料理をしていたらいつの間にか歩くマジックアイテムになっていた

藤岡 フジオ

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大矢の一撃

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 フレアの曲刀が振り下ろされるその瞬間、ピーターの脳裏に走馬灯が走った。

 子供の頃から盗み癖が酷く、親に見限られて孤児院に入れられた事が真っ先に思い浮かんでくる。

 その孤児院でも他人を騙し、物を奪い、自分の利益になる事なら何でやった。

 当たり前だが、そんな事をしていると居場所はなくなる。

 孤児院を転々とし、最後に入ったのは元傭兵の修道女、シスターマンドルのいる教会だった。

 もう一人立ちしてもおかしくない年齢だったが、それでも地走り族の中でも見た目の若いピーターは、子供のふりをして居座った。

 ある日、町の露店で盗みを働いていた時、ヒジリとイグナに見つかり、番所に連れていかれそうになった事がある。

 結局、許してもらって孤児院へと帰されたが、もちろんマンドルはかんかんに怒り、ピーターは頭にこぶを何個も作る羽目となった。

(痛いのかな……?)

 これから食らう斬撃は、あの時のタンコブより痛いだろう。痛みのショックで死ぬか、大量出血で死ぬか。

 できれば楽な死に方になってほしい。そう願いつつ閉じた目の前で、人の気配がした。

(誰だ……?)

 目を開けると、大きな背中が見えた。ガキンと音がして、折れた曲刀が弧を描き、回転しながら飛んでいった。

「オビオ!? いや違う! 二号か!」

 そこにいたのは、オビオではなく二号だった。

 二号が相手をしていた獣人兵はあらかた倒れている。隙を見て跳躍し、ピーターの前に立ち、フレアの曲刀の腹を拳で殴って折ったというのが、目を閉じていた間の出来事である。

 ピーターはこの好機を逃がすまいと、フレアの影に潜った。

 フレアもピーターの行動を見て、対策を取ろうとし、腰にあったショートソードの柄に手をかけようとしたが、二号が、腕をつかんでそれを止める。

 それだけの時間があれば、バックスタッブをとるには十分だった。

 ピーターはフレアの背後から現れて、短剣を膵臓を目指して突いた。

「死んでくれ!」

 人の死を願う、呪いのような祈りを込めて突き刺した短剣の音は鈍い。

「そう易々と殺されてたまるか!」

 破れた鎧下に光るミスリルの網目が、必殺の一撃を完全に防いでいたのだ。

 ―――失敗した!

 ここ一番で実力を発揮できなかった悔しさと絶望が、ピーターの体中を駆け巡る。

「わぁぁぁぁ!!」

 恐怖のあまり短剣を振り回すピーターだったが、フレアは二号の制止する手を力ずくに振り払って、横に飛んで距離を置いて回避し、腰のショートソードを抜いた。

「無敵のオビオ対策に、この剣を持ってきて正解だったな」

 フレアの目は腰の抜けたピーターを見ていない。視線はオビオ二号に貼り付いていた。

「どんなに再生能力が高くとも、これさえあれば……」

 一見、どこにでもあるショートソードのようだが、魔法剣なのは間違いない。

 得体のしれない魔法の武器ほど、怖いものはないのだ。初見であれば尚更だ。

「い、いいのか!? 俺たちはお前の旦那とは親しいんだぞ!」

 時間を稼いで、最善策を探るピーターだったが、フレアの目は据わったままだ。

「トウスは今や、ギンガーの右腕。つまりお前らの敵だ。覚悟を決めるのだな」

 ピーターたちは、ショートソードの攻撃範囲外にいるにも拘わらず、フレアは剣を振り上げている。

 つまり、あの剣は距離に関係なく攻撃を仕掛ける事ができる業物なのだ。

 影や陰に隠れても意味がないかもしれない。そう思うとピーターの恐怖はより一層濃くなった。

「そそそ、そうだ! 二号! 奴を同化しろ!」

「わかった」

 ヒジリモードの二号は強い。パワードスーツを着ていないヒジリと同等の強さだ。科学者兼格闘家。

 その二号が、最速の動きで残像を残し、左右に動きつつもフレアに向かう。

「させるか!」

 ―――ブンッ!

 とうとう魔法剣が振り下ろされた。

 ―――シュゴゴゴゴ!!

