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禁断の箱庭と融合する前の世界(14)
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雷雪の過ぎ去った朝の孤児院には二十センチ程の雪が積もっており、花壇も遊具も白く覆い尽くしていた。
ドォスンは孤児院の門前に巨大な雪だるまを作って満足し、石の上の雪を払い除けて座ると、丘の上から平原だった場所に出来た巨大な建物を眺めた。
「あんなに大きな建物をどうやって建てたんだ?おでのいない間に」
裏側が冒険者ギルドに依頼したクエストを果たし、高額報酬を手に入れたドォスンだったが帰ってくると丘の下に十五階建ての集合住宅が出来上がっていた。
ウメボシにはここまで大きな建物をデュプリケイトする事が出来ない。ヒジリとウメボシが街を去る少し前にカプリコンに集合住宅の建設を依頼していたのだ。
カプリコンは周辺に浮くデブリや隕石を消費して集合住宅を瞬時に作ろうとしたのだが、星の何かしらの影響で建築は失敗しており、消しては作ってを繰り返してようやく三回目にして人の住める形になった。
大陸の真ん中にある大きな湖、ミト湖から引いた水を浄水して水道水として使っており、用を足して蓋を閉めれば汚物が綺麗に分解される分子分解トイレも備わっている。
五センチ四方の変換効率の良い太陽電池パネルがベランダの日の当たる所に貼ってありそれで部屋の灯りの電力も賄う。
この夢の様な建物に難民達は入居し、元からゴデの街に住んでいた住民からは嫉妬ややっかみの声が起こり、誰も難民に同情しなくなったのが唯一の失敗であった。
「こで、どうすっかな」
簡単に奴隷商人に捕まってしまう程、お人好しで心の優しいドォスンはテントで寒さに震える難民の子供達を見て、寄付しようと稼いだチタン硬貨を持て余している。
チタン硬貨三十枚の入った革袋は集合住宅で温々と過ごす難民達にはもう必要がなかったのだ。
ドォスンがお金の入った袋を御手玉のようにして遊んでいると、結界のある門の外からこちらを見るゴブリンがいた。
「オーガのお兄さん、羽振りが良さそうだね」
ゴブリンは、か行の発音が苦手なのだが目の前に立つゴブリンの男は普通に喋っている。知能が高い証拠だ。オーガも賢い者ほど滑らかに共通語を喋るがヘカティニスやドォスンは賢さの能力値が低いので喋り方が辿々しい。
紺色の革鎧を来た人当たりの良さそうな雰囲気を出すゴブリンは続けて喋る。
「俺は仕事を求めてこの街に来たベインって者だが、冒険者ギルドはどこかな?」
「そでなら、大通りにあるオーガの酒場だ。扉が大きいから直ぐにわかる」
暫くは樹族国が用意した簡易テントで冒険者ギルドを運営していたが、ヒジリがミカティニスをギルド長に任命した。
総督は仲間のオーガ贔屓が過ぎる、と批判はあったが実際の所、人が大勢来ても対処出来る酒場はミカティニスの酒場以外に無く、理に適っていた。
「あんがとよ、お兄さん。それにしても変わった塔だなあれ」
「ヒジリが作ったんだど。ヒジリは星のオーガだからな」
ベインの目が神の名を聞いて大きくなる。巷では有名な話だが彼は知らなかった。
「神様なら一度拝みたいもんだね」
「ヒジリなら総督府にいるど。金持ち地区の門を入って直ぐ右手にある大きな屋敷だ」
「よし!じゃあちょくら挨拶に行ってくるかな。いい仕事が貰えるかもしれないしね」
そう言い残してゴブリンは音もなく立ち去った。
ドォスンは白くなった世界を暫くぼんやりと座って眺めていると、街から金槌の音がリズムよく聞こえてくる。
金槌の音の中、ドォスンの背後でメイクをしていない道化師が語りかけてきた。
「ドワーフ達はもう仕事を始めたのですか。戦争が近いから鎧の注文が殺到してますものねェ。兄も付魔の仕事が忙しくて目が回ると嘆いていました。キュッキュ」
オーガは雇い主であるナンベルを見るとさっきのゴブリンの話をした。
「戦争の匂いを嗅いで傭兵もこの街に集まってきたど。さっきもゴブリンの傭兵が仕事を求めてきだ」
「小生の愛するこの街がどんどん潤ってきていますねぇ。不謹慎ですが戦争万歳と言わざるを得ません」
二人が話をしているとギシリと雪を踏む音が孤児院の門近くから聞こえ、仕事を求めて街に来たのかまた傭兵らしき魔人族が現れた。
「相変わらず、ふざけた人ねナンベル。息子は元気かな?」
ナンベルの細い目が見開かれ三白眼の瞳が魔人族の女を見つめる。
「ハナ!!おっと!そこでストップ!では約束通りあの子の名前を教えてもらいますよ。ずっと貴方の子を名無しと呼ぶのは忍びなかった」
結界の外でナンベルはハナを待たせる。結界にハナを認識させているのと、帰ってくるまで子の名前を教えないと意地悪を言ったハナへの仕返しである。
