未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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禁断の箱庭と融合する前の世界(13)

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「私がグランデモニウム城で待ち構え陣を敷く」

 ゴデの総督府に集まった樹族側の面々が、北方に存在する強大な帝国の宣戦布告に頭を抱える中、ヒジリは上座に座る国王代理のシルビィの横で後ろ手を組んで声を上げた。

 グランデモニウム城で帝国軍を待ち構えると伝えたヒジリだが、それに納得できない如何にも武闘派な武将の一人が反論した。

「総督が最前線に出るなぞ、聞いたことが無いぞヒジリ殿。我々にも活躍の場くれ」

 独眼のムダンがそう言うと、他の諸侯も覚悟を決めたのか同意して頷く。

「そうです、聖下自らが前に出て御身を危険に晒すなんて私には耐えられません」

 騎士修道会からはキミが出席していた。栗色の三つ編みを巻いた羊の角のような髪は以前より大きくなっている。

 ヒジリは諸侯の申し出が、本音では邪魔で仕方なかった。守るべき対象が増えればそれだけ動きに制限がかかる。

 内心、自由に行動させてくれと思いつつも彼らに何か策があるのかを聞いてみた。

「相手はグランデモニウムの国民の殆どを副次的にとはいえアンデッドに変えてしまったのだぞ。その魔法がグランデモニウム城の上にまた放たれるかもしれない。それに耐えられる者がいるなら手を上げて頂こうか」

 誰も黙って手を挙げない中、末席に座っていた雪原砦のゴールキ将軍がガッハッハと笑いながら立つ。

「まだ若いなヒジリ。人の上に立つ者が従う者達を追い詰めてばかりじゃ駄目だ。少しは逃げ道を作っておいてやれ。それにここに集まった者は手柄をあげたいという理由の他に、お前さんの役に立ちたいとも考えとるはずだ。少しは信じて任せてやれや」

 何度も戦ってきた敵が今は志を同じにして、助け舟を出してくれている。ムダンは一つしかない目を潤ませゴールキの言葉に黙って頷いている。

「だが、それで死んでしまっては元も子もない。許可は出来ないな」

 惑星ヒジリを取り巻く遮蔽フィールドの影響で感情抑制チップがあまり機能しておらず、日毎に性格が荒々しくなっているヒジリは、それでも合理的な判断を下す。

「マスター」

 ヒジリの肩辺りに浮かんでいたウメボシが主に進言する。

「もしかしたら、対抗策が魔法院の書物にあるかもしれません。データの中の結界に関するものを今探っていたのですが、アンデッド化の魔法に関するものは魔法院の書庫に保管されているそうです」

「魔法院か・・・」

 ヒジリはイグナの顔を思い浮かべ、シルビィの横顔を見つめる。

 自分の為に魔法院で戦ってくれたこの二人を思うと胸が切なくなってくる。しかし、今は感傷に浸っている時ではないと首を振り、シルビィに聞いた。

「魔法院は今現在、どうなっているのですか?シルビィ殿」

 ヒジリは聖下と呼ばれているが、今作戦において自分より立場が上の総大将であるシルビィに対して公式の場では敬語を使う。

「今もなお封鎖中だ。書物を探して取り寄せるとなると、一週間後の開戦までギリギリか或いは過ぎてしまうだろうな」

「うーむ・・・。厳しいな。躊躇なく一国を滅ぼす帝国は初手で間違いなく戦術核レベルの魔法を撃ってくるはず・・・」

 壁際で控えるように座っていたホクベルに扮したナンベルが真面目な素顔で提言する。

「発言、よろしいでしょうか?ヒジリ聖下」

 信心深い兄の真似をしてヒジリを聖下と呼ぶ。

 皆、執事のような格好をした彼を雑用係だと思って気にしていなかったが、なんだと驚いて注目する。

 彼を見たムダンの右眉が少し動いたのをシルビィはヒヤヒヤしながら見つめた。

「許可しよう。ホクベル」

 ホクベルと聞いてムダンの太いボサボサの眉は定位置に戻り、シルビィはホッとする。

「ありがとうございます」

 ホクベルは癖で大袈裟な礼をすると内容を語りだした。

「実は光側の方にとってアンデッド化の魔法を防ぐ事は難しい話ではありません。闇側と違い、光側は結界や護符などでの守りに関する魔法は進んでおります。普通にアンデッドに対する結界を張るだけで大丈夫です。私も結界に関して研究しておりましたのでこれは確実といえましょう。先日もゴデの街で光側の僧侶が貼った結界で実験させて頂きました」

