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虚無の奇跡
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「なんだ! 糞神が! 俺様の周りにはろくな神がいねぇ! そもそも神以上の存在ですら、子供じみた奴らばかりだった!」
俺は八つ当たりしようとして、ドリャップの頭でも叩こうと思ったが、無意識にオーガの両肩を掴んで立たせていた。
「歩けるか?」
「ああ、問題ねぇ。さっきからなに一人芝居やってんだ?」
ドリャップが訝しむ目で俺を見る。
「クハハ! 一人芝居か・・・。傍から見りゃ、俺はずっと一人芝居みたいな事を続けていたのかもしれねぇな・・・。奴らに利用されてよぉ」
自分の役目から逃げて――――、地球にて転生したコズミック・ペンは死にたがっていた。俺はあいつの作る世界に逆らい、あいつを殺す為に存在していたようなものだ。物語を完全に終わらせる為にな。
他の奴らには見えていない存在に歯向かって、あちこちの世界や時間に弾き飛ばされて、一人ギャアギャアと騒いでいた俺は間抜けだ。
今思うと、死を前にして恐怖で小便を漏らすコズミック・ペンを屠るのが、道化役である俺の役目だったのかもしれねぇ。
道化という言葉からナンベル・ウィンの顔が頭に浮かぶ。
奇妙なメイクの魔人族を頭の中で思い浮かべると、奴はいつもタップを踏んで踊っている。あの陽気さと恐怖が同居するタップの音を聞くには、もう二千年ほど待たなければならねぇ。
「道化の殺し屋か・・・。確かに俺の血筋に間違いねぇ。クハハ!」
ドリャップがポカンとした顔をしている。いよいよ俺の頭がおかしくなったのかと思っているのかもな。
正常である事を示す為に、俺は軽く咳払いをして背筋を伸ばした。
「おい、ビャクヤ。蝶はもういなくなったろ。いつまでも探してるんじゃねぇぞ。お前がかつて愛した神はもうここにはいねぇ」
俺がフラフラしているビャクヤの肩を掴んで砦に帰ろうとしていると、その砦からアマリが走ってきた。
黒いショートヘアーと大きな胸を揺らすアマリは、珍しく慌てている。
「産まれた!」
もうそれだけで何のことか分かる。リンネがビャクヤの子を産んだのだ。
「男か、女か?」
「オチンチンがついていた!」
「そうか。良かったな、ドリャップ。お前のせいで危うくリンネとビャクヤの子の誕生日が、クソみたいなお前の命日と一緒になるところだったぜ。縁起の悪い」
「ヒデェな、おい!」
ドリャップは、オーガらしくガハハと笑うと砦へと歩きだした。
「俺は酒場にいるぜ。新しい命と自分の復活を祝って、酒を浴びるほど飲むんだ」
「文無しのくせによぉ」
俺が金貨を投げると、ドリャップは待ってましたとばかりに受け取って砦まで走っていった。
「そういや、あいつの復活をヒジリは渋っていやがったな。あいつの子孫が未来できっと何かしら悪さをするんだろうぜ。いい気味だ。ハッ!」
属性転換の泉を浴びて尚、俺はヒジリが嫌いなままだった。人の好く好かねぇは属性なんて関係ねぇんだ。それにしても、あの泉の効果は一度きりで再び浴びても変化はなかった。
俺の制止を無視して泉の水を浴びたアホどもは(その殆どが元オーク・ゴブリンだった悪人だが)、尽く善人になってしまったしよ。飲む分にはなんの効果もねぇし、水源としてはありがてぇがな。
「子供の名前はどうするの?」
アマリが目を輝かせながら、俺の顔を見ている。
「そりゃあ、俺が決める事じゃねぇ。リンネとビャクヤが決める事だ」
まだ青い蝶を探してアウアウと言っているビャクヤを抱きかかえて、俺は砦へと歩く。
アマリはビャクヤを見るといつも悲しい顔をする。今でも後悔しているのだ。俺を呼び寄せる為にビャクヤの精神を犠牲にした事を。
「ビャクヤの事なら気にするな。きっと治る」
全方位見えるクラックの隙間から、背中のアマリを見て励ます。
「うん・・・」
「赤ちゃんは可愛いかったろ?」
