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禁断の箱庭と融合する前の世界(100)
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鯉こくの美味しそうな香りにヤイバの腹が鳴る。ハハハと笑って誤魔化し、綺麗な紙の束に驚くタカヒロに先程の老人とのやり取りを説明した。
タカヒロはヤイバがテーブルに置いた野草・きのこ図鑑を見ながら、なるほどなと納得している。
「それにしてもご都合主義の漫画のような話もあるもんだな。春松茸か・・・。図鑑にも書いてある。春に生える季節外れの松茸は一キロ百万円する事もあると・・・。大きなザルにいっぱい有ったなら恐らくかなりの額になったろう。中々がめつい爺さんだな」
「じゃあこの紙切れはお金なんですか?紙に価値が有るようには思えないですけど」
「価値は国や銀行が保証してくれるの。だから私達はそれを信用して使っているのよ」
エミの説明を聞いても納得の行かない顔をワロティニスはしている。
「私は紙なんかより、やっぱり魔力の篭った宝石とかお金の方が良いわ・・・」
そう言って鯉こくの鯉をスプーンで掬って食べた。
「ん!美味しい!」
タカヒロも席に着くと鯉こくを食べる。
「結構煮込んだから小骨も柔らかいし、臭みも殆ど無い。生きている鯉を直ぐに〆たからだろうな」
ヤイバは倉庫にあった備蓄米で作ったお握りを頬張っている。
「わぁ!こっちの世界のお米は美味しい!孤児院のバザーで作ったお握りも美味しかったけど、こっちのはもっと美味しですね!」
オーガ用に作った顔ほども有る大きなお握りをヤイバはペロリと平らげる。
「お握りのお代わりはないけど、鯉こくなら沢山あるから遠慮なくお代わりしてね」
エミがそう言うとヤイバとワロティニスは元気良く「おかわりー!」と直ぐに空っぽのお椀を差し出した。
(うふふ、まだまだ子供ね。可愛い)
「ははは、弟と妹が出来たみたいだな。ところでヤイバが貰ってきたお金は使わせてもらっていいか?」
「勿論ですよ。僕らが持っていても仕方ないですからね」
「ありがとう。これだけお金があれば、トラックレンタカーと運転手を雇うことが出来るよ。そうしたら長い道のりを歩いていかずとも、君達に東京を見せる事が出来る」
皆が食事を済ませ、その後はテーブルで他愛もない話をしていると、フランがあることに気がついた。
「ヤイバは今日どこで寝るの?貴方、地べたで寝るのを凄く嫌がるじゃない?」
野外訓練の時ですら、ヤイバは地べたでは寝ない。最低でもハンモックを吊るして寝るか、自分で用意した寝袋に入る。なので他の隊員からはお嬢様と揶揄されることもしばしばある。
「それだったら僕にいい考えがあるんです。ちょうどいい時間ですし寝床を作りに行きますか」
ヤイバは立ち上がり小屋を出て倉庫へ向かう。
フランに気を使い【光】を唱えて暗い倉庫を照らすと段ボール箱の中を漁り始めた。
「この透明の膜に覆われた大量の毛布を、この大きな透明の袋に詰めていきます。・・・ほらベッドみたいになったでしょ?」
ビニールに丁寧に並べて詰め込まれた毛布はベッドとはいい難いが、ちょっとしたマットレスのようになった。最後にビニールから取り出した毛布を敷いて完成だ。
三つ作ると三人は寝転がる。
「うわー結構ふかふかだね」
そう言いながら起き上がると、ワロティニスは毛布のベッドを兄の横にくっつけた。
「何でくっつけるんだよ、ワロ」
(びゃああ!ワロとハグしながら寝る事になるのかな?)