 部屋はどよめきでにわかに騒がしくなった。得体のしれない魔人族の男に疑いの目を向ける樹族もいるが、何だそんな事で良かったのかと鼻で笑う傲慢な者の方が多い。

「魔法院が健在で老師が生きていたならば、ここまで遠回りせずとも簡単に対処出来たはずであったろう」

 魔法院と関わりの深かったワンドリッター侯爵とブライトリーフ侯爵がシルビィに聞こえるように話している。

 ヒジリはシルビィを心配してチラと見るが、シルビィは何も間違った事はしていないという強い信念があるのか全く動じてはいない。

「助かった、ホクベル」

 手を上げて謝意を示すヒジリにナンベルはまた大袈裟にお辞儀をして座った。

 シルビィは暫くヒジリと話し込んだ後、国王代理として指示を出す。

「初手でいきなりゾンビ化をして全滅、という最悪の事態は無くなった。念の為、幾つかの魔法を想定して結界を増やしておく。これに伴いグランデモニウム城を拠点に北側の平野に戦線を張ることとする。城には既に裏側が入り込んでいる。騎士修道会と諸侯の連合はジュウゾ達と合流してくれ。布陣や作戦に関しては一任する。それから私は少し遅れて行くが城に着いたら皆守ってくれよ?」

 いつも守る立場にあるウォール家の人間が侯爵達を頼った。

 部屋にいた樹族達の顔が明るくなる。後世に残るであろうこの戦いで手柄を上げればウォール一族のように王の側近になれる可能性が大きい。ウォール一族も大昔は地方の一侯爵に過ぎなかったのだ。

 シルビィに続きヒジリが指示を出す。

「ゴールキ将軍と雪原砦の戦士、ヘカティニスはゴデの防衛を。ホクベルは陽動や撹乱での指揮をとってくれ。まぁ恐らく我々におこぼれが回ってくる事は無いと思うが」

 ヒジリはリップサービスをし侯爵達の顔を立てる。幾人かの樹族はそれが当然だという態度だ。

「国救いの英雄も今回は出番なしだ!悪いな!ガッハッハ!」

 気分が高揚しているムダンはヒジリの煽てに敢えて乗った。

「では準備に取り掛かってくれ。これにて解散」

 そう言って会議を締めくくると、シルビィは立ち上がりヒジリに囁いた。

「今夜一人で私の部屋に来てくれ。話したいことがある。まぁ大した話では無いのだが」

「了解した」

 なんだろうか?大したことはないと言っているが極秘作戦の話だろうか?それとも老師戦の話でもしてくれるのだろうか?ヒジリは疑問に思いつつもゴールキ達とどこを重点的に守るかを話合った。

 樹族達がいなくなったのを確認してヒジリはゴールキ達に実は・・・と打ち明けだした。

「これはまだ誰にも打ち明けていないのだが、ウメボシと帝国に直接乗り込んで皇帝を説得、或いは力を見せつけて手を引いてもらおうと考えているのだ」

 ヒジリの滅茶苦茶な作戦に、ゴールキもナンベルも今まで議事録を取っていたシオも驚いて呆れている。

「幾らお前が強くてもな、それは洒落にならんぞ。本気で言っているのなら狂気の沙汰だ」

 ゴールキはヒジリの真剣な目を見て彼はその”狂気に沙汰“だったと気付く。

「そうですよぉヒジリ君。狂気は小生の専売特許。真面目にやってください。単身乗り込んでも捕まって幽閉されるのがオチですヨ。キュッキュ」

「私は本気だ。敵に捕まる気も無い。私がいない間ゴデの街に影武者を置こうと思う。誰が適任かを考えたのだが、シオ男爵が一番だと思う。自分の身を守れるくらいには強いし、総督府の内情にも詳しい」