「うん!」
アマリはまた目を輝かせた。
「俺も顔を見てみたい。早く行こうぜ」
小屋の前まで来て、俺は何かがおかしいと気づいた。静か過ぎるのだ。
気配で小屋の中に、産婆とリンネがいる事はわかる。しかし赤ん坊の気配は・・・。
「こりゃあ、よくねぇな」
敏感な自分の五感を恨みつつ小屋の扉を開くと、リンネが項垂れて腕の中の皺くちゃな我が子を抱いて呆けていた。
「聖魔キリマル様・・・」
産婆はお辞儀をして俺に事情を説明しようとしたが、見りゃあ分かる。
「いや、説明はいい。少しの間、身内だけにしてくれるか」
「仰せのままに」
かける言葉もないといった表情で産婆は、リンネを見てから小屋を出ていった。
俺は息をしない小さな赤ん坊を見つめながらリンネに訊く。
「死んだのか?」
「うん・・・。産声を上げたんだけど、すぐに泣かなくなって・・・」
青ざめていくクラックの光と共に、俺の口からはウォォンと声が漏れ出た。
「死の運命に抗えなかったのか・・・。見ろ、ビャクヤ。お前の子は死んだ!」
俺の後ろでアマリが大声を出して泣き崩れる。こいつがここまで泣くのを初めて見た。
「蝶・・・」
しかし我が子の死など気にした風もなく、ビャクヤはまだ蝶を探して小屋の中をウロウロとしている。
気の狂ったビャクヤに苛立ちをぶつけても仕方がなねぇ事だがよぉ、俺はついつい怒鳴っちまった。
「青い蝶はいねぇ! お前の神はお前を見捨てたんだよ! お前も神を捨てた! だからここに神はいねぇ! ヒジリを探すな! いいか、この世界ではな! 見えないイコール居ないのも同じなんだ!」
俺の声でビリビリと小屋が震えるが、ビャクヤはまだ蝶を探している。
またウォォンと鳴いて、俺は床に膝を突いた。
「すまねぇ。俺が悪人のままだったら、アマリを使って赤ん坊を生き返らせる事ができたかもしれねぇ! いや、悪人だったとしても殺意を持って身内に手をかけるのは無理だったかもな・・・。俺は・・・。俺は役立たずのクソッタレだ!」
魔刀天邪鬼も万能ではねぇ。生き返るんじゃねぇかと一欠片の希望でも持っていようものなら、俺の願いはその逆となる。
奇跡は全ての考えを掻き消すほどの殺意を持っていた悪人だったからこそ出来た芸当だ。善人となってしまった今ではもう無理なんだ・・・。
俺の強烈な絶望に綿埃のようなサカモト粒子が集まりだした。悪魔の目には灰色の小さな光がはっきりと見える。
「そうじゃねぇ。俺が欲しいのは奇跡を起こすマナ粒子だ。全てを拒絶して別宇宙にエネルギーを飛ばす力じゃねぇ!」
自分に纏わりつくサカモト粒子を振り払っていると、灰色の光はなぜかビャクヤに集まりだした。
「うわああああああ!!」
突然ビャクヤが頭を抱えて悶絶し始める。
「どうした、ビャクヤ!」
「ビャクヤ?」
リンネは苦しそうなビャクヤを心配そうに見つめ、アマリが泣き止む。
「吾輩はッ! なぜッ! 蝶を探しているのかッ!」
ん? 正気を取り戻したか?
「こっちが聞きてぇな。お前はあの現人神を拒絶したはずだ!」
「クキキキッ!」
チッ! 駄目か。ビャクヤの仮面がステカセキングみたいな表情になり狂気に歪む。
「そうッ! 吾輩はッ! 拒絶したッ! お祖父様が死んだ時ッ! その現実を受け入れられずに、リンネのいる世界へ逃げたッ!」
またまともな事を言いだしたぜ。叩くと直る壊れたラジオのようだ。どういうわけか、車椅子の上で事切れたナンベルを見て、泣き喚きながら走り去るビャクヤの映像が頭に浮かんだ。
「ギヒヒヒ!」
そしてまた我が子孫は狂う。
しかし想いの映像は、途切れる事なく、無我夢中で草むらをかき分けて走るビャクヤの姿を見させる。結局、迷いに迷ってナンベルからさほど離れていない街道に戻ってきた。
もしかして、今、ビャクヤはアマリのナノマシンに抗ってやがるんじゃねぇのか? この浮かぶイメージはナノマシンが正常に作動し、ビャクヤに適合したのかもしれない。現実をビャクヤに見せて、狂気に戻そうとしているのか?
