未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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禁断の箱庭と融合する前の世界(122)

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 ここ最近になってマナ粒子の視覚化に成功させた男が地球にいた。地球だけを何故か突き抜けていくその粒子は視認する事は勿論、計器で確認する事さえ難しかったのだ。

 ミニホログラムデッキに浮かぶ男は後ろ手を組んで、その偉大なる功績を上げた研究者に疑いの眼差しを向ける。

「しかし、なぁ・・・。君の専門は宇宙科学だろう?素粒子物理学に関しては坂本博士が得意とする分野だ。博士も似た様な研究をしていたはずだが、データを盗んだのか?え?白状しなさい」

 ホログラムの上司に疑われた大神正宗は平静を装っているが、手に平にはナノマシンが処理しきれないほどの大量の汗をかいていた。

「アコーズ長官。私だってやる時はやりますよ・・・」

 と言ったものの後ろめたさが声を小さくする。

「博士から盗んでいないとなると・・・ははぁ?ヒジリ君のデータを盗み見て研究を横取りした可能性もあるな」

 恰幅の良いアコーズはニヤリと笑って顎髭を撫でた。

「(ギクリ)ま、まさか。息子の研究データは厳重にロックされておりますから、たとえ親族でも見る事は不可能です」

 正宗は時折ヒジリが神として更新する日記に、マナ粒子の可視化に関する研究データの断片が載っていたのを見てヒントを得たとは言わなかった。精神生命体となった息子が日記を書いています、などといえば頭の中を疑われかねない。

「まぁ確かにな。そういえば惑星ヒジリにある磁気を帯びた石などに構築した天然のクラウドに重要な研究データがあるのだったな。それを地球から探し出すのは不可能だ。後はネットワークから隔離されているカプリコンに幾らかあるそうだが、それも許可が無いと閲覧はできない。疑って悪かった。坂本博士も無駄な事に時間を割かなくて済んだと君に感謝していたぞ」

「それは良かったです。これでマナ粒子の研究も盛んになるでしょう。そうなると実験用のマナ粒子が大量に必要となります。もしかしたらもう既にヴィランどもが目を付けているのではないですか?」

 アコーズは眉間に皺を寄せて正宗の部屋から見えるカプリコンを見た。

「その事なんだがね・・・」





 マナの急激な減少を感知したゴブリンは世界に数か所あるマナ穴の一つを覗いていた。

「これは大変でヤンス・・・。何者かが供給を上回る速度でこの星のマナを搾取してるでヤンス。邪神から逃げ回っていたアヌンナキの仕業か?邪神が滅びた事を知って、またこの宇宙に戻って来た可能性もあるでヤンスが・・・。これはどうも地球人の仕業のような気がするでヤンス。今のところまだ魔法に影響は無いレベルだけど、これが何年も続けば間違いなく魔法が使えなくなるでヤンスよ・・・」

 ゴブリンの姿をした運命の神の耳には巨大な穴からマナが夜空に吸い上げられていく音が聞こえる。普通の者には聞こえないその音は、ヤンスの無毛の頭に冷や汗を浮かばせて熱を容赦なく奪っていく。

「ブルルル!寒いでヤンス・・・。頭は冷えた方が、良い考えが浮かぶと言われているでヤンスが寒いだけでヤンス」

 突然周辺が赤く光って不安を掻き立てる音が鳴り響く。

「またでヤンスよ。この音が鳴るとマナの吸い上げが止まるでヤンス」

 ヤンスの言葉通り、マナの吸い上げは止まり、夜空の星の一つが瞬いたような気がした。それ以上はもう何も起きず辺りは一気に静かになった。

「不気味でヤンス・・・。マナが減るとこの星の神であるヒジリさんも力を出せなくなる。となると自由の利くヤンスが頑張るしかないのでヤンスが・・・。この力無き神にどうしろというのでヤンスか・・・。運命の神なんて肩書、捨ててしまいたいでヤンス・・・」

 頭を抱えて悩むゴブリンに更に追い打ちをかけるような出来事が起こった。

「なんでヤンスか!急に魂が半分になったでヤンス!」

 神であるヤンスは霊的な要素の殆どを感知できる。

 もしかした魂の半減は身の回りの何かが原因かもしれないとキョロキョロする彼の頭に別の自分の声が鳴り響いた。

「アヌンナキの奴らでヤンス!あいつらが封印してあった禁断の箱庭を弄ったでヤンス!わわわ!もうすぐ、そっちのヤンスとは交信が出来なくなるでヤンス・・・。箱庭への直接的な干渉はたとえ神でも無理・・・」