 シオ男爵は驚いてはいない。溜息をついて呆れている。その横で男爵とは対照的に杖がウキャキャキャキャと笑っている。

「断っても無理なんだろ?給料弾んでくれよな・・・。でも俺は幻術系は覚えていないぞ。どうすんだ?」

 ヒジリはナンベルを見る。ナンベルはヒジリの視線を受けると肩を竦めて斜め下の何もない空間を見つめて、嫌そうな顔で言う。

「ハイハイ、教えますよ。【変装】と【想い人】なら魔人族の子供でも覚えられますから、シオ男爵がオーガ並みの知能でなければ二時間程で覚えられますヨ。練度も然程必要としない魔法ですしネ。レッスン料は後で総督府の方に請求しておきます。キュキュキュ」

 種族全体をバカにされてムスっとしているゴールキをまぁまぁとヒジリは宥め、シオに向く。

「直ぐにでも出発しようと思うので、悪いが魔法を習得したら、夜中にシルビィの部屋に私のフリをして話を聞きに行ってくれ。頼む」

 舌を少し出して片目を瞑って両手を合わして頼む―――普段は見せないお茶目なヒジリを見て、ナンベルとゴールキは視線を合わせて困惑する。

 シオだけはツボにはまったのか、ヒジリに萌えてしまい顔を真っ赤にして答える。

「べべべ、別にお前の為じゃないんだからな!貸しだから!これは貸しなんだから!帰ってきたら何でも一つ頼みごとを聞いてもらうぞ!」

 壁に立て掛けてある聖なる杖が叫んだ拍子にカランと倒れた。

「ででで、デター!ツンデレ!」

 コン!とシオに蹴り飛ばされながら杖は笑っている。

「では頼んだ。行くぞウメボシ!」

「はい!」

 オーガとイービルアイは特に何かの準備した様子も無くそのまま部屋から出て行った。




 コンコン!夜の総督府の廊下にノックの音が響き渡る。

 部屋の中からは少し待ってくれという声が聞こえてきた。中でゴソゴソして何かを片付ける音が聞こえる。その間に昼間のナンベルの特別レッスンを思い出していた。

(ナンベルって素顔で二人きりになると人見知りするんだな・・。ずっと斜め下見て喋ってたし、教える声も小さかった~)

 親に怒られて一旦家を飛び出し、門前で入るかどうか迷いながら地面を蹴っている子供のような顔をしたナンベルを思い出して吹き出しそうになった。

 ガチャリと扉が開くと、恐らく散らかっていた着替えなどをタンスに押し込んでいたであろうシルビィがハァハァと息をしながら扉を開けてシオが変装したヒジリを中に誘った。

「済まない、散らかった部屋を片付けていた。今日は一日中忙しくてな。ここには昼間しか召使がいない事をすっかりと忘れていた。まぁベッドにでも座ってくれダーリン。お茶でも出そう」

「お茶なんて淹れた事があるのかね?」

 シオはヒジリの喋り方を真似してシルビィを茶化す。

「ああ、メイドが一度教えてくれてな。お茶を入れるくらいなら私にも出来るぞ。味の保証はしないが。ハハ!」

 暫くして出されたお茶は妙に渋みがあった。不味いとはいえないので少し頑張って飲む。

 紅茶を不味そうに飲むヒジリに対してシルビィは真剣な目で見つめた。

「実はな・・・。お願いがあるのだ。回りくどいことは言わん。私を抱いてくれ!」

 シオは驚いて紅茶をもう一口、ゴクリと飲むと咽(むせ)て咳き込む。動揺してティーカップを落とさないようにテーブルに置くと顔を真っ赤にしてどういうことだと混乱しながらシルビィを見る。