「息子の名前はオウベルよ」
いたずらっぽく笑うとハナは息子の名前を教えた。
「なんと!うちのお爺ちゃんと同じ名前ではないですか。そういえばハナはあの頑固爺に可愛がられていましたからネぇ。さぁどうぞ。今、兄とオウベルを呼んできますから」
ハナは青い頬を人差し指で掻くとバツが悪そうに聞く。
「ホクベルもいるのね・・・」
「ええ、ゾンビの大行進と小生が勝手に呼ぶ大災厄の時にここまで逃げてきました」
「ゾンビに大行進?」
ハナは国民の殆どがゾンビになるという大災厄の事を知らなかったので聞き直したが、ナンベルは既に孤児院の入り口に向かっていた。
庭には朝食を済ませた子供たちが雪合戦を始めだした。皆モコモコのコートを着ている。
「オカータン!」
庭で遊ぼうとミミに手を引かれて入り口から出てきたオウベルがそう叫んだ。ハナは走り寄って息子を抱き上げて頬ずりをする。
「ハナ!」
ナンベルが呼びに行くまでもなくホクベルは雪の積もり具合を見に外に出てきていた。
ホクベルは入り口を出て直ぐに目の当たりにした光景を見て一瞬固まり、それから二人へ走り寄るとまとめて抱きしめた。
「あぁ夢じゃないだろうか!ハナ!君が去ってから私は孤独だった。でも今は愛しい息子もいて、今日は妻も帰ってきた!もうどこへも行かないでくれ!そうだ!ゴデの街で家を借りて三人で一緒に暮らそう。な?」
抱きしめられながらハナはホクベルのプロポーズに笑いながら泣き出す。
「とても嬉しいわ・・・。でもホクベル。貴方のプロポーズを受ける前に私は仕事を終わらせなければ・・・。暗黒大陸の戦場で悪魔にそそのかされて寝返った裏切り者を追ってきたの。そいつのせいで私のチームは全滅してしまったわ。誰か紺色の革鎧を着たゴブリンを見なかった?」
ドォスンが慌てて近寄ってくる。ハナは息子を下ろしオーガが言おうとしている言葉に耳を傾けた。
「ベインって名前のゴブリンならさっきここに来て、ヒジリに挨拶しに総督府に行くと言っていだ」
ハナは腰のショートソードを鞘から出すと刃こぼれがないかを確認してまた鞘に戻した。
罠に誘って仲間を麻痺のトラップにかけ、敵である悪魔と一緒に笑いながら此方を見るベインの顔を思い出し眉間に皺が寄る。
「行ってくる。私は何としてでもそいつを殺さねばならないの。荒野で露と消えた仲間の為にも」
プロポーズをされた時のハナの喜びの涙は無念の涙に変わっていた。
ホクベルは仇討ちでハナが返り討ちにされる事を恐れている。
(やっと家族で暮らしていけると思ったのに・・・)
仇討ちに同行したいが、非力な自分は足手まといになる事を知っている。なので弟に視線をやるとナンベルは黙って頷いた。
「さぁでは行きましょうか。ハナは昔から魔人族のくせに魔法が苦手でしたからねぇ。魔人にしては頭が悪いから迷子になってしまうかもしれない。私が総督府まで案内しましょう。私は仇討の立会人として見守ります。(いざとなれば助太刀させて頂きますよ、例え貴方に恨まれる事になってもネ)」
「うふふ、相変わらずホクベルと違ってナンベルは口が悪いわね。案内を頼むわ」
小さな影は総督府を守る樹族の騎士の警戒を難なく掻い潜って侵入していく。魔法も何も使わずに自らの技のみでだ。
気配を殺し相手の視界から消える術を心得たゴブリンにとって、総督府を守る騎士達は田んぼに立つカカシ程度でしか無い。
暗殺者ベインは拾い屋敷の中の階段を最上階まで一気に駆け上がる。途中ですれ違った職員は彼の事に全く気が付いていない。手練れのアサッシンが持つスキルがそうさせているのだ。見えているのに見えない。
「偉い奴ってのはいつも高いところでふんぞり返っているもんだ。ビンゴ!」
総督室――オーガ・ヒジリ総督――
三階に上がって、広い踊り場の奥にある大きなドアには丁寧にそう書いたプレートが貼ってあった。
音をさせずにドアを開けて中の様子を伺う。
ローズウッドで出来た重たそうな机の向こう側には、巨体を椅子に預けて天井を見つめるオーガがいた。
何か考え事をしているのかピクリともしない。
(呆けた面してんな。これが星のオーガだと?誰かがでっち上げた嘘話だろう、どうせ)
―――コンコン―――
ゴブリンがノックをすると中から入れと言う声が聞こえる。
「やぁ!現人神様!私はこの街に傭兵の仕事を求めてやってきたベインというものです。ギルドに行くより直接総督からクエストを受けた方が報酬が良いと思いましてね!忙しい御身に失礼かと思いましたが訪ねさせて頂きました」
ベインは丁寧に腰を追って挨拶をする。この時後ろに回した手にはダガーが握られていた
「相棒、しゃがめ!」
入り口に立て掛けてあった聖なる杖がゴブリンのダガーを見て叫ぶ。
