンモが残した宇宙シミュレーター破壊プログラム。その名はQ。しかし、彼女はその仕事を担うには心が優し過ぎた。いつしかドールハウスを眺めて満足する少女のように、宇宙に芽吹き始めた命を見守って、日々を過ごすようになってしまった」

 予想以上に情報提供に、ヒジリは満足げな顔をしてコーヒカップを置いた。そして前のめりになって座り直してから、何かしらのダメージを受ける魔本を無表情で見つめる。

「ぐぅ・・・。あの女は自分の役目を忘れ、ウンモの末裔の呼びかけを無視し続けた。ビャクヤが現れるまではな。Qを魅了するほどのとてつもない美貌を、あの仮面のメイジに持たせたのはコズミック・ペンだ。まんまとその罠にかかった彼女はビャクヤに惚れてしまい・・・」

 そこで一度地面にトサッと落ちた魔本は、また羽ばたいて空中に浮かぶ。

「コズミック・ペンに愛しい玩具を取り上げられて、とうとう腹たち紛れに世界を終わらせようとした。そして世界の終わりの始まりを確認したQは、これまで積み重ねた罪の償いから逃れ、自分の作り出した世界・・・。禁断の箱庭に転生したのだ。純粋無垢でなんの変哲もない樹族の幼女にな。その彼女をここに召喚するという嫌がらせをしたのは、恐らくコズミック・ペンだろう」

「つまり、Qは世界を終わらせるだけで、無を止める手段を持っていないと?」

「ああ、そうだ。過去を持たぬ暗黒騎士ダーク・マター。君への返答はここまでだ」

「そんなの嫌だよ! 俺はまだ死にたくない! 楽に無の進行を止める手立てはないの?」

 ピーターが両手を広げて必死に解決法を魔本に尋ねる。

「楽に? あるにはある。箱庭の侵食を受けた場所は消える事がない。ヒジランドと樹族国は既に箱庭の影響を受けている。なのでキリマルが次元の狭間で、全ての者の恐怖の化身を倒すまで待てばいい。今の所、全ての時代、全ての世界において、無の侵攻からキリマルが守っている」

「それはどれほど待つのだ?」

 オビオを追いかけ回していたサーカが、メイスをしまい魔本に歩み寄ってくる。

「数千年、いや、数万年かもな。なにせ彼は無の侵攻に気付いた者が持つ幾万、幾億との恐怖と戦っているのだ。本当ならば抵抗することも出来ずに我らは消える運命にあった。しかし、奴はマナと人間の精神的脆弱さを使って、無という概念を恐怖の化身という形に変換したのだ」

「なるほど。マナの見えない私やウメボシに、その発想は出てこなかっただろうな」

 ヒジリはそう言って、少しぼんやりとするヤイバに向いた。

「どうしたね? 気の抜けた顔をして」

「僕が信じて疑わなかった禁断の箱庭の破壊は、無を止める手段にはならなかった・・・。僕はそうすることが最善だと思って動いてきましたから・・・」

「まぁ誰しも勘違いはある。で、ヤイバは何を質問するのだね?」

「僕は・・・。すぐにでも世界を元に戻す方法を知りたい!」

 ヤイバの質問を受けた魔本の表紙が燃え始めている。

 この古めかしい本が世界そのもので、急に燃えたり修復したりするのは、キリマルがどこかで一進一退の攻防を繰り広げている証拠なのだろうか、とヒジリが思っていると、コズミック・ノートはヤイバへ返事をした。

「あるにはある・・・」

「教えて下さい!」

「禁断の箱庭を開放する事だ」

「それだと世界が入れ替わってしまうじゃないですか!」

「禁断の箱庭は、この世界に影響をもたらす唯一の仮想世界。かつて君がまだ十代だった頃、過去だと思って飛んでいた世界は箱庭の中だったのだよ。今は実際の過去に飛べるようにはなったがね。そこで見た箱庭の中はどうだったね?」

「僕が干渉したせいでいくらか変わってしまっていますが、そんなに違いはなかったです・・・多分」

「そうだろう。どのみち、世界は禁断の箱庭に作り変えられる運命にあった。ただ、一つ相違点を言えば、これまで繰り返した世界では無が押し寄せることはなかった・・・。ぐわ・・・」

 またコズミック・ノートが床に落ちてから浮いたのを見てヒジリは考える。

(あのダメージは余計な情報を喋った事で、我々に与えた不安や恐怖がダメージとなって反ってきているのか? それは世界そのもであるコズミックノートの無の侵食を早めるということになる。もしや、魔本は早く死にたがっているのか・・・?)

 魔本の声に芯がなくなったように聞こえる。

「は・・・箱庭の中の世界はこちらとは時間が違う。未来を予想するシミュレーターなのだから当然なのだが、箱庭の中の時間は速い。もうそろそろ、中のヒジリが内側から箱庭の開放ボタンを押すぞ? 中の彼はそのボタンを、惑星を包む遮蔽フィールド開放装置だと勘違いをしている。ボタンはなるべく同時に内と外から押さなければ箱庭の世界は開放されない。此方側のボタンは部屋の真ん中の台座にある。あと一分後に、箱庭の中のヒジリはボタンを押すだろう」

 ここでようやくヒジリが口を開いた。

「世界が入れ替わるメリット・デメリットは?」

「メリットは聞くまでもないはずだ。多くの者の命が救われる。そして有限の次元が重なる世界でなく、無限の泡の世界に変わる。デメリットは・・・。物語の外・・・。ページの上を這う・・・、使いようによっては君たちに都合の良い虫が、どこかに弾かれるという事だ。そして彼が紡いだ物語も無かった事になる。我は過去にキリマルに忠告してやった事がある。残酷な終わりが待っていると・・・」

「そうなると! まさか、あの超絶美形のビャクヤ様やリンネ様、そしてダーク様の過去が消えるという事ですか?」

 ウメボシが瞳を虹色にして混乱する。

「そうだ。キリマルとの関わりが深ければ深いほど、失うものは多い。そして過去を持たない暗黒騎士ダークよ。君は存在そのものが確実に消える。或いは消えなくとも、箱庭と現実の世界が混ざり合い混沌とするかもしれん」

 魔本の宣告には微かに憐れみが混じっていたが、どこか無慈悲でもあった。道連れを欲している亡者のように。
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