未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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禁断の箱庭と融合する前の世界(77)

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 ヘッドレスという怪物を十メートルほどの大きさにして、体を岩にした感じのゴーレムをエストは草むらから見つめていた。

 壁も結界もない国境の向こう側に、元は獣人だったであろう骨と毛皮だけになった亡骸が散見する。

 ゴーレムが遂行する命令はただ一つ。国境を越えてくる獣人を始末する事だ。殆どの亡骸は拉げた形で地面に突っ伏している事から、あの指も何も無い丸い手で叩き潰されて死んだのだろう。

「何故リンクスの民が自国の土地を歩いただけで蝿か蚊のように潰されなければならないのか。教えてください、我が神よ」

 返事はない。以前起こした奇跡の時のような霊的な空気も感じない。

 本人も神の返事は期待していなかったのか、今一度ゴーレムを観察する。

「何か弱点があるはずだ。何か・・・」

 やもすれば樹族にも見える冷たい顔のエストはゴーレムの弱点が無いかを懸命に探す。

 しかし如何せん、自分にゴーレムの知識はない。聖騎士になると神以外からの直接的な教えを受けてはならないという制約のある聖騎士は、日々自身の鍛錬に忙殺され、本を読んで知識を養う暇が無かった。

 エストが自身の知識のなさを悔やんでいると背後から人の気配がする。

 振り向くと一緒に来たリンクス解放軍の中にはいなかった、見知らぬ犬人が近づいてくる。

 学者風の長毛の犬人の視線もゴーレムに向いていおり、彼はエストの横にしゃがむと小さな声で話しかけてきた。

「あんたは聖騎士なんだろう?だったらこれは私の独り言だ。いいかね?私は独り言を言っている。私が見た古代の書物によれば、ゴーレムには起動用の呪文が体の何処かに書かれている。それさえ消せば奴はただの岩の塊になるだろう」

「なに?」

 エストはこの男の話を信じるかどうか迷ったが、ゴーレムの背中を見ると確かに文字が書いてある。

「その話を信じて実行したとしても依然としてリスクは高いな・・・」

 そう言って犬人に目を向けたが既に犬人は何処かに消えていた。周りを何度か探すも彼の姿は見当たらない。

「この場で死んだ獣人の霊だったのか・・・?アドバイスをありがとう犬人。安らかに眠れ」

 エストは手を合わせてヒジリに犬人の魂の安寧を祈った。

 聖騎士をしていると僧侶の領分と被るので幽霊退治の依頼をされる。なので慣れており、彼女にとって幽霊は日常的なものだ。
 
「他には手は無さそうだ。やってみるか・・・?」

 犬人の霊の提案を信じる事にして、エストは一旦、解放軍のいる村へと戻っていった。




 イグナの用事はもう済んでいるが、暫くゴーレムに異常が無いかを見守るために一週間ほど滞在することになっていた。

 冬休みは退屈になると思っていたコロネとフランは喜び、毎日のように繁華街をうろついて買い物をしている。

「タスネお姉ちゃん、私ずっとここに暮らしたいわぁ。歩いていける範囲で娯楽施設もお店もあるし、とっても楽しい」

「私も此処がいい。美味しいお菓子沢山あるし」

「確かに樹族国じゃサヴェリフェ家の屋敷から首都までは少し遠いしね。ここはアルケディアより店も品数も多いし、何より歩いている人が皆お洒落だわ。セブレは復興が早かったのね。他の街と違って活気が凄いわ」

