料理をしていたらいつの間にか歩くマジックアイテムになっていた

藤岡 フジオ

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逃走

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「さっき、悲鳴が聞こえなかったか?」

 食卓を囲んでいる場で、ブーツを脱いで足を掻くピーターを睨んで、サーカは立ち上がった。

「ああ、オビオと司祭の声だ」

 トウスが耳をピクピクさせて、眉根を寄せる。

「見に行く?」

 ムクが心配そうな顔をして、ソワソワしだす。

「それには及ばないよ。どうせ、カクイ様の能力が発動したのだろうさ」

 ウィングが、食卓の花瓶に花を飾りに部屋に入ってきた。

「能力?」

「あの方は制御不能な能力を持っているからね。相貌失認という」

「はぁ? 失顔症の事か? そんなものが能力になるか。馬鹿にするな」

 サーカが鼻で笑うと、ウィングは肩をすくめた。

「その能力が、他人を巻き込むとしたら?」

「巻き込んだところで、顔が判らなくなるだけだろう?」

「神がなぜ、その名を能力名にしたのかは、僕にもわからないよ。ただ言えるのは、顔が判らなくなるだけではなく、誰かしらのイメージに引っ張られて、皆姿が同じになるって事さ」

「では、さっきの悲鳴は?」

「魔法の氷戸棚には、牛の頭が入っていた。きっとその時に、カクイ様の能力が発動したのだよ」

「つまり、牛の頭を誰かの頭と間違えて、叫んだと?」

「そういう事さ。カクイ様はサンドに来るまでは、教皇フローレス様の側近だったんだ。後は言わずもがな」

「ははぁん。で、能力が発現してしまった事で、邪魔者扱いされて左遷されたと」

 ピーターがブーツの底に挟まった小石を穿りながら言うと、ウィングは金髪を揺らしながら頷く。

「そういう事。神からのギフトは、必ずしも有益とは限らないのさ」

「じゃあ、サーカはまだ良い方だったんだな。闇魔女様の能力、一度見覚えの劣化版かと思ってたけどさ」

「ふん、無能なピーターに言われたくないな」

 上座に近い席にいるサーカは、隣の席のピーターの足毛を毟ってから、ドアの向こうにある気配に気づいた。

「はぁ、はぁ、はぁ。いやー、酷い目に遭いました。牛の頭が人の頭に見えて・・・」

 カクイ司祭が、口角にある髭を撫で付けて、気分を落ち着けながら部屋に入ってきた。

「やはりね」

 ウィングは、予想通りとばかりに細い目を余計に細める。

「オビオは?」

 心配するムクの質問に、司祭は笑顔だ。

「今、デザートを作っていますよ。いやはや、結局、料理を彼に任せてしまいました」

「最初っからそうしとけよ」

 ピーターはブーツを履いて、司祭の持つお盆の上にある、前菜のスープに興味を持った。

「それは、なんのスープ?」

「これは・・・。結局、ヘコキスズメの出汁で作った、香味野菜のスープですかねぇ」

「はっきりしねぇな」

 獅子人は鼻をひくつかせて、スープの匂いを嗅いでいる。

「ヘコキスズメの出汁か。一歩間違えれば、その名の通りの悪臭を放つ珍味」

 そう言ってサーカが怪訝そうな顔をした。香味野菜がたっぷり入っているのは、このスープの味が失敗だった事を表す。そして、オビオがそれを補ったのだと瞬時に思いつた。

 目の前に椀を置かれたピーターは、手をこすり合わせた後に、蓋を開けて中を見た。

「うわっ! 豚骨スープみたいに、スープが真っ白だ!」

「おビオ様に手直ししてもらいましたから、味は美味しいと思いますが」

「どれどれ」

 ピーターがスプーンを手に取ると、皆も同じようにして、スープを口に入れた。

「ん? ん~。流石のオビオでも、出汁の奥に潜む臭みは消せなかったみたいだな。味は美味いのだが」

 サーカが残念そうに言う。

「一口目は美味いんだが、後からヘコキスズメの臭みが、喉の奥から漂ってくるな・・・」

 トウスも同じく口の中の匂いに参っていると、ムクがスープの中に肉を見つける。

「わぁ、お肉も入っているんだ!」

「ええ、ありきたりな牛の肉ですが、口に合いますかどうか」

 皆の酷評を気にした風もなく、司祭はニコニコと笑って、肉の感想を待った。

 ――――ガリッ!

