未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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仇討ち

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 秋もそろそろ終わろうとするある晴れた日。

 王都より少し離れた場所にある貧民街の酒場で、吟遊詩人が奏でる寂し気な曲を聞いてほくそ笑む女がいた。

「英雄オーガの悲しき最期って曲、如何にも悲しいでしょ? て感じで何度聞いても笑える~」

 隣にいた犬人の商人らしき男性が、驚いて樹族の女を諫める。

「あんた、何てこと言うんだい。オーガとはいえ、我が国を救った英雄だぞ!」

「はいはい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 厳しい顔でこちらを見る犬人に対して、手をヒラヒラさせてマギン・マグニスはカウンターを立つと外に出た。

 秋も終わりかけなのに今日は夏のように暑く、日差しが魔人族のひ弱な肌を焼く。魔法の幻で姿を変えているとはいえ、焼けるのは勿論自分の素肌である。

 光側の貧民街は闇側の貧民街と違って、動物の死骸や無気力なゴブリンやオークで溢れてはいない。誰もが働いていて、ワンランク上の中流の生活を目指そうと元気よく働いている。

 光側の貧民街に住む事は別に恥でも何でもなく、富裕層地区や商人地区に比べて貧しいというだけで、頑張れば何時でも中流層地区に住むことが出来た。なので、ただの下町という雰囲気だ。

 物や人の往来の激しい活気ある通りを、噴水のふちに座ってマギンは眺める。

(あの無敵のオーガも、樹族の騎士にかけた呪いで――――、間接的にだけど殺しちゃったし、やることなくなっちゃった。暇過ぎ~。もう少し遊んであげても良かったかな~って感じ。アチシの努力を尽く無駄にしてくれたからね、ついカチンときちゃったりなんかしたりしたのは、失敗だったかな~っていうか~。でも依頼だし、しょうがなくね~?)

 マギンはふと視線を感じ視線の主を探した。

 頬のこけた陰気な女騎士が、従者と思われるフードを被った地走り族に耳打ちをされながら、こちらを見ている。

 マギンは嫌な予感がしたが、毎回姿を変えているので正体がバレる事はないという自信があった。何か怪しまれても大抵、とぼければ事は収まるからだ。

 しかし今回は違った。

 騎士が両手を此方に向け、何かを掴んで捩じる様なポーズをとった。

 と、思うと突然マギンの両腕と両足がへし折れ、彼女は苦痛で顔を歪めて、地面に這いつくばった。

 何が起きたのか解らず、ただ痛みに呻くしかできない彼女に、女騎士は走り寄ってマギンの腹に勢いのまま蹴りを入れる。

 さっきまで飲んでいたワインが胃液と混ざり合って、路上を濡らした。

「ブエッ!」

 マギンの胃液で拳が汚れようがお構いなしで、女騎士は狂ったように殴り掛かかる。

 馬乗りで女騎士が一般市民を殴るこの異様な光景に、周りの人々からはどよめきが起こった。

「おい、あの騎士、もしかして怒りの精霊に飲み込まれているんじゃないのか?」

 ただただ無言でマギンを殴り続ける女騎士があまりに痩せこけていたので、誰も彼女がシルビィだとは気が付かなかったのだ。

「やめっ! フゴ! ゴハッ!」

 シルビィは「あぁぁぁぁぁぁ!!」と雄叫びをあげ泣きながら、魔人族の姿に戻ったマギンの腫れあがった顔を暫く殴り続けた。

 彼女の涙に呼応するように、晴れやかだった空は曇り、雨が激しく降りだしたので野次馬は散り、雨音はシルビィの雄叫びをかき消した。





 マギンが意識を取り戻し、狭い視界で最初に見たものは、陰鬱な顔をしたシルビィと恰幅の良い体系の拷問官だった。

 舌に乾いた痛みが走る。呪文を唱えられないように口枷がしてあった。

 頭は丸坊主にされ思考を読む為の、希少な魔法の針が浅く頭皮に突き刺さっているのが、目の前の姿鏡で解った。

「本名、マギン・シンベルシン。魔人族。年齢五十歳。ふむ。種族問わず、沢山の者を殺しておりますな。ほほぅ、クロス地方の子爵一家惨殺も、君の仕業だったのかね。ほかにも名だたる貴族や司祭、闇側では、ルブ・ウィン、ルビ・ウィン・・・。ウィンという苗字・・・と! いうことはまさか・・・」