 タスネ達が話をしている中、イグナは誰かの視線を感じた。

「お姉ちゃん、またファンの人がこっち見ている」

「あーー!下着返してもらわなきゃ!」

 タスネが急いでファンの男に近づくと、男は最初こそ顔を輝かせて尊敬する子爵の話に応じていたが、その顔を徐々に曇らせて最終的に首を横に振る。

 タスネが困った顔で姉妹のもとに戻ってきた。

「デートしてくれたら下着返してくれるってさ・・・」

「別に良いんじゃないのぉ?お姉ちゃんの方が腕っ節も強いだろうし、何か変な事してきたら叩きのめせばいいだけよ。ちょっと付き合ってあげたら?」

「でもな~。彼、変な髪型してるしな~」

「将来素敵な人が出来た時のデートの練習にもなるじゃない。行ってきたらぁ?」

 タスネはフランの説得に「それもそうね」と応じて、姉妹に行ってくると言って手を振りロウソクヘアーの男の待つ場所に走っていった。

 イグナがボソリと言う。

「お姉ちゃん、大丈夫かな?男の人の前じゃ言葉のチョイスがおかしくなる癖があるから・・・」

「ホッフさんともそれでおかしくなっちゃったしねぇ」

「タスネお姉ちゃんって、もしかしてサゲマンなんじゃないの?」

 コロネはこの時、タスネを見つめる別の気配を感じて辺りを見回したが何も見つからず、姉への暴言を吐いた。

 コロネの容赦ない言葉にイグナとフランは顔を見合わせて絶句した。

 が、二人共否定はしなかった。とにかく姉は要らない一言が多く、人をよく怒らせているからだ。

「じゃあ私は本屋さんに行ってくる」

 イグナはいつものように本屋に入り浸るつもりだ。

 フランは立ち去ろうとするイグナを呼び止めて基本魔法を詠唱した。フランは今では基本魔法、光魔法、祈りをある程度使いこなせるようになっていた。

「貴方が幾ら強いメイジといっても不意を突かれたら弱いんだから気をつけてねぇ。いつものように【物理障壁】かけといたわよ」

「ありがとう」

 イグナもフランとコロネに【魔法障壁】を唱えて本屋へと向かった。

 イグナが暫く歩いていると、一人のハンサムな地走り族の少年が樹族の金持ち風な若者に絡まれていた。

「おい!急に曲がり角から現れてぶつかっておいて、挨拶はなしか?」

 樹族の若者の一人が地走り族の少年の胸ぐらを掴む。胸ぐらを掴む若者の後ろでニヤつく子分っぽい二人が粋がった感じで声を荒げた。

「おいおい、お前~。この人誰だか知らないのか?今、魔法水晶動画で有名なディカルさんだぞ?今日も『カメムシを袋に集めて全力で吸ってみた!』って動画で視聴数一位だったんだからな!」

「ほう?カメムシかね?道理で君達は臭うのだな」

 地走り族の少年は全く臆する事無く真面目な顔で返した。確かに臭い。二メートルほど離れているイグナの場所にまで吐き気のする匂いが漂ってくる。

「てめぇ!」

 ディカルは少年の頬にワンドを押し付けた。

「やっちゃえ!ディカルさん!あ、そうだ!これ動画に流そうっと。タイトルは『ディカルさんが無礼な地走り族をぶちのめしてみた』だな!ハッハー!」

 子分の一人は録画用の魔法水晶を取り出して撮影を始める。

「おい、地走り族の小僧。何の魔法で打ちのめされたいんだ?この距離で魔法を放てばお前の頭は砕いたザクロの様に吹っ飛ぶぜ?お前は絶望して断末魔の叫びをあげる間もなく、永遠のッ―――陰鬱なる闇へと堕ちて忘却の彼方へと消え去るぅのだッ」

 ディカルはそう脅して少年の黒い瞳に恐怖が走るのを待っている。しかし、この地走り族が怯える様子はない。

(しゃあねぇ。【眠れ】で眠らせて全裸放置の刑にすっか。こんだけギャラリーいたら盛り上がるぞ)

 杖に力を込めて【眠れ】を詠唱しだした。無詠唱でも発動できるこの魔法は詠唱することで魔法効果時間が格段に伸びてしまうが眠らせる確率は幾らか上がる。ディカルは人前で、この簡単な魔法を失敗したくないのだ。プライドが(これは相手を怖がらせる為の演出だ)と言って自分を騙す。

