殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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青い蝶

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 俺はシルクハットが置いてある墓前で跪いていた。

 粗末な石の墓だ。綺麗な墓を作ってやろうとしても、俺の爪に耐えられるだけの硬い石がこの辺には無いんだわ。

「世界が変わってからはや数ヶ月・・・。俺は寂しいぜ・・・。ビャクヤ」

 黒から白になった自分の肌を見て、牙だらけの口をうっすら開けると深い溜め息をついた。

「見ろ、属性が反転したのもお前のせいだぞ。今じゃ人の死に心を痛めるようになっちまった。いらねぇ事しやがって・・・」

 あの日、俺は狂人化した子孫の首を刎ねようとアマリを構えたが、俺は振り下ろす事ができなかった。

 何故なら、ビャクヤがいきなり狂った犬(実際に狂ってはいるが)のように土を掘り始めたからだ。

 鼻をクンクンと鳴らして、地面を掘ってる我が子孫の姿は実に哀れだった。多彩な魔法と手数の多さで、魔法勝負をやらせれば誰にも負ける事はなかっただろう。ヤイバや闇魔女にさえ。

 俺が哀れんでいると、奴は後ろに飛び退いて詠唱を開始した。いきなりでびっくりしてよ。慌てて止めに入ったんだ。

 なんせ狂ったメイジの魔法は強力だからな。都市を一つ破壊したという話も聞いた事がある。

 とんでもねぇ威力の【衝撃の塊】が地面を穿ち、湿った土と草を撒き散らして出てきたのは、地下水だった。

 咄嗟にビャクヤの前に出て庇ったせいで、俺はをモロに浴び、肌が見る見る白くなった。

 と同時に、以前にはなかった他者への献身や協調性といった、気持ちの悪いものが心の中に芽生えて吐きそうになった。

 そうだ・・・。ビャクヤに聞いたことがあるぞ。ニムゲイン城に属性転換(一度限り)の泉があることを。じゃあここに城が建つのかよ。

 俺様が回想から意識を戻すと、可愛そうな我が子孫は何かを追いかけている。

「聞いてるのか! ビャクヤ! うろちょろするな! ちゃんと墓参りしろ! さぁシルクハットを被れ! 仲間の墓に帽子を置くなんて無礼だろうがよ!」

 ビャクヤは俺の後ろでヘラヘラと笑いながら、青い蝶二匹を人差し指と中指だけで挟んで捕まえようとしている。

「神は時間を超越するんぬッ! 止まれ! 蝶たちッ!」

 わけのわからんことをビャクヤは言っている。

「なんだぁ? 神様ごっこでもしてんのか? 蝶なんて【鈍重】の魔法を使えば落ちてくるだろうが」

「さっきからそうしているのですがッ! 効果がありませんズリッ!」

 お? 珍しく会話が噛み合った。

 ここ数ヶ月、こいつがまともに返事したのは腹が減ったかどうかを聞いた時だけだ。

「ある意味、奇跡だな。クハハ!」

 ――――奇跡などないのだよ、悪魔の君。

 なんだ? この囁くような声は・・・。善人と化した今でも思い出すだけで虫唾の走る、あいつの声だ。

「どこだ! ヒジリ! お前はまだ存在しないはずだぞ!」

 ――――私が生まれるのはまだ先だが、意識だけなら光速を超えて過去に遡れる。

「そんなデタラメがあるか!」

 ――――デタラメではありません、キリマル様。

「ウメボシ!」

 優しくて隙がありそうな声だが、常に何かを計算しているような喋り方をするウメボシは勝手に解説を始めた。

 ――――いいですか。マスターやウメボシは、時の流れの先に必ず存在する大岩。そして未来とはシミュレートで導き出せる世界の可能性。勿論、ウメボシ本体にはそのような計算のできる高度な装置はついておりませんが・・・。未来の地球を司るマザーコンピューターであれば瞬時に無限の可能性を予測できます。

「お前らが必ず存在するだと?」

 ――――おっと! 失礼しました。ええ、キリマル様の言う通り。川の中の大岩も何かの拍子で砕け散るかもしれませんが、その可能性は極めて低く、予測する未来は大体同じようなものに偏っていきます。

