未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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禁断の箱庭と融合する前の世界(80)

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 イグナはエストに向けて【捕縛】を放ったが、魔法は効果を発揮しなかった。

「手応えがない」

 ベンキや古龍に姿を変えたエルが戦う後ろで、ダンティラスに守られているタスネは妹の言葉に絶望する。

「じゃあ、あの二人の勝負が決まるまでアタシ達は何も手出しは出来ないの?」

「そうだと思う」

「フランはまだそんなに戦闘経験がある方じゃないのに!アタシのせいだ・・・。戦いに連れてきて来たのが間違いだった。ダンティラス達がいるから楽勝よ、なんて思ってた甘さがフランを危険に晒したんだわ・・・」

 イグナは頭を抱える姉の肩にそっと手を置いて励ます。

「フランお姉ちゃんは、きっとヒジリが守ってくれる」

 タスネが顔上げて決闘空間の中のフランを見る。

 フランは決定的な一打は受けないが防戦一方だ。時折繰り出す、シールドバッシュは既に見切られており掠りもしない。

「この国は元々、リンクス共和国の領土だったのだ。それをモティ神聖国とグラス王国が地下資源に目が眩んで無理やり建国したのだぞ。それを知って尚貴様はポルロンドに味方するのか?」

「そんなの知らないわよぉ。私は学校が冬休みになったから遊びに来ただけよ!」

 フランのだらしない声がエストを苛立たせる。

「貴様は!そんなに怠惰な生き方で聖騎士を目指したのか!」

 エストの一撃が重くなった。キャッと悲鳴を上げてフランは何とか耐えきる。

「貴様が温い人生を送っている間にも、世界では救うべき人々が今日も息絶えていくのだ!リンクス共和国の西側を見たことはあるか?分断されたあの土地は岩山だらけで農業に向いていない。モティとグラスに挟まれて貿易も途絶され、食うや食わずの毎日を送っているのだぞ。飢えに苦しむ人がいる事を無視して、ここの者達は奪われた土地で繁栄を謳歌している。お前もその一人だ!」

 また重いメイスの一撃が大盾を叩いた。衝撃で盾を持つ手が痺れる。

「だからそんなの知らないってばぁ。私は今、この街の人が迷惑して困っているから助けてるだけよぉ!」

「ヒジリ様がまだご存命であれば、お前のように・・・目指すものが何もない騎士をお認めにはならなかっただろうな!」

 更にメイスが盾を叩く。フランは何も言わない。

「崇高なる使命を持つ者こそが神に愛されるのだ!貴様のような怠惰な聖騎士見習いではなく、私のような者にな!見よ!この溢れ出る力!この神々しいオーラ!」

 白い光のようなオーラがエストの体から湧き上がっている。

「これこそが、神のご加護!貴様には纏えまい!神に愛されていないのだから!ハハハ!」

 油断するエストのメイスを大盾で弾き飛ばすと、フランは盾を捨て素手でエストに殴りかかった。

「あんたなんかが!ヒジリの!何を知っているのよ!」

 フランのアッパーがエストの細い顎を狙う。

 両手で顎を守るエストの腕の間を縫ってパンチは見事に顎に決まった。

「グワッ!」

 仰け反るエストにタックルで押し倒すと馬乗りになってフランは殴り続けた。

「私はね!ヒジリと一緒に過ごしてきたの!彼は神様って言われているけど、本当は優しくて強くて、少し変わり者のオーガなだけよ!貧乏に苦しむ私達を助けてくれた優しい人なの!彼が死んだ時は凄く悲しかったわ・・・。私は彼のお嫁さんにしてもらうはずだったんだから!」

「なに?馬鹿を言え!神はもっと崇高なものだ!お前のような者を娶るわけない!」

 両手で顔をガードしながらエストは驚く。この怠惰な聖騎士見習いがヒジリ様と親しい仲だと?嘘だ!