心の中でどぎまぎしながらもヤイバはポーカーフェイスを崩さない。
「兄妹で寝るのって久しぶりだから。お兄ちゃんがツィガル城の兵舎に住むようになってから、私ずっと寂しかったんだからいいでしょ!」
ワロティニスは寝転ぶ兄の腕にしがみついてニコニコとしている。
「ちょっと~。夜中に兄妹で変な事しないでよ?変な事してたら外に向かって、お~い!二人のラブラブショーがおっぱ~じま~るよぉ~!って叫ぶわよ?」
「し、しませんよ!フランさん!変な事言わないで下さい!聖騎士なのに下品ですよ!」
ワロティニスがするりと腕の中に入ってきてウルウルとした目で見つめてくる。
「しないの?」
「(ほわぁぁ!やります!やります!)やりません!」
ヤイバは股間の暴れん坊が起き上がる前にワロティニスに背中を見せて目を閉じた。
「もう!フランさんが変な事言うからお兄ちゃん向こう向いちゃったじゃん!」
「あら?ヤイバも乗り気に見えたのけどぉ?ふふふ」
暫く二人の女子トークが続き、それは子守唄のように聞こえてヤイバは徐々に眠りについていった。
格納庫の地下一階にあるラウンジでヴャーンズは粉薬を口に含み水で流し込んだ。飲んでいる最中に紹介されたマサヨシの姿を見て思わず咽る。
以前この格納庫で見た時と違って、禿げた豚のような男がナイスバディのロリオーガになっていたからだ。
「性転換リンゴを食べたのか・・・ゴホゴホッ!」
イグナは年々縮こまっていく年老いた大魔法使いの咳が落ち着くまで待ってから口を開いた。
「今日は玉座の間にある三面鏡について聞きに来た。あの鏡は一方通行なの?」
「と、伝わっておる。実は私は紐を付けて物を鏡に投げ込んだ事があるんだが、引っ張ったらちゃんと戻ってきた。一方通行と文献に残っているという事は一度鏡を通ると帰り道が見えなくなるんじゃないかな。つまり向こうの世界にも現れているはずの鏡が見えなくなるのだと思うがね」
ゴデの街は退屈だからと言って、イグナについて来たマサヨシは自慢気にデュプリケーターからコーヒーを出してヴャーンズ達の前に置いた。
「じゃあ連れ戻すのは簡単じゃん。紐を付けた誰かを通らせてヤイバ達を連れ戻せばいいだけヨ」
そう言ってコーヒーを啜り飲む。
ヤイバがどうかしたのか?という顔でヴャーンズは二人を見るが二人から説明はない。
イグナの光を反射しないジト目がマサヨシを見つめている。
「その役目、頼める?」
「え~?俺が?何で?」
「あちらの世界に行っても一番違和感がないのは貴方だから」
大体状況を察したヴャーンズはそのやり取りを聞いて話に入ってきた。
「それは止めておいたほうがいい。鏡はある事をしていないと一定時間で映す世界が切り替わる。切り替われば紐は切れて繋がりは途絶えるのだ」
「ある事とは何?」
「鏡の前でヤイバ達のいる世界を明確に思い浮かべる者が必要だ。マサヨシ殿があちらの世界で違和感がないという事は、同じ世界或いは近い世界から来たからであろう?となるとマサヨシ殿は鏡のこちら側にいなければならない」
「解った。じゃあ私が行く」
ヴャーンズもマサヨシも解ったと頷くと話はこれで一区切り付いたのか、会話は途切れた。
コーヒーを飲む音だけが響き渡ったが、さして間をおかずマサヨシが静寂を破る。
「なぁ。俺ってさ、召喚師が適正職業なんだけど、あんたら召喚魔法を教えてくれないか?」
「私は純粋なメイジでな。使い魔ぐらいしか召喚できない。では休ませてもらうよ。何か用があれば休憩室に来てくれ」
ヴャーンズはそう言うと席を立って休憩室に向かった。