オーガは咄嗟にしゃがんだが、そのしゃがんだ顔に向けて確実にダガーが飛んだ。しかしダガーは幻の顔をすり抜け後ろの窓を突き破ってガラスを飛び散らせる。
外で見張りをしていた騎士達は三階から降ってきたガラスに驚き騒ぎ出した。
「何事だ!」
「総督の部屋だ!急げ!」
シオは最近覚えた【炎の蛇】を唱えた。【粉砕の焔】の下位魔法で、炎の蛇が相手に火傷を追わせつつ巻き付く。
しかし練度が低いせいか、巻き付くと軽い火傷を追わせただけで捕縛するまでには至らなかった。
「チッ!【変装】か!ということは影武者!まぁいい。他にも魔王様のターゲットはいる」
ベインは煙玉を使うと部屋から出て階段近くの観賞用の植木の影に隠れた。
騎士達が総督室に向かうのをやり過ごして騒がしくなった総督府を後にした。
混乱する総督府を見てほくそ笑みながら、ベインは路地裏に身を隠そうとした。
するとベインの肩にいきなりショートソードが突き刺さる。火傷の上から刺さる剣の一撃は痛みに抵抗のある暗殺者にでさえ苦悶の表情を作らせた。
あらゆる憎悪の篭った目で此方を睨みつけるハナの横で魔人族の男は軽くタップを踏んで笑っていた。
「どうやら貴方、相手を見くびっていたようですねぇ。ヒジリ君に扮したシオ男爵は場数を踏んでおりますのでそこそこ強いですよぉ?小生ほどではありませんがネ。キュッキュ」
ハナはショートソードをベインの首めがけて横に払うとベインはしゃがんで回避した。
「信用している仲間を罠にはめるのとはわけが違ったようね、ベイン。この街には多くの手練が集まっているわ。相手の技量を見抜けない馬鹿が暗殺者気取りなんて笑わせるわね」
唐竹割りを狙って頭上に振り下ろされた剣を、ゴブリンはダガーの二刀流でクロスさせて受け止め力を逃がすように往なすと、ショートソードの刃に短剣を滑らせハナの足元に近づいた。
太ももを突き刺そうと狙うもハナが素早く上げた膝がゴブリンの顎を直撃した。
ベインは後ろに吹き飛び、直ぐに横にゴロゴロと転がって距離を取る。
「チッ!ゴールキ以外は大したことないと樹族が言っていたのに・・・くそ!」
ナンベルはまたタタッ!と軽くタップを踏むと茶々を入れる。
「樹族は傲慢で、目が濁ってますから。彼らから情報を強いれるなんて間抜けですねぇ。キュッキュ」
ナンベルとハナを交互に見てベインはヘヘッ!と笑いながら聞く。
「そっちの兄ちゃんは加勢しないのかい?」
「小生は立会人です。どうぞ存分に二人で殺し合ってけじめをつけて下さい。キュキュ」
「そいつは気楽でいいや!あの時、麻痺したお前の息の根を確かに止めた。生死の確認もしたはずだがどうやって生き延びたんだ?実にしぶとい女だなお前は。今度はそうもいかねぇ。【蘇り】も出来ねえようにしてやるよ。悪いが今度こそお前は確実に死ぬ」
持っていた二対のダガーを捨て、紙で包んだ石のダガーを懐から取り出した。
「ほう石化のダガーですか。これは厄介ですね。大丈夫なんですか?ハナ」
「問題ないよ、ナンベル」
「そうですか。(まぁ当たりそうになれば横槍を入れさせてもらいますがネ)」
じりじりと間合いを詰めてくるベインにショートソードを向け、ハナは間合いをはかる。
次の一撃で勝負を決すると考えたハナは全神経を石化のダガーに向け、動きの先を読もうとしていた。
ゴブリンは体を左右に揺らしステップを踏み、刃先をユラユラと揺らせている。
突如、クナイのような暗器がハナに飛んできた。
ショートソードで弾き再びベインが居た場所を見ると小さな暗殺者の姿が見えない。
ゴブリンが装備する―――任意でほんの一瞬だけ姿を消すことの出来る魔法の革鎧は―――ハナの目からもナンベルの目からも姿を隠し、間合いを詰める事が出来た。
「勝った!ハハッ!俺の勝ちだ!」
石化のダガーはハナの太腿を掠めズボンに傷を作っていた。石化のダガーはかすり傷程度でも十分に効果を発揮するのだ。
「ハナ!」
ナンベルが声を掛けるも返事はない。
暗殺者のゴブリンは勝ち誇りニンマリと笑いながら、悔し涙で濡れているであろうハナの顔を覗き込もうとしたその時、ショートソードは深々とベインの革鎧と体を貫いていた。
「ゴフッ!何で・・・なん・・・で」
ショートソードは見事に心臓を貫いており、何故石化が効かなかったのかという疑問に答える事無くベインの命を終わらせていた。
すぐに騎士達が現れナンベルは事情を説明する。
総督を狙っていた暗殺者を倒した魔人族の女戦士に敬礼して、騎士達はゴブリンの死体を総督府で調べると言って運んでいった。
「石化攻撃をどうやって回避したのかは判りませんが問題は無さそうですね?さて帰りましょうか。これで全て終わったのです。天国にいる貴方の仲間達も今頃拍手を送っていることでしょう」
「そうね。私は無念を晴らせた。早く坊やの顔を見たい・・・」