「その可能性があるというだけで、未来から来れるのか。それじゃあ、本だった頃の世界となんら変わらねぇじゃねぇか」

 ――――そんな事はない。この泡の世界は確認可能な全ての次元を内包しているから、“未来の前借り”ができるのだ。

 相変わらず赤いモビルスーツに乗っていそうな声だな。そして奴の言っている内容を俺の脳は完全に理解出来てはいない。

「よくわからねぇが、そりゃあ言ったモン勝ちみたいな理論じゃねぇか。ヒジリさんよぉ」

 ――――以前の世界はページとページに隔たれ、可能性の端から端まで飛ぶことは不可能だった。順を追ってゆっくりと近いページに移行しなければならないというデメリットがあり、その穴埋めにマナ粒子が潤沢に存在したのだ。

「しかし今の世界は、マナ粒子が減った代わりに未来も過去も、なんならあの世も繋がっているって事か?」

 ――――そういう事になるな。勿論、繋がっているとはいえ、世界は泡の膜で隔たれている。キリマルがページの上から影を落としていたように、我々も泡の上から影を落としているに過ぎない。青い蝶二匹は、私とウメボシの影だ。

「まぁ、なんでもいいわ。で、何しに来た?」

 ――――それは、こちらが聞きたいね。何が望みかね? 君は今、その墓前で他者の死を悲しむという慈悲の心を見せた。そしてこの混沌たる世界の安寧と、子孫の健康を祈った。その祈りは強く、我々にはとても眩しく見えてね。放っておくことができなかったのだよ。元反逆の悪魔君。

「ほぉ。つまりお前が奇跡を起こすってか? 言っちゃあなんだが、今は呪文でさえちゃんと詠唱しないと発動しなくなったんだぞ。僧侶の奇跡の成功率もグンと落ちた。特に蘇生の祈りはな」

 ――――私の存在も、これから起きる出来事も奇跡などではない。話せば長いが聞くかね? 君は科学者の話についていけるほど、賢いとは思えないのだが。そもそもマナ粒子は・・・。

「頭が痛くなるから説明すんな! 俺様は属性こそ変わったが、今も昔も欲張りだ。できるならば望みを全部叶えろ! 狩りの途中で不運にも魔物の毒にやられて死んだドリャップを生き返らせてみろよ! それから危険な魔物を減らせ! ビャクヤの狂った頭も治せ!」

 俺は強がってそう言っていたが、内心ではヒジリに断られるんじゃねぇかとヒヤヒヤしていた。

 ――――ふむ。いいだろう。その目に神の奇跡を焼き付けるがいい!

「奇跡なんか無かったんじゃねぇのか?」

 ――――ドリャップを生き返らせる・・・か。それは我が息子ヤイバに悪い未来が待っているかもしれない・・・。いや、神が私情を挟むのは以ての外だな。いいだろう。墓を掘って棺桶を開けてみるがいい。

 俺は言われるまま、まだフカフカで柔らかい土を掘り起こして、大きな棺桶を取り出すと地面に置いた。

「カハァ! ゲホゲホ! なんだ? 土クセェ!」

 棺桶の中でオーガが咳き込んでいる。

「おお? 生き返った!」

 俺はドリャップが生き返った事を誰かに告げたかったが、近くにいたのは気の狂ったビャクヤと生き返った本人だけだったので、急いで棺桶の蓋をこじ開ける。

「かぁ~! 太陽が眩しいな。 悪いが、俺ぁ蘇生代は払わねぇぞ。金がねぇんだわ! あればあるだけ使っちまうからな。 ドハハ!」

 黄色い髪のオーガは上体を起こして陽気に笑う。

「どうやって生き返らせた?」

 俺は周りを飛ぶ青い蝶に聞く。

 ――――ドリャップは死んでいなかった。オーガは毒耐性が高くなるよう、サカモト博士が設計している。魔物の毒は麻痺毒で仮死状態にするだけだったのだ。彼はその状態から回復しただけだ。