ウェイロニーに支えられながら部屋に向かうゴブリンの大魔法使いを見てマサヨシは何気なく言う。
「あの爺さん、もうすぐ死ぬんじゃねぇか?ヨボヨボじゃん。イグナちゃんはどうよ?何か召喚できる?」
「私も一度見覚えの能力が有るから召喚魔法が使えるけど、本職はメイジ。あまり詳しくはない」
「召喚魔法ってどんな感じで唱えるのよ?」
「最初は自分のイメージする魔物に来い!と強く念じるだけ。素質があれば実力に応じた魔物が召喚される。弱い魔物なら自力で呼び寄せられるけど、強力な魔物ほど魔法書で覚えたりしなければならない」
「ブハハハ!意外と簡単でつな。どれどれ」
マサヨシは女になってからフサフサの黒髪が嬉しくて仕方なく、事あるごとに掻き上げる癖がついた。その癖をしながら、適当に柴犬でも思い浮かべる。
「柴犬よ、来い!」
そう言うと同時に濃い霧が辺りに発生し、霧から双頭の大きな犬が現れた。
「やった!召喚成功!柴犬じゃないけど!」
イグナは戦闘体制に入り、ポーチから素早く触媒を出して杖を構えた。
「あれは霧の魔物だから!気をつけて、マサヨシ!」
「なんだってー!」
マサヨシはオルトロスが口に炎を蓄えているのを見て素早くカウンターの後ろに隠れる。
その頭上を炎が通り過ぎ、少しだけマサヨシの髪が焼け縮れた。
「髪がァァ!昔の禿げた俺に戻す気かァ!」
怒ったロリオーガはカウンターからワンドだけを出して、【衝撃の塊】をぶつける。手応えが有ったのか犬の唸り声が聞こえた。
イグナも魔法で攻撃しようかと思ったが躊躇う。この施設の壁が魔法を通さない事を知らないからだ。魔力が高すぎる所為で室内で魔法を放つとあちこちを破壊してしまうと考えている。
魔力と練度の高さのお陰で威力が大きく、上手にオルトロスに攻撃魔法を当てたとしても魔法の副次的効果で天井が崩落する可能性がある。
威力を増幅させるスキルは多いがその逆は無く、やろうとしても難しい。いつぞやのゴキブリのように上手くいくとは限らない。
【死】を唱えようと思ったが、肝心な時に必要な触媒が足りていなかった。触媒も詠唱も必要ない【眠れ】でオルトロスを眠らせるも、マサヨシが直ぐに【衝撃の塊】をぶつけて起こしてしまう。
「マサヨシ、攻撃しないで!」
イグナがマサヨシに注意し、【眠れ】ではなく捕縛系の魔法を唱えようとしたその時、休憩室からヴャーンズが飛び出してきた。
「何事だ!」
ヴャーンズが休憩室から飛び出ると同時に、眠っていたオルトロスにイグナの忠告が聞こえていなかったマサヨシの魔法が当たった。
目を覚ましたオルトロスは最初に目に入ったヴャーンズ目掛けて火を吐く。
咄嗟のことでゴブリンの大魔法使いは魔法が間に合わない。
「ヴャーンズ様!」
ウェイロニーがヴャーンズを庇うように抱くとオルトロスの炎から守る。
サキュバスの背中の羽が焼け焦げ、白い肌は見る見る間に大火傷を負った。
その場に倒れ呻く瀕死のサキュバスを見たヴャーンズは激昂する。
「地獄のケルベロスにでも会いに行け!【死】!」
触媒を片手に杖を振ると、オルトロスは糸が切れたパペットのように地面に倒れ動かなくなった。
「ウェイロニー!」
ヴャーンズが急いで自分の使い魔に回復ポーションを飲ませようとしたが、口から薬がドボドボと零れ落ちていく。もう意識が無く、昏睡状態だ。
「死ぬな!ウェイロニー!さぁこれで回復しろ!」
ヴャーンズは自分の回復の指輪をウェイロニーの指にはめ、様子を見るが劇的な回復が出来る指輪ではないので消え行く命の速さには追いつかない。
「そんな・・・ウェイロニーちゃん・・・!俺の初めての人なのに!」
