未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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弄ぶ毒婦

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 明け方に外が騒がしくなりウメボシが目を覚ました。長い睫毛が数度、上下に動く。

「何事でしょうか?」

 すかさずフォースフィールドの中のマギンを見て、彼女がまだ意識を失ったままなのを確認する。

「賊の類でしたら直ぐに解るはずですが・・・。マスター、起きて下さい」

 サヴェリフェ姉妹と共に大きなベッドで寝ていたヒジリは、両脇にいるイグナとフランを起こさないようにそっとベッドから離れた。

 別のベッドで寝るリツは既に目を覚ましており、上半身を起こして耳を澄ませている。

「女性の嘆く声が聞こえてきますね」

 そう言ってメガネを掛けるリツに、ヒジリは念のためここに残って姉妹を守るよう頼んだ。

「構いませんわよ。基本的に私は傍観者ですので、積極的に協力はしません。ですが、お世話になっている以上、ヒジリ王の大事な人達ぐらいは守ってみせましょう」

「助かる」

 ヒジリは自立している超極薄のパワードスーツの開いた背中から入り、そのままテントを出て、ウメボシと共に嘆き声がする方へと向かう。

「テルケシ! テルケシィ・・・」

 声のする家の前まで来ると、子供の名を呼ぶ母親の声が聞える。

 ヒジリは嫌な予感がした。こんな時間に子供の名を呼んで泣き叫ぶ母親がいるのだ。家の中でろくなことになっていないのだろう。

「ヒジリだ。入るぞ」

 入るぞと言ったものの――――、この村の家はエポ村のようにどれも小さい。ドアを開けて中を覗くことしか出来なかった。

 覗いた途端、ヒジリのパワードスーツの極薄の装甲が浮いて、放熱を開始した。周囲に排気熱と水蒸気を撒き散らしてヒジリは怒った。

「マスター、感情のコントロールを」

「解っている!」

 感情抑制チップが正常に働いているのか、ヒジリは直ぐに冷静になる。パワードスーツの放熱が止んだ。

 母親は、刺突武器で心臓を貫かれて絶命している息子を抱きかかえて泣いている。隣で父親が母親の背中を擦り、ヒジリ王の存在に気がついて寄ってきた。

「陛下・・・。我が子が! 何者かに殺されて! 何でうちの子なんかが・・・」

 テルケシと呼ばれた男の子が、宴の時に美味しそうにケーキを頬張っていたのをウメボシは思い出す。

「マスター、直ぐに蘇生しましょう」

「いや、駄目だ」

「何故でしょうか? ここ最近のマスターは簡単に人を生き返らせています。この子を生き返らせたところで、何の問題があるのでしょうか?」

「そういう話ではない。今生き返らせたところで、また殺されるかもしれんだろう」

 ヒジリはあまり悪態をつかないように育てられているが、それでも心の中で「クソッタレ」と吐き捨てた。

(どういうことだ? マギンはずっと気絶したままだ。もしマギンが魔法か何かでやったとしたのならば、何故、無関係の子供を殺す? 狙うなら私か私と関わる者を狙うだろう。それともこの人殺しは、マギンとは関係ないという事なのか? 賊が入り込んだなら、直ぐにウメボシが気がつくはずだ。【姿隠し】を使おうが、魔法を解いた瞬間にウメボシは気がつく)

「さっさとジュウゾのもとへマギンを送れば良かったか・・・。しかし長距離の転移となると遮蔽フィールドの影響を受けやすい・・・」

 そう独りごちてから母親に声をかける。

「その子は仮死状態なだけだ。後々元気な姿を見せてくれるだろう。大丈夫だ」

 両親は驚いてポカンとする。我が子は確かに突き専用の暗器で心臓を貫かれている。誰がどう見ても死んでいるのだ。

「死んでいない、というのは本当ですか?」

「ああ、大丈夫だ。私は王だ。民を統べる王の言葉は重い。信頼してくれていい」

 両親は息子の胸にもう一度目を見やる。

 もしかしたら息子を刺した武器は魔法の武器で、相手を仮死状態にする効果でもあるのだろうか? と考えて父親は【知識の欲】を唱えて確かめた。

 が、そのような情報は出てこない。ただの銀の装飾が施された鍔と柄のある小さな武器だ。

 救いのない情報の中に、武器の持ち主の名前を発見して父親は嗚咽を飲み込んでヒジリに伝える。

「この武器の持ち主は、マギン・シンベルシンです! 陛下」

「やはりか・・・」

 玄関の外で顎を擦る王の影から、覆面姿の男が現れた事に気がついた父親は、ワンドを構えたが手裏剣で弾かれてしまった。

「陛下! 後ろです!」

 必死に叫んで注意を促すも、王が動く様子はない。顎を擦ったままだ。

「早かったな、ジュウゾ殿」

「ジュウゾでよい。立場上、貴様の方が上だからな」

 ヒジリの方が立場は上だと言いつつも、貴様と呼ぶ影の長は辺りを見渡す。

「マギンは何処だ? ヒジリ陛下」

 人前だからか、ヒジリを陛下と呼ぶ事にしたジュウゾは、国王の次の動きを待つ。

「こっちだ、ジュウゾ」

 いつでも怒りが蒸し返しそうなヒジリは、なんとか自制してジュウゾをテントへと招いた。

 

