未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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闘技場2

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 ウメボシがフランとイグナを引き連れてウォール家を訪ねたのは、ヒジリが消えた日の夜だった。

 姉妹とイービルアイが、一斉に別々の話をするのでシルビィは落ち着かせる為に「色々考えるのは明日にしよう」と言って皆を部屋に案内した。

 翌朝、タスネの妹から報告を聞いた赤髪の騎士は、フォークで朝食を突っつきながら唸っている。

「うむむ・・・。それにしても参ったな。今日はシュラス陛下の招待で君達とともに闘技場に行く事になっているのだ。陛下ウメボシ殿、まだヒジリ殿との繋がりが回復しないのか?」

 王の一番の目的は、あの超人オーガに会う事だ。

(これでは意味がない)

 若干冷酷な自分の考えに反省し、シルビィは申し訳なさそうにしてウメボシに尋ねた。

「残念ながら・・・」

 まだ不調なのか、ウメボシは顔を横に振る。

 本来であれば、主の居場所だけはどこにいても直ぐに解るはずなのに今はそれができない。

「コロネがウメボシのことを叩いたからよぉ!」

 フランが咎めるようにコロネを見る。

「ごめんなさい」

 いつもなら反抗的に口答えをするコロネだが、今回は素直だった。ウメボシの不調は自分の所為に違いないと思いこんでいるからだ。

 そんなコロネを見てウメボシは優しく笑う。

「うふふ、ウメボシは子供が殴ったぐらいで不調になるほど虚弱ではありません。初めて蘇生機能を使用したので体がびっくりしているだけです。そのうちに治ります。昨日は取り乱しましたがマスターはちょっとやそっとでは死にませんので大丈夫。今日はシルビィ様の顔を立てて闘技場に行きましょう。そのうち体調が良くなればマスターの居場所も解りますので」

「そう言ってくれると有難い。本当は私だってヒジリ殿を探し回りたくてウズウズしているのだが、いかんせん国王直々の命令ゆえ、申し訳ない(闘技場に行かないわけにもいかないしな。取り敢えず今回の件を報告しなくては)」

 シルビィはウメボシに軽く頭を下げる。

 食事に同席していたシルビィの弟ゴルドンはそれを横目で睨み付けた。

(姉上が使い魔如きに頭を下げるなんて馬鹿げている! 平民がここに同席している事すらおこがましいというのに!)

 その傲慢さに歪む顔をじっと見つめる視線があった。向かいの席に座るイグナだ。光も闇も吸い込みそうなその瞳はまるで自分の心の闇を見透かしたと言わんばかりであった。

(薄気味の悪い女だ・・・。闇魔法か何かで心を読んでいるんじゃないだろうな?)

 実際、その通りだった。

 イグナは昔から負の感情に敏感で悪意が、それが発生しそうな場所や場面を回避するのが上手い。

 ゴルドンの心の闇に気が付いたイグナは闇魔法【読心】を使っている。【読心】は相手に気が付かれると簡単にレジストされてしまうのだが、闇魔法に疎い樹族の少年には抗う術は皆無である。

 なので心の声がイグナに丸聞こえなのだ。

(それにしても無駄に僕の心をかき乱すフランとやらは忌々しいな。地走り族なのにあの美貌は一体何だ? サキュバスか何かか?)

 そう思った瞬間、ゴルドンが手に持っていたパンの欠片が黒い炎に包まれ跡形も無く消え去った。

「うわぁぁ!」

 ゴルドンは驚いて椅子から立ち上がった。

 急に大声を上げて立ち上がる弟に姉も驚く。

「どうしたのだ? ゴルドン」 

「い、いえ何でも無いです姉上。虫がいたような気がして驚いただけです。気の所為でした」

「はは、そそっかしいな」

 イグナは何事も無かったような顔をして食事をしている。

 ゴルドンは脂汗を滲ませながらイグナを睨み、心の中で怒りをぶつけた。

(覚えていろよ!)

 勿論その声はイグナには届いているが、言われた本人は涼しい顔でやり過ごしている。

「では用意が出来次第、直ぐにでも闘技場に向かうとしよう。準備が出来たらエントランスに集合してくれ」

 シルビィが皆の食事が終わりそうなタイミングでそう言うと、準備の為に部屋から出て行った。



 まだ試合開始まで時間があるにもかかわらず、闘技場の貴賓室で王は席に着き、横に立つ近衛兵団大総帥と話が弾んでいる。

「それはまことであるか、リューロック」

「はい、うちの娘にもようやっと遅い春が来たと思ったら妻曰く、愛しい人はオーガではないかと・・・」

「ワハハハ! まさかエポ村の英雄が使役するオーガを好きになるとは。ある意味豪傑であるな、そなたの娘は」

 リューロックに比べて地走り族かと思ってしまう程見劣りする小さな王は屈託なく笑った。

 笑った勢いで椅子からずり落ちそうになって慌てて体勢を整える。と、同時に柔らかい猫っ毛に乗る王冠がみっともなくずれて落下した。

「おっと!」

 王冠をキャッチして、王の頭にあるべき場所に戻すと、リューロックは困惑顔で王に答えた。

「しかしながら、相手がオーガというのは」

「親としては複雑な気分だろうが、わしは良いと思うがのー」

「御冗談を。養子のゴルドンがおるとはいえ、本心では娘の子に家を継がせたいのです。オーガ相手では跡取りは作れませぬ」

「まぁの。ところでたちの歌によれば、タスネのオーガは雷属性だろう? 素早く動き、雷を纏った拳で相手をノックダウンさせるのじゃから。普通、オーガは土属性なんだがの。しかも!! 魔法無効化能力まで持っていると聞いたぞ。これ程までに強力なオーガを操るタスネとやらを、私は早く見てみたいのだ(本当はオーガじゃが)」