マサヨシは泣きながらウェイロニーに駆け寄る。
「嫌だ・・・!死ぬな馬鹿!何でもいいから彼女を回復させる存在よ、来てくれ!」
涙をぼたぼたと零してマサヨシは天を仰いだ。すると―――。
天井付近に強い光が現れ、天使の羽が舞い降りる。
イグナは沢山の羽と共に光の中から現れた見知った存在に驚いて叫んだ。
「ウメボシ!!」
タカヒロはヤイバがテーブルに置いた野草・きのこ図鑑を見ながら、なるほどなと納得している。
「それにしてもご都合主義の漫画のような話もあるもんだな。春松茸か・・・。図鑑にも書いてある。春に生える季節外れの松茸は一キロ百万円する事もあると・・・。大きなザルにいっぱい有ったなら恐らくかなりの額になったろう。中々がめつい爺さんだな」
「じゃあこの紙切れはお金なんですか?紙に価値が有るようには思えないですけど」
「価値は国や銀行が保証してくれるの。だから私達はそれを信用して使っているのよ」
エミの説明を聞いても納得の行かない顔をワロティニスはしている。
「私は紙なんかより、やっぱり魔力の篭った宝石とかお金の方が良いわ・・・」
そう言って鯉こくの鯉をスプーンで掬って食べた。
「ん!美味しい!」
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「結構煮込んだから小骨も柔らかいし、臭みも殆ど無い。生きている鯉を直ぐに〆たからだろうな」
ヤイバは倉庫にあった備蓄米で作ったお握りを頬張っている。
「わぁ!こっちの世界のお米は美味しい!孤児院のバザーで作ったお握りも美味しかったけど、こっちのはもっと美味しですね!」
オーガ用に作った顔ほども有る大きなお握りをヤイバはペロリと平らげる。
「お握りのお代わりはないけど、鯉こくなら沢山あるから遠慮なくお代わりしてね」
エミがそう言うとヤイバとワロティニスは元気良く「おかわりー!」と直ぐに空っぽのお椀を差し出した。
(うふふ、まだまだ子供ね。可愛い)
「ははは、弟と妹が出来たみたいだな。ところでヤイバが貰ってきたお金は使わせてもらっていいか?」
「勿論ですよ。僕らが持っていても仕方ないですからね」
「ありがとう。これだけお金があれば、トラックレンタカーと運転手を雇うことが出来るよ。そうしたら長い道のりを歩いていかずとも、君達に東京を見せる事が出来る」
皆が食事を済ませ、その後はテーブルで他愛もない話をしていると、フランがあることに気がついた。
「ヤイバは今日どこで寝るの?貴方、地べたで寝るのを凄く嫌がるじゃない?」
野外訓練の時ですら、ヤイバは地べたでは寝ない。最低でもハンモックを吊るして寝るか、自分で用意した寝袋に入る。なので他の隊員からはお嬢様と揶揄されることもしばしばある。
「それだったら僕にいい考えがあるんです。ちょうどいい時間ですし寝床を作りに行きますか」
ヤイバは立ち上がり小屋を出て倉庫へ向かう。
フランに気を使い【光】を唱えて暗い倉庫を照らすと段ボール箱の中を漁り始めた。
「この透明の膜に覆われた大量の毛布を、この大きな透明の袋に詰めていきます。・・・ほらベッドみたいになったでしょ?」
ビニールに丁寧に並べて詰め込まれた毛布はベッドとはいい難いが、ちょっとしたマットレスのようになった。最後にビニールから取り出した毛布を敷いて完成だ。
三つ作ると三人は寝転がる。
「うわー結構ふかふかだね」
そう言いながら起き上がると、ワロティニスは毛布のベッドを兄の横にくっつけた。
「何でくっつけるんだよ、ワロ」
(びゃああ!ワロとハグしながら寝る事になるのかな?)