 しかし、その詠唱は途中で無効化された。誰かが【沈黙】を唱え、立て続けに【捕縛】を唱えたからだ。

 声を出すことも動くことも出来ないディカルと子分に冷や汗が流れる。

 魔法を唱えた張本人がゆっくりと近づく。

「ぼ、暴力はいけないにゃん・・・。星のオーガの僕!聖女イグナ、ここに爆参・・・(恥ずかしい死にたい)」

 うさ耳フードを被った白いローブのイグナはお尻を突き出して招き猫のポーズをとっている。

 恥ずかしさで失神しそうな中、諸事情で一緒に来れなかったシルビィのアドバイスを思い出す。
 
(いいか?印象や大義は大事だ。それを使って大衆を味方につければ法皇も迂闊に手出しは出来ない。まぁそれらに縁遠い私が言うのもなんだけどな。ハハッ!ハハッ!ハハッ!)

 脳内で残響音を響かせながら、消えていくシルビィを恨めしく思いながらもイグナは本で読んだ一般受けしそうな仕草や喋り方で精一杯頑張る。

「誰だ?あのくっそ可愛い子は!萌えだろ、萌え!」

「調子乗ってっからだぞ!ディカル!ざまぁみろ!いいぞ自称聖女様!」

「何気にオッパイでけぇ!」

 周りからはイグナに好意的な声が飛んでくる。それでもイグナは恥ずかしくて、闇魔女として闇に渦巻く瞳が混乱の渦巻きに変わる。

「悪い子にはお仕置きをするにゃん!そ~れ!」

 樹族三人のズボンを一気にずり下げてから、魔法を解除すると、彼らは一斉に下半身の下着をさらけ出して無様に転ける。

「おいおい、ディカル!なんだその下着!ママに買ってもらったのか?だせぇなぁ!」

 人集りの中から野次と笑い声が次々と飛ぶ。

 花柄の付いた下着を見られてディカルは顔を真っ赤にした。

「お、覚えてろ!」

 ディカル達はお決まりのセリフを吐いて、必死にズボンをずり上げながら逃げていった。

 逃げる三人に地走り族の少年は声をかける。

「カメムシの臭いは油で取れるから、油を手に塗って暫くしてから石鹸で洗うといい」

 彼は馬鹿にしたつもりは無く真面目にそう言うも、周りにはディカル達への皮肉の追い打ちにしか聞こえていないのか笑いが起きる。
 
(この人、喋り方がヒジリに似てる)

 イグナはありがとうと言って立ち去ろうとする地走り族の少年が気になった。

 後ろに棚引くように手ぐしで無造作に流されたマットブラックのミドルヘアー。適度に筋肉の付いたバランスの良い体。伸びた背筋。意志の強そうな墨で書いたような太い眉。
 
 一目惚れに近い感覚に罪悪感が後追いでイグナを襲う。

(私はヒジリの妻なのに)

 それでも抗いがたい魅力を彼は放っていたのだ。

(ヒジリが地走り族だったらこんな感じだったのかも・・・)

 このまま彼を行かせれば二度と会えないような気がする。

「あの・・・お茶を一緒に飲んで欲しい」

 唐突な自分の言葉にイグナは驚く。自分はヒジリ以外の恋愛において此処まで積極的であったか?

「ふむ。確かに助けてもらっておいて、礼もせずに立ち去るというのは失礼だったかな。いいだろう、そのお茶代は私に支払わせてくれ」

 振り返った彼の顔が白い歯を見せて爽やかに微笑む。

(笑い方までそっくり・・・。ずるい!)