仇討ちを果たし、生気の抜けたような顔で立ち尽くすハナの肩をナンベルは抱き、二人は孤児院へと帰っていった。
「ただいま、兄さん。これからホクベル一家はずっと一緒にいられますよ。彼女の仕事はもう終わりましたから」
オウベルがオカータンと言って走り寄ってくる。
ホクベルも喜びに満ちた顔で子供と一緒に走り寄ってくる。
ハナは子供を抱き上げると先ほどと同じように頬ずりをして、柔らかいプニプニとした頬にキスをした。
「おかえり、ハナ。仕事や旅の疲れもあるかもしれないが後で街まで出かけようよ。皆で住む家を一緒に見つけるんだ!」
ハナは子供をナンベルに託すると両手を覆ってしゃがんだ。誰もが嬉し泣きだと思ったがハナの口から出てきた言葉は「ごめんなさい」だった。
「私、皆と暮らせない」
ホクベルは顔面蒼白になってハナの前にしゃがむ。
「何故!何故そんなことを言うのだい?私が・・・あの時、君を引き止めなかったからかい?でも君は突然、私の前からいなくなってしまったじゃないか!あの時も今も私は君のことを愛しているんだハナ!どうかどこにも行かないでくれ!」
「ごめんなさい。あの時は私は誰とも一緒になる気は無かったの。男の世話になんてなりたくないって変な意地があって・・・。幾つか仕事をこなしたあと、妊娠していることに気がついたわ。その時は子供を一人で育てようって決意したのだけれども、私は育児には向いていなかった。戦場で戦うことしか知らない私はナンベルに子供を押し付けて逃げたのよ!母親として失格なの!」
ホクベルはハナの肩に手を置いて真っ直ぐな目で彼女を見つめた。
泣く母親を心配してナンベルの腕の中から手を伸ばしオウベルはオカータンオカータンと呼んでいる。
「君は昔からそうだった。喧嘩は強いが魔法はからきしで、誰かの世話を焼くのも苦手で・・・。でも君は太陽のように明るかったし、笑顔は人懐っこく、周りの人達も君が笑うと釣られて笑ったもんさ。それだけでいいんだ。私はそのハナがいてくれるだけでいいんだ。子育てが苦手なら私がやる。何だったら弟にも手伝わせる」
涙を浮かべて兄の説得を聞いて頷いていたナンベルが「え?」という顔をした。
「だから、頼む。年老いてこの世を去るその時まで私の傍にいてくれ!」
ハナは一層激しく嗚咽を漏らしながら泣き出した。
「あの時、帝国との戦いに行かなければ・・・変な意地なんて持たずに貴方に身を任せていたら良かった・・・。うぅ・・・」
ホクベルはハハと笑い、ハナを抱きしめた。
「今からでも遅くないよ。僕に任せてくれ。気味と王ベルを必ず幸せにしてみせる。今は戦時中だから大変かもしれないが約束するさ!」
「ううん、もう駄目なの。私ね、死んでいるの。ベインの手で殺されたの」
ホクベルはハナの戯れ言に笑いながら答える。
「だったら今私が抱きしめているのは何だい?オバケかな?残念ながらこの街は結界でアンデッドの類は入ってこれないようになっているよ?」
「私ね、殺された後何故か自分の死体の近くにいたの。何日も荒野に晒されて動物に死体を食い散らかされていく様を見ていたわ。僅かな骨と髪だけになった時、たまたま通りかかったネクロマンサーが私の存在に気が付いてくれて、話も聞いてくれた。私を哀れに思い彼は魔法の人形に私の髪を入れて、束の間の命をくれたの。でも目的を果たしたら魔法の効果は徐々に無くなるって・・・」
ふざけている様子は微塵もなかった。真実を語っている。ホクベルはふざけていない時のハナの顔を昔から知っている。
手から零れ落ちる砂か水の様に喜びが逃げていき、彼の目は虚ろになった。
「そんな・・・。そんな・・・」
針の飛んだレコードのように何度も同じ言葉を繰り返すしかホクベルにはできなかった。
「オカータン!オカァァタン!」
オウベルは突然叫んでナンベルから身を乗り出して両手を母親の方へ突き出し激しく泣きしだすとハナの姿が徐々に消えていく。
「ホクベル、オウベル。最後に貴方達に会えて幸せだった。ほら、泣かないでオウベル。いつもの歌を唄ってあげるからね」
――― 寂しい猫ちゃん ねんねこねー 母ちゃん探して 鳴いたなら 撫でてあげよう ねんねこねー ―――
歌いながら消えゆくハナを見てナンベルはオウベルをあやしながら、今起きている事は心配事でもなんでもないという顔をしていた。
「これが最後?それは、どうですかねぇ?貴方は生き返りますヨ。必ずね。そして寿命を全うするその日まで人生の幸せと苦しみを味わって下さい。それでは一旦さようならです。また会う日まで!キュキュ!」
ナンベルがそう言い終わると、小さな布と綿で出来た人形が地面にポトリと落ちた。
呆然とする兄に泣き喚くオウベルを無理やり押し付け、ナンベルは人形の背中に空いた穴から髪の束を確認してニンマリとする。