 シルビィが用意した高価で希少な魔法の針は、魔法水晶にマナで繋がっている。ゲルシは【知識の欲】では引き出せない情報を見て驚く。

「そのまさかだな。このクズは同族すら簡単に裏切る。魔人族は同族を裏切らない、と聞いたのだがな」

 以前の様な力と活気に満ちた声はそこにはなかった。

 あと少しで闇落ちして闇樹族になるのではないかと思えるほど冷たい声で、シルビィはマギンをクズ呼ばわりしている。

「何故、自分の正体がバレたのか納得がいかないという顔をしているな。お前は気にしてなかったのだろうが、シオ男爵に仕える騎士が、お前の正体を見ているのだよ。下級騎士が吸魔鬼に魅了されているからといって油断し、真の姿を晒したのは迂闊だったな。騎士に【変装】を見破るアイテムを持たせて探せば、お前を見つけるのは実に簡単だった。まぁ金はかかったがな。いくつかの確証や証拠を得る為に、エリムスの記憶から、情報を引き出すのは特に。ウィザードに支払った金は幾らだと思う? なんと、金貨千枚だ! ハハッ! さてさて、英雄殺しのマギン殿。呪いでエリムスを操り、私の愛おしい人を殺したのは、お前だな?」

 そう言ってマギンの骨折した腕の部分を、シルビィは殴った。

 暗殺者の口を強引に開かせる口枷からは、涎と「おおお」と呻く声が出る。

「お前はこういう変態的な拷問が好きなんだろう? ドワーフに捕まったお前を見た者から聞いた事があるぞ。お前は自分が好む死に方が出来るのだ、感謝しろ。どの道、この国には魔人族を排除する法がある。・・・まぁ元々お前のようなクズを闇側に引き渡すつもりはないが。もう一度言う。お前は死ぬのだ。苦しんで苦しんで、苦しみぬいて死ぬのだ」

 シルビィはマギンの腕の同じ場所を、もう一度殴った。

 マギンは固定された頭を小刻みに震わせて呻き、腕から走る芯の強い痛みで気を失いそうになる。

(ちきしょう・・・。ちきしょう・・・)

 いつも人が死んでいく様を見て喜んでいるマギンは、今日初めて死にゆく者の恐怖や絶望を知った。

 シルビィの目には、この殺人鬼を許さないという揺るがない決意が浮かんでいる。

 マギンの記憶を探っていたゲルシが急に悲鳴に近い声を上げたので、シルビィは視線をそちらにやった。

「ひぇぇ! シルビィ様! これを!」

 魔法水晶に浮かぶ人物を見て、今まで無表情だったシルビィの顔が驚きと困惑に歪む。

「何? 何故あのお方が・・・! ええぃ!」

 抑えきれない怒りの矛先をマギンに向け、腹を殴る。

 鳩尾に入ったのか口枷から漏れる声は「おおお」ではなく、「カハァーッカハァー!」と空気を欲して喘ぐ音だった。

「よし! ここにジュウゾを呼べ。相手が何者だろうが! これは陛下の命令だ! ・・・私の権限は陛下以外であれば国中、どこにでも、誰にでも及ぶぞ! 愛しき者を死に追いやった罪を! 必ず償わせてやる!」

