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禁断の箱庭と融合する前の世界(76)
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「オーガと吸魔鬼を迎え撃つのはなんと!!幻の古龍!・・・の幼竜と、アークデーモン!流石は金持ちの集まる国、ポルロンド!吸魔鬼と同じくどうやって彼らを従えているのかは判りませんが、世紀の好カードなのは間違いないでしょう!さぁ両者共、中央で睨み合っています!」
通りの良い声の解説者の魔物紹介にタスネは、気分を落ち着けようと頼んだフルーツポンチを勢いよく口から吹き出す。
「古龍にアークデーモン!?本当に存在したんだ?っていうか、そんなのと戦ったらベンキとダンティラス倒されちゃうんじゃ・・・?」
―――ジャーーーン!
タスネの心配を他所に開始のドラが無慈悲に鳴る。
まず、古龍が動いた。口を開けてカッという音がしたかと思うと、ダンティラスの右半身が空間ごと削られていた。
「ああーっと!いきなり即死級の攻撃!流石の吸魔鬼もこれで終わりか~?」
バランスを崩してどうと倒れるとダンティラスは霧化して消えた。
「一児退散か~?眼鏡のオーガはいきなりのピーンチッ!」
コロネが「ダンティラス・・・」と呟いて青い顔をする横で、タスネは口をパクパクするのを止めて真顔になって妹の心配を拭う。
「大丈夫だよ、コロネ。ダンティラスはあれ位の攻撃何ともないって」
ベンキは咄嗟に闘技場の砂を巻き上げて竜と悪魔の視界を塞いだ。砂煙に紛れて霧化したダンティラスが古龍に近寄り、実体化して直ぐに触手で触れた。
「ピィィィ!!」
マナをどんどんと吸われていく感覚が意識を遠のかせていくので幼い雌の古龍は悲鳴を上げる。
古龍も魔人族と同じくマナを使い切ると失神してしまうのだ。
「悪いな、希少なる古龍の子供よ。世界に五匹いるかどうかも怪しい古龍の君を殺すのは忍びないのである。マナを吸うだけにしておいてやろう」
ダンティラスがそう言い終わる前に古龍は失神して舌を出して伸びた。戦いの邪魔になるので触手で抱えると闘技場の端に置いてアークデーモンを探した。
アークデーモンは【姿隠し】で姿を消している。ベンキは学生服のような戦闘服の尻ポケットから何かを取り出した。
「酒場の二階のお前の部屋に置いてあったこのグローブ、使わせてもらうぞ」
物を部屋に置かないヒジリが珍しく置いていた電撃グローブの予備を彼はこっそり形見として貰っていたのだ。
素早くグローブを装着し、構えを取って周囲を警戒する。【姿隠し】で隠れた者は現れる時に空気を揺らす。敏感な猫のヒゲを以てしても微妙な空気の揺れを感じ取るのは難しい。
案の定ベンキに気づかれる事無く、彼の後ろから悪魔は静かに姿を現した。
アークデーモンの【死の手】が迫る中、ダンティラスが霧化してベンキを守ろうと近づくも間に合いそうもない。
「お姉ちゃん!ベンキが死んじゃう!」
いつの間にかイグナとフランもバルコニーに来ており、【死の手】が迫るベンキをハラハラとして見つめた。
今まさに手が触れようとしたその時!