メイクをしておらず兄と同じ顔をした道化師は北の空を見上げ呟く。
「早く帰ってきてくれませんかねぇ?ヒジリ君達・・・・」
ドォスンは孤児院の門前に巨大な雪だるまを作って満足し、石の上の雪を払い除けて座ると、丘の上から平原だった場所に出来た巨大な建物を眺めた。
「あんなに大きな建物をどうやって建てたんだ?おでのいない間に」
裏側が冒険者ギルドに依頼したクエストを果たし、高額報酬を手に入れたドォスンだったが帰ってくると丘の下に十五階建ての集合住宅が出来上がっていた。
ウメボシにはここまで大きな建物をデュプリケイトする事が出来ない。ヒジリとウメボシが街を去る少し前にカプリコンに集合住宅の建設を依頼していたのだ。
カプリコンは周辺に浮くデブリや隕石を消費して集合住宅を瞬時に作ろうとしたのだが、星の何かしらの影響で建築は失敗しており、消しては作ってを繰り返してようやく三回目にして人の住める形になった。
大陸の真ん中にある大きな湖、ミト湖から引いた水を浄水して水道水として使っており、用を足して蓋を閉めれば汚物が綺麗に分解される分子分解トイレも備わっている。
五センチ四方の変換効率の良い太陽電池パネルがベランダの日の当たる所に貼ってありそれで部屋の灯りの電力も賄う。
この夢の様な建物に難民達は入居し、元からゴデの街に住んでいた住民からは嫉妬ややっかみの声が起こり、誰も難民に同情しなくなったのが唯一の失敗であった。
「こで、どうすっかな」
簡単に奴隷商人に捕まってしまう程、お人好しで心の優しいドォスンはテントで寒さに震える難民の子供達を見て、寄付しようと稼いだチタン硬貨を持て余している。
チタン硬貨三十枚の入った革袋は集合住宅で温々と過ごす難民達にはもう必要がなかったのだ。
ドォスンがお金の入った袋を御手玉のようにして遊んでいると、結界のある門の外からこちらを見るゴブリンがいた。
「オーガのお兄さん、羽振りが良さそうだね」
ゴブリンは、か行の発音が苦手なのだが目の前に立つゴブリンの男は普通に喋っている。知能が高い証拠だ。オーガも賢い者ほど滑らかに共通語を喋るがヘカティニスやドォスンは賢さの能力値が低いので喋り方が辿々しい。
紺色の革鎧を来た人当たりの良さそうな雰囲気を出すゴブリンは続けて喋る。
「俺は仕事を求めてこの街に来たベインって者だが、冒険者ギルドはどこかな?」
「そでなら、大通りにあるオーガの酒場だ。扉が大きいから直ぐにわかる」
暫くは樹族国が用意した簡易テントで冒険者ギルドを運営していたが、ヒジリがミカティニスをギルド長に任命した。
総督は仲間のオーガ贔屓が過ぎる、と批判はあったが実際の所、人が大勢来ても対処出来る酒場はミカティニスの酒場以外に無く、理に適っていた。
「あんがとよ、お兄さん。それにしても変わった塔だなあれ」
「ヒジリが作ったんだど。ヒジリは星のオーガだからな」
ベインの目が神の名を聞いて大きくなる。巷では有名な話だが彼は知らなかった。
「神様なら一度拝みたいもんだね」
「ヒジリなら総督府にいるど。金持ち地区の門を入って直ぐ右手にある大きな屋敷だ」
「よし!じゃあちょくら挨拶に行ってくるかな。いい仕事が貰えるかもしれないしね」
そう言い残してゴブリンは音もなく立ち去った。
ドォスンは白くなった世界を暫くぼんやりと座って眺めていると、街から金槌の音がリズムよく聞こえてくる。
金槌の音の中、ドォスンの背後でメイクをしていない道化師が語りかけてきた。
「ドワーフ達はもう仕事を始めたのですか。戦争が近いから鎧の注文が殺到してますものねェ。兄も付魔の仕事が忙しくて目が回ると嘆いていました。キュッキュ」
オーガは雇い主であるナンベルを見るとさっきのゴブリンの話をした。
「戦争の匂いを嗅いで傭兵もこの街に集まってきたど。さっきもゴブリンの傭兵が仕事を求めてきだ」
「小生の愛するこの街がどんどん潤ってきていますねぇ。不謹慎ですが戦争万歳と言わざるを得ません」
二人が話をしているとギシリと雪を踏む音が孤児院の門近くから聞こえ、仕事を求めて街に来たのかまた傭兵らしき魔人族が現れた。
「相変わらず、ふざけた人ねナンベル。息子は元気かな?」
ナンベルの細い目が見開かれ三白眼の瞳が魔人族の女を見つめる。
「ハナ!!おっと!そこでストップ!では約束通りあの子の名前を教えてもらいますよ。ずっと貴方の子を名無しと呼ぶのは忍びなかった」
結界の外でナンベルはハナを待たせる。結界にハナを認識させているのと、帰ってくるまで子の名前を教えないと意地悪を言ったハナへの仕返しである。
「息子の名前はオウベルよ」
いたずらっぽく笑うとハナは息子の名前を教えた。
「なんと!うちのお爺ちゃんと同じ名前ではないですか。そういえばハナはあの頑固爺に可愛がられていましたからネぇ。さぁどうぞ。今、兄とオウベルを呼んできますから」