 大きなドーム型のテントに入るやいなや、ジュウゾは厳しい顔をした。そして鋭い目でヒジリを見て首を横に振る。

「王がマギンだと思っているベッド上の人物はただの冷たい肉人形だ。一体誰の死体やら」

 影の長はヒジリに失望しているのだ。マギンだと思っていた人物は、いつの間にか村人以外の死体に変わっていた。
 
 ヒジリが口を開こうとすると、テントの入口からガノンの芯のある低い声が聞こえてくる。

「陛下、今しがた子供が刺された家の様子を見てきたのですが、何があったのでしょうか?」

「ああ、賊が入った。あの子供は死んだように見えるが、死んではいない。賊は直ぐに見つけるから心配は無用だ。皆、なるべく家から出ないようにしてくれたまえ」

 大した事は起こっていない、といった口調で王にそう言われ困惑するガノンは、ちらりと覆面の男を見る。

「う! 裏側! 何故ここに! 陛下は裏側と繋がりがあるのですか?!」

 王や王族の汚れ仕事を一手に引き受けるこの組織は遥か昔から存在し、貴族の間では忌み嫌われている。これに比べて最近出来た(と言っても樹族の時間感覚で)王国近衛兵独立部隊などは、まだ大義があって動いているのでまだマシなほうだ。

「君は私が樹族国の元奴隷だということを知らないのかね? そこでこういったコネクションを培うものだ」

「では、陛下は我らの村を滅ぼすと? 他国の暗殺者によって目の前で国民が殺されるのを、黙って見ているおつもりで?」

 ワンドを素早く取り出し、ジュウゾに向かって【氷の槍】を撃ったが、それをヒジリの手のひらが遮ってかき消した。

「そんな! 魔法が!」

 恐らく今魔法を撃ったのだろうと感じたヒジリは咄嗟に手を出したが、抜群のタイミングで氷の槍をかき消していたのだ。

「何の話をしているのかね? 彼は樹族国の脱獄犯の引き取りに来たのだ。君たちを殺しに来たのではない。そもそも私がそんな事をさせるものか」

 まだまだこの村とは信頼関係が築けてないなと感じたヒジリは少し残念に思う。

「なんと。早とちりしてしまい、恥ずかしく思います。申し訳ありません」

 ガノンはそう王に謝るも、腕を組んでこちらを睨むジュウゾを睨み返した。この村にやって来るのは盗賊や魔物ばかりではない。樹族国の貴族が雇う暗殺者も来る。

 頻度こそ高くはないが、村人の幾人かが彼らの不意打ちで殺されているのだ。この村には王族に仕えていた元貴族も多い。

 今の状況を考えて、ガノンは密かに思う。

(マギンを捕らえに来たのか、裏側が村人の誰かを殺しにきたのか。五分五分の確率だ)

 ウメボシの施しで王に忠誠を誓おうと思った自分の心が揺らぐ。

(ヒジリ王が裏側と繋がっているなんて)

 ガノンは唇を噛んで一礼すると、テントの入り口から離れていった。

「裏側とは随分と嫌われているものだな、ジュウゾ」

「ふん、嫌われたからなんだというのだ? 陛下」

 この仕事は、相手の感情を考慮して出来るものではない。愛する者も、情けも捨て、時にはそれらを殺して王の命令を遂行するのだ。もしシュラス王がヒジリを殺せと命じれば、勝てる見込みがなくとも遂行しなくてはならない。

「さて、ヒジリ陛下。この村にマギンが潜んでいる事は解った。私もマギン探しに協力しよう。きっと奴は今頃、陛下を苦しませる事に喜びを感じているだろうからな。子供を狙ったのも、子供を殺されると陛下が激昂すると知っているからだ。彼女は陛下の心を弄んでいる」

 これまで尽く邪魔をしてきたヒジリを観察していた時期が、マギンにはある。だからヒジリが子供を殺されると精神的ダメージを受ける事を熟知しているのだ。

 真っ向勝負で敵わないのなら、精神を削って廃人にしてやる、という気の長い作戦なのだろうなとジュウゾは考える。

(それにしても、この魔人族の女は誰だ・・・)

 恐らく、この女をマギンだと思わせて、監視の目を彼女に向かせる作戦だったのだろう。

 ヒジリも同じことを考えていたのか、小賢しい策を講ずるマギンに少し苛立った。

(もし、ジュウゾが来ていなければ、私はマギンが村に潜んでいる事に気が付かなかっただろう。今頃は、殺人鬼の手の上で間抜けに踊っていたかもしれない)

「追跡用ナノマシンは村中に散布したか? ウメボシ」

「勿論です、マスター」

「さぁ覚悟しろ、マギン。今の私は、お前の一族郎党を消し去っても悔いはないぞ」

 ヒジリはバチンとグローブを叩き合わせると、マギンを追い詰める準備は出来たと言わんばかりにそう言った。
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