気配で察したベンキは咄嗟にしゃがんでそれを躱す。それから伸ばしたアークデーモンの腕を掴み、電撃を流しながら背負投で投げ飛ばした。
アークデーモンは背中から落ちる地面すれすれの所でピタッと浮いて止まり、また【姿隠し】を使って消えてしまった。
観客席からは悪魔の姑息な戦い方にブーイングが飛ぶ。
「これは白熱した戦いとは言い難く面白くない~!観客席からブーイングが飛んでおります!アークデーモンの召喚者は速やかに、積極的に戦うよう指示を出して下さい」
闘技場の観客席で観戦していた古龍を従える怪物使いが、隣のサモナーに話しかけた。
「だってよ。さっさと指示を出せよ」
しかし召喚師からは返事がない。口から泡を吹いて白目をむいている。
「こ、こいつはやべぇ!魂を抜かれてるぞ!やっぱり、コイツにはアークデーモンは荷が重すぎたんだ!」
時々、悪魔は召喚者に従うふりをして召喚者の魂を奪う事がある。大抵は魂を奪って異界に戻っていくのだが、今回は違った。
「ってことは、あのアークデーモンは自律行動してんのか!やべぇやべえ!」
露出の多いハーネスアーマーの間から脂汗をかいて怪物使いの男は慌てふためく。気が動転している上に語彙が少ないのか「やべぇ!」を連発するばかりである。
「くそ!運営に言うべきか黙っておくか・・・。もしかしたら、あいつらが倒してくれるかもしれねぇ。よーーし!こうなったら様子見だ!べらんめぇ!」
無責任な覚悟を決め、モンスターテイマーはどっかと座って成り行きを見守った。
ベンキとダンティラスは背中合わせに立って周囲を警戒していると耳鳴りがして声が聞こえてきた。
―――私は早くお爺さんの元に向かいたいのです。こんな所でいつまでも失神しているわけにはいきません。
古龍が意識を取り戻しフラフラと立ち上がった。それでもまだ戦闘に復帰するのは難しのかボンヤリしている。
「もう回復したか。流石は幼くても古龍である」
「感心している場合か。アークデーモンを探せ」
感心するダンティラスにベンキは更なる警戒を促した。
古龍は首を振って意識をしっかりとさせると口を開けて此方を向く。
「古龍の攻撃が来るぞ!」
ベンキが叫んで二人が身構えたその時、アークデーモンが目の前に現れて無数の氷の槍を空中に浮かせた。
そのアークデーモンの冷たい氷のような顔が苦痛にゆがむ。横に広がった頭の角と広げた右腕がローブごと消えていたのだ。
まだ意識のハッキリしない古龍が口から放った空間を削り取るブレスがアークデーモンに当たってしまったのである。
「*?>*??*」
苛立つアークデーモンは人には理解できない怒声を上げて、氷の槍を古龍に向けて放った。
「おおーっと!仲間割れか~!どういう事だ~?運営側は彼らを制御できていないのか~?」
会場がざわつく。制御できていないとしたら被害は観客にも及ぶからだ。
タスネは恐怖でガタガタと震える顎を手で支えて思い出す。
「制御できない悪魔・・・。何かこのパターン、数年前にも体験したような・・・。前はエルダーリッチだったけど・・・」
古龍は魔法の回避に間に合わないと感じて、レジストに専念して構えた。
―――ズゾゾゾゾ!