ハナは青い頬を人差し指で掻くとバツが悪そうに聞く。
「ホクベルもいるのね・・・」
「ええ、ゾンビの大行進と小生が勝手に呼ぶ大災厄の時にここまで逃げてきました」
「ゾンビに大行進?」
ハナは国民の殆どがゾンビになるという大災厄の事を知らなかったので聞き直したが、ナンベルは既に孤児院の入り口に向かっていた。
庭には朝食を済ませた子供たちが雪合戦を始めだした。皆モコモコのコートを着ている。
「オカータン!」
庭で遊ぼうとミミに手を引かれて入り口から出てきたオウベルがそう叫んだ。ハナは走り寄って息子を抱き上げて頬ずりをする。
「ハナ!」
ナンベルが呼びに行くまでもなくホクベルは雪の積もり具合を見に外に出てきていた。
ホクベルは入り口を出て直ぐに目の当たりにした光景を見て一瞬固まり、それから二人へ走り寄るとまとめて抱きしめた。
「あぁ夢じゃないだろうか!ハナ!君が去ってから私は孤独だった。でも今は愛しい息子もいて、今日は妻も帰ってきた!もうどこへも行かないでくれ!そうだ!ゴデの街で家を借りて三人で一緒に暮らそう。な?」
抱きしめられながらハナはホクベルのプロポーズに笑いながら泣き出す。
「とても嬉しいわ・・・。でもホクベル。貴方のプロポーズを受ける前に私は仕事を終わらせなければ・・・。暗黒大陸の戦場で悪魔にそそのかされて寝返った裏切り者を追ってきたの。そいつのせいで私のチームは全滅してしまったわ。誰か紺色の革鎧を着たゴブリンを見なかった?」
ドォスンが慌てて近寄ってくる。ハナは息子を下ろしオーガが言おうとしている言葉に耳を傾けた。
「ベインって名前のゴブリンならさっきここに来て、ヒジリに挨拶しに総督府に行くと言っていだ」
ハナは腰のショートソードを鞘から出すと刃こぼれがないかを確認してまた鞘に戻した。
罠に誘って仲間を麻痺のトラップにかけ、敵である悪魔と一緒に笑いながら此方を見るベインの顔を思い出し眉間に皺が寄る。
「行ってくる。私は何としてでもそいつを殺さねばならないの。荒野で露と消えた仲間の為にも」
プロポーズをされた時のハナの喜びの涙は無念の涙に変わっていた。
ホクベルは仇討ちでハナが返り討ちにされる事を恐れている。
(やっと家族で暮らしていけると思ったのに・・・)
仇討ちに同行したいが、非力な自分は足手まといになる事を知っている。なので弟に視線をやるとナンベルは黙って頷いた。
「さぁでは行きましょうか。ハナは昔から魔人族のくせに魔法が苦手でしたからねぇ。魔人にしては頭が悪いから迷子になってしまうかもしれない。私が総督府まで案内しましょう。私は仇討の立会人として見守ります。(いざとなれば助太刀させて頂きますよ、例え貴方に恨まれる事になってもネ)」
「うふふ、相変わらずホクベルと違ってナンベルは口が悪いわね。案内を頼むわ」
小さな影は総督府を守る樹族の騎士の警戒を難なく掻い潜って侵入していく。魔法も何も使わずに自らの技のみでだ。
気配を殺し相手の視界から消える術を心得たゴブリンにとって、総督府を守る騎士達は田んぼに立つカカシ程度でしか無い。
暗殺者ベインは拾い屋敷の中の階段を最上階まで一気に駆け上がる。途中ですれ違った職員は彼の事に全く気が付いていない。手練れのアサッシンが持つスキルがそうさせているのだ。見えているのに見えない。
「偉い奴ってのはいつも高いところでふんぞり返っているもんだ。ビンゴ!」
総督室――オーガ・ヒジリ総督――
三階に上がって、広い踊り場の奥にある大きなドアには丁寧にそう書いたプレートが貼ってあった。
音をさせずにドアを開けて中の様子を伺う。
ローズウッドで出来た重たそうな机の向こう側には、巨体を椅子に預けて天井を見つめるオーガがいた。
何か考え事をしているのかピクリともしない。
(呆けた面してんな。これが星のオーガだと?誰かがでっち上げた嘘話だろう、どうせ)
―――コンコン―――
ゴブリンがノックをすると中から入れと言う声が聞こえる。
「やぁ!現人神様!私はこの街に傭兵の仕事を求めてやってきたベインというものです。ギルドに行くより直接総督からクエストを受けた方が報酬が良いと思いましてね!忙しい御身に失礼かと思いましたが訪ねさせて頂きました」
ベインは丁寧に腰を追って挨拶をする。この時後ろに回した手にはダガーが握られていた
「相棒、しゃがめ!」
入り口に立て掛けてあった聖なる杖がゴブリンのダガーを見て叫ぶ。
オーガは咄嗟にしゃがんだが、そのしゃがんだ顔に向けて確実にダガーが飛んだ。しかしダガーは幻の顔をすり抜け後ろの窓を突き破ってガラスを飛び散らせる。
外で見張りをしていた騎士達は三階から降ってきたガラスに驚き騒ぎ出した。
「何事だ!」
「総督の部屋だ!急げ!」