心の中でどぎまぎしながらもヤイバはポーカーフェイスを崩さない。
「兄妹で寝るのって久しぶりだから。お兄ちゃんがツィガル城の兵舎に住むようになってから、私ずっと寂しかったんだからいいでしょ!」
ワロティニスは寝転ぶ兄の腕にしがみついてニコニコとしている。
「ちょっと~。夜中に兄妹で変な事しないでよ?変な事してたら外に向かって、お~い!二人のラブラブショーがおっぱ~じま~るよぉ~!って叫ぶわよ?」
「し、しませんよ!フランさん!変な事言わないで下さい!聖騎士なのに下品ですよ!」
ワロティニスがするりと腕の中に入ってきてウルウルとした目で見つめてくる。
「しないの?」
「(ほわぁぁ!やります!やります!)やりません!」
ヤイバは股間の暴れん坊が起き上がる前にワロティニスに背中を見せて目を閉じた。
「もう!フランさんが変な事言うからお兄ちゃん向こう向いちゃったじゃん!」
「あら?ヤイバも乗り気に見えたのけどぉ?ふふふ」
暫く二人の女子トークが続き、それは子守唄のように聞こえてヤイバは徐々に眠りについていった。
格納庫の地下一階にあるラウンジでヴャーンズは粉薬を口に含み水で流し込んだ。飲んでいる最中に紹介されたマサヨシの姿を見て思わず咽る。
以前この格納庫で見た時と違って、禿げた豚のような男がナイスバディのロリオーガになっていたからだ。
「性転換リンゴを食べたのか・・・ゴホゴホッ!」
イグナは年々縮こまっていく年老いた大魔法使いの咳が落ち着くまで待ってから口を開いた。
「今日は玉座の間にある三面鏡について聞きに来た。あの鏡は一方通行なの?」
「と、伝わっておる。実は私は紐を付けて物を鏡に投げ込んだ事があるんだが、引っ張ったらちゃんと戻ってきた。一方通行と文献に残っているという事は一度鏡を通ると帰り道が見えなくなるんじゃないかな。つまり向こうの世界にも現れているはずの鏡が見えなくなるのだと思うがね」
ゴデの街は退屈だからと言って、イグナについて来たマサヨシは自慢気にデュプリケーターからコーヒーを出してヴャーンズ達の前に置いた。
「じゃあ連れ戻すのは簡単じゃん。紐を付けた誰かを通らせてヤイバ達を連れ戻せばいいだけヨ」
そう言ってコーヒーを啜り飲む。
ヤイバがどうかしたのか?という顔でヴャーンズは二人を見るが二人から説明はない。
イグナの光を反射しないジト目がマサヨシを見つめている。
「その役目、頼める?」
「え~?俺が?何で?」
「あちらの世界に行っても一番違和感がないのは貴方だから」
大体状況を察したヴャーンズはそのやり取りを聞いて話に入ってきた。
「それは止めておいたほうがいい。鏡はある事をしていないと一定時間で映す世界が切り替わる。切り替われば紐は切れて繋がりは途絶えるのだ」
「ある事とは何?」
「鏡の前でヤイバ達のいる世界を明確に思い浮かべる者が必要だ。マサヨシ殿があちらの世界で違和感がないという事は、同じ世界或いは近い世界から来たからであろう?となるとマサヨシ殿は鏡のこちら側にいなければならない」
「解った。じゃあ私が行く」
ヴャーンズもマサヨシも解ったと頷くと話はこれで一区切り付いたのか、会話は途切れた。
コーヒーを飲む音だけが響き渡ったが、さして間をおかずマサヨシが静寂を破る。
「なぁ。俺ってさ、召喚師が適正職業なんだけど、あんたら召喚魔法を教えてくれないか?」
「私は純粋なメイジでな。使い魔ぐらいしか召喚できない。では休ませてもらうよ。何か用があれば休憩室に来てくれ」
ヴャーンズはそう言うと席を立って休憩室に向かった。
ウェイロニーに支えられながら部屋に向かうゴブリンの大魔法使いを見てマサヨシは何気なく言う。
「あの爺さん、もうすぐ死ぬんじゃねぇか?ヨボヨボじゃん。イグナちゃんはどうよ?何か召喚できる?」
