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禁断の箱庭と融合する前の世界(112)
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「ヤイバ!団長がお呼びだ!」
連休明けの朝、兵舎のドアが勢い良く開いてゴリラのように逞しい女隊長がヤイバを呼んだ。
ヤイバはまだ昨日の疲れが残っているせいか起きそうにもない。
隣のベッドで寝るカワーがため息をつくとムクリと起きて、冷ややかな視線をヤイバに向け揺する。
「おい!ヤイバ!団長が呼んでいるぞ!さっさと起きろ!」
「え・・・?うん」
ベッド横の小さなテーブルから眼鏡を取ると掛けて寝ぼけ顔でのそっと起き上がる。
「おい!地走り族が逆上がりでも出来そうな”ソレ“を何とかして沈めろ!」
思春期のヤイバの股間は朝の生理現象で大きく張り出しており、カワーは額に手をやって恥ずかしそうに指摘した。
対称的にマー隊長は目を見開いて涎を垂らしている。
(やだぁ!えー!あんなに大きいの?男子ってあんなに大きくなるものなの?どうしよう・・・壊れちゃうかも)
既にヤイバと体とそういう関係になるのを前提でスリャット・マーは顔を赤らめて妄想する。
「うわ!」
ヤイバは涙目で恥ずかしそうにして股間を押さえるとベッドに座った。
「こんな早朝に呼ばれるなんて君は一体何をしでかしたのかね?」
ドアの入り口で興奮し荒い鼻息の音をさせる隊長を軽蔑しながら横目に見てカワーは聞いた。
「思い当たる節はないな。ここ最近は個人的な行動しかしていないから」
「ふん、だといいがな。ほら、落ち着いてきただろう?さっさと着替えて行き給えよ。あのゴリラ隊長の鼻息は不愉快だし煩い事この上ない」
ヤイバは暴れん坊が落ち着いたのを確認すると、立ち上がって制服を急いで着て、隊長の後をついて行った。時折マーは熱っぽい目で振り返って見つめてきたが目線を合わせないように窓の外を見て誤魔化す。
「団長、入ります。ヤイバを連れてきました」
「うむ、入れ」
マーはドアを開けると、ヤイバと共にリツ団長の机の前に後ろ手を組んで前を向いて立つ。
「よく来た、ヤイバ。これを見ろ」
最近顔を合わせることの少なくなった母親は、当たり前だが今は団長の立場で封の付いた羊皮紙を机の上に置いた。
ヤイバは団長の机に近づくと羊皮紙の蝋の封印を小指で切って内容を読む。
「こ、これは、自由騎士の称号・・・!」
「うむ。昨日の功績が認められたようだな」
「???」
「何だ?その顔は。昨日の今日で称号が届くなんて余程感謝している証だぞ。何が不満なのだ?」
「しかし、昨日した事と言えば・・・アルケディアでワロティニスを誘拐したノームモドキを追いかけて居場所を聞き出し、地下下水道でスライムに服を溶かされて泣いている妹を見つけたくらいで・・・」
「ん?使者からの話ではお前は、樹族国を救った事になっているぞ。凶暴な吸魔鬼を大人しくさせたと聞いたが?」
「あっ!あの時ですか・・・」
感情に任せての行動だったのであまり記憶に残っていない。吸魔鬼なんかより妹の事しか考えていなかったのだ。
「まぁ自覚が有るならそれでいい。何もしていないのにおいそれと貰えない称号を頂くわけにはいかないからな。まぁとにかく。私は帝国鉄騎士団団長として鼻が高い。我が騎士団に、国を跨いで独自判断で行動が出来る騎士がいるのだから。だが気を付けろ。自由騎士というのはどの国でも無条件で信用を得られる代わりに、それなりの人間性や品位を求められる。ヤイバは帝国の顔になったのだ。泥を塗ってくれるなよ?」
「はい!」
「マー隊長、少しヤイバと個人的な話をした。席を外してくれないか?」
「ハッ!」
マーが部屋から出ていくと、リツはふぅと溜息をついて椅子に深く腰を掛けた。
「ヤイバ、ヘカから聞いたのだけど、ヒジリ陛下の・・・あの人の髪を持ち帰って彼女に渡したのですか?」
「はい、クロスケという父上の使い魔と同種のイービルアイが父上の遺品や髪を見つけて、尚且つ複製してくれたのです」