 そこで禁断の箱庭に封じられた半身の声は途切れた。

「こんな時になんて事でヤンスか・・・。やはり滅びの運命は変えられなかったでヤンスか?ヒジリさんが命を懸けてこの星を守ったというのに・・・・」

 地球人からはマナを吸い上げられ、尚且つこの宇宙の進化の関わりに深いアヌンナキ星人の干渉。泣きっ面に蜂とはこの事だとヤンスは嘆く。

 大昔の天才魔法使いが創り出した神の領域に達するアイテムと言われている禁断の箱庭の作動は十中八九、宇宙の神を気取るアヌンナキ星人の興味本位からであろう。

「ああ、どうすれば・・・。どうすれば・・・」

 悩めるゴブリンは、エルダードラゴンが作ったこのマナの調整ダムを後にして、何のあてもなくゴデの街へとフラフラと向かった。




 樹族国でエルダーリッチを倒したヤイバは帝国から褒美と休暇を貰って今はゴデの街のピンクの城にいる。

 湯船に浸かるヤイバは一日中大好きな妹と一緒の時間を過ごせた事で気分は充実しており、風呂から上がると台所にある冷蔵庫から冷えた水を取り出して飲み干した。

「プハー!やっぱり桃色城はいいな。冷蔵庫はツィガル城の寄宿舎にはないから、いつも生温い水を飲むのが嫌だった。(それにしても今日もワロは可愛かったなぁ。特にゴスロリの服を買ってあげた時のあの喜びようは最高だった。凄くはしゃいでいたから疲れてもう寝ちゃったのがお兄ちゃんは寂しい)」

 妹とのデートを思い出して笑ったり、今を寂しがったりしつつ、冷えたトマトでもないかと冷蔵庫を物色していると、昼間にマサヨが持ってきた飲み物がなくなっている事に気が付いた。

「あれはなんて飲み物だったんだろ。少し飲んでみたかったな・・・。金属の容器に入った飲み物なんて珍しいし」

 ヤイバはトマトを見つけると齧りながら二階の自室へ向かう。

「やだーもー!アハハ!バカねぇマサヨはぁ!」

 フランの部屋からフランやイグナの声が聞こえてくる。

(マサヨさんは女子同士で盛り上がってるな・・・。ちょっと前まで豚人の男性のようだった事が嘘みたいだ。最近はすっかり女の子っぽくなって時々目のやり場に困る」

 性格も女っぽくなったとはいえ、マサヨはまだまだ隙が多く、座った時に下着が見えても気が付かなかったりする。

 ヤイバは悪いと思いつつも部屋の前に少し立ち止まってガールズトークの内容を聞いた。

「このエール、凄く美味しいわね。炭酸が入ってて喉越しが爽やか!」

「これな、ビールって名前なんよ。異世界のタカヒロと例の三面鏡越しに連絡が取れたからビールとかお菓子をいっぱい貰ったんだ」

「あら!タカヒロは無事だった?最後に見た時は警官に連れていかれていたけどぉ」

「うん、彼を拘束する理由はないからすぐに釈放されたってさ」

「良かった!私心配だったのよぉ」

「今は宝石売ったお金で母親と山奥でひっそりと暮らしているんだってさ。本当なら彼はまだ小学生のはずなんだけど、こっちと向こうじゃ時間の流れが違うせいか大人になってたからな」

「大変ねぇ。じゃあマサヨもあっちの世界に帰ったら大変なんじゃないのぉ?」

「それがどうも、本体は向こうで普通に生活しているみたいなんだわ。意識だけを異世界に飛ばしてるみたいでさ。つまり俺は本体の夢みたいもんよ。まぁ異世界で実体化はするけど」

「興味深い」

 そう言った後、イグナがケプッと可愛いゲップをした。ヤイバはクスっと廊下で笑う。

「なぁ~。ところでさ~。二人とも女の子の日の時はどうしてんの~?俺、月一のあれが面倒でさぁ」

(なんだろ、女の子の日って)