「だから!彼は貴方が思っているような崇高な神なんかじゃなく、ただのオーガなのよ!優しくて素敵なオーガ!星の国から来たってだけで他は皆とそう変わりはないの!貴方の使命は素敵だと思うわ!でももっと他のやり方はなかったの?」

「ないと思ったからこの方法を取ったのだ。いつまで殴り続けるつもりだ?その腰のメイスで殴れば終わりに出来るだろう?この戦いはどちらかが倒れて意識が無くなるか、或いは死ぬまで続くぞ?今止めを刺さなければ私がお前にとどめを刺す!」

 そう、と言ってフランは腰のメイスを触ったが抜きはせず立ち上がった。

「じゃあやれば?こんな戦いに何の意味があるの?同じ神を崇める者同士戦って何の意味があるの?」

「意味はある。貴様を倒せば皆に自分の使命を見せつける事が出来る。一つ勝利を得るたびに民衆は私の声を聞き、神の名のもとに平和が訪れる!」

 エストは自分のメイスを拾うと、ただ無防備に立ち、こちらを瞬きもせず睨みつけてくるフラン目掛けて殴りかかった。

 そのエストの目の前を二匹の朧月蝶が飛んだかと思うと、決闘空間は砕け散りキラキラと拡散して消えた。

「ば、馬鹿な!まだ条件は満たしていないぞ!」

 驚くエストにイグナの練度の高い【捕縛】が飛んできた。見えない糸が彼女の体を縛り地面に倒す。

「おい!エスト様が捕まった!助けろ!」

 獣人達は一斉にエストの元に駆け寄ろうとしたが、ダンティラスの触手の壁がそれを遮る。

「勝負はあった!君達の大将はこの通り捕まったのである!大人しく引き下がるか投降するのだな!」

 ダンティラスがよく響く大きな声でそう言うと、獣人達は困惑して顔を見合わせた。それから逃げ出す者、エストを助け出すチャンスを伺う者に分かれて自体が膠着すると、今までどこにいたのかジェイムが率いる部隊が現れた。

「賊を捕らえよ!」

 部隊は次々と統制を失った残った獣人達を拘束していく。

「いやぁ、流石です!サヴェリフェ子爵がいなければこの街はどうなっていた事やら」

 議長のジェイムは馬上からタスネにそう言うと、地面に転がる聖騎士見習いを睨みつけた。

「こやつが領土侵攻を指揮した者ですか?まさか同族の聖騎士がポルロンドに攻めてくるとはな。・・・待てよ、この聖騎士は・・・グラス王国の・・・。折角君の父上は武功を上げて貴族になったというのに・・・。同郷から咎人が出るのは非常に残念だよ」

「父上は関係ない!聖騎士を目指した時から私は神の使徒になると誓ったのだ!家族とは縁も切っている!」

 連れて行けと部下に合図し、部下がエストを連れて行こうとするのをフランが遮った。

「ねぇ、議長様。この国は元々はリンクス共和国の物だったのぉ?」

 元々、地走り族は魅力値が高い。魅力の方向性は可愛いさや愛嬌にある。しかし、行く手に立ち塞がるこの地走り族の少女はサキュバスの様に妖艶であった。

(意識をしっかり保っていないと彼女に襲いかかって押し倒してしまいそうだ)

 何とか彼女から目を逸らしてジェイムは答えた。

「そうだ!私は当時は議長をしていなかったので解らんが、獣人達からこの土地を買い取ったという話だ。それが何だね?」

「だったら何故、リンクスの人達はこんなに必死になってこの土地に拘るのぉ?聞いた話に依ると西リンクスの交易をストップしているって言うじゃない?そりゃ食べ物も何も外から入ってこないんじゃ必死になるわよねぇ?」

「土地を正式に買い取ったにも関わらず、彼らが返せと言うから国としての制裁をしているのだよ。これは聖騎士見習いが首を突っ込んで良い話ではないな」

 そう言ってジェイムは姉のタスネを睨む。その目は妹を退かせろと言っているのだ。

「神前審問権を発動します。私はこの問題を神に問います」

 いきなりフランは突拍子もない事を口走った。主に神の名の元に戦う聖騎士がこの権限を有する。事の真意を神に審判してもらうのだ。この結果は何者だろうが従わなければならない。

「ハハ!馬鹿な!君はまだ正式な聖騎士ではないのだぞ。神が応えてくれるものか!それにその権限を行使した所で神が現れて審判したという話は聞いたことがない!それは重大な裁判の前の儀式的なものに過ぎないのだからな!」