 口の中で奇妙な音をさせたのは、サーカとピーターだった。

「なんだか、この肉は硬いな。ヘコキスズメの骨でも入っていたのか?」

 いや、そのような食感ではない、とサーカは気づく。とろみのある濁ったスープに塗れた肉を吐き出し、よく観察する。金属の小さな輪と節のある肉。

「指と指輪・・・? それにこの指の太さは!」

 それを聞いた途端、ピーターは口の中の物を吐き出した。同じく指と指輪だったのだ。

「指と指輪を絶対に捨てるな! 腰袋に入れろ、ピーター!」

 サーカの悲鳴に近い叫び声に、トウスが反応し、食卓をひっくり返す。

「この野郎!」

「中に入って来い、神殿騎士たち!」

 司祭目が暗く淀み、廊下側にある扉二つから、ハルバードを持った鎧の騎士たちが押し入ってきた。

「オビオをどうした!」

 トウスが魔剣必中を背中の鞘から抜いて、構える。

「言う必要がありますか? クククク! ハハハ!」

 両手を広げるカクイ司祭のローブが、足元からどんどんと黒くなる。途端に部屋の中の誰もが、四角い顔の鯰髭の男に変わってしまった。

 サーカは咄嗟に、向かいの席に座っていたウィングであろう男を見る。

(動揺している? もしやウィングも、司祭の変貌ぶりを見て驚いているのか?)

「どういうことです? カクイ様」

 カクイと全く同じ顔とローブを着るウィングが驚いて、エペを誰に向けるべきか悩んでいる。

「お前は黙って、私の言うことを聞いていればよいのだ」

「・・・?」

 困惑するウィングの横に座っていたメリィが、司祭の顔で間延びした声を出す。

「カクイ司祭の悪事、修道騎士のメリィ・メリィが! しかと見たりぃ~!」

「今それどころじゃねぇ! メリィ! オビオはどうしたんだ! カクイ!」

「君たちが口に入れた肉が、かのオーガだ。味はどうだったかね?」

 一瞬青ざめたサーカの顔が、どんどんと赤黒くなっていく。

「ああああぁぁぁぁ!!」

 怒りで正気を失ったサーカは、目を大きく見開き、魔力の渦を周囲に作る。

「サーカが、魔力暴走を起こしているよ!」

 サーカの闇堕ちしそうなほどの怒りに恐怖し、ムクは魔力の暴走から五感を守るべく、目を閉じて、耳を両手で塞いだ。

「許さんぞ! カクイ・・・! 許さんぞ!!」

 喚くサーカの暴走を止めようとした神殿騎士のハルバードを弾いて、トウスが鼻を鳴らす。

「残念だったな、カクイ。混戦で同士討ちでもさせようとでも思ったのだろうが、俺は匂いで誰が誰だかわかる! ・・・ピーター! サーカを気絶させろ! こんな場所で魔力暴走なんかされたら、俺たちも巻き込まれてお終いだ!」

「わかった」

 ピーターはサーカの背後に近づいて、首筋に手刀を打つと、彼女は気絶した。

 サーカをなんとか抱きかかえると、ピーターはトウスを見る。

「こっから、どうすんの?」

「お前はサーカと共に影に入って逃げろ。俺は!」

 怪力のトウスが吠えて、神殿騎士の一人を持ち上げ、窓に投げつけた。窓は割れて大きな逃げ道となる。そして獅子人はムクとメリィを抱きかかえると、その窓から地上へ飛び降りようとした。

「逃がすものか!」

 魔法詠唱を開始した司祭や窓に走り寄ってくる神殿騎士に向かって、落下中のメリィが【閃光】を放つ。

「ぐわ!」

 手練の修道騎士の光魔法に、行動を阻害された司祭は、目を押さえながらウィングに命じた。

「ウィング! 追いなさい! 彼らを生かしてモティから出してはいけません!」

「ハッ!」

 ウィングは逃げるトウスに【竜巻】の魔法を放とうとしたが、躊躇し、自分の体に【透明化】の魔法をかけて、彼らを追う事にした。
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