未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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柔らかい桃源郷

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 夜明け前の薄明りの中、シルビィは芝生の上で寝ている自分を不思議に思った。

 それに、なにより頭がズキズキと痛む。

(これは・・・。奇襲を受けたな。頭が痛い。きっと出血しているに違いない)

 傷の程度を確かめる為、頭を触ろうとすると何かが手に触れた。

 素早く【暗視】を唱え、寝たふりをしながら目だけを動かして周りの状況を確かめる。

 周りにはタスネ姉妹の死体が無造作に転がっており、すぐ隣にはヒジリの亡骸があった。

 と、寝ぼけた目でそう見たが、実際は皆眠っているだけだ。

 地面に寝ているにも拘らず、少し浮いており地面には触れていない。

 露にも濡れておらず、夜明け前の寒さにも震えていない。

 一体何の魔法だ? と考えつつも更に現状を確認する。

 どうやら自分は愛しいオーガの腕の中で眠っているらしい。湧き上がる幸福感に「うぎゅー」と呻いた。

 興奮に身を震わせてヒジリの寝顔を見ていると、シルビィの心に良からぬ欲情が芽生える。

(ホッペにチュー、ホッペにチューぐらいはいいだろう! な? な?)

 誰にそう同意を求めてるのかは解らないが、その誰かはシルビィの声で「ウム、構わんぞ!」と許可を出してくれた。

 血迷ったシルビィの瞳孔はハート型になっており、じわじわとヒジリに顔を寄せていく。

 フヌーフヌーと鼻息が荒くなり、傍から見るとただの変態さんだ。

「その酒臭い鼻息をマスターに吹きかけるのは、そこまでにしてもらいましょうか」

 すぐ真上にウメボシが浮かんでおり真っ赤な瞳でこちらを睨んでいた。

 目はキュンキュンとなっており明らかに【魔法の矢】を準備している。

 小さく「オギュっ」と喉から変な音を出した後、「シルビィは今起きたのだが?」という顔で半身を起こして何事もなかったように伸びをした。

「ああ、おはようウメボシ殿。もしかして私は昨日、お酒飲んで眠ってしまったのかな?」

「白々しい・・・。ええ、マスターの故郷のお酒が飲みたいと、シルビィ様が言うから嫌な予感がしつつもお出ししたら、案の定、途中で酔っぱらってマスターに酒飲み勝負を挑んだのですよ。マスターはお酒があまり好きじゃないのにシルビィ様に付き合ってくれたのです。因みにマスターは飲んだ傍から、アルコールを分解していくので酔いません。タスネ様達もシルビィ様を置いて屋敷に帰るに帰れなくなって、ここで野宿していたのです。後でタスネ様達にも謝ってください」

 本当はもっと言いたいことがある。

 尿意を訴える者の為に簡易トイレをデュプリケイトし、分子分解トイレの使い方を何度も説明させられた事、酔っぱらってトイレで吐くシルビィの世話をした事、シルビィはここで寝ると言い張り、皆して野宿する事になった事、寝る時になってシルビィが駄々を捏ねてウメボシの腕枕を取ってしまった事。(片方の腕にはイグナとフランがいる)

「わぁぁぁぁ! そんなことより! 大変だウメボシ殿! こ、これ!」

 ウメボシは、突然小声で騒ぐシルビィの指さす方向を見た。

 なんとタスネが寝相を変えるうちに、いつの間にかヒジリの股間に収まって座るように眠っていたのだ。時折、横を向きヒジリの柔らかな股間に顔を擦りつけている。

「あぶなーーーい! あぶなーーーい! きわどーーい! きわどーーい!」

 シルビィとウメボシはワタワタと焦り、ヒジリの周りをカバディのようにウロウロする。

 ウメボシは急いで丸まった姿勢のタスネを浮かせて引き離し、芝生の上にそっと寝かせた。

 フウッと一息つき、シルビィに「今のは危なかったですね」と言おうとして隣を見ると、彼女がいない。

 すぐにウメボシにとって生涯忘れられない光景を目にする事となる。

 シルビィがタスネの真似をしてヒジリの股間に顔をうずめて小さな声で「ウォォォォォ!」と叫んで、顔を押し付けているのだ!