古龍の前の地面から無数の黒い触手が現れて氷の槍を防ぐ壁となる。
「何とか間に合ったか」
触手を伸ばせる範囲内だったので何とか助けることが出来たが、氷の槍を迎え撃った壁は凍傷で壊死した。ダンティラスは壊死した触手を切り離す。
解説者
「どういう事だ~~!吸魔鬼が古龍を助けた~~!もう訳が分からない~!どういう事でしょう?解説ゴブリンのヤンスさん!」
ヤンスが何故か司会の横にちょこんと座っていた。彼はいつでもどこにでも現れるのでサヴェリフェ姉妹は特に驚くこともなかった。
「へのつっぱりはいらんでヤンス!」
「おおっっと~!言葉の意味はよく判らないが~、とにかく凄い自信に満ちた解説だ~!」
困惑した顔で古龍はダンティラスを見つめるのでダンティラスは念話で説明する。
「しっかりと制御がされている悪魔は、例え誤射であっても仲間である君に攻撃をしたりはしないものなのだよ。よって吾輩はあの悪魔が召喚者の命令を聞いていないと判断した。これはもう事故である。君は闘技場の隅で休んでおるがよい」
そう言ってダンティラスは闘技場の中ほどに来ると触手を地面に潜らせて待ち構える。
(奴が【死の手】をしてくるとは限らんが、一か八かの賭けだ)
しかし、その読みは外れる。古龍を守るように立っていたベンキの前にアークデーモンは現れて、用心深く【捕縛】を唱えた。
咄嗟にレジストを試みたので全身が縛られることは無かったが、見えない何かに脚を縛られてベンキは動けなくなり転んだ。古龍は疲れ果てて動けず、目の前で倒れるベンキを助ける事は出来ない。
ベンキは半身を起こして破れかぶれになって叫び、ヒジリの電撃グローブをはめた拳を何度も悪魔へ向けて繰り出したがアークデーモンには届かず虚しく空を切る。
その間に悪魔片頬笑いをしながら【死】を唱えている。
「またしても・・・。吾輩であれば厄介な方から倒そうとするものだが、執拗に弱者を狙うとは流石悪魔である」
壊死して減った触手を今から悪魔に伸ばしても間に合わないので、霧化して素早くアークデーモンにダンティラスは近づくが、その前にベンキが闇魔法【死】で命を消されるのは誰の目にも明らかだった。
緑い色の豪華なビロードのローブを着た、死人のように青い顔をした悪魔が満面の笑みで詠唱を終えようとしたその時、ベンキが空を殴った場所から球形の光が現れてウメボシが放つような【魔法の矢】がアークデーモンの体に無数の穴を開けた。
誰にも読めないが、グローブには日本語で”電撃グローブ・改”と書かれていた。
遠距離攻撃の手段に乏しかったヒジリがグローブを改造していたのだ。データ化するのを忘れて机の上に置きっぱなしにしたまま、彼は移動中の馬車ごと不意に亜空間に飲み込まれ、その後邪神共々この世を去った。
光の矢が体中に穴を開けても尚、悪魔は宙を浮いて逃れようとしたが球形の光は悪魔を追ってビームを放つ。
光の球体が消える頃には、地面にはアークデーモンの亡骸が横たわっていた。
「倒した~!オーガのベンキが倒した~!これは予想外!明らかにオーガの手には負えない最強の悪魔を謎の攻撃で倒した~!どういう事です?ヤンスさん!」
「彼の事なら知ってるでヤンス。彼は百戦錬磨の砦の戦士の知恵袋だったから、今回も何かしら知恵を効かせて攻撃したに違い無いでヤンスー!」
ヤンスは鼻の下を煙が出るほど人差し指で擦って自慢げにして興奮している。
ベンキは勝利の余韻に浸らずグローブを見つめてヒジリに感謝していた。