「飲んだな?こういう事はしたくなかったのだが・・・。それには媚薬が入っている。オーガ用に多く入れた。何でこんな事を頼むかというと、今回の戦いは何だか嫌な予感がするのだ。変な胸騒ぎがするというか・・・キャッ!」

 シルビィが如何にも女性らしい声を上げたのは、シオがシルビィを押し倒していたからだ。

 鼻血がツーっと垂れて我を失っているオーガを見て、シルビィはああ!と喜んで首に抱きつく。興奮と感動に身を震わし叫ぶ。

「遂に私は愛しい人と一つとなるのだ!神様!これで思い残すことはない!」

 その夜は珍しく雷雪だった。明け方まで雷の音は何度も響き、激しい風は雪と共に窓を何度も打ちつけた。

 雷氷の音に紛れてサスカッチのような雄叫びを聞いたという者もいたが、その正体は誰にも分からなかった。




 昨日の雷雪が嘘のように晴れている。

 シルビィは既にグランデモニウム城に出発しており部屋にはいない。

 丁度今、魔法効果が切れてボンという音と共にシオの裸体がベッドの中に現れる。

 乱れた長い金髪を直すでも無く、ただ髪を撫でながらぼんやりと昨夜の出来事を思い出している。

 一夜を共にしてシルビィを愛おしく思うようになったシオは、行為の後に彼女が自身に関する予言をしていたことを思い出した。ああいう不吉な予言は当たり易い。どうかあの勘が当たらないで欲しいと願い窓の外をぼんやりと眺めて、一夜を共にして情が移ってしまった愛しい人の無事を祈った。



 「それにしても昨夜は珍しい天候だったな。雷雪なんて天候、私は初めて見た。確か日本海側では珍しくない冬の現象だと聞いたが」

「私も初めてです。ずっとサイタマシティに引き篭もってましたからね、マスターもウメボシも。珍しく遠出しようとしたら、こんな惑星に来てしまいましたし」

 ヒジリはヘルメスブーツで滑るように泥濘でいねいと雪を跳ね飛ばして進んでいる。

「肩の上で怖がる主殿がいないから、最高速度で飛ばしても文句を言われない。流れる風景を見るのは気持ちがいいものだ!」

 ゴデの北には背の低い山霊山オゴソがあり、その更に北には高い連峰があり帝国とグランデモニウムの国境の役目をしている。

 帝国に向かうには西のルートと東のルートがある。東のルートはグランデモニウム城の横を通りそのまま北の国境に向かう事が出来る。勿論、堂々と行っても帝国の者が国境をすんなり通らせてくれるはずも無い。

 西のルートは大陸の真ん中にある大きな湖の末端を眺める事が出来るがグランデもニウム城へ向かうには大回りになる。その代わり国境となる連峰の山々には帝国まで続く洞窟が多く点在し、帝国への密入国がし易い。

 洞窟には危険なモンスターも多く、一々戦っていると何日もかかってしまうのでヒジリは遮蔽フィールドを張り、ウメボシががらくた箱から出した暗視スコープを装着して洞窟を進む。

 目の退化した気味の悪い巨大な両生類の横を通り抜け、自然に存在する無害な土の精霊に手を振って挨拶する。

 邪悪なメイジが残した祭壇の近くには御しきれずに放置されている地獄の底から来たデーモンは、遮蔽装置で姿を隠すヒジリに気がついていたが何故か襲いかかって来ることもなく、かと言って友好的でもなかった。

 一日かけて通り抜けた先は滝の裏側で滑らかに凍った滝の水が洞窟出口近くの足場を覆って滑りやすくしていた。しかし、ヘルメスブーツで移動するヒジリには地形の状態に影響を受けないので、フォースシールドの傘を作って勢い良く滝の洞窟から飛び出た。
 
 しかし運悪く飛び出した先はグランデモニウム城に向けて進軍中の帝国騎士団の野営地であった。
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