 天を仰いで笑う女騎士の姿に闇を見たゲルシは、恐ろしくなってその場を足早に去った。




 それから三日後。

 魔法院の廊下をブーツの音が煩く響く。

 鎧を着込む彼らの後ろに続く者達は、足音どころか衣擦れの音すらない。

 廊下ですれ違う下級メイジ達は、魔法院に滅多に来ない二つの部隊を不思議そうに見送った。王国近衛兵騎士団独立部隊と、裏側と呼ばれる隠密部隊だ。

 魔法院院長室と書かれた扉をシルビィが蹴り破ると、中からゴゥと音を上げて【火球】が飛んできた。

 シルビィは表情一つ変えずに魔法のターゲットシールドでタイミング良くそれをはじき返すと、【火球】は跳ね返り、魔法を撃った本人であるチャビンの弟子に見事命中した。弟子は顔面に大火傷を負って倒れる。

「ほう? いきなり攻撃とは話し合いもする気はなしか。良いぞ。この日の為に大金をかけ、装備を一新した甲斐があった」

 シルビィの鎧は白からヒジリのパワードスーツのようにマットブラックに変わっており、模様も同じく所々に稲光を模したものがついていた。

 魔法純金がふんだんに使われており、魔法の威力を半減させ、四分の一の確率で無効化する。これは出来得る限りの――――、これ以上ないほどの対メイジ用の鎧である。

 魔法無効化を極めた付魔師は世界で四人ほどしかいない。シルビィのいる西の大陸ではただ一人だけだ。なのでこれまで貯め込んできた金貨の殆どがこれに消えた。

 魔法のターゲットシールドはタイミングさえ合えば、魔法を弾くので、実力次第では魔法無効化確率は四分の一以上はある。

 この二つの装備だけでも豪邸が十数件もたつ。今まで使う事のなかった全財産をシルビィは最高の装備に注いだのだ。他者から見れば異様とも思える執念だ。

 他にも能力を向上させる指輪などを装備しており、最早歩くマジックアイテムと化したシルビィは、ジュウゾ達や部下の援護を必要とせずただ一人、師範クラスのチャビンの弟子達に対して圧倒的な力を見せていた。

 シルビィに魔法を弾かれては、次々とメイスの前に沈む弟子達を―――。広い部屋の奥にある、豪勢な椅子に鎮座して見つめるチャビンは無表情だ。愛弟子たちがシルビィの攻撃で死のうが他人事のような顔をしている。

 白い壁を魔法灯が明るく照らすのとは対照的に、老師が座る場所には自然光が入り、小さな森を作っていた。

「ふん。爺め!」

 シルビィは余裕を見せる老魔術師に毒づいた。聞こえるように言ったはずだが、反応は微妙なものだった。

 彼の被るつばの広い帽子が影を作り、顔を隠すので細かい表情までは読み取れないのだ。

 無類の強さを見せる自分に対し、余裕を持って笑っている、とシルビィは感じた。

(もう後には引けないぞ、チャビン。お前の弟子たちは問答無用で攻撃を仕掛けてきた。これは樹族国を敵に回したも同然。いつまで笑っていられるやら)

 憤怒の騎士が全ての弟子を床に這いつくばらせた頃、ジュウゾ達は老師から一定の距離を空けて取り囲んでいた。

 裏側の長は、念の為魔法院の最高責任者に敬意を持って語り掛ける。

「何か言いたい事は有りますかな? 魔法院院長殿」

「若い皆さんは、樹族の古い掟や禁忌を御知りですか?」

 頓珍漢な答えが返ってくる。

「知らん! 死ね!」

 聞く耳を持つ気はない、とばかりにシルビィは赤い髪を逆立て【大火球】をチャビンに放つ。

 しかし地面から太い木の根が現れ、身代わりとなって燃える。老師への攻撃を防いだのだ。

「年寄の話は聞くものですよ」

 シルビィはそれを無視して、次々と得意とする【火球】を放ち、邪魔をする木の根を焼いていく。

「腐った木に張る根など何の脅威でもないわ。腐った木とはお前の事だぞ、光と土のチャビン」

「あまり調子に乗るなよ、小娘」

 シルビィの挑発で本性を現したのか、チャビンは戦闘には不向きな帽子を脱ぎ捨て、騎士を睨む。差し込む自然光が窪んだ眼窩と鼻の下に影を作りだす。

「老いぼれの癖に忍耐力がないな。安い挑発で、もう怒り心頭か! フハハ!」

「黙りなさい」

 空中から無数の石つぶてが現れて、笑うシルビィや騎士たちを襲う。

「私の得意とする土の魔法は他の魔法と違って、物理的特徴を色濃く出す。その高速で飛ぶ石つぶても、基本の魔法玉に石の特徴を纏わせただけの実にシンプルな物。こういう物理的でシンプルな魔法程、樹族には・・・」