「助かった、ヒジリ。死んでも尚、お前は俺を守ってくれたんだ。やっぱり俺はお前の嫁になるべきだったか」
ベンキは冗談を言ってニヤリと笑った。
星の希薄な膜となり、空を漂っていた形なきヒジリは急に寒気を感じる。
―――どうしましたか?マスター。
―――いや、急に寒気が・・・。
―――それはおかしいですね。我々には感覚が無いはずですが。
歓声に沸く闘技場を後にして、控室でベンキとダンティラスが休んでいると姉妹たちがドタドタと入ってきた。
「ちょっと!何で勝手に闘技場で戦ってんのよ!」
「何でって、登録したのはタスネだろう?お前の召使いからそう説明されて闘技場にやってきたんだが」
ベンキは汗を拭きながら座って言う。
「え?登録?してないけど?」
「何?」
ギャラを払いに来た闘技場の支配人をダンティラスは触手で絡め取り引き寄せた。
「誰が我々の登録をしたのだ?」
「ヒ、ヒィ!サヴェリフェ家の召使と名乗る樹族が、ちゃんと貴方の家の紋章の判子で書類を提出していましたが・・・」
怯える地走り族が哀れになり、ダンティラスは地面に下ろした。
「連れてきた召使は御者位しかいないけど?それに彼は地走り族だし」
「知りませんよ!我々は出された書類を受理して、ベンキさんとダンティラスさんを呼びに行っただけですし」
支配人の地走り族の男は、ビー玉ほどの虹色に光る玉を二人に一つずつ渡して部屋から出ようとしたが、すぐにダンティラスに捕まって引き戻される。
「この玉は何であるか?これが報酬かね?」
「そ、それは貴重な金属ガソダリウムですよ!この国じゃとても高価なんです!離して下さい~!」
ダンティラスが触手を解くと、支配人はワァァァ!と叫びながら部屋から出ていった。
「こんな物がねぇ・・。っていうか、アタシ達の国で価値がなければ意味ないけどね」
「さっさと売っちゃえばぁ?」
タスネとフランは興味なさそうに丸い小さなガソタリウムを見て言う。
「記念に持っておくのである」
「俺も」
ダンティラスもベンキも勝利の証である貴重な金属を懐にしまって満足そうな顔をした。
満足そうな顔をする彼らの横でタスネはプンプンと怒りながら両手を組んでいる。
「それにしても、誰よ!悪戯なんかして!」
「悪戯とかそんなレベルの話じゃないだろう」
ベンキはいつものように眼鏡をクイッと上げてそうタスネに言う。
「多分だけど脅しだと思う」
今まで口を開かなかったイグナが静かに言う。
「そうだろうな。何時でも見張っているし、何時でも罠にはめる事が出来るぞっていう神聖国モティからの脅しだろう。これからは見知らぬ者には警戒するべきだ」
「なにー?何なの!モティの仕業なの?陰湿じゃん。神様が泣いてるわよ」
「そうだそうだ。ヒジリの神罰が下るぞ」
そう言って真上に伸びる二本の角のような髪型をしたコロネが怒るとタスネがピシャリと言う。
「悪戯ばかりしてるコロネがそれを言うの?」
「そうだよ。もう時効だろうから言うけど、お姉ちゃんが家を出る時に渡したレースのハンカチあっただろ?あれ、お姉ちゃんのレースのパンティだから」
「えーーーっ!時効じゃないよ!馬鹿!ついさっきの話じゃん!」
タスネの丸顔の丸い目がこれ以上ない程に丸くなった後、彼女は恥ずかしさで気を失いそうになった。
通りの良い声の解説者の魔物紹介にタスネは、気分を落ち着けようと頼んだフルーツポンチを勢いよく口から吹き出す。
「古龍にアークデーモン!?本当に存在したんだ?っていうか、そんなのと戦ったらベンキとダンティラス倒されちゃうんじゃ・・・?」
―――ジャーーーン!
