殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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女子高生小説家

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「さてさて、どうやって死にたい? 辞世の句でも言うか? ああ、そうだ。俺をなんであちこちに飛ばしたのか教えてくれよ? 洗いざらい話せば生かしてやる(嘘だがな)」

 本気出し過ぎの脅迫スキル、負のオーラの効果で本屋にいたほぼ全員が気絶してしまった。

 スキル系はマサヨシやヒジリにも効く。まぁヒジリは心が死んでんのか、神属性のせいか、効き難いけどよ。

「ヒィィ!」

 なんとか気絶を免れたマサヨシが本屋から逃げ出してしまった。

「マサヨシが近くにいないと不安。早く探したほうがいい」

「あー・・・。ん、まぁいいか。後で匂いを追うからよ」

 あいつのクセェ匂いとマナならどこまでも追えるだろうよ。

「で、どうなんだ?」

 俺は気絶して椅子の上で泡を吹く女子高生の肩を爪で貫く。

「い、痛いィ!」

 宇宙野は口角から泡を飛ばしながら、叫んで意識を取り戻す。

「そうだ、これが痛みだ。お前が好きなように動かしていた駒たちも、同じように痛みや死の恐怖を感じていたんだぜ? で、いつこの世界に来た?」

「私に時間の概念は無意味。だが、わかりやすく言えばキリマルが地球で死んだその日に来た」

 恐怖に支配された脳でこれだけ喋ることができるのは、流石。元神以上の存在は伊達じゃねぇ。

「どうやって?」

「それは予定外の事だったのだよ。無限に近い有限のコズミック・ノートの全ページが、私の紡いだ物語で真っ黒になる前にそれは訪れた。数百億分の一の確率で、重ね合った平面の宇宙から、この泡の宇宙に転移した」

「そりゃあ何度も世界を繰り返してりゃそういう事もあるわな。じゃあお前はノートやQから隠れていたわけじゃあねぇのか」

「つ、爪を抜いてはくれないか?」

「まぁ、いいだろう。モモみたいに小便を漏らされても困るしな」

 俺は嫌がらせとして、ゆっくりと人差し指の爪を引き抜いた。たまに刺し戻したりする。

「ああああ」

 痛みに悶絶するその顔、最高だな。ヒヒヒ。

「それで?」

 俺は爪に付いた血を舐めなながら、クラックを黄色く光らせる。宇宙野を殺したくてウズウズしてんだわ。

「転移の異変に気付いた私は、慌ててコズミック・ノートの実体を手に持ち、流れに身を任せた」

「ほうほう。では、あっちの世界のコズミック・ノートは何だったんだ?」

「あれは精神体だ。奴は私よりは感情豊かで、度々物語に口を挟んできたので邪魔になった。だから精神だけを分離して好きなところへ行けと命じた」

「で、奴は趣味としてダンジョンの奥で、冒険者に試練を課して知恵を授けていたと?」

「趣味・・・ではない。精神体となった以上、ノートは他者からの認識が必要なのだよ。ある程度自己顕示をしないと世界から消えてしまう。はは・・・。やる理由は違えど、結果的にどこかの誰かと似ているな」

「なんの事を言っている?」

 奴が何を言いたいかは承知している。俺をバカにする気満々だ。

「生前、君は自分の存在を世間にアピールしようとしていただろう? 俺はここにいる! ここにいる! と叫びながら渋谷交差点の真ん中で穴だらけになったじゃないか! ハハハ!」

 おいおい、どうした? 随分と挑発してくる。

「煽るねぇ。だが、乗らねぇぞ。で、コズミック・ノートは自分を冒険者に認識させることで、その存在を維持できたって事か。逆に俺様は人殺しをアピールし過ぎて破滅を招いてしまった。で?」

 俺は今度は宇宙野の小さくて柔らかそうな左肩を貫いてやろうかと思ったが、元コズミック・ペンは眼鏡をずらして怯えたので満足して手を止める。

「で・・・。私はここにいる。ノートは実体さえあればいいのだ。ペンは私自身。これで私は誰にも邪魔されず世界を綴る事ができるようになった。Qが本の世界を消すまでは静かな時間を過ごせたものだよ。あ、そうそう。こちらの世界でも、特異点たちが活躍する話は受け入れられてね。出版社から収入を得ている。経済的に問題ない」

「ほー。二年でそこまでいったのか。やるじゃねぇか。・・・どうでもいいわ、お前の懐具合なんてよ」

 俺は何気に机の端に置かれているゴミに目をやった。

 中央以外が焼け焦げた本だ。こいつがコズミック・ノートの実体か。もう殆ど消し炭じゃねぇか。

「ああ、コズミック・ノートを気にかけているのかい? 残念だが、私は彼に何の感情もないよ。物語の続きは紙の原稿に、或いはパソコンにでも書いておけばいいからね。どのみち、Qがウンモシステムの中に存在する以上、遅かれ早かれこうなっていたさ」