「そう。その・・・髪は全部ヘカに渡したのかしら?」
「・・・。実は数本だけ毛束から抜いておきました。ここに」
ヤイバは胸にかかるペンダントに入れた数本の長い黒髪を取り出すと、その内の一本を母親に渡した。
「ああ・・・。貴方・・・。私の愛しい人・・・」
リツは騎士団長の顔を捨て、夫を愛する妻の顔になっていた。髪を見た途端感極まって涙を浮かべ一本しかない黒髪に頬ずりをする。
ヤイバはこれまで母親が感情を露わにする所を見たことがないので慌てふためいた。
「母上・・・?」
「ごめんなさいね、情けない姿を見せてしまって」
「いえ・・・」
髪にヒジリの姿を思い浮かべているのか、リツは見えない夫に話しかけている。
「会いたい・・・愛しい貴方に・・もう一度会いたいですわ・・・。う・・うう。本当は貴方が邪神と共にこの世から消えた時は悲しくて泣き喚きたかったの・・・。でも私の腕の中には小さなヤイバがいたから、しっかりしないとという思いが強くて・・・」
ヤイバは母親の肩を抱いて優しく撫でた。
鉄騎士団の女性騎士の憧れ、リツ・フーリーは今は一人の女として自分の胸の中で泣いている。
(母上も辛かったんだ・・・。父上を失くして・・・。そんな素振りを見せないから父上のことを記憶から消し去ったのかと思っていたけれど)
「母上、僕は決めましたよ。生涯をかけて必ず父上を復活させると。髪さえあればきっと何とかなりますよ」
「うう・・・。ありがとうヤイバ。でも気持ちだけでいいのですよ。神を復活させるとなると蘇生費用は天文学的な金額になりますから。貴方は貴方の好きな道を歩みなさい。父上に拘ることは無いのですよ」
「ううん、僕は必ずやり遂げます。今までも母上の期待に応えてきたでしょう?僕が一度やると決めたら曲げない性格なのは母上も知っているじゃないですか」
「でも、それで貴方の人生が壊れるような事があったら私はあの人に何と言えばいいのか。だからその目標を掲げるのは構いませんが決して無理をしないで、ヤイバ」
「はい」
「ねぇヤイバ。この髪の毛貰ってもよいかしら?私も貴方のようにペンダントに入れて身につけておきたいの。よろしい?」
少し恥ずかしそうに言う母にヤイバは快く笑顔で答える。
「勿論ですよ!」
マサヨはアルカディアで売った宝石のお陰で大金を手に入れはしたが、これといって使い道も無く退屈そうにゴデの街の商店街をフラフラと歩いていた。
触媒屋の窓から何となく中を覗くと、イグナが真剣な顔で触媒選びをしている。
「あー、こないだのオルトロス戦で触媒が無くて困っていたもんな。メイジって結構面倒だな。強力な魔法は触媒がないと発動できないなんて。まめじゃないとなれない職業だな。俺みたいなズボラには向いてないでつ」
向いてないという言葉を自分で言っておきながら、その言葉がズキリと自分のトラウマのスイッチを押す。
―――こんな仕事向いてないんだよ!俺にはもっと輝ける仕事があるはずだ!会社辞めまーす―――
脱引きこもりを目指して就活し、なんとか就職が出来てもすぐに会社を辞めニートに戻る、を繰り返しているうちに、次第に年齢制限で彼を雇う会社はなくなってしまった。
「うあああ!止めろ!止めろ俺の脳!今の俺は大金持ちだぞ!一生遊んで暮らせる大金があるんだぜ!」
マサヨは頭をバシバシと叩いて嫌な過去を追い出そうとする。
「どないしはりましたんや。気でも狂いはったんですか?」
クロスケはマサヨが気に入ったのか昨日からずっと一緒にいいる。
「な、なぁ。クロスケはトラウマを排除したり出来ないん?」
「カプリコンさんとこに行くか地球の施設に行けば出来まっせ」
「なんだよぉ、もう!俺行けねぇじゃん、そこ!」
「そういう事。自分でトラウマを克服するしか無いんでおま」
「くそ!一生苦悩の十字架を背負えってか。俺に中二病のような陰のある設定はいらん!」
と言いつつもポーズは中二病臭く、腕を水平になぎ払ってからの握り拳だった。
「店の前で煩い」
イグナが迷惑そうな顔でマサヨをジト目で見つめていた。
「おわ!イグナちゃん!いつの間に!相変わらずのジト目が可愛いのう」