 拘束されて項垂れていたエストも顔を上げて訝しげにフランを見る。今まで緩い顔をしていたフランの顔が、今は引き締まっていた。

「神を降臨させます!」

「やれるのならやってみるが良い!しかし失敗した暁には反逆の意思有りと見て、君もこの獣人達と同じ牢屋に入ってもらうぞ」

 ジェイムは少女の妄想に暫く付き合ってやろうと考えた。上手くやればこの妖艶な少女を手篭めに出来るかもしれないという下心もある。

 フランはただ棒立ちで頭の中でヒジリを思い浮かべた。
 
(絶対来る!ヒジリは絶対ここに来てくれる!)

 その願いには何の根拠もない。しかし何故か彼女には自信があった。少しずつヒジリとウメボシの気配が近くに集まってくるのを感じていたからだ。

「どうしたのかね?棒立ちで?ハッハ!」

 そう笑うジェイムも何かの気配を感じたのか、鎧下が汗ばみだした。

 フランの周りが徐々に薄暗くなっていく。

 タスネはイグナが暗闇の魔法を発動したのかと見るもイグナは首を横に振る。

「何だこれは?闇魔女の幻惑魔法だろう?」

 しかし魔力のオーラが見える部下の樹族はイグナを見てから議長に答える。魔法を使えば魔力のオーラが大きく揺らぐのだが、イグナの闇色のオーラは凪いだ入江のように静かだと。

 世界のすべてを星が瞬く夜が飲み込んだ。

 何処からともなく飛んできた朧月蝶二匹がフランの周りを飛ぶと、人の形を作り始めた。

 ―――フラン、君の強い想いは届いた。

 光るオーガを見たエストは涙してひれ伏す。

「おお、最高神ヒジリ様!」

 光る二人はフランの肩に手を置いて皆を見ている。

 イグナは泣きながら走って行きヒジリに抱きついた。その後追ってコロネとタスネもヒジリに抱きついた。

「ヒジリ!ヒジリ!こうやってちゃんと会いたかった!」

 ヒジリは泣き笑いをするイグナの頭を愛おしそうに撫でている。

 ―――さて、私は物質界で具現化している時間があまり無い。

 そう言って神の視線はジェイムに注がれた。全てを見透かすような神の黒い目は文字通りジェイムの心の中を見ている。心の中に神が触れているような感覚があるのだ。

 ジェイムは人知を超えた存在に震える。

 ―――私が何かを言うまでもあるまい?ジェイム。君は全てを知っているはずだ。自分の心に正直でありたまえ。君は悪人になりきれるほど強くはないのだから。

 ジェイムは馬から転げ落ちるように落ちて、地面に丸くなってひれ伏した。

「はいぃ!神の御心に従いますぅ!」

 ―――マスター、そろそろ・・・。

 ―――では時間だ。皆の上に平穏がありますように。

 そう言うとヒジリとウメボシは青く光る朧月蝶となって星の瞬く空に消えていった。

「ヒジリ・・・」

 消え行く蝶を見つめていたイグナの頭の中に声が響く。

 ―――私の事は気にしなくていい。悲しまずに生きている今を楽しんでくれたまえ。

「わかった!でもヒジリのことは一生忘れないから!」

 涙を拭いてイグナは周囲を見ると、世界は元に戻っており星の海も消えていた。

 今見た光景は何だったのかと獣人や兵士たちが驚いてへたり込んでいく。隠れていた街の住人たちも手を合わして神に祈っていた。

 膝立ちをして憔悴しきった表情のジェイムは指示を出す。

「その拘束している聖騎士と獣人達を開放しろ・・・。議長権限でポルロンドはリンクス共和国に返還する・・・。この土地を騙し取ったのは我々であり、非は我らにある。今後の事についてリンクス共和国と協議をしたい・・・」

 この決定に逆らう者は誰一人としていなかった。啓示を受けたジェイムが神の意思に従ったからだ。

 この真昼の街中に現れた神の話は直ぐにモティ神聖国やグラス王国にも伝わった。
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