タスネの心配を他所に開始のドラが無慈悲に鳴る。
まず、古龍が動いた。口を開けてカッという音がしたかと思うと、ダンティラスの右半身が空間ごと削られていた。
「ああーっと!いきなり即死級の攻撃!流石の吸魔鬼もこれで終わりか~?」
バランスを崩してどうと倒れるとダンティラスは霧化して消えた。
「一児退散か~?眼鏡のオーガはいきなりのピーンチッ!」
コロネが「ダンティラス・・・」と呟いて青い顔をする横で、タスネは口をパクパクするのを止めて真顔になって妹の心配を拭う。
「大丈夫だよ、コロネ。ダンティラスはあれ位の攻撃何ともないって」
ベンキは咄嗟に闘技場の砂を巻き上げて竜と悪魔の視界を塞いだ。砂煙に紛れて霧化したダンティラスが古龍に近寄り、実体化して直ぐに触手で触れた。
「ピィィィ!!」
マナをどんどんと吸われていく感覚が意識を遠のかせていくので幼い雌の古龍は悲鳴を上げる。
古龍も魔人族と同じくマナを使い切ると失神してしまうのだ。
「悪いな、希少なる古龍の子供よ。世界に五匹いるかどうかも怪しい古龍の君を殺すのは忍びないのである。マナを吸うだけにしておいてやろう」
ダンティラスがそう言い終わる前に古龍は失神して舌を出して伸びた。戦いの邪魔になるので触手で抱えると闘技場の端に置いてアークデーモンを探した。
アークデーモンは【姿隠し】で姿を消している。ベンキは学生服のような戦闘服の尻ポケットから何かを取り出した。
「酒場の二階のお前の部屋に置いてあったこのグローブ、使わせてもらうぞ」
物を部屋に置かないヒジリが珍しく置いていた電撃グローブの予備を彼はこっそり形見として貰っていたのだ。
素早くグローブを装着し、構えを取って周囲を警戒する。【姿隠し】で隠れた者は現れる時に空気を揺らす。敏感な猫のヒゲを以てしても微妙な空気の揺れを感じ取るのは難しい。
案の定ベンキに気づかれる事無く、彼の後ろから悪魔は静かに姿を現した。
アークデーモンの【死の手】が迫る中、ダンティラスが霧化してベンキを守ろうと近づくも間に合いそうもない。
「お姉ちゃん!ベンキが死んじゃう!」
いつの間にかイグナとフランもバルコニーに来ており、【死の手】が迫るベンキをハラハラとして見つめた。
今まさに手が触れようとしたその時!
気配で察したベンキは咄嗟にしゃがんでそれを躱す。それから伸ばしたアークデーモンの腕を掴み、電撃を流しながら背負投で投げ飛ばした。
アークデーモンは背中から落ちる地面すれすれの所でピタッと浮いて止まり、また【姿隠し】を使って消えてしまった。
観客席からは悪魔の姑息な戦い方にブーイングが飛ぶ。
「これは白熱した戦いとは言い難く面白くない~!観客席からブーイングが飛んでおります!アークデーモンの召喚者は速やかに、積極的に戦うよう指示を出して下さい」
闘技場の観客席で観戦していた古龍を従える怪物使いが、隣のサモナーに話しかけた。
「だってよ。さっさと指示を出せよ」
しかし召喚師からは返事がない。口から泡を吹いて白目をむいている。
「こ、こいつはやべぇ!魂を抜かれてるぞ!やっぱり、コイツにはアークデーモンは荷が重すぎたんだ!」
時々、悪魔は召喚者に従うふりをして召喚者の魂を奪う事がある。大抵は魂を奪って異界に戻っていくのだが、今回は違った。
「ってことは、あのアークデーモンは自律行動してんのか!やべぇやべえ!」
露出の多いハーネスアーマーの間から脂汗をかいて怪物使いの男は慌てふためく。気が動転している上に語彙が少ないのか「やべぇ!」を連発するばかりである。
「くそ!運営に言うべきか黙っておくか・・・。もしかしたら、あいつらが倒してくれるかもしれねぇ。よーーし!こうなったら様子見だ!べらんめぇ!」
無責任な覚悟を決め、モンスターテイマーはどっかと座って成り行きを見守った。
ベンキとダンティラスは背中合わせに立って周囲を警戒していると耳鳴りがして声が聞こえてきた。
―――私は早くお爺さんの元に向かいたいのです。こんな所でいつまでも失神しているわけにはいきません。
古龍が意識を取り戻しフラフラと立ち上がった。それでもまだ戦闘に復帰するのは難しのかボンヤリしている。
「もう回復したか。流石は幼くても古龍である」
「感心している場合か。アークデーモンを探せ」
感心するダンティラスにベンキは更なる警戒を促した。
古龍は首を振って意識をしっかりとさせると口を開けて此方を向く。
「古龍の攻撃が来るぞ!」
ベンキが叫んで二人が身構えたその時、アークデーモンが目の前に現れて無数の氷の槍を空中に浮かせた。
そのアークデーモンの冷たい氷のような顔が苦痛にゆがむ。横に広がった頭の角と広げた右腕がローブごと消えていたのだ。
まだ意識のハッキリしない古龍が口から放った空間を削り取るブレスがアークデーモンに当たってしまったのである。
「*?>*??*」
苛立つアークデーモンは人には理解できない怒声を上げて、氷の槍を古龍に向けて放った。
「おおーっと!仲間割れか~!どういう事だ~?運営側は彼らを制御できていないのか~?」
会場がざわつく。制御できていないとしたら被害は観客にも及ぶからだ。
タスネは恐怖でガタガタと震える顎を手で支えて思い出す。
「制御できない悪魔・・・。何かこのパターン、数年前にも体験したような・・・。前はエルダーリッチだったけど・・・」
古龍は魔法の回避に間に合わないと感じて、レジストに専念して構えた。
―――ズゾゾゾゾ!