 ウメボシは瞳だけでなく桜色の顔まで真っ赤にして怒り、もう許すことは出来ないと幾度となくシルビィの臀部に電撃を浴びせた。




 「何でシルビィのおばちゃんは、お尻から煙が出てるんだ?」

 彼女は顔を横に向けており、だらしなく舌を出していて不気味だった。

 何事にもあまり動じないコロネだったが、この異様な光景を目を丸くして見ている。
 
 イグナは大体察しがついたようで、いつものジト目でウメボシに親指を立てている。

 「寝ている間に雷が直撃したのでしょう」

 ウメボシはニヨニヨしながらそう答えた。

 「治してあげたらぁ?」

 情けない姿で失神している中年のシルビィを、フランは心配そうに見つめる。

 「ほっときゃ治ると思いますよ、ツーン」

 周りの煩い声で、今しがた起きたヒジリは伸びをしながら小さく呟く。

 「変な夢を見た」と。

「んー! 内容までは覚えていないが、凄く気持ちの良い夢を見た。あの感覚は初めてだな。もしかしたら私がニュータイプに生まれ変わる為の布石だったのかもしれん」

「アタシはマシュマロを食べる夢を見たよ。ふわぁぁ」

 最後に起きたタスネも夢の話をする。

 その会話の内容にウメボシが何ともいえない微妙な顔をした。

 タスネやシルビィが主の股間に顔を押し付けていたなんて言えるわけもなく。

 ヒジリは近くで何かしらのダメージを受けて失神している騎士を見て驚き飛び起きる。

「シルビィ殿! 何があった? お尻がまっ黒ではないか!」

 ヒジリは失神しているシルビィを抱き起こす。

「シルビィ様は元々黒いタイツを履いておりますが・・・。命に別状はありません。マスターに良からぬ事をしたので電撃を浴びせただけです」

 シルビィは意識を取り戻し、朦朧とする目でヒジリを見つめ、彼に抱き起されている事に喜ぶ。

「ダーリンか・・・? 私は・・私は柔らかい桃源郷にいたのだ・・・。確かにそこにいたのだ・・・ふわっふわのパラダイ・・・、ガクッ!」

「シルビィ殿! シルビィ殿ーーーッ! ・・・ん? 桃源郷? よく解らんが、回復してやれウメボシ」

「エー! ヤダー!」

「ヤダー! じゃない! いくら地球ではないとはいえ、自由にやり過ぎだ。もう少し感情を制御したまえ」

「うーー。マスターに叱られた。はぁ、仕方ありませんね」

 ウメボシは目から白いぼんやりとした光線を出し、シルビィの全身を撫でるように照射する。

 すると彼女は直ぐに意識を取り戻した。

 ヒジリに向かって「もう大丈夫だ」と満面の笑顔で立ち上がると、屋敷の方から誰かやって来るのにシルビィは気がついた。

「シルビィお嬢様」

 昨日シルビィが酔っている最中、何度も屋敷に戻るよう催促し、断られていたイツカがは――――、恐らく一晩中待機していたのだろう。

「お嬢様、昨日はとても酔っていらしたようで。お水をお持ちしました。それから朝食の用意が出来ておりますが、どうしますか?」

「朝食はここで取る。ウメボシ殿の料理は絶品なのでな」

「かしこまりました。それから一度屋敷に戻り、湯あみなどされては如何でしょうか? 野宿でお体も汚れているでしょうから。その後、王宮で待つリューロック様に闘技場での一件、御報告をお願い致します。その際はタスネ様達全員も来るようにとのお達しです。あと、昨日の賭け事の換金は今日出来るようですので、私が代わりに受け取っておきます」

 イツカは冷たい水の入った水入れとコップを置き、シルビィとタスネから券を受け取るとお辞儀をして立ち去っていった。

「オッズは何倍だったのかしらぁ? エルダーリッチとの試合は無効だから最初の試合だけよねぇ?」

「私も試合に興奮していて、イツカに聞くのを忘れておったのだ。さっき聞けば良かったな」

 現金なフランはオッズを気にするも、結果は執事長の報告を聞くまでわからない。

 過剰に期待すると手痛いしっぺ返しを受けるという、漫画の落ちによくありそうなパターンを思い浮かべ、ヒジリは笑う。

「まぁ、あまり過度な期待をしない事だな。こういうものは大概がっかりする結果が待っているものだ」

「そそそそ、そんな事よりついにこの時がきちゃったよ。王様と会うんだよ? ぅぃ、胃が痛くなってきた・・・。皆って事はコロネも連れて行くんだよね? 王様の前であまりお転婆な事しちゃ駄目よ?」

 心配性のタスネは姉妹が粗相をしないか、今から気になって仕方がない。

「うん! イタズラはしない! それよりもお腹減った!」

 元気などら声が朝食を催促するので、ウメボシは料理を出すことにした。

 タスネの胃痛を心配して、朝食は消化の良い御粥と数千年前からある京都の老舗の漬物を再現したものを用意した。

 皆、この優しい味の御粥を食べて、癒しの魔法効果があるに違いないとほっこりし、漬物の美味さに驚く。

「質素な食事なのに何だか満たされた気分になる料理ね、不思議ぃ。ピクルスとドロドロのお米がこんなに合うなんて知らなかった!」

 フランが柴漬けを食べて幸せそうに言う。

「食後は直ぐにお風呂に入ってもらうぞ。臭い体のままで王と会うのは失礼だからな」

 シルビィは奈良漬を美味しそうにポリポリと食べている。

「一番酒臭いシルビィ様がそう言うと、とても説得力があります」

 ウメボシが冷たい声で即座に返した。

「ぐぬぅ。そうだ! ヒジリ殿も一緒に風呂に入らないか? どうだ?」

「マスターは基本的にお風呂に入る必要がないのです。体表を這うナノマシンが常に不要な老廃物を取り込んでエネルギーに変え活動しておりますので」

「よく解らんが、お風呂に入る必要がないというのは便利だな。確かにヒジリ殿から体臭がしない。寧ろ、甘くていい香りがする」

 ヒジリに鼻を近づけようとしたシルビィのその鼻先を、小さな静電気が走った。慌てて鼻を押さえ、ウメボシを睨みつけるが、イービルアイは知らん顔だった。
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