 凄まじい音と共に空間に亀裂が入る。

 そこまで大きくはない亀裂だが、空気を吸い込む力は強く、辺りの草木を勢いよく飲み込んでいった。

「これは虚無の魔法!」

 凄まじい吸引力を前に、嫌でも亀裂に近づいてしまうピーターは、これから迎えるであろう死よりも好奇心が勝ち、驚いた。

 虚無魔法を帯びた剣があるなんて聞いた事がないからだ。

 虚無魔法を宿そうとすれば、その武器なり防具なりは無に帰すと聞いた事がある。しかし彼女はその幻の武器を持っていた。

「くそ、ただでさえ虚無魔法はレアなのに、それを付与できる伝説級の付魔師は一体誰だよ!」

「知ったところでどうせ死ぬのだから、聞いても意味がなかろう。さっさと吸い込まれろ」

「ハッ! 砂埃で気づいてないようだな、フレア! 吸引の範囲に肝心要の誰かさんがいないぞ!」

「なに!?」

 一瞬、ピーターの悔し紛れのブラフかと思ったが、確かに二号はいない。

 「同化する」

 フレアの背後に気配がした。

 オビオ二号の手が、フレアの首を狙って突き出される。

 首を締め上げるつもりだったろうその手をしゃがんでかわし、フレアは振り返って二号に言う。

「いいのか? このまま放っておけば、ピーターは吸われるぞ? 見ろ」

 踏ん張りつつも、ジリジリと吸い込まれるピーターを見て、二号は動きを止める。

「ピーター……」

「言っておくが、私を殺そうが、あの亀裂は一定時間あの場に残る。お前が助けに行き、踏ん張ればピーターは助かるかもしれないが。さぁ、どうする?」

 二号の無感情な顔がピーターに向く。その目に光はない。

 ―――しかし。

「……助ける」

 二号の足は、風が轟々と音を立てる方へと向かった。

「馬鹿! くんな!」

 地面にダガーを突き立てて抵抗するピーターの呼びかけに応じず、二号は吸引の範囲に入り、ピーターの前までやって来ると、壁のようになって立った。

「今だ、撃て!」

 フレアが突然そう言って、手を挙げると、森の中から矢が飛んでくる。いくつかは吸引する風によって外れるが、その空気の流れを読んで、巧みに矢を放つ者が敵アーチャーの中にいた。

 ピーターを狙った複数の矢を、二号は腕を振り払って落とし、また矢が飛んでくる。

 優れた動体視力で矢を腕で払い落とす行動を繰り返すたびに、二号の態勢は崩れていき、虚無の亀裂に吸い込まれる時間が早くなった。

「あと少しだ。続けろ!」

 フレアの無慈悲な命令に従って、矢は容赦なく飛んでくる。

 二号は矢を腕で振り払うのを止めて、ピーターにかぶさる様にしてうずくまった。

「く、悪あがきをしおって!」

 矢を受けて二号はハリネズミのようになったが、超回復力のおかげで大した事にはならない。

「なんでそこまでして、俺を庇うんだよ。お前とは特に深い思い出もないし、助ける義理もないだろ!」

「本体様が言っていた。ピーターは仲間だって」

「仲間でも、助けようがない時は、見捨てるもんなんだよぉ!」

 ピーターの目に涙が浮かぶ。そして意味もなく悔しい。

 いや、意味はある。

 自分のせいで二号を失うのが悔しいのだ。

 共に行動した時間は短かったし、正直言うと、二号の愚鈍さをうっとおしくも思っていた。でも……。

(こいつは元々、オビオなんだ。つまりここで二号を失うのは、オビオの半身を失うのと同じ。それは……、ダメだ! 二号を死なせたら、ショックで不味い飯しか作れなくなるかもしれない。オビオはおいしい飯を作ってナンボのコック。それを失ったら、あいつのパーティにいる旨味がなくなる!)

 ピーターはウエストバッグから、束ねたロープを取り出した。

 それをオビオのベルトに括り付け、片方を自分のベルトに縛り付ける。

 そして影に潜り込んで踏ん張った。

「これでちょっとは、抵抗できるかもしれない」

 ピーターが自分の影に沈んだ事で、二号に守るものがほぼ無くなった。影に飛んでくる矢に気を付ければいいだけだ。

 そして二号が四つん這いになる事で、立っている時よりも吸い込まれる速度は遅くなり、影に入っているピーターと繋がっているロープのお陰で、さらに地面に抵抗が生まれた。

「ええい。しぶとい! 大矢をオビオに向けて放て!」

 武装した大柄な象人が、大弓の踵部分を地面に突き立て、弦を引き絞ると、丸太のような矢が二号に向かって飛んで行った。

 しかし、上手く軌道を制御できないのか、大矢は外れて亀裂に飲み込まれていった。

「もう一度だ!」

 象人は今一度目を凝らす。

 亀裂に吸い込まれる砂埃や草の流れを見るために。

 そして今度こそ外さないぞという決意を乗せた一声をあげ、象人は大矢をつがえた。

「やれーっ!」

 フレアの声と共に、大矢は放たれた。

 大矢は勢いに乗って飛んでいく。少し上半身が浮いた二号の胸に向かって。
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