未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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酒場での決闘

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「君たちは、樹族国から来たのかい?」

 ガノンは警戒させないように、なるべく自然な笑顔で犬人の家族に近づいたつもりだった。

 しかし人懐っこい事で有名な犬人の彼らは、怪訝そうな目でこちらを見ている。

 何も答えない犬人達を見て、ガノンは空腹過ぎて、答える気力がないのだと判断した。

 大通りにある露店の中から犬人が好みそうな、豚肉のソーセージが挟んであるホットドッグを三つ買って、家族の前に差し出す。

 犬人達はそれを貰うかどうか迷っていたが、子供が空腹に負けてホットドッグを手に取ると、父親と母親も続いた。

 父親はまだ警戒しながらホットドッグにかぶりついていたが、尻尾を振っているので喜んでいるのが解る。

 ガノンは彼らが食べ終わるまで待ってから話をしようと思ったが、犬人の家族は余程お腹を空かせていたのか、見る間にホットドッグを食べ終えてしまった。

 生き返ったと言って、まだ口の中に残る味の余韻に浸る父親に、水の入った革袋を渡すと、彼は一口飲んでポツリと自身の境遇を語り始めた。

「私たちは・・・、奴隷商人に攫われました」

「なに? 馬鹿な。ヒジリ陛下は、この国から奴隷商人を一掃したはずだぞ」

「それが・・・。我々をここに連れてきたのは樹族ですから、この国はあまり関係ないのだと思います」

 ガノンはそれを聞いて、同族のした行いに恥ずかしくなり、下唇を噛む。

 闇堕ちして姿が変わったとはいえ、犬人の家族が最初に自分を見て警戒したのは、そういう事だったのだ。

「奴隷商人はゴブリンに変装していました。この国に不法入国し、我々を売ろうとしたのですが、グランデモニウム王国では我らが英雄オーガ、ヒジリ様によって奴隷売買が禁止されている事を知らなかったのです」

 犬人の口から我らが英雄オーガと聞いて、ヒジリ陛下が樹族国でも有名人だった事をガノンは実感する。王の英雄譚は噂でしか聞いた事がなかったからだ。

「で、困った奴隷商人は、君たちをどうした?」

「絶望平野に捨てていきました・・・」

「なんだって! あんな所に捨てられたら・・・! 丸腰の者は一瞬たりとも生きてはいられない!」

「はい・・・。私達獣人以外の奴隷は、アンデッドや魔物の餌食となりました。私たちは五感と身体能力が優れていますので、何とか忍びながらこの街までやって来たのですが、それでも途中何度も魔物に襲われて、死にそうになりました・・・」

 ガノンは、ここまで魔物に襲われながら必死に逃げてきた家族の恐怖を察し、目に涙を溜めた。そして死んでいった他の奴隷達の冥福を祈る。

「樹族の奴隷商人か・・・。宰相をしていた頃に聞いた事があるな。公認奴隷商人の元締めをしている貴族がいると・・・。名前は確か・・・、ソラス! ソラス・ワンドリッターだ! だが今はそんな事はどうでもいい。取り敢えず君たちには宿屋をとってやろう。ゆっくり休むといい。と言っても、私は大して金は持ってないから一番安い宿屋で頼む」

 貧乏な自分を自嘲し、恥ずかしそうにして笑うガノンに、犬人の父親は驚いて恐縮する。

「そんな! 見知らぬ方に、そこまでして頂くなんて!」

「私は同族の恥ずべき行いを償いたいのだ。樹族の汚さは、樹族である私が一番知っている。どうか罪滅ぼしをさせてくれ」

「その申し出は、涙が出る程嬉しいのですが、気を悪くしないでください。その・・・、一晩の寝床が見つかったところで我々に先はありません」

「なぜだ?」

「先ほど貴方が言ったように、樹族の奴隷商人は貴族と繋がりがあると思います。もし我々が樹族国に帰った事を彼らが知ったら、我々を口封じしにやって来るでしょう。なにせ樹族国で普通に暮らしていた我らを攫って売ろうとした極悪人ですよ?」