 近くのカフェのテラスに座ると彼が店員に向かってコーヒーを注文した。ゴデの街では定番となった飲み物だが、セブレではまだまだ珍しく値段も高い。

「私はコーヒーに目が無くてね。これを飲むと人生を綯い交ぜにした汁を飲んでいるような気分になるのだよ。香ばしい風味に酔いしれていると、後から苦味が現実を抱えてやって来る。苦味ばかりでは辛いのでたまには甘美な砂糖を入れてみよう、苦しみを和らげるためにミルクを入れて円やかにしてみよう、なんて足掻いてみるのは人生に似ていて面白くないかね?」

「歳は幾つなの?私と変わらない気がするけど」

「十四歳だ。そう言えば名を名乗ってなかったね。ジリヒンだ。宜しく」

「私はイグナ」

「知っているとも。イグナ・サヴェリフェだろう?」

 イグナは少し警戒する。外国で自分の事を知る者は少ない。

「何で知っているの?」

「だってさっき名乗っていただろう?星のオーガの聖女イグナだって。ヒジリ聖下の近くにいるイグナと言えば闇魔女のイグナしかいない。私は魔法水晶のニュースを見るのが好きでね。どんな小さな内容でもしっかり覚えているのだ。樹族国がリオンと戦争をした時、暴走した君が聖下に抱き上げられている映像が僅かな間、映ったんだ。だから君を見た時、もしかしたらって思ったのだよ」

「そう」

 イグナは紅茶とチョコレートケーキを注文した。

 ジリヒンは運ばれてきたコーヒーの香りを楽しんでいる。

「君は神である聖下とどうやって知り合ったのかね?」

 少年らしからぬ喋り方にイグナは少し吹き出す。

「ヒジリはお姉ちゃんが連れてきたの。タスネお姉ちゃんが森で猟師の罠にかかって困っていたら、いきなり目の前にヒジリが現れて助けてくれた。ヒジリは何も知らないみたいだったから家に連れてきて一緒に住む事になった」

 コーヒーの香りを楽しんでいたジリヒンは真顔になってコーヒーカップをテーブルに置く。

「まるで子犬か何かを拾って帰ってきたみたいな言い方じゃないかね。聖下は神だぞ?ハハハ!」

 イグナも指摘されて自分の言い方があまりにも軽かった事に気が付き可笑しくなり笑う。

「ヒジリは一度も自分の事を本気で神だと言った事は無い」

「神が自身を神だと自覚する必要はないからね。神だと認識するのはあくまで周りだ。如何にも自分は神である、ひれ伏せなんて言う神様は偽物さ」

「ジリヒンは学生?」

「君と同じさ。道が決まった者は何歳だろうが学校に通う必要がなくなる。私は貧民出身の貴族でね。父親が傭兵時代にまぐれで敵の武将を倒したのだ。それでグラス王国の国王が面白がって召し抱えてくれたんだよ。お陰で生活は豊かになり大好きな勉強をすることが出来た。私は魔法小学校を卒業する時に書いたマナの作用する仕組みを書いた論文でウィザードになれたのさ。姉が聖騎士でね。私は姉に負けたくなかったのだよ」

「私の家も貧民出身だから似ている。うちの場合はヒジリが貴族にしてくれたようなものだけど。フランお姉ちゃんもスター・オーガの聖騎士を目指している」

「じゃあ君のお姉さんは真の聖騎士見習いと言えるね。神と共に過ごしたのだから」

「でも彼女は毎日を怠惰に過ごしているけど・・・」

「ハハハ!神が身近過ぎるとそうなってしまうのかも知れない」

 イグナは共通点の多いジリヒンとの出会いが偶然とは思えなくなっていた。

(この人といると楽しいし、心が安らぐ・・・)




 ―――魂に時間も空間も関係ない。

 大気を揺蕩いながら、この様子を見ていたヒジリはジリヒンが何者か解っていた。

 ―――イグナが彼に魅了されるのも無理もない事だ。

 ―――でもこれはとても珍しい事ですね、マスタ。

 ―――そうだな。稀だ。でも彼ならイグナを幸せにしてくれるかもしれない。

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