古龍の前の地面から無数の黒い触手が現れて氷の槍を防ぐ壁となる。
「何とか間に合ったか」
触手を伸ばせる範囲内だったので何とか助けることが出来たが、氷の槍を迎え撃った壁は凍傷で壊死した。ダンティラスは壊死した触手を切り離す。
解説者
「どういう事だ~~!吸魔鬼が古龍を助けた~~!もう訳が分からない~!どういう事でしょう?解説ゴブリンのヤンスさん!」
ヤンスが何故か司会の横にちょこんと座っていた。彼はいつでもどこにでも現れるのでサヴェリフェ姉妹は特に驚くこともなかった。
「へのつっぱりはいらんでヤンス!」
「おおっっと~!言葉の意味はよく判らないが~、とにかく凄い自信に満ちた解説だ~!」
困惑した顔で古龍はダンティラスを見つめるのでダンティラスは念話で説明する。
「しっかりと制御がされている悪魔は、例え誤射であっても仲間である君に攻撃をしたりはしないものなのだよ。よって吾輩はあの悪魔が召喚者の命令を聞いていないと判断した。これはもう事故である。君は闘技場の隅で休んでおるがよい」
そう言ってダンティラスは闘技場の中ほどに来ると触手を地面に潜らせて待ち構える。
(奴が【死の手】をしてくるとは限らんが、一か八かの賭けだ)
しかし、その読みは外れる。古龍を守るように立っていたベンキの前にアークデーモンは現れて、用心深く【捕縛】を唱えた。
咄嗟にレジストを試みたので全身が縛られることは無かったが、見えない何かに脚を縛られてベンキは動けなくなり転んだ。古龍は疲れ果てて動けず、目の前で倒れるベンキを助ける事は出来ない。
ベンキは半身を起こして破れかぶれになって叫び、ヒジリの電撃グローブをはめた拳を何度も悪魔へ向けて繰り出したがアークデーモンには届かず虚しく空を切る。
その間に悪魔片頬笑いをしながら【死】を唱えている。
「またしても・・・。吾輩であれば厄介な方から倒そうとするものだが、執拗に弱者を狙うとは流石悪魔である」
壊死して減った触手を今から悪魔に伸ばしても間に合わないので、霧化して素早くアークデーモンにダンティラスは近づくが、その前にベンキが闇魔法【死】で命を消されるのは誰の目にも明らかだった。
緑い色の豪華なビロードのローブを着た、死人のように青い顔をした悪魔が満面の笑みで詠唱を終えようとしたその時、ベンキが空を殴った場所から球形の光が現れてウメボシが放つような【魔法の矢】がアークデーモンの体に無数の穴を開けた。
誰にも読めないが、グローブには日本語で”電撃グローブ・改”と書かれていた。
遠距離攻撃の手段に乏しかったヒジリがグローブを改造していたのだ。データ化するのを忘れて机の上に置きっぱなしにしたまま、彼は移動中の馬車ごと不意に亜空間に飲み込まれ、その後邪神共々この世を去った。
光の矢が体中に穴を開けても尚、悪魔は宙を浮いて逃れようとしたが球形の光は悪魔を追ってビームを放つ。
光の球体が消える頃には、地面にはアークデーモンの亡骸が横たわっていた。
「倒した~!オーガのベンキが倒した~!これは予想外!明らかにオーガの手には負えない最強の悪魔を謎の攻撃で倒した~!どういう事です?ヤンスさん!」
「彼の事なら知ってるでヤンス。彼は百戦錬磨の砦の戦士の知恵袋だったから、今回も何かしら知恵を効かせて攻撃したに違い無いでヤンスー!」
ヤンスは鼻の下を煙が出るほど人差し指で擦って自慢げにして興奮している。
ベンキは勝利の余韻に浸らずグローブを見つめてヒジリに感謝していた。
「助かった、ヒジリ。死んでも尚、お前は俺を守ってくれたんだ。やっぱり俺はお前の嫁になるべきだったか」
ベンキは冗談を言ってニヤリと笑った。
星の希薄な膜となり、空を漂っていた形なきヒジリは急に寒気を感じる。
―――どうしましたか?マスター。