「煩い。勝手に喋るな。クズ虫」

 シルビィは石つぶてを全て魔法の盾で弾いた。

 騎士達が石に当たりダメージを受けて倒れる中、石つぶてを全て弾いた女騎士にチャビンは驚く。

「ほほ? 無傷とな? 面白い」

 ジュウゾが【風の壁】でシルビィへの攻撃を幾らか防いだ所為もあるが、物理攻撃対策を疎かにしやすい光側の者がダメージゼロというのは、驚愕に値するのだ。

 シルビィはチャビンに歩み寄りながらメイスで自分の肩を叩いた。いつでもお前を殺せるぞという余裕の態度を見せつけているのだ。

「少しだけ喋らせてやろうか? 何故我が国の英雄を殺した?」

「あのオーガは樹族の禁忌に触れていたゆえ。あの装置を捨てるかして、調べようとしなければ・・・。今も生きていたやもしれん。あの装置は宇宙からの外敵を呼び寄せる可能性がある。ヒジリ殿はオーガにしては賢過ぎた。それが災いとなり寿命を縮めたのだ」

「装置だと? イグナが持っていたあれか。そんなに大事な物であれば、こっそり盗んで魔法院で厳重に保管しておけばいいだろう」

「それが一番危ない。ウィザードは好奇心旺盛過ぎてな。未知なる物に目がない。魔法院に置けば、いつか研究対象となっていただろう。それでは意味がない。あの装置を価値のないガラクタ、とウィザードどもに思わせているのが一番なのだ」

「エリムスに監視させ、奴の目を通して貴様がヒジリ殿を監視していたのか? そしてどこで知り合ったかは知らんが、足が付き難いよう事前にマギンにオーガ暗殺を依頼して、間接的に呪いをエリムスに付与し、時が来れば彼の呪いを発動させるようにお前が操っていたわけだな?」

「よくそこまで調べたものよ。ホッホッホ。流石は捜査能力に長けた部隊なだけはあるな、貴族殺しのシルビィ隊長」

 ――――貴族殺し。

 シルビィ隊はかつて謀反を起こした貴族達を虐殺した事からそう呼ばれている。しかし、シルビィはチャビンの挑発には乗らなかった。

「なぁ老人。昔からの禁忌を破る事と、罪なき者を殺す事、どちらの罪が重いと思う?」

「禁忌を犯す事なり」

「残念。我が国の法に禁忌など盛り込まれてはおらん。よって人殺しの罪の方が重い」

「禁忌は法を超える」

「誰がそんな事を決めた? 陛下か? 国民か?」

「これも樹族の為である」

「答えになっていないな。誰が樹族の禁忌を守れとお前に頼んだのだ?」

「知識がそう答えを導きだした」

「結局は貴様の脳が勝手に生んだ幻想かもしれんだろうが! 馬鹿者め!」

 シルビィは【粉砕の焔】のポーズをとる。

 魔法防御が難しく、無効化でもしない限り防ぎ難いこの魔法は、習得難易度がとても高く、火属性の捕縛系魔法の最上位に位置する。なので使いこなす者はあまりいない。マギンの四肢を砕いたのもこの魔法である。