「あぁ! そうだな! くそったれめ!」

 樹族国の元宰相は、悔しさを右手の拳に乗せて、左手のひらに激しく打ちつける。

 当時、もっと貴族としての駆け引きが上手ければ、この可哀想な家族はここにいなかったかもしれない。

 シュラス陛下に宰相に任命され、舞い上がり、青臭い理想論ばかりで政治の世界を渡ろうとしていた自分が恥ずかしい。

 結局は、利権を貪る貴族達を丸め込む術を知らず、ただただ誰にでも良い顔をするだけの、力なき政治家だった。

「だったら・・・。暫く俺達の村に住めばいい。我々はヒジリ陛下と面識もある。きっと君たちの面倒も見てくれるはずだ」

「本当ですか?! 何から何まで・・・」

 お礼を言おうとした父親の腹が、グゥ~と鳴る。

「ハハッ! ホットドッグ一つじゃ足りないか! 悪かった。近くにオーガの酒場があるからそこで食事をしよう」

「すみません・・・」

 犬人の父親は恥ずかしそうに頭を掻いたが、食事にまたありつけると知って、尻尾をブンブンと振った。




 ガノンが犬人の家族を連れて大勢で賑わうオーガの酒場に入り、座れそうな席はあるかとざっと酒場の中を目で探す。

 巨人が何人でも寝ころべそうな広い酒場を、見渡した視界の中にガノンは違和感を覚えた。

 丸テーブルを囲む数人のゴブリンにの横を通り過ぎ、視線をもう一度戻すと、今度はそこに樹族の姿が見えたのだ。彼らは堂々と酒場で酒を飲んでいる。

 酒場の客は誰も、自分たちの中に樹族が紛れ込んでいるとは気づいていない。

 それもそのはず、樹族たちは魔法で変装しているからだ。見つかれば即、樹族嫌いのゴブリンやドワーフに殺される可能性もあるのだが。

「馬鹿なのか、肝が座っているのか・・・。魔人族が来たら一発でバレるぞ」

 大凡のメイジは自分より魔力の低い者の【変装】に違和感を覚えたり、見破れたりする。ガノンはエリート種だけあって魔力が高かった。

 同時に相手の総合魔法力を見破ろうと、目を細めて彼らを見る。樹族は相手の魔力の高さや所持魔法の多さ、練度の高さを、オーラの色として見る事が出来るのだ。

 奴隷商人達のオーラは黄色だった。大したことはない。自分は赤だ。そう言って自信に満ちた顔をしたが、ふと村で出会った闇魔女イグナを思い出しブルッと身震いをする。

 彼女のオーラは高位のメイジが持つ赤黒いオーラを超越した暗色だったからだ。

 闇の渦が渦巻く彼女の瞳は恐ろしいなと、急にハックルの言葉が頭に響いた。

 今はそんな事を思い出している時ではない、と頭を振って犬人に囁く。

「どうやら君たちを売ろうとした奴隷商人がこの酒場にいるようだ。争いは避けたい。逃げるぞ」

 ガノン達は樹族たちの視界に入らないように酒場を出ようとしたが、流石に闇側では滅多に見ることのない獣人がいる事で注目を集めてしまう。

 酒場の誰かが大きな声で言う。

「おい! 獣人だ! 珍しいな!」

 瞬間的な判断力は高いが、長期的な事に頭が回らないガノンは、この状況はあり得る事だったと悔む。そして、そんなだから、身内や政敵にハメられたのだと今更ながら自戒する。

 奴隷商人と思しき樹族たちは、犬人の家族を見ると少し驚いた顔をしたが、すぐに頷いてワンドを取り出し叫んだ。

「決闘を申し込む!」

 突然、闇樹族と犬人の家族に決闘を申し込んだゴブリンに、客達は不思議そうな顔をする。

 樹族嫌いのゴブリンでも闇樹族には同情的な者が多い。彼らに優しくする事はないが、関わらずに放っておくという態度の者が多いのだ。

 普通のゴブリンは、いきなり訳もなく闇樹族や得体の知れない獣人に決闘を申し込んだりはしない。正気のゴブリンなら相手に気づかれないように、背後に近づいて急所を突いて殺すだろう。