シオは最近覚えた【炎の蛇】を唱えた。【粉砕の焔】の下位魔法で、炎の蛇が相手に火傷を追わせつつ巻き付く。
しかし練度が低いせいか、巻き付くと軽い火傷を追わせただけで捕縛するまでには至らなかった。
「チッ!【変装】か!ということは影武者!まぁいい。他にも魔王様のターゲットはいる」
ベインは煙玉を使うと部屋から出て階段近くの観賞用の植木の影に隠れた。
騎士達が総督室に向かうのをやり過ごして騒がしくなった総督府を後にした。
混乱する総督府を見てほくそ笑みながら、ベインは路地裏に身を隠そうとした。
するとベインの肩にいきなりショートソードが突き刺さる。火傷の上から刺さる剣の一撃は痛みに抵抗のある暗殺者にでさえ苦悶の表情を作らせた。
あらゆる憎悪の篭った目で此方を睨みつけるハナの横で魔人族の男は軽くタップを踏んで笑っていた。
「どうやら貴方、相手を見くびっていたようですねぇ。ヒジリ君に扮したシオ男爵は場数を踏んでおりますのでそこそこ強いですよぉ?小生ほどではありませんがネ。キュッキュ」
ハナはショートソードをベインの首めがけて横に払うとベインはしゃがんで回避した。
「信用している仲間を罠にはめるのとはわけが違ったようね、ベイン。この街には多くの手練が集まっているわ。相手の技量を見抜けない馬鹿が暗殺者気取りなんて笑わせるわね」
唐竹割りを狙って頭上に振り下ろされた剣を、ゴブリンはダガーの二刀流でクロスさせて受け止め力を逃がすように往なすと、ショートソードの刃に短剣を滑らせハナの足元に近づいた。
太ももを突き刺そうと狙うもハナが素早く上げた膝がゴブリンの顎を直撃した。
ベインは後ろに吹き飛び、直ぐに横にゴロゴロと転がって距離を取る。
「チッ!ゴールキ以外は大したことないと樹族が言っていたのに・・・くそ!」
ナンベルはまたタタッ!と軽くタップを踏むと茶々を入れる。
「樹族は傲慢で、目が濁ってますから。彼らから情報を強いれるなんて間抜けですねぇ。キュッキュ」
ナンベルとハナを交互に見てベインはヘヘッ!と笑いながら聞く。
「そっちの兄ちゃんは加勢しないのかい?」
「小生は立会人です。どうぞ存分に二人で殺し合ってけじめをつけて下さい。キュキュ」
「そいつは気楽でいいや!あの時、麻痺したお前の息の根を確かに止めた。生死の確認もしたはずだがどうやって生き延びたんだ?実にしぶとい女だなお前は。今度はそうもいかねぇ。【蘇り】も出来ねえようにしてやるよ。悪いが今度こそお前は確実に死ぬ」
持っていた二対のダガーを捨て、紙で包んだ石のダガーを懐から取り出した。
「ほう石化のダガーですか。これは厄介ですね。大丈夫なんですか?ハナ」
「問題ないよ、ナンベル」
「そうですか。(まぁ当たりそうになれば横槍を入れさせてもらいますがネ)」
じりじりと間合いを詰めてくるベインにショートソードを向け、ハナは間合いをはかる。
次の一撃で勝負を決すると考えたハナは全神経を石化のダガーに向け、動きの先を読もうとしていた。
ゴブリンは体を左右に揺らしステップを踏み、刃先をユラユラと揺らせている。
突如、クナイのような暗器がハナに飛んできた。
ショートソードで弾き再びベインが居た場所を見ると小さな暗殺者の姿が見えない。
ゴブリンが装備する―――任意でほんの一瞬だけ姿を消すことの出来る魔法の革鎧は―――ハナの目からもナンベルの目からも姿を隠し、間合いを詰める事が出来た。
「勝った!ハハッ!俺の勝ちだ!」
石化のダガーはハナの太腿を掠めズボンに傷を作っていた。石化のダガーはかすり傷程度でも十分に効果を発揮するのだ。
「ハナ!」
ナンベルが声を掛けるも返事はない。
暗殺者のゴブリンは勝ち誇りニンマリと笑いながら、悔し涙で濡れているであろうハナの顔を覗き込もうとしたその時、ショートソードは深々とベインの革鎧と体を貫いていた。
「ゴフッ!何で・・・なん・・・で」
ショートソードは見事に心臓を貫いており、何故石化が効かなかったのかという疑問に答える事無くベインの命を終わらせていた。
すぐに騎士達が現れナンベルは事情を説明する。
総督を狙っていた暗殺者を倒した魔人族の女戦士に敬礼して、騎士達はゴブリンの死体を総督府で調べると言って運んでいった。
「石化攻撃をどうやって回避したのかは判りませんが問題は無さそうですね?さて帰りましょうか。これで全て終わったのです。天国にいる貴方の仲間達も今頃拍手を送っていることでしょう」
「そうね。私は無念を晴らせた。早く坊やの顔を見たい・・・」
仇討ちを果たし、生気の抜けたような顔で立ち尽くすハナの肩をナンベルは抱き、二人は孤児院へと帰っていった。
「ただいま、兄さん。これからホクベル一家はずっと一緒にいられますよ。彼女の仕事はもう終わりましたから」
オウベルがオカータンと言って走り寄ってくる。