 【粉砕の焔】のサインを確認したチャビンは、騎士達や裏側の放つ魔法を【魔法障壁】で防御しつつ、最大限に高めた【偉大なる光】をシルビィに向けて唱えた。

 骨のように細い老師の片腕が砕け、シルビィには強い光がつき纏う。

「私は腕一本を犠牲に、お前は視力を完全に失った。仲間の援護とて力不足だ。さて、どちらが有利かな? フェフェフェ!」

「今だ! 頼む。光を相殺してくれ!」

 懐から事前に用意していた石を取り出し、手でギュッと握ってシルビィは地面に置いた。 

 シュッという音と共に現れたのはイグナだった。

 石を通じて転移してきた彼女は、光に苦しむシルビィにワンドを向けた。

「闇よ包め!」

 そう唱えると、本来ならば視界を奪う闇魔法【闇包み】は、シルビィを優しく包み込み、光を相殺し心に安らぎを与えた。

 目を開けて視力の回復を確認したシルビィは、あまり得意ではないが火以外の魔法をチャビンに向けて牽制として放つ。

「必ず、殺す!」

 シルビィは魔法で牽制しつつジリジリとチャビンに近寄り、メイスで仕留める機会を探っていた。

 騎士達も攻撃魔法で隊長を援護しつつ、同じ様に接近戦に持ち込もうとしている。

「させんよ」

 片手で【魔法障壁】を発生させ、飛んでくる牽制の魔法を老師は防いだ。

 素早く【魔法障壁】を消して、新たに詠唱を開始すると、大きな岩が彼の前で具現化する。

 その大きな岩が独立部隊隊長に直撃する。

 普通であれば即死クラスのダメージだが、彼女は額から血を流している程度で済んでいる。

「名前ない、独自開発の土魔法ばかりだな。本来土属性に攻撃魔法はない。動きを封じたり、防御力を上げるなどの補助的な物ばかりのはずだ。言いたくはないが、流石は魔法院の長」

 シルビィを補助魔法で守りながらチャビンを観察して弱点を探っているジュウゾはそう呟く。

「中々しぶといな小娘」

「執念だ。お前を倒して仇を討つという執念が、私を立たせているのだ」

「よしんば仇討ちが出来たとして、その後はどうする? 禁忌を破る者を放っておけばこの星はいずれ・・・」

「黙れ! 貴様の言う禁忌など糞食らえだ!」

 飛んでくる岩を避けて近づき、メイスの一撃をチャビンの頭に叩き込もうとしたが、岩の壁が現れてそれを防いだ。

 シルビィは逆に、チャビンが新たに作り出した岩の塊の直撃をもろに受けてしまい、後ろに吹き飛んだ。

 次々と弾丸のように飛んでくる石つぶてが現れ、裏側や騎士達にも直撃し、もはや辛うじて立っていられるのは、シルビィとジュウゾの二人だけだった。

「ん? あの少女はどこだ? まぁ大凡の予想は付く」

 空気が揺れて黒い影がチャビンの近くに現れた。その影はチャビンの予想通り攻撃を仕掛けてきた。

「残念だったな、イグナという名前だったかな? ん?」

 【岩の壁】で少女の繰り出した短剣の一撃を防いだが、攻撃を防いだことで、崩れ落ちる岩の向こう側に見えた顔は、覆面のジュウゾのものだった。

 遠くに立っているジュウゾはデコイで、目の前にいるのが本物のジュウゾだと察した時には既に遅く、ジュウゾとは反対側の空間が揺れた。

 そこに現れた闇を纏う黒髪の少女は【死の手】でチャビンに触れようと手を伸ばした。

「やはり残念じゃったな。これも経験の差というものか。ワシほどになると、何手でも先が読めるもんじゃ」

 ゼロ距離で風魔法【衝撃の塊】をチャビンは発動させる。ドウゥと音がしてイグナは吹き飛んだ。
 
「ゴホッ! ゴホッ!」

 吹き飛ばされたイグナは背中から床に落ちて、苦しそうに咳をし、血を吐く。

「土魔法を極めるとな、どうしても風魔法の威力が落ちるもんなんじゃ。運が良かったなお嬢ちゃん。その程度の怪我で済んで。次は即死させてやるから安心せい」

「させるかぁぁ!!」

 いつの間にかチャビンに近づいていたシルビィは、メイスに渾身の力を込めて振り下ろした。

 と同時にジュウゾも魔力の篭った即死級の手刀を、チャビンに繰り出す。

 ―――ガキッ!