「・・・ン?背中のリュックから強力な魔力反応がある。見せて」
マサヨは何の事か判らず、瞳を上に向けてレレ○のおじさんのようなポーズを取った。
「強力な魔力?何の事でつ?」
「棒状の・・・恐らくワンド」
「ああ、あれか。ヤイバ曰く役立たずだってさ」
そう言ってマサヨはいつも背負っているリュックからワンドを出してイグナに渡した。
「これ、凄い。どうやってワンドに蘇生の魔法を籠めたんだろう・・・・」
「良かったら貸してやるよソレ。研究したら?」
マサヨは荷物が減っていいなと考えながらイグナを見ると、とんがり帽子の下から目をキラキラさせて彼女は震えて喜んでいる。
「本当?いいの?ありがとうマサヨ」
最近めっきり女っぽくなったマサヨにイグナは躊躇いなくハグをしてピンクの城に向かって走り出した。
「はぁ、ちょっと前まで女の子にハグされたら凄く興奮してたのになぁ・・・。あの頃が懐かしいでつ。ところで我が愛しのヤイバは今何をしてるのかな・・・。昨日はヘトヘトになってたから馬車でツィガル城まで帰ってったけど。そういや下水道でスライムのエロエロ攻撃で泣いていたワロちゃんの様子でも見に行くかな。どうか酒場で砦の戦士達と出会いませんように・・・」
「何でそんなに砦の戦士が嫌いなんでっか?」
クロスケが不思議そうに尋ねる。
「彼奴等、女に見境がないんよ。特にスカーの猛烈なアタックがしつこいのなんの」
「へ~、モテモテやないですか。羨ましい。ワイなんかウィスプちゃんに振られっぱなしやったのに」
「まぁクロスケの気持ちもわからんでもない」
ブ男だった頃を思い出して遠い目をしてから、最短コースで路地裏を抜けていき、大通りに出るとゴデの名所となりつつあるオーガの酒場の窓から、スカー達を警戒しながら中を覗きこむ。
酒場には砦の戦士の中では常識人の美形オーガのベンキと見たことのないミルクティーの髪色のオーガの女性がいた。
「けっ!イチャイチャしやがって。邪魔してやるか。でも俺ベンキとは大して顔見知りじゃないんだよなぁ。怒らせたら絶対殺されるだろうな。よし!止めよう。コーヒーでも飲んでワロちゃんの様子を聞いて部屋で寝る!」
ドアに付いたベルを鳴らしながら酒場に入ると、いつものように年老いたミカティニスがカウンターで皿を拭いていた。ヘカティニスも一緒にいる事が多いが今日はいない。
「ちーっす。あれ、ヘカちゃんは?」
「ヘカなら砦の戦士と一緒に沼地方面に行ったど。またリザードマン達が暴れ出しだかだな。稼ぎ時なんよ」
「え!じゃあもしかしてワロちゃんも一緒に?」
「んだ」
「じゃあリザードマン達は負け確定じゃんか」
「んだ」
「んだんだ教の教祖か!」
「んだ」
「ところで部屋空いてる?お金あるからノミだらけの安宿に部屋借りるの止めて、こっちに部屋借りようと思ってさ」
「部屋ならあるど」
「何号室?長期で借りたいんだけど」
「そういやお前、星のオーガなんだってな?だったら、ずっと空けておいたヒジリの部屋使ってもいいど」
「(えーやだな~)その部屋しか空いて無いの?」
「んだ」
「仕方ねぇ。お幾ら万円?」
「ただでいいど」
「まじ?」
「ただし、オバップを退治してくれたらな。最近、ヒジリの部屋でオバップを見たって客が多いんだ」
「オバップって何?」
「お前、そんな事も知らねぇで星のオーガやってるんか!」
「いや関係ないでしょう」
「オバップはな・・・。あ~・・・。悪戯オバケみたいなもんだ」
「何だ、幽霊か。俺あんまりそういうの信じてないから退治してやっても良いぞ」
「じゃ、頼んだぞ。二階の奥の部屋だ」
マサヨは鍵を受け取ると階段を上がってクロスケと共に部屋に入る。入るといきなり神経質な探偵のような仕草で如何にも推理中ですといった顔をし、ハンマー○ンマーと意味不明な言葉を吐いてウロウロしだした。
「う~ん、廊下側に窓が一つ。裏庭側にも窓が一つ。えー、それから大きなベッドが一つ。部屋の隅に微かに生臭いのっぺらぼうの人形が一つ。なるほど!オバケの正体見たり!・・・ってやっぱ判りませ~ん、ンフフフ」
「わからんのかーい!それから古畑の物真、似にてませんで!腹立つ」