 決闘となれば誰も手出しが出来ない。そういう法や掟が闇側にはある。奴隷商人たちは、いきなり決闘を宣言する事で、誰かの横槍を封じ込めたのだ。

 闇側の掟を逆手にとって利用する樹族のずる賢さに、ガノンは怒りで身が震えた。

(闇側では決闘を申し込まれたら、必ず応じなければならない上に、決闘中は第三者が介入することは出来ない。例え今ここで、この似非ゴブリン達の正体をばらしたとしても、決闘の間は安全だ。その間に逃げる準備くらいは出来るだろう。それに奴隷商人たちは、奴隷を絶対に生かして樹族国に帰さない。この状況だと殺るか殺られるかだ。降参は無いな)

 酒場の者は決闘に慣れているのか、興奮しながら自発的にテーブルを端に寄せて、戦いの場を作った。

「おほ! 珍しいな! ゴブリンメイジと闇樹族の決闘か!」

 たまたま酒を飲みに来ていた、砦の戦士であるスカーはカウンター席で後ろを振り向いて喜んだ。

「ありゃ! あれは昼間の魚屋さんだど!」

 カウンター奥で料理の仕込みをしていたヘカティニスが、顔を上げてガノンを見る。

「知り合いか? ヘカ」

「ん、旦那様が目にかけている闇樹族だ」

「へ~。まぁ闇樹族なんだからちゃんとしたメイジだよな。オーガメイジよりはマシ、ってだけのゴブリンメイジなんか、足元にも及ばないんじゃないの?」

「ゴブリンメイジでも時々凄いのもいるど」

 ヘカティニスはツィガル帝国のチョールズ・ヴャーンズを思い浮かべ、魚屋が負けないことを心のなかで祈る。

 その魚屋が何やら大声で条件を出した。

「こちらには子供がいる。公平ではない。なので一対一の決闘なら受けて立とう。私とそちらのリーダーとで決着をつけようではないか!」

 ガノンの方が実力は上だと解っているはずなのに、奴隷商人達はニヤニヤしている。

「いいだろう。私が相手だ」

 眉毛のない目つきの鋭い樹族は、肌の色が違えばゴブリンに見えそうなほど極悪な面構えだった。

 自分より総合魔法力が低い彼らがニヤニヤとしている事に、ガノンは警戒した。

(あいつらが汚い手を使うのは解っている。それを見破れるかどうかで、勝敗が決まるな)

 何を戦いの合図とすべきかと迷っている決闘者二人の前に、解説ゴブリンのヤンスが野次馬をかき分けて現れ、勝手に場を仕切りだした。

「準備はいいでヤンスか?」

 スカーが場を仕切るヤンスを見て呟く。

「あいつ、世界中を旅してる割に、この街で争い事があると結構な頻度でしゃしゃり出て来るな」

 その呟きをヘカティニスは拾っていた。

「ヤンスはメイジなんじゃないかって言われてるど。転移魔法が得意なメイジ」
 
「メイジだと? じゃあトラブルを見つける魔法でも使ってるのかもよ?」

「かもしでねぇ、ハハハ。アホ」

 幾ら魔法を知らないヘカティニスでも、そんな魔法が無いことは知っている。魔法は万能ではないのだ。

 酒のツマミをスカーに出して、ヘカティニスはヤンスが戦いの開始を告げるのを待った。

「レディーーー!! ゴゴゴゴォ!」

 ヤンスは決闘者の間で、勢い良く手を振り下ろす。ここが一番の自分の見せ所だと言わんばかりに、開始の掛け声に色をつけ過ぎて空回りした感があったが、それでもヤンスの合図で決闘は始まった。

(さて奴隷商人は、何系の魔法を使う?)