「言ったじゃろ? 何手先でも読むと」

 地面から生えた、岩のゴーレムの巨大な手が二人の攻撃を防ぎ、ついでのように叩き飛ばす。

 地面から生えるようにして現れたゴーレムは、地面に倒れる二人を更に払いのけるように弾き飛ばした。

「ぎゃう!」

「ぐわっ!」

 ヒェヒェヒェと、チャビンはゴーレムの頭の上に乗って笑う。

「もう、動けまいて。室内戦では大人数で戦えない事が仇となったな。少数精鋭で挑んだつもりじゃろうが、大したことなかったわい。外で待機しておる騎士たちも、このゴーレムで捻り潰してやろう。樹族国はこれからは王国ではなく我が支配下で魔導国となるのじゃ!」

 意識が朦朧とする中で、シルビィは近づいてくるゴーレムを見て泣いた。

「すまない、ダーリン。仇は討てなかった。しかも貴方が大事にしていたイグナを巻き込んでしまった。許してくれ、ダーリン・・・」

 ふとイグナを見ると、何とか踏ん張って立ち上がろうとしている。

「ダメだ。もう立つなイグナ。歯向かおうとせずに逃げるんだ。転移石で逃げろ・・・」

 シルビィの視線を追ってチャビンはイグナを見る。

「ほう? まだ立ち上がれるのか? 確か君は一度見覚えの能力者じゃったな。もしかしたら厄介な魔法を覚えているかもしれんし、真っ先に殺すべきじゃったかの。勿体無いがのう」

 イグナを見た事で、チャビンが自分の視線を追ってしまったのだ。シルビィは激しく後悔した。

「待ってくれ! 彼女を殺さないでくれ・・・!」

 しかし蓄積したダメージのせいで声にならないその声は、チャビンに届かない。

「頼む・・・。頼むから・・・」

 ゴーレムは小さな魔法使いイグナへと足を進める。

 迫りくるゴーレムにイグナはあらゆる魔法を撃った。しかしチャビンの【魔法障壁】がそれを阻む。

「助けて・・・」

「ほほっ!命乞いかね? 凡才であった私が、何故この地位まで登りつめたと思う? 非情だったからじゃよ。あらゆる手段を使ってライバルを殺し、彼らの持つ秘蔵の巻物を奪って魔法を覚えた。それからゆっくりと自分の才能を伸ばしたのじゃ。誰に邪魔されることもなくな。・・・お前も邪魔なライバルになりうる存在。ワシほどの者に殺されるのだ、名誉に思ってくれ? ではな」

 ゴーレムの拳が握られた。イグナを叩き潰す気だ。

 イグナが精一杯の叫び声を上げる。どんな時でも自分を守ってくれるオーガの名を。
 
「助けて・・・! 助けて、ヒジリーーーーー!!!!」

「呼んだかね?」

 飄々とした声と同時に室内に雷が鳴る。

 チャビンはその雷の落ちた場所を訝しげに見つめたが、煙でよく見えない。

「誰じゃ? このタイミングで雷魔法を撃った奴は。残念だが命中はしなかったようじゃ・・・。ん?!」

 煙の中から大きな人影と丸い球体が見える。

「何とか間に合いましたね、マスター」

「ああ、別の場所に転移したら、どうしようかと思ったぞ」

「前方に岩で出来た人型の何かを確認。頭に老人が乗っています」

「私の可愛いイグナをズタボロにした罪は重いぞ、チャビン。新型のパワードスーツにはまだ慣れていないのだ。加減ができなくて消し炭になってしまっても、私を恨まないでくれたまえよ」

「ヒジリ・・・!」

「ダーリ・・・ン?!」

 雷の化身のように紫電を纏うオーガにチャビンは慄き、シルビィは喜びに震える。

 神が最期に見せてくれた幻影だろうか?

 シルビィはそう思いながら意識を失った。

「シルビィやジュウゾは無事か? ウメボシ」

「失神しているだけです」

「そうか」

 冷静な声でそう反応すると、ヒジリはゴーレムに向かって大きく跳躍した。
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かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

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