「おおおおッ! お祖父様の死から! 吾輩は逃げたッ! そしてッ! その時既にッ! かの神を拒絶していたのかもしれないッ!」
かの神とはヒジリの事だな。あの現人神はビャクヤの時代で精神生命体になっていると聞いた。
また頭にビャクヤの思い浮かべる映像が流れてくる。
ビャクヤの世界線では、虚無魔法と強力な能力の使い手であるゴブリンメイジのヴャーンズが、ツィガル帝国の皇帝だったが、そのヴャーンズをあっさりと倒したのが、自信に満ち溢れた顔の忌々しいヒジリだった。
が、奴は皇帝の玉座に座って間もなく邪神と相打ちとなって消えた。
ヒジリは死に際にナンベルを次期皇帝に指名している。指名しただけだ。
皇帝になるかどうかはナンベル・ウィンの実力次第だが、奴が未来で皇帝になっているという事は次期皇帝候補を打ち破って頂点に立ったという事だ。
ビャクヤの祖父は戦争や外交は得意だったが、内政が下手で、ヴャーンズやヒジリの統治時代に比べて国内が荒れていた。これらの歴史は帝国図書館にある魔法水晶の記録を見たビャクヤの記憶だ。
幼い頃のビャクヤは人の感情に敏感で頭も賢く、世の中の理不尽を既に悟っており、死んだ目で城から外を見つめていたのだ。
いつしか神の声が聞こえなくなったと言っていたのはこのせいだろう。政争、貧富の差、戦争、暴力等がビャクヤの優しい心を殺していったのだ。
映像が途切れて仮面のメイジが目の前で黒髪を掻きむしっている。
「なのにッ! 吾輩はッ! また神を頼ろうとしたッ!」
「そうだ! もう青い蝶なんていねぇんだ! もう神になんか頼るな! 自分の足で歩け! 歩き辛いならよぉ! 俺が行く手を遮る草を刈ってやる!」
「ありがとうッ! キリマルッ! ええッ! 死の溜め息を漏らすその時までッ! 吾輩はッ! 前を向いて歩き続けなければならないッ! ゆえにッ! 拒絶するッ! 我が頭を狂わす理不尽な呪いにッ!」
ビャクヤの体が宙に浮いた。そして全身を灰色に光らせ始めた。つまり覚醒ビャクヤに戻ったって事だ。
こいつは自力でアマリのナノマシンを消しやがったんだ! せっかく適合してたのに!
リンネが我が子の遺体を抱いたままベッドから降りる。まだ産後間もないのに歩けるものなのか? 女は強いな。
股関節が痛いのか、ガクガクしながらリンネはビャクヤに近づいた。
「ビャクヤ! ビャクヤぁ!」
正気を取り戻した夫の胸に顔を埋めて、いつも気丈なリンネが初めて泣き顔を見せる。
「赤ちゃんが・・・。死んじゃったよぉ! 私とビャクヤの赤ちゃんが!」
ビャクヤの仮面は無表情のままだ。
くそったれが! まだ完全に回復してねぇのか? 無感情過ぎるだろ、ビャクヤ!
仮面のメイジは静かにゆっくりとリンネの手から我が子を受け取り、天井に掲げた。
「吾輩は拒絶するッ! 我が子の死をッ!」
そんな無茶苦茶な話があるか!
虚無が“無かった事”にできるのはエネルギーのある事象だけだ。死人は既に生命活動を停止している。体内のエネルギーはゼロだ。できるのは赤ん坊の死体を消す事ぐらいだぞ。
いつだったか――――。ヤイバがトラウマに苦しむ子供の記憶を消していたが、あれは脳内に刻まれた記録のエネルギーを消し去ったからだ。
しかし、今はそれとは違う。死という、負の概念に虚無という負をかけ合わせてどうなるってんだ?
「まさか、冗談はよしてくれよ。マイナス×マイナスでプラスになるとか言うんじゃねぇだろうな!」
が、そのまさかだった!
「おお! 聖なるクソの神ヒジリ! 滅茶苦茶な奇跡は起きねぇんじゃなかったのかよ? こりゃあどう見ても奇跡だろ!」
天井――――。いや、天から光の柱が差し込み、暗い小屋の中を明るく照らす。
「ホンギャア!」
人間の子として産まれた赤ん坊は、弱々しい声で泣いて息を吹き返した。
「やったぁ!」
アマリが飛び跳ねて喜んでいる。久々にこいつの満面の笑みを見たな。
「ギ・ギ・ギ・・・」
ビャクヤはぎこちない動きでリンネに赤ん坊を手渡すと、不気味なほどブルブルと震えだした。なんか雰囲気がやべぇぞ。奇跡の反動で爆発するんじゃねぇだろうな?