「私も一度見覚えの能力が有るから召喚魔法が使えるけど、本職はメイジ。あまり詳しくはない」
「召喚魔法ってどんな感じで唱えるのよ?」
「最初は自分のイメージする魔物に来い!と強く念じるだけ。素質があれば実力に応じた魔物が召喚される。弱い魔物なら自力で呼び寄せられるけど、強力な魔物ほど魔法書で覚えたりしなければならない」
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「柴犬よ、来い!」
そう言うと同時に濃い霧が辺りに発生し、霧から双頭の大きな犬が現れた。
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イグナは戦闘体制に入り、ポーチから素早く触媒を出して杖を構えた。
「あれは霧の魔物だから!気をつけて、マサヨシ!」
「なんだってー!」
マサヨシはオルトロスが口に炎を蓄えているのを見て素早くカウンターの後ろに隠れる。
その頭上を炎が通り過ぎ、少しだけマサヨシの髪が焼け縮れた。
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怒ったロリオーガはカウンターからワンドだけを出して、【衝撃の塊】をぶつける。手応えが有ったのか犬の唸り声が聞こえた。
イグナも魔法で攻撃しようかと思ったが躊躇う。この施設の壁が魔法を通さない事を知らないからだ。魔力が高すぎる所為で室内で魔法を放つとあちこちを破壊してしまうと考えている。
魔力と練度の高さのお陰で威力が大きく、上手にオルトロスに攻撃魔法を当てたとしても魔法の副次的効果で天井が崩落する可能性がある。
威力を増幅させるスキルは多いがその逆は無く、やろうとしても難しい。いつぞやのゴキブリのように上手くいくとは限らない。
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イグナがマサヨシに注意し、【眠れ】ではなく捕縛系の魔法を唱えようとしたその時、休憩室からヴャーンズが飛び出してきた。
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ヴャーンズが休憩室から飛び出ると同時に、眠っていたオルトロスにイグナの忠告が聞こえていなかったマサヨシの魔法が当たった。
目を覚ましたオルトロスは最初に目に入ったヴャーンズ目掛けて火を吐く。
咄嗟のことでゴブリンの大魔法使いは魔法が間に合わない。
「ヴャーンズ様!」
ウェイロニーがヴャーンズを庇うように抱くとオルトロスの炎から守る。
サキュバスの背中の羽が焼け焦げ、白い肌は見る見る間に大火傷を負った。
その場に倒れ呻く瀕死のサキュバスを見たヴャーンズは激昂する。
「地獄のケルベロスにでも会いに行け!【死】!」
触媒を片手に杖を振ると、オルトロスは糸が切れたパペットのように地面に倒れ動かなくなった。
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ヴャーンズが急いで自分の使い魔に回復ポーションを飲ませようとしたが、口から薬がドボドボと零れ落ちていく。もう意識が無く、昏睡状態だ。
「死ぬな!ウェイロニー!さぁこれで回復しろ!」
ヴャーンズは自分の回復の指輪をウェイロニーの指にはめ、様子を見るが劇的な回復が出来る指輪ではないので消え行く命の速さには追いつかない。
「そんな・・・ウェイロニーちゃん・・・!俺の初めての人なのに!」
マサヨシは泣きながらウェイロニーに駆け寄る。
「嫌だ・・・!死ぬな馬鹿!何でもいいから彼女を回復させる存在よ、来てくれ!」
涙をぼたぼたと零してマサヨシは天を仰いだ。すると―――。
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