クロスケのツッコミを無視して綺麗なシーツの敷いてあるベッドに寝転ぶとベッド脇のテーブルに置いてある魔法水晶にマナを流し込んで番組を見た。
「お!ヤイバだ!ああ、昨日の出来事がニュースで流れてるのか。っていうか、裏側はいつの間に撮影してたんだ?物陰で撮影してる裏側を想像すると何か笑えるんですけど。そうそう、ここでドォォーーン!はいきたー!吸魔鬼死亡~。・・・何だ死んでなかったのか」
「凄いやんか、彼。博士が研究してたサカモト粒子を手に纏ってますやん」
「あ、そういう話パス。俺アホだから」
「おふ!」
「でもさー、ヤイバってさー。困ったらこのドォォーン!でなんでも解決しそうじゃん?喪黒福○かっつーの」
「見た所、サカモト粒子自体の威力を抑えて、脳内の記憶物質と単純な活動エネルギーを奪ったみたですな。この凹み方は殆ど物理的な攻撃の威力や。何が凄いって、ヤイバ君の体内のナノマシンが進化!」
「誰と喋ってんの?なにその説明臭いセリフ」
しかしクロスケは誰に言うでもなく一人で喋り続けた。
「彼のナノマシンは自身が自滅しないように、サカモト粒子にすら打ち勝つフォースフィールドを薄っすら発生させておりますわ。これホンマに凄いことでっせ!もっと研究すればサカモト粒子砲を防げるようになりますんやから!今度会ったらナノマシン一個貰おうっと。あーあの時しっかり解析してナノマシン貰っとけば良かったわ~」
「いや、だからわかんねぇって」
「いや、独り言ですさかい気にせんといて」
結局その日はクロスケとの噛み合わない会話に終始し、オバップが現れることは無かった。
連休明けの朝、兵舎のドアが勢い良く開いてゴリラのように逞しい女隊長がヤイバを呼んだ。
ヤイバはまだ昨日の疲れが残っているせいか起きそうにもない。
隣のベッドで寝るカワーがため息をつくとムクリと起きて、冷ややかな視線をヤイバに向け揺する。
「おい!ヤイバ!団長が呼んでいるぞ!さっさと起きろ!」
「え・・・?うん」
ベッド横の小さなテーブルから眼鏡を取ると掛けて寝ぼけ顔でのそっと起き上がる。
「おい!地走り族が逆上がりでも出来そうな”ソレ“を何とかして沈めろ!」
思春期のヤイバの股間は朝の生理現象で大きく張り出しており、カワーは額に手をやって恥ずかしそうに指摘した。
対称的にマー隊長は目を見開いて涎を垂らしている。
(やだぁ!えー!あんなに大きいの?男子ってあんなに大きくなるものなの?どうしよう・・・壊れちゃうかも)
既にヤイバと体とそういう関係になるのを前提でスリャット・マーは顔を赤らめて妄想する。
「うわ!」
ヤイバは涙目で恥ずかしそうにして股間を押さえるとベッドに座った。
「こんな早朝に呼ばれるなんて君は一体何をしでかしたのかね?」
ドアの入り口で興奮し荒い鼻息の音をさせる隊長を軽蔑しながら横目に見てカワーは聞いた。
「思い当たる節はないな。ここ最近は個人的な行動しかしていないから」
「ふん、だといいがな。ほら、落ち着いてきただろう?さっさと着替えて行き給えよ。あのゴリラ隊長の鼻息は不愉快だし煩い事この上ない」
ヤイバは暴れん坊が落ち着いたのを確認すると、立ち上がって制服を急いで着て、隊長の後をついて行った。時折マーは熱っぽい目で振り返って見つめてきたが目線を合わせないように窓の外を見て誤魔化す。
「団長、入ります。ヤイバを連れてきました」
「うむ、入れ」
マーはドアを開けると、ヤイバと共にリツ団長の机の前に後ろ手を組んで前を向いて立つ。
「よく来た、ヤイバ。これを見ろ」
最近顔を合わせることの少なくなった母親は、当たり前だが今は団長の立場で封の付いた羊皮紙を机の上に置いた。
ヤイバは団長の机に近づくと羊皮紙の蝋の封印を小指で切って内容を読む。
「こ、これは、自由騎士の称号・・・!」
「うむ。昨日の功績が認められたようだな」
「???」
「何だ?その顔は。昨日の今日で称号が届くなんて余程感謝している証だぞ。何が不満なのだ?」
「しかし、昨日した事と言えば・・・アルケディアでワロティニスを誘拐したノームモドキを追いかけて居場所を聞き出し、地下下水道でスライムに服を溶かされて泣いている妹を見つけたくらいで・・・」