 ヤイバがそう思っているとフランが不思議そうにマサヨに聞き返す。

「なぁに?女の子の日って。女の子たちで集まって何かするのぉ?」

「え!なにって・・・。生理だよ!生理!」

「なに?生理って・・・」

 物知りのイグナですら知らなかったので、ヤイバはマサヨの言う生理が解らなくて当然だと安心した。

「も、もしかして!お前ら生理がないのか?月に一回お腹が痛くなってアソコから血が出るだろ!」

「なにそれ、怖いわぁ。病気?」

「ち、ちげーよ!クロスケならなんか知ってるかも。おい、クロスケ起きろ!」

 ガールズトークに興味がなかったのか、寝ていたクロスケが無理やり揺り起こされているような音がした。

「な、なんやねんなー。気持ちよう寝てたのにぃ~」

「なぁクロスケ!この星の女って生理とか無いのか?」

「ありまへんで。博士があんな面倒なもんを改良せんわけないでしょう。基本的に性交渉時に排卵するし、使われんかったもろもろの体組織は普通に体に吸収されて再利用しますんや。だから生理も生理痛もないんやで。ついでに処女膜もありまへん」

「なんだってー!狡い!俺もそうしてくれ!」

「無理に決まってますやろ。こないだのエルダーリッチ戦でマサヨちゃんの傷を治した時も、地球政府から文句言われんか冷や冷やしたんやから。マサヨちゃんは別宇宙の地球人やから地球政府が許す色んな権限の範疇内に入るんかどうかわからんのや」

「ちぇー!ケチ!でもいいなー。処女膜もないのか~。じゃあイグナちゃんもフランちゃんも最初からエクスタシーじゃん。羨ましい」

「もーなに言ってんのぉ!酔っぱらい過ぎよ、マサヨは~!」

 そう言ってケラケラと笑うフランの声がヤイバに聞こえてきた。

(フランさんは酔うと普段以上に陽気になるんだな。酒癖の悪いのタスネさんと似てなくて良かった)

「あ!!あれ?」

 不自然な感じでフランの笑い声が途絶えた後、マサヨが驚いた声をあげる。

「見た?イグナちゃん!フランちゃんが突然消えた!」

「見た。自然発生する転移の渦の痕跡はない。まるで存在が消えるかのようにいなくなった。お姉ちゃん!タスネお姉ちゃん!どこ?」

「カプリコンさんによる転移でもありまへんで!あかん!原因が特定できへん!フランちゃんに付着させていた追跡ナノマシンも消失してもうとる!」

 珍しく焦るイグナやクロスケの声を聞いて只事じゃないと思ったヤイバは念の為、【魔法探知】をかけてフランの部屋のドアを開ける。

「どうしたんですか!ってうわぁ!」

 ドアを開けるとマサヨとイグナは下着姿だった。酔っぱらっているのか全身が赤い。

「今はそういうのいいから、フランちゃんを探してくれ!ヤイバ!」

 マサヨはフランが消えた辺りを四つん這いになって何かしらの痕跡を探している。

 イグナも何度も探知系の魔法を唱えているが何も見つけられないようだった。

「僕も探知系の魔法をかけていますが、フランさんが消えたのは魔法によるものじゃありません」

「やっぱり・・・」

 イグナは酔っぱらっている自分の魔法がおかしいのかと思って探知魔法を何度もかけ直していたが、ヤイバの探知魔法でも痕跡を見つけられないとなると、いよいよ神隠しなどを疑いだす。

「時折、魔法やマナが関わっていないのに人が消えたりする事があるらしい。フランお姉ちゃんはそういった怪現象に巻き込まれたのかもしれない。お姉ちゃん・・・」

 そう言ってイグナは手で顔を覆って泣き始めたので、ヤイバは彼女の肩に手を置いて慰める。

「取り敢えず、今日は夜も遅いですし休みましょう。明日、占い師のモシュ―さんに聞けば一発ですよ!フランさんはきっとどこかで生きてますって!」

「うん・・・」

 イグナは目を擦りながら自室に戻って行った。

「なんか嫌な予感がするな・・・」

 マサヨの不吉な言葉にヤイバは少し怒る。

「そういう事は言わないで下さい!現実になったらどうするんですか!」

「お、怒るなよヤイバ。俺もオーガの酒場に帰って寝るわ。明日になったら手伝うから・・・」

 マサヨはいつもの青いエプロンドレスを着ると、酔いが醒めたのかしっかりとした足取りで玄関まで向かった。

 マサヨを玄関から見送るヤイバも、正直なところ少し嫌な予感がしていた。転移魔法の失敗ならば、転移を失敗した人が笑いながら茂みなどから出てくるが今回は跡形もなく消えたのだ。不気味に思わない方が不自然だ。

(本当に神隠しなんてあるのだろうか?頼みの綱はモシュ―さんだけか・・・。父上!どうかフランさんが無事でありますように!)

 神である父にヤイバは祈ったが、マナを急激に減らしつつあるこの星で祈りが届いたかどうかは誰にも判らなかった。
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