 椅子の縁に座って脚をぶらんぶらんさせる王は、英雄たちの姿を想像して勝手に胸を膨らませている。

「タスネ殿とは昨日一緒に食事をしましたが、純朴な田舎の少女といった感じで特に英雄の豪胆さや風格はありませんでした。しかしながら手練れのオーク兵を投降させたり、闇ドワーフを追い払ったりという報告は確かなようで」

「羨ましい奴め。私より先にエポ村の英雄と食事とはのぅ・・・」

 そう言ってシュラスはサイドテーブルに置いてあった虹色に光るカードを眺める。それは三枚あり、一枚は美人補正がかかった丸っきり別人のタスネ。残り二枚のヒジリとウメボシは邪悪な怪物という感じで描かれていた。

「陛下、シルビィ達が来たようです」

 王の貴賓室から左下の貴賓室に、白い鎧を着たシルビィと地走り族の少女たちがぞろぞろと入ってくるのが見える。

「ほうほう」

 闘技場は既に一般客の入場が始まっていた。

「タスネとやらはどれか」

「はい、あの黒髪のお下げの少女がタスネであります」

「ほほぉ。意外と地味だな・・・。たちは細かい容姿までは歌っていなかったから仕方ないか。このカードも美人に描かせ過ぎたのぅ。あの金髪の妖艶な娘がタスネであればよかったのに」

「それはないかと。小鳥は始めから黒髪の少女と歌っておりましたので。見た目が地味なのは魔法院の長も同じです。チャビン老師も昔は凡才で地味でありました。師匠からは路傍の石が如き扱いだっと聞いております」

「老師は特にどこにでもおりそうな顔をしておるしな。大人物ほど地味な見た目をしておるのかもしれん。ワハハハ!」

 右下の貴賓席に座る大きなとんがり帽子を被った樹族の老人が小さくくしゃみをした。


 闘技場が満席になった頃、前座の地走り族のピエロが玉に乗りながらジャグリングを始めたが、すぐに観客席からトマトが投げられ、おどけながら逃げていく。

 観客からは笑いが起き、それが収まると今度はもう待ちきれないとばかりに地面を踏んでザッザッザと音を鳴らし始めた。

 それに応えるようにファンファーレが鳴り、闘技場を囲む格子戸が開く。

 中から赤チームと青チームがバラバラと出てきてそれぞれが向かい合うように所定の位置についた。

 タスネが興味無さそうにぼんやりと闘技場全体を見ているとイグナが珍しく大声を挙げる。

「お姉ちゃん見て! ヒジリがいる!」

 皆、バルコニーのガラスにおでこを密着させてイグナの指さす先を見た。

 確かにヒジリがそこにおり、もう一人のオーガに何か指示を出している。

 指示を受けた角のあるオーガは頷くと後方に行き、半馬半魚のケルピーを抱き上げていた。

「止めなきゃ! ヒジリが闘技場の奴隷だなんて嫌よぉ!」

「くっ! 私もそうしたいのは山々だが、闘技場は治外法権でな・・・。王ですら余程の理由がない限り介入するのは難しい。ここは勝つまで見守るしかあるまい。勝てば王からの恩赦がある。その時自由の身になる」

 試合を止めるように懇願するフランを前に、悔しそうにシルビィはそう答えた。

「シルビィ様、それにフラン。心配は無用です。マスターは絶対に負けませんから。いざとなれば、ここからでもマスターをお守りする事が出来ますよ。ところで、場内の人々が興奮したように何かの券を握りしめていますが、もしかして賭け事が行われているのですか?」

 ウメボシが一般人席を見ると皆、粗末な紙切れを手に握りしめている。殆どの者は赤い紙切れを持って、試合が本格的に始まる合図を待っていた。

「ああ、闘技場公認の賭博だから、お金を持ち逃げされるなんて事はないぞ。ウメボシ殿は賭け事が好きなのか? だったら召使いに券を買いに行かせるが・・・」

「いえ、特に好きと言うわけではありませんが、マスターが出場しているのですよ? 勝ち確定ではないですか。賭けないという選択肢がありましょうか?」

「おお! 確かに。おい、イツカ。青チームに十金貨だ」

「あ、じゃ、じゃあアタシも青チームに二十金貨でお願いします」

 タスネは王から貰った報酬全部を丈夫そうな肩掛け鞄から出すと、プルプルと震える手で召使長のイツカに渡した。

「承知致しました」

 樹族にしては珍しくスキンヘッドにちょび髭のイツカは、恭しくシルビィとタスネからお金を受け取ると、静かに貴賓室から出て行った。

「思い切ったわねぇ。お姉ちゃん」

「あ、アタシだってやる時はやるわよ。それにヒジリの事、信じてるもの」

 が、どう見ても狼の前で縮こまる子うさぎのようなタスネにウメボシは言う。

「大丈夫ですよタスネ様。いざとなれば敵なんてバシュ! ホワッ! サラサラー! ですから」

「バシュ! ホワッ! サラサラー?」

「はい、ウメボシのレーザービ、いえ【魔法の矢】でマスターに敵対する不届き物を見事塵芥にしてみせます」

「ウメボシって時々、とてつもなく恐ろしい事言うよね・・・」

「うふふふふ」

 ここ最近、主に馴れ馴れしいシルビィに対する脅しでもあったのだが、シルビィはヒジリを見る事に夢中で、二人の会話を聞いていなかった。

 ウメボシが「ぎゅぬっ!」と呻くと同時に、始まりの合図が鳴った。
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