「ん?使者からの話ではお前は、樹族国を救った事になっているぞ。凶暴な吸魔鬼を大人しくさせたと聞いたが?」
「あっ!あの時ですか・・・」
感情に任せての行動だったのであまり記憶に残っていない。吸魔鬼なんかより妹の事しか考えていなかったのだ。
「まぁ自覚が有るならそれでいい。何もしていないのにおいそれと貰えない称号を頂くわけにはいかないからな。まぁとにかく。私は帝国鉄騎士団団長として鼻が高い。我が騎士団に、国を跨いで独自判断で行動が出来る騎士がいるのだから。だが気を付けろ。自由騎士というのはどの国でも無条件で信用を得られる代わりに、それなりの人間性や品位を求められる。ヤイバは帝国の顔になったのだ。泥を塗ってくれるなよ?」
「はい!」
「マー隊長、少しヤイバと個人的な話をした。席を外してくれないか?」
「ハッ!」
マーが部屋から出ていくと、リツはふぅと溜息をついて椅子に深く腰を掛けた。
「ヤイバ、ヘカから聞いたのだけど、ヒジリ陛下の・・・あの人の髪を持ち帰って彼女に渡したのですか?」
「はい、クロスケという父上の使い魔と同種のイービルアイが父上の遺品や髪を見つけて、尚且つ複製してくれたのです」
「そう。その・・・髪は全部ヘカに渡したのかしら?」
「・・・。実は数本だけ毛束から抜いておきました。ここに」
ヤイバは胸にかかるペンダントに入れた数本の長い黒髪を取り出すと、その内の一本を母親に渡した。
「ああ・・・。貴方・・・。私の愛しい人・・・」
リツは騎士団長の顔を捨て、夫を愛する妻の顔になっていた。髪を見た途端感極まって涙を浮かべ一本しかない黒髪に頬ずりをする。
ヤイバはこれまで母親が感情を露わにする所を見たことがないので慌てふためいた。
「母上・・・?」
「ごめんなさいね、情けない姿を見せてしまって」
「いえ・・・」
髪にヒジリの姿を思い浮かべているのか、リツは見えない夫に話しかけている。
「会いたい・・・愛しい貴方に・・もう一度会いたいですわ・・・。う・・うう。本当は貴方が邪神と共にこの世から消えた時は悲しくて泣き喚きたかったの・・・。でも私の腕の中には小さなヤイバがいたから、しっかりしないとという思いが強くて・・・」
ヤイバは母親の肩を抱いて優しく撫でた。
鉄騎士団の女性騎士の憧れ、リツ・フーリーは今は一人の女として自分の胸の中で泣いている。
(母上も辛かったんだ・・・。父上を失くして・・・。そんな素振りを見せないから父上のことを記憶から消し去ったのかと思っていたけれど)
「母上、僕は決めましたよ。生涯をかけて必ず父上を復活させると。髪さえあればきっと何とかなりますよ」
「うう・・・。ありがとうヤイバ。でも気持ちだけでいいのですよ。神を復活させるとなると蘇生費用は天文学的な金額になりますから。貴方は貴方の好きな道を歩みなさい。父上に拘ることは無いのですよ」
「ううん、僕は必ずやり遂げます。今までも母上の期待に応えてきたでしょう?僕が一度やると決めたら曲げない性格なのは母上も知っているじゃないですか」
「でも、それで貴方の人生が壊れるような事があったら私はあの人に何と言えばいいのか。だからその目標を掲げるのは構いませんが決して無理をしないで、ヤイバ」
「はい」
「ねぇヤイバ。この髪の毛貰ってもよいかしら?私も貴方のようにペンダントに入れて身につけておきたいの。よろしい?」
少し恥ずかしそうに言う母にヤイバは快く笑顔で答える。
「勿論ですよ!」
マサヨはアルカディアで売った宝石のお陰で大金を手に入れはしたが、これといって使い道も無く退屈そうにゴデの街の商店街をフラフラと歩いていた。
触媒屋の窓から何となく中を覗くと、イグナが真剣な顔で触媒選びをしている。
「あー、こないだのオルトロス戦で触媒が無くて困っていたもんな。メイジって結構面倒だな。強力な魔法は触媒がないと発動できないなんて。まめじゃないとなれない職業だな。俺みたいなズボラには向いてないでつ」
向いてないという言葉を自分で言っておきながら、その言葉がズキリと自分のトラウマのスイッチを押す。