「離れろ! リンネ!」
俺は嫌な予感がして咄嗟にリンネとビャクヤの間に割って入った。
俺は八つ当たりしようとして、ドリャップの頭でも叩こうと思ったが、無意識にオーガの両肩を掴んで立たせていた。
「歩けるか?」
「ああ、問題ねぇ。さっきからなに一人芝居やってんだ?」
ドリャップが訝しむ目で俺を見る。
「クハハ! 一人芝居か・・・。傍から見りゃ、俺はずっと一人芝居みたいな事を続けていたのかもしれねぇな・・・。奴らに利用されてよぉ」
自分の役目から逃げて――――、地球にて転生したコズミック・ペンは死にたがっていた。俺はあいつの作る世界に逆らい、あいつを殺す為に存在していたようなものだ。物語を完全に終わらせる為にな。
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今思うと、死を前にして恐怖で小便を漏らすコズミック・ペンを屠るのが、道化役である俺の役目だったのかもしれねぇ。
道化という言葉からナンベル・ウィンの顔が頭に浮かぶ。
奇妙なメイクの魔人族を頭の中で思い浮かべると、奴はいつもタップを踏んで踊っている。あの陽気さと恐怖が同居するタップの音を聞くには、もう二千年ほど待たなければならねぇ。
「道化の殺し屋か・・・。確かに俺の血筋に間違いねぇ。クハハ!」
ドリャップがポカンとした顔をしている。いよいよ俺の頭がおかしくなったのかと思っているのかもな。
正常である事を示す為に、俺は軽く咳払いをして背筋を伸ばした。
「おい、ビャクヤ。蝶はもういなくなったろ。いつまでも探してるんじゃねぇぞ。お前がかつて愛した神はもうここにはいねぇ」
俺がフラフラしているビャクヤの肩を掴んで砦に帰ろうとしていると、その砦からアマリが走ってきた。
黒いショートヘアーと大きな胸を揺らすアマリは、珍しく慌てている。
「産まれた!」
もうそれだけで何のことか分かる。リンネがビャクヤの子を産んだのだ。
「男か、女か?」
「オチンチンがついていた!」
「そうか。良かったな、ドリャップ。お前のせいで危うくリンネとビャクヤの子の誕生日が、クソみたいなお前の命日と一緒になるところだったぜ。縁起の悪い」
「ヒデェな、おい!」
ドリャップは、オーガらしくガハハと笑うと砦へと歩きだした。
「俺は酒場にいるぜ。新しい命と自分の復活を祝って、酒を浴びるほど飲むんだ」
「文無しのくせによぉ」
俺が金貨を投げると、ドリャップは待ってましたとばかりに受け取って砦まで走っていった。
「そういや、あいつの復活をヒジリは渋っていやがったな。あいつの子孫が未来できっと何かしら悪さをするんだろうぜ。いい気味だ。ハッ!」
属性転換の泉を浴びて尚、俺はヒジリが嫌いなままだった。人の好く好かねぇは属性なんて関係ねぇんだ。それにしても、あの泉の効果は一度きりで再び浴びても変化はなかった。
俺の制止を無視して泉の水を浴びたアホどもは(その殆どが元オーク・ゴブリンだった悪人だが)、尽く善人になってしまったしよ。飲む分にはなんの効果もねぇし、水源としてはありがてぇがな。
「子供の名前はどうするの?」
アマリが目を輝かせながら、俺の顔を見ている。
「そりゃあ、俺が決める事じゃねぇ。リンネとビャクヤが決める事だ」
まだ青い蝶を探してアウアウと言っているビャクヤを抱きかかえて、俺は砦へと歩く。
アマリはビャクヤを見るといつも悲しい顔をする。今でも後悔しているのだ。俺を呼び寄せる為にビャクヤの精神を犠牲にした事を。
「ビャクヤの事なら気にするな。きっと治る」
全方位見えるクラックの隙間から、背中のアマリを見て励ます。
「うん・・・」
「赤ちゃんは可愛いかったろ?」
「うん!」
アマリはまた目を輝かせた。
「俺も顔を見てみたい。早く行こうぜ」
小屋の前まで来て、俺は何かがおかしいと気づいた。静か過ぎるのだ。