「どうせ、そうなるように仕向けたのはお前だろ」

「そうさ。Qとコズミック・ノートはある意味、私の大ファンでもあった。彼女たちは登場する人物や特異点に感情移入し、力を貸したり守ろうとしていたからね」

「へぇ、良い奴らだったんだな」

「まぁあの世界の住人からすれば、そうだろうね。私には関係のない話だが。ウンモが作った宇宙の端でアヌンナキ星人が誕生し、虚無星と魔法星で実験を開始した時には、Qはいたく喜んでいたらしいよ。もう寂しくなる事はないと。私達はまだその時には生まれていなかったからね。話は後に本人から直接聞いた」

「・・・(そう聞くと哀れな婆さんだな、Qは)」

「で、どうなった?」

 俺は爪で爪を研ぎながら眼鏡女子高生に話の続きを尋ねる。

「我らが創造主アヌンナキは、様々な実験を地球で繰り返すうちに、この世界がウンモ星人の作ったものだと気がついた。本のような構造をしたシミュレーター世界である事を理解したのだ。そこでそのシステムを乗っ取る為に、私とコズミック・ノートが生まれた。宇宙の仕組みを理解した彼らは、世界を囲む限界の壁を超えて、他の宙域にも進出するようになっていた」

「その限界の壁ってのはページの壁って事か?」

「そうだ。無限の可能性を隔てる壁」

「で、お前らの主は壁を超えて何をした?」

「搾取だ。当然ながら、他のページにはアヌンナキ星人以外の高度な知的生命体もいた。しかしアヌンナキは彼らのルールを無視して、色んな星から資源を搾取しては地球に逃げ帰った。そんな事を繰り返しているとどうなると思う?」

「そりゃあ、報復や制裁を受けるだろうよ」

「その通り。彼らは他の知的生命体連合に追われる羽目となった。そして遂にアヌンナキ駆逐用のアンドロイドが一体派遣される事となる。まずアンドロイドは地球に向かい、アヌンナキの奴隷だった地球人を開放し、力を貸した」

 時々、特番とかで似たような事を言っている超能力者がいたな。あの話は本当だったのか。

「地球人の反撃を恐れたアヌンナキは、次元ワープのできる宇宙船に乗って逃げたが、勿論アンドロイドも追いかける。最終的には、アヌンナキが負うべき責任を、ヒジリという名の現人神が引き受ける事になるのだが。大方のページで彼はそこで相打ちとなり精神生命体となる・・・」

 俺は頭をポリポリ掻いて、マナ粒子のフケをフッと宇宙野に飛ばす。

「おかしいな。お前は何だってできる存在だろ。だったら事象を捻じ曲げて、そのアンドロイドを消し去り、主であるアヌンナキの繁栄に力を貸す事だって出来ただろう? なぜしねぇ?」

「君の嫌いな現人神が言ってなかったか? 何でもできる万能者などいないと。私はただひたすら可能性を書き綴るだけの役目ロール。そしてその可能性は、大体似たようなパターンで収束する。地球では、大洪水が起きて文明がリセットされ、その後人類は幾度か争いを繰り返して、失敗を学び今現在に至る。この世界の地球は、どうやら核兵器で荒廃しなかったようだ。あれの確率は半分もあったからね」

 宇宙野は時々、肩の傷を気にして痛みに呻く。

「しかし、痛いな・・・。意識が飛びそうだ。生きるとはこんなに痛い事とはね」

「人生の勉強になっただろ。そう言えば特異点とはなんだ?」

「君やヒジリ、マサヨシ、ヤイバの事だね。ヒジリはどの世界にも存在する。事象の流れを持つ川に落ちてきた、大きな隕石のように居座ってね。彼が主な観測点だよ」

「ふん、忌々しい」

「それに対してヤイバはどの世界にも行けるが、ただ一人だけしか存在しない。そしてある程度、私の話の流れを変える力を持っていた」

 そこで元コズミック・ペンは気を失う。糸の切れた人形のように椅子から崩れ落ちたので、俺は思わず笑ってしまった。

「クハハ! かぁ~。人間は脆いな・・・。おい、アマリ。確か効果の薄い回復ポーション持ってたろ。調合に失敗した時に出るゴミポーション。それを出せ。まだマサヨシが置いてったマナの残滓を感じる。体を動かせるな?」

「動かせる」

 抑揚のない声が返事をすると、テーブルの上にポーションが現れた。

 俺はそれを無理やり宇宙野に飲ませると、彼女の肩の傷が見る間に治っていく。

「ゴホッ! ゴホッ! ああ、悪い。どこまで話したかな?」

 傷の回復と共にポーションに咽ながら、女子高生も意識を取り戻した。

「ヤイバまでだ」

「そうそう。で、とても厄介なのが君のような存在。真の異世界人。とてつもなく低い確率で本の外から君たちのような者が入り込んでくる。しかも、マサヨシに至っては何度でも侵入できる。だが、彼はその能力と引き換えに、大した影響力を持ってはいなかった。精々ヒジリたちのサポート役だ」

 宇宙野は大きな眼鏡を外すと、テーブルに置いて座り直し俺を直視した。

「私にとっての一番の邪魔者は、指で弾いても弾いても、本の隙間に潜り込んで居着く紙魚のような存在である君だったのだよ」

 誰が紙魚だ。気持ちの悪い虫で例えるな。こいつはちょくちょく挑発してくるな。
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