 まだニヤニヤしている奴隷商人は、牽制として足元に【火球】を撃ってきた。真っ直ぐ撃てば、躱したガノンの後ろに立つ野次馬に当たって、外野の怒りを買うからだ。この決闘の勝敗がついた時点で、怒り狂った外野が新たな決闘を申し込んでくる可能性がある。

(この程度の実力なら、奴の魔法の殆どを【魔法障壁】が防いでくれるが・・・。いや油断は禁物だ)

 ガノンは氷魔法を得意とする。しかしその殆どが効果範囲が広い。

 【吹雪】などはこの酒場にいる全員を凍りつかせるだろう。【氷の槍】も野次馬に当たる可能性がある。

(使えるのは防御用の【氷の壁】と接近戦用の【氷の手】。後は不慣れな他系統の魔法か・・・)

 次は俺のターンだと言わんばかりに、ガノンがワンドを構えて詠唱すると、奴隷商人の周辺で上昇気流が巻き起こった。

 野次馬達はおお! と叫んで風に戸惑うゴブリンメイジを見た。次は何が起こる? 闇樹族は何をした? 魔法での決闘は滅多に見られないので、皆興奮しっぱなしだった。

 しかし、暖かい風が巻き起きただけで、それ以外は何も起きなかった。野次馬からはブーイングが起きる。

「フハハッ! どうした! 風を巻き上げたから何だというのだ! 私がスカートを履いてなくて残念だったな!」

 野次馬の目に、妙に堅い喋り方をするゴブリンメイジとして映る樹族は、少し長い詠唱をしてから魔法を発動させた。

 ガノンは咄嗟に右に避けて回避行動をとったが・・・。

「ぐあぁぁ! これは・・・【闇の炎】! 貴様! ご法度の闇魔法を!」

 全身を黒い炎で焼かれて苦しむガノンは、何とかレジストしようと精神集中をする。レジスト出来なければ灰になるまで焼かれる恐ろしい魔法だ。

「ゴブリンメイジが、闇魔法を使うのは当たり前だろうが」

 野次馬も皆頷いている。彼らに奴隷商人の変装を見破る術がない。

 奴隷商人は勝ちを確信したのか、腕を組んで高笑いをしていた。

 苦しむガノンに追い打ちをかけるように、【捕縛】やら【眠れ】の魔法がかかる。同時に多系統の魔法を操る事など黄色オーラのメイジには出来ないし、目の前の奴隷商人が詠唱をした様子はなかった。

「く、卑怯な! 後ろの仲間が援護をしているな?」

「何のことだ? 今のも私の魔法だ。そうでないと証明できるか?」

 【闇の炎】【捕縛】【眠れ】の魔法は【魔法障壁】が意味をなさない。【魔法障壁】は直接飛来してきてダメージを与えてくる魔法にのみ有効なのだ。

 【魔法障壁】の内側から体を燃やす【闇の炎】や、精神系魔法は精神力によるレジストが必要となってくる。

 それでも何とか魔法に抵抗したガノンだったが、全身にやけどを負い、体も幾らか自由がきかず、睡魔も襲ってくる。フラフラとしながら立っているのが精一杯だった。

 そして、とうとう膝をついてしまった。

「勝負あったな? 私の勝ちでいいか?」

 大仰に手を上げて野次馬に尊大な顔をしてみせるゴブリンメイジ。

 その彼らの勝利を称える歓声が、野次馬から飛んだその時。

 ―――ピシャーン!!―――

 その音の前にゴゴゴゴゴと、臓腑を振動させる程の低い音がなっていたが、気がついた時には鞭で打ち付けるような音が酒場に響き渡っていた。

 いつの間にオーガ酒場の高い天井に雲が発生しており、奴隷商人とその仲間たちを、雹と共に落ちてきた雷が打ち付け灰にしていた。

 【雷雹】―――、氷魔法にもかかわらず、雷を発生させる変わり種の魔法。高い場所に小さな雲を発生させ、その中で氷の粒をぶつかり合わせて、静電気を発生させる。

 発動まで時間がかかるが雷を受けた者は、その一瞬の雷光に抵抗をする間もなく灰と化す。普通の雷魔法と違って、狙った相手の上に雷を落とせるのだ。エリート種の樹族が使う高位魔法である。

「ざまぁみ・・・」

 ガノンは最後まで言葉を言わないまま、床に這いつくばって気を失った。
 
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