気配で小屋の中に、産婆とリンネがいる事はわかる。しかし赤ん坊の気配は・・・。
「こりゃあ、よくねぇな」
敏感な自分の五感を恨みつつ小屋の扉を開くと、リンネが項垂れて腕の中の皺くちゃな我が子を抱いて呆けていた。
「聖魔キリマル様・・・」
産婆はお辞儀をして俺に事情を説明しようとしたが、見りゃあ分かる。
「いや、説明はいい。少しの間、身内だけにしてくれるか」
「仰せのままに」
かける言葉もないといった表情で産婆は、リンネを見てから小屋を出ていった。
俺は息をしない小さな赤ん坊を見つめながらリンネに訊く。
「死んだのか?」
「うん・・・。産声を上げたんだけど、すぐに泣かなくなって・・・」
青ざめていくクラックの光と共に、俺の口からはウォォンと声が漏れ出た。
「死の運命に抗えなかったのか・・・。見ろ、ビャクヤ。お前の子は死んだ!」
俺の後ろでアマリが大声を出して泣き崩れる。こいつがここまで泣くのを初めて見た。
「蝶・・・」
しかし我が子の死など気にした風もなく、ビャクヤはまだ蝶を探して小屋の中をウロウロとしている。
気の狂ったビャクヤに苛立ちをぶつけても仕方がなねぇ事だがよぉ、俺はついつい怒鳴っちまった。
「青い蝶はいねぇ! お前の神はお前を見捨てたんだよ! お前も神を捨てた! だからここに神はいねぇ! ヒジリを探すな! いいか、この世界ではな! 見えないイコール居ないのも同じなんだ!」
俺の声でビリビリと小屋が震えるが、ビャクヤはまだ蝶を探している。
またウォォンと鳴いて、俺は床に膝を突いた。
「すまねぇ。俺が悪人のままだったら、アマリを使って赤ん坊を生き返らせる事ができたかもしれねぇ! いや、悪人だったとしても殺意を持って身内に手をかけるのは無理だったかもな・・・。俺は・・・。俺は役立たずのクソッタレだ!」
魔刀天邪鬼も万能ではねぇ。生き返るんじゃねぇかと一欠片の希望でも持っていようものなら、俺の願いはその逆となる。
奇跡は全ての考えを掻き消すほどの殺意を持っていた悪人だったからこそ出来た芸当だ。善人となってしまった今ではもう無理なんだ・・・。
俺の強烈な絶望に綿埃のようなサカモト粒子が集まりだした。悪魔の目には灰色の小さな光がはっきりと見える。
「そうじゃねぇ。俺が欲しいのは奇跡を起こすマナ粒子だ。全てを拒絶して別宇宙にエネルギーを飛ばす力じゃねぇ!」
自分に纏わりつくサカモト粒子を振り払っていると、灰色の光はなぜかビャクヤに集まりだした。
「うわああああああ!!」
突然ビャクヤが頭を抱えて悶絶し始める。
「どうした、ビャクヤ!」
「ビャクヤ?」
リンネは苦しそうなビャクヤを心配そうに見つめ、アマリが泣き止む。
「吾輩はッ! なぜッ! 蝶を探しているのかッ!」
ん? 正気を取り戻したか?
「こっちが聞きてぇな。お前はあの現人神を拒絶したはずだ!」
「クキキキッ!」
チッ! 駄目か。ビャクヤの仮面がステカセキングみたいな表情になり狂気に歪む。
「そうッ! 吾輩はッ! 拒絶したッ! お祖父様が死んだ時ッ! その現実を受け入れられずに、リンネのいる世界へ逃げたッ!」
またまともな事を言いだしたぜ。叩くと直る壊れたラジオのようだ。どういうわけか、車椅子の上で事切れたナンベルを見て、泣き喚きながら走り去るビャクヤの映像が頭に浮かんだ。
「ギヒヒヒ!」
そしてまた我が子孫は狂う。
しかし想いの映像は、途切れる事なく、無我夢中で草むらをかき分けて走るビャクヤの姿を見させる。結局、迷いに迷ってナンベルからさほど離れていない街道に戻ってきた。
もしかして、今、ビャクヤはアマリのナノマシンに抗ってやがるんじゃねぇのか? この浮かぶイメージはナノマシンが正常に作動し、ビャクヤに適合したのかもしれない。現実をビャクヤに見せて、狂気に戻そうとしているのか?