ホクベルも喜びに満ちた顔で子供と一緒に走り寄ってくる。
ハナは子供を抱き上げると先ほどと同じように頬ずりをして、柔らかいプニプニとした頬にキスをした。
「おかえり、ハナ。仕事や旅の疲れもあるかもしれないが後で街まで出かけようよ。皆で住む家を一緒に見つけるんだ!」
ハナは子供をナンベルに託すると両手を覆ってしゃがんだ。誰もが嬉し泣きだと思ったがハナの口から出てきた言葉は「ごめんなさい」だった。
「私、皆と暮らせない」
ホクベルは顔面蒼白になってハナの前にしゃがむ。
「何故!何故そんなことを言うのだい?私が・・・あの時、君を引き止めなかったからかい?でも君は突然、私の前からいなくなってしまったじゃないか!あの時も今も私は君のことを愛しているんだハナ!どうかどこにも行かないでくれ!」
「ごめんなさい。あの時は私は誰とも一緒になる気は無かったの。男の世話になんてなりたくないって変な意地があって・・・。幾つか仕事をこなしたあと、妊娠していることに気がついたわ。その時は子供を一人で育てようって決意したのだけれども、私は育児には向いていなかった。戦場で戦うことしか知らない私はナンベルに子供を押し付けて逃げたのよ!母親として失格なの!」
ホクベルはハナの肩に手を置いて真っ直ぐな目で彼女を見つめた。
泣く母親を心配してナンベルの腕の中から手を伸ばしオウベルはオカータンオカータンと呼んでいる。
「君は昔からそうだった。喧嘩は強いが魔法はからきしで、誰かの世話を焼くのも苦手で・・・。でも君は太陽のように明るかったし、笑顔は人懐っこく、周りの人達も君が笑うと釣られて笑ったもんさ。それだけでいいんだ。私はそのハナがいてくれるだけでいいんだ。子育てが苦手なら私がやる。何だったら弟にも手伝わせる」
涙を浮かべて兄の説得を聞いて頷いていたナンベルが「え?」という顔をした。
「だから、頼む。年老いてこの世を去るその時まで私の傍にいてくれ!」
ハナは一層激しく嗚咽を漏らしながら泣き出した。
「あの時、帝国との戦いに行かなければ・・・変な意地なんて持たずに貴方に身を任せていたら良かった・・・。うぅ・・・」
ホクベルはハハと笑い、ハナを抱きしめた。
「今からでも遅くないよ。僕に任せてくれ。気味と王ベルを必ず幸せにしてみせる。今は戦時中だから大変かもしれないが約束するさ!」
「ううん、もう駄目なの。私ね、死んでいるの。ベインの手で殺されたの」
ホクベルはハナの戯れ言に笑いながら答える。
「だったら今私が抱きしめているのは何だい?オバケかな?残念ながらこの街は結界でアンデッドの類は入ってこれないようになっているよ?」
「私ね、殺された後何故か自分の死体の近くにいたの。何日も荒野に晒されて動物に死体を食い散らかされていく様を見ていたわ。僅かな骨と髪だけになった時、たまたま通りかかったネクロマンサーが私の存在に気が付いてくれて、話も聞いてくれた。私を哀れに思い彼は魔法の人形に私の髪を入れて、束の間の命をくれたの。でも目的を果たしたら魔法の効果は徐々に無くなるって・・・」
ふざけている様子は微塵もなかった。真実を語っている。ホクベルはふざけていない時のハナの顔を昔から知っている。
手から零れ落ちる砂か水の様に喜びが逃げていき、彼の目は虚ろになった。
「そんな・・・。そんな・・・」
針の飛んだレコードのように何度も同じ言葉を繰り返すしかホクベルにはできなかった。
「オカータン!オカァァタン!」
オウベルは突然叫んでナンベルから身を乗り出して両手を母親の方へ突き出し激しく泣きしだすとハナの姿が徐々に消えていく。
「ホクベル、オウベル。最後に貴方達に会えて幸せだった。ほら、泣かないでオウベル。いつもの歌を唄ってあげるからね」
――― 寂しい猫ちゃん ねんねこねー 母ちゃん探して 鳴いたなら 撫でてあげよう ねんねこねー ―――
歌いながら消えゆくハナを見てナンベルはオウベルをあやしながら、今起きている事は心配事でもなんでもないという顔をしていた。
「これが最後?それは、どうですかねぇ?貴方は生き返りますヨ。必ずね。そして寿命を全うするその日まで人生の幸せと苦しみを味わって下さい。それでは一旦さようならです。また会う日まで!キュキュ!」
ナンベルがそう言い終わると、小さな布と綿で出来た人形が地面にポトリと落ちた。
呆然とする兄に泣き喚くオウベルを無理やり押し付け、ナンベルは人形の背中に空いた穴から髪の束を確認してニンマリとする。
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「早く帰ってきてくれませんかねぇ?ヒジリ君達・・・・」
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