「じゃあ、どの道生き返ってたって事か? 何度も見たが状態は“死”だったぞ」

 ――――君の目は、死と仮死状態を区別しないようだな。

「くそが。じゃあ次だ。魔物を弱くしろ。全滅させるのは可哀想だからな」

 ――――君の口から“可哀想”なんて言葉が出るとは思わなかったよ。まぁいいだろう。魔物はいずれ弱体化する。なにせ、ビャクヤ君が強い個体を殲滅してしまったからな。

「一体何しに来やがったんだぁ、おめぇは。じゃあビャクヤを正気に戻せ! 俺はずっとこれまでビャクヤを元に戻す方法を模索していたんだ。“狂気は治らねぇ”というイメージを高めてアマリでビャクヤをほんの少し斬ろうと思ったが、リスクが高いから止めた。その代わりに狂気を治す薬草やら、魔法のアイテムやらを探しに地下迷宮に潜ったりしたんだわ。それでも駄目だった。神を超越した俺様でも無理だったんだぞ。胡散臭い神のお前にできるか、アホが」

 ――――無礼ですよ、キリマル様。マスターは全知全能。黙って言うとおりにしやがり下さい。

「そこまで言うなら、解決法を聞いてやる。さっさと言えよ、ウメボシ」

 ――――まず全裸になります。それから正座をします。

「もう全裸なんだわ。っていうか、その手の古いネタは要らねぇ。ふざけるなよ。俺様が本気を出せば、次元の壁を切り裂いて、斬撃がお前らをズタボロにするぞ」

 ――――それは恐ろしいな。引き裂かれては堪らん。では言おう。ビャクヤ君の脳機能は魔刀のナノマシンによって阻害されている。基本的に彼女のナノマシンはサカモト博士に適合するように出来ているのだ。

「ちょっと待て、なんで持ち主の俺がそれを見抜けなかった? 悪魔の目で何度もアマリを見たぞ!」

 ――――魔法と科学を融合させた博士に、情報を偽装する技術がないと思うかね?

「あのモジャモジャ禿げ爺め! で、解決方法はなんだ?」

 ――――ビャクヤ君に虚無の力を取り戻させたまえ。ナノマシンを利用して虚無を作り出すヤイバと違って、ビャクヤ君は純粋な虚無魔法の使い手。サカモト粒子で、脳内に存在する魔刀のナノマシンを破壊するのだ。

「だったらおかしいじゃねぇか。こいつは完全に狂うその時まで、灰色の光を纏っていたとリンネから聞いたぞ」

 ――――その時、彼は君の事ばかり考えていたからな。全力を注いで。

「だからアマリの呪いに抗えなかったってか」

 ――――そういう事になる。暗黒騎士が呪われないのはなぜだか分かるかね? 常にあらゆる呪いを意識しているからだ。

「なるほどなぁ。まぁ解決する仕組みは分かった。で、今から何すりゃあいいんだ? 当の本人は狂ってるから虚無なんて使えねぇぞ」

 ――――大人は質問には答えない! なんでも聞けば答えが返ってくると思うなかれ!

「カイジみてぇな事言ってんじゃねぇぞ!」

 ――――甘えるなッ!

「なんだ? なんで急にキレた?」

 ――――すいません。キリマル様。マスターは怒りの沸点がおかしなところにありますので・・・。

「まぁいい。さっさと答えろ」

 ――――ふん。嫌だな。私は忙しいのだ。中国のしでかした生物兵器の拡散、ロシアのウクライナ侵攻、そこから始まる世界恐慌や第三次世界大戦、天変地異などでな! 君のような悪魔にかまけている暇はないのだよ! 救うべく地球人を一人でも多く救わなければならない・・・。君のような悪魔や魔法使いなどにこれ以上時間を・・・。

 脳に直接響いていた声が雑音と共に小さくなり――――、減衰していく神の声とは逆に、俺の焦燥感は増していく。

「う、嘘だろ?! おい! 待て、ヒジリ! おい! くそが!」

 最後に聞こえたヒジリの言葉。それは「可能性を信じろ」という意味不明なものだった。
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