「おおおおッ! お祖父様の死から! 吾輩は逃げたッ! そしてッ! その時既にッ! かの神を拒絶していたのかもしれないッ!」
かの神とはヒジリの事だな。あの現人神はビャクヤの時代で精神生命体になっていると聞いた。
また頭にビャクヤの思い浮かべる映像が流れてくる。
ビャクヤの世界線では、虚無魔法と強力な能力の使い手であるゴブリンメイジのヴャーンズが、ツィガル帝国の皇帝だったが、そのヴャーンズをあっさりと倒したのが、自信に満ち溢れた顔の忌々しいヒジリだった。
が、奴は皇帝の玉座に座って間もなく邪神と相打ちとなって消えた。
ヒジリは死に際にナンベルを次期皇帝に指名している。指名しただけだ。
皇帝になるかどうかはナンベル・ウィンの実力次第だが、奴が未来で皇帝になっているという事は次期皇帝候補を打ち破って頂点に立ったという事だ。
ビャクヤの祖父は戦争や外交は得意だったが、内政が下手で、ヴャーンズやヒジリの統治時代に比べて国内が荒れていた。これらの歴史は帝国図書館にある魔法水晶の記録を見たビャクヤの記憶だ。
幼い頃のビャクヤは人の感情に敏感で頭も賢く、世の中の理不尽を既に悟っており、死んだ目で城から外を見つめていたのだ。
いつしか神の声が聞こえなくなったと言っていたのはこのせいだろう。政争、貧富の差、戦争、暴力等がビャクヤの優しい心を殺していったのだ。
映像が途切れて仮面のメイジが目の前で黒髪を掻きむしっている。
「なのにッ! 吾輩はッ! また神を頼ろうとしたッ!」
「そうだ! もう青い蝶なんていねぇんだ! もう神になんか頼るな! 自分の足で歩け! 歩き辛いならよぉ! 俺が行く手を遮る草を刈ってやる!」
「ありがとうッ! キリマルッ! ええッ! 死の溜め息を漏らすその時までッ! 吾輩はッ! 前を向いて歩き続けなければならないッ! ゆえにッ! 拒絶するッ! 我が頭を狂わす理不尽な呪いにッ!」
ビャクヤの体が宙に浮いた。そして全身を灰色に光らせ始めた。つまり覚醒ビャクヤに戻ったって事だ。
こいつは自力でアマリのナノマシンを消しやがったんだ! せっかく適合してたのに!
リンネが我が子の遺体を抱いたままベッドから降りる。まだ産後間もないのに歩けるものなのか? 女は強いな。
股関節が痛いのか、ガクガクしながらリンネはビャクヤに近づいた。
「ビャクヤ! ビャクヤぁ!」
正気を取り戻した夫の胸に顔を埋めて、いつも気丈なリンネが初めて泣き顔を見せる。
「赤ちゃんが・・・。死んじゃったよぉ! 私とビャクヤの赤ちゃんが!」
ビャクヤの仮面は無表情のままだ。
くそったれが! まだ完全に回復してねぇのか? 無感情過ぎるだろ、ビャクヤ!
仮面のメイジは静かにゆっくりとリンネの手から我が子を受け取り、天井に掲げた。
「吾輩は拒絶するッ! 我が子の死をッ!」
そんな無茶苦茶な話があるか!
虚無が“無かった事”にできるのはエネルギーのある事象だけだ。死人は既に生命活動を停止している。体内のエネルギーはゼロだ。できるのは赤ん坊の死体を消す事ぐらいだぞ。
いつだったか――――。ヤイバがトラウマに苦しむ子供の記憶を消していたが、あれは脳内に刻まれた記録のエネルギーを消し去ったからだ。
しかし、今はそれとは違う。死という、負の概念に虚無という負をかけ合わせてどうなるってんだ?
「まさか、冗談はよしてくれよ。マイナス×マイナスでプラスになるとか言うんじゃねぇだろうな!」
が、そのまさかだった!
「おお! 聖なるクソの神ヒジリ! 滅茶苦茶な奇跡は起きねぇんじゃなかったのかよ? こりゃあどう見ても奇跡だろ!」
天井――――。いや、天から光の柱が差し込み、暗い小屋の中を明るく照らす。
「ホンギャア!」
人間の子として産まれた赤ん坊は、弱々しい声で泣いて息を吹き返した。
「やったぁ!」
アマリが飛び跳ねて喜んでいる。久々にこいつの満面の笑みを見たな。
「ギ・ギ・ギ・・・」
ビャクヤはぎこちない動きでリンネに赤ん坊を手渡すと、不気味なほどブルブルと震えだした。なんか雰囲気がやべぇぞ。奇跡の反動で爆発するんじゃねぇだろうな?
「離れろ! リンネ!」
俺は嫌な予感がして咄嗟にリンネとビャクヤの間に割って入った。
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