―――いや、急に寒気が・・・。
―――それはおかしいですね。我々には感覚が無いはずですが。
歓声に沸く闘技場を後にして、控室でベンキとダンティラスが休んでいると姉妹たちがドタドタと入ってきた。
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「え?登録?してないけど?」
「何?」
ギャラを払いに来た闘技場の支配人をダンティラスは触手で絡め取り引き寄せた。
「誰が我々の登録をしたのだ?」
「ヒ、ヒィ!サヴェリフェ家の召使と名乗る樹族が、ちゃんと貴方の家の紋章の判子で書類を提出していましたが・・・」
怯える地走り族が哀れになり、ダンティラスは地面に下ろした。
「連れてきた召使は御者位しかいないけど?それに彼は地走り族だし」
「知りませんよ!我々は出された書類を受理して、ベンキさんとダンティラスさんを呼びに行っただけですし」
支配人の地走り族の男は、ビー玉ほどの虹色に光る玉を二人に一つずつ渡して部屋から出ようとしたが、すぐにダンティラスに捕まって引き戻される。
「この玉は何であるか?これが報酬かね?」
「そ、それは貴重な金属ガソダリウムですよ!この国じゃとても高価なんです!離して下さい~!」
ダンティラスが触手を解くと、支配人はワァァァ!と叫びながら部屋から出ていった。
「こんな物がねぇ・・。っていうか、アタシ達の国で価値がなければ意味ないけどね」
「さっさと売っちゃえばぁ?」
タスネとフランは興味なさそうに丸い小さなガソタリウムを見て言う。
「記念に持っておくのである」
「俺も」
ダンティラスもベンキも勝利の証である貴重な金属を懐にしまって満足そうな顔をした。
満足そうな顔をする彼らの横でタスネはプンプンと怒りながら両手を組んでいる。
「それにしても、誰よ!悪戯なんかして!」
「悪戯とかそんなレベルの話じゃないだろう」
ベンキはいつものように眼鏡をクイッと上げてそうタスネに言う。
「多分だけど脅しだと思う」
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「なにー?何なの!モティの仕業なの?陰湿じゃん。神様が泣いてるわよ」
「そうだそうだ。ヒジリの神罰が下るぞ」
そう言って真上に伸びる二本の角のような髪型をしたコロネが怒るとタスネがピシャリと言う。
「悪戯ばかりしてるコロネがそれを言うの?」
「そうだよ。もう時効だろうから言うけど、お姉ちゃんが家を出る時に渡したレースのハンカチあっただろ?あれ、お姉ちゃんのレースのパンティだから」
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しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
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クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~
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地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった!
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追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。
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