―――こんな仕事向いてないんだよ!俺にはもっと輝ける仕事があるはずだ!会社辞めまーす―――
脱引きこもりを目指して就活し、なんとか就職が出来てもすぐに会社を辞めニートに戻る、を繰り返しているうちに、次第に年齢制限で彼を雇う会社はなくなってしまった。
「うあああ!止めろ!止めろ俺の脳!今の俺は大金持ちだぞ!一生遊んで暮らせる大金があるんだぜ!」
マサヨは頭をバシバシと叩いて嫌な過去を追い出そうとする。
「どないしはりましたんや。気でも狂いはったんですか?」
クロスケはマサヨが気に入ったのか昨日からずっと一緒にいいる。
「な、なぁ。クロスケはトラウマを排除したり出来ないん?」
「カプリコンさんとこに行くか地球の施設に行けば出来まっせ」
「なんだよぉ、もう!俺行けねぇじゃん、そこ!」
「そういう事。自分でトラウマを克服するしか無いんでおま」
「くそ!一生苦悩の十字架を背負えってか。俺に中二病のような陰のある設定はいらん!」
と言いつつもポーズは中二病臭く、腕を水平になぎ払ってからの握り拳だった。
「店の前で煩い」
イグナが迷惑そうな顔でマサヨをジト目で見つめていた。
「おわ!イグナちゃん!いつの間に!相変わらずのジト目が可愛いのう」
「・・・ン?背中のリュックから強力な魔力反応がある。見せて」
マサヨは何の事か判らず、瞳を上に向けてレレ○のおじさんのようなポーズを取った。
「強力な魔力?何の事でつ?」
「棒状の・・・恐らくワンド」
「ああ、あれか。ヤイバ曰く役立たずだってさ」
そう言ってマサヨはいつも背負っているリュックからワンドを出してイグナに渡した。
「これ、凄い。どうやってワンドに蘇生の魔法を籠めたんだろう・・・・」
「良かったら貸してやるよソレ。研究したら?」
マサヨは荷物が減っていいなと考えながらイグナを見ると、とんがり帽子の下から目をキラキラさせて彼女は震えて喜んでいる。
「本当?いいの?ありがとうマサヨ」
最近めっきり女っぽくなったマサヨにイグナは躊躇いなくハグをしてピンクの城に向かって走り出した。
「はぁ、ちょっと前まで女の子にハグされたら凄く興奮してたのになぁ・・・。あの頃が懐かしいでつ。ところで我が愛しのヤイバは今何をしてるのかな・・・。昨日はヘトヘトになってたから馬車でツィガル城まで帰ってったけど。そういや下水道でスライムのエロエロ攻撃で泣いていたワロちゃんの様子でも見に行くかな。どうか酒場で砦の戦士達と出会いませんように・・・」
「何でそんなに砦の戦士が嫌いなんでっか?」
クロスケが不思議そうに尋ねる。
「彼奴等、女に見境がないんよ。特にスカーの猛烈なアタックがしつこいのなんの」
「へ~、モテモテやないですか。羨ましい。ワイなんかウィスプちゃんに振られっぱなしやったのに」
「まぁクロスケの気持ちもわからんでもない」
ブ男だった頃を思い出して遠い目をしてから、最短コースで路地裏を抜けていき、大通りに出るとゴデの名所となりつつあるオーガの酒場の窓から、スカー達を警戒しながら中を覗きこむ。
酒場には砦の戦士の中では常識人の美形オーガのベンキと見たことのないミルクティーの髪色のオーガの女性がいた。
「けっ!イチャイチャしやがって。邪魔してやるか。でも俺ベンキとは大して顔見知りじゃないんだよなぁ。怒らせたら絶対殺されるだろうな。よし!止めよう。コーヒーでも飲んでワロちゃんの様子を聞いて部屋で寝る!」
ドアに付いたベルを鳴らしながら酒場に入ると、いつものように年老いたミカティニスがカウンターで皿を拭いていた。ヘカティニスも一緒にいる事が多いが今日はいない。
「ちーっす。あれ、ヘカちゃんは?」
「ヘカなら砦の戦士と一緒に沼地方面に行ったど。またリザードマン達が暴れ出しだかだな。稼ぎ時なんよ」
「え!じゃあもしかしてワロちゃんも一緒に?」
「んだ」
「じゃあリザードマン達は負け確定じゃんか」
「んだ」
「んだんだ教の教祖か!」
「んだ」
「ところで部屋空いてる?お金あるからノミだらけの安宿に部屋借りるの止めて、こっちに部屋借りようと思ってさ」
「部屋ならあるど」
「何号室?長期で借りたいんだけど」
「そういやお前、星のオーガなんだってな?だったら、ずっと空けておいたヒジリの部屋使ってもいいど」
「(えーやだな~)その部屋しか空いて無いの?」
「んだ」
「仕方ねぇ。お幾ら万円?」
「ただでいいど」
「まじ?」
「ただし、オバップを退治してくれたらな。最近、ヒジリの部屋でオバップを見たって客が多いんだ」
「オバップって何?」
「お前、そんな事も知らねぇで星のオーガやってるんか!」
「いや関係ないでしょう」
「オバップはな・・・。あ~・・・。悪戯オバケみたいなもんだ」
「何だ、幽霊か。俺あんまりそういうの信じてないから退治してやっても良いぞ」
「じゃ、頼んだぞ。二階の奥の部屋だ」
マサヨは鍵を受け取ると階段を上がってクロスケと共に部屋に入る。入るといきなり神経質な探偵のような仕草で如何にも推理中ですといった顔をし、ハンマー○ンマーと意味不明な言葉を吐いてウロウロしだした。
「う~ん、廊下側に窓が一つ。裏庭側にも窓が一つ。えー、それから大きなベッドが一つ。部屋の隅に微かに生臭いのっぺらぼうの人形が一つ。なるほど!オバケの正体見たり!・・・ってやっぱ判りませ~ん、ンフフフ」
「わからんのかーい!それから古畑の物真、似にてませんで!腹立つ」
クロスケのツッコミを無視して綺麗なシーツの敷いてあるベッドに寝転ぶとベッド脇のテーブルに置いてある魔法水晶にマナを流し込んで番組を見た。
「お!ヤイバだ!ああ、昨日の出来事がニュースで流れてるのか。っていうか、裏側はいつの間に撮影してたんだ?物陰で撮影してる裏側を想像すると何か笑えるんですけど。そうそう、ここでドォォーーン!はいきたー!吸魔鬼死亡~。・・・何だ死んでなかったのか」
「凄いやんか、彼。博士が研究してたサカモト粒子を手に纏ってますやん」
「あ、そういう話パス。俺アホだから」
「おふ!」
「でもさー、ヤイバってさー。困ったらこのドォォーン!でなんでも解決しそうじゃん?喪黒福○かっつーの」
「見た所、サカモト粒子自体の威力を抑えて、脳内の記憶物質と単純な活動エネルギーを奪ったみたですな。この凹み方は殆ど物理的な攻撃の威力や。何が凄いって、ヤイバ君の体内のナノマシンが進化!」
「誰と喋ってんの?なにその説明臭いセリフ」
しかしクロスケは誰に言うでもなく一人で喋り続けた。
「彼のナノマシンは自身が自滅しないように、サカモト粒子にすら打ち勝つフォースフィールドを薄っすら発生させておりますわ。これホンマに凄いことでっせ!もっと研究すればサカモト粒子砲を防げるようになりますんやから!今度会ったらナノマシン一個貰おうっと。あーあの時しっかり解析してナノマシン貰っとけば良かったわ~」
「いや、だからわかんねぇって」
「いや、独り言ですさかい気にせんといて」
結局その日はクロスケとの噛み合わない会話に終始し、オバップが現れることは無かった。
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不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
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クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~
みぃた
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地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった!
無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。
追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。
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