未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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明るい村

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 玉座の間で必死に弁明するガノンだったが、自分の身の潔白を証明するものは、なにもない。

 シュラス王は小さな手のひらを見せて、もうそれ以上は何も言うなと言った。

「わかっておる。常に恥ずかしいぐらいに、善き者であろうとするお前が、横領などせんことくらいわかっておる」

 樹族国の新王は跪く自分に対して溜息をついている。その目には悲しみを宿しているようにガノンには見えた。

「善人ゆえにお前を宰相にしたのだが、まだこの国自体が、お前を受け入れるほど水が澄んでいなかったのだ。お前のように、皆のためにあろうとする人物を登用する時期ではなかった。許せ」

 ガノンは王の手が肘掛けの上でワナワナと震えているのを見て、彼もまた苦しんでいるのだと知る。幼馴染すら守れなかった自分に腹を立てているのだろうか?

「お前は、もう少し貴族の淀みを知っておると思うておったが・・・。悪いがガノンよ。お前を庇うことは出来ん。お前を陥れようとする者達は、横領の証拠を巧みに捏造しており、裏側でも今のところ、捏造されたという証拠を掴んではおらん。代々、城に仕えるウォール家の者も・・・・」

 そう言って近くに立つ衛兵の顔を、王はちらりと見た。

「お前に似て貴族同士の駆け引きには疎い。が、ウォール家は財力で、相手を強引にねじ伏せる事が出来るが、お前は違う。だから政治の世界から身を引け」

「しかしそれでは! 悪に屈するようなものでは・・・」

 ゴホンと咳をして小さな王は椅子から飛び降りると、「全員部屋から出ろ」と人払いをした。

 しかし王座の右後ろに立つ若い衛兵はガンとして動こうとはせず、後ろ手を組んで真っ直ぐ前を見ている。

「構わん、下がれ。リューロック。二分経ったら戻ってきてよい」

「ハッ!」

 皆が出ていったのを確認すると王は冠を外し、赤いビロードの座にそれを置くと、タタタと走ってガノンに抱きついた。

「俺はさぁ、お前に死んでほしくないんだよぉ! ガノン! 誰がお前を狙っているかも解っているんだ! 元老院派だって解ってるのに、尻尾がつかめないんだよぉ!」

 砕けた話し方をする王は、幼馴染として接してきている。ガノンもそれに応え、幼馴染としての顔を見せた。

「でも、誓ったじゃないかシューちゃん。一緒にこの国を作っていこうって。その為だったら俺、死んだっていいんだ。シューちゃんの役に立てるならさ」

「馬鹿な事を言うなよ! お前にはもう妻と生まれたばかりの子供もいるだろう。死んだら家族はどうすんだよ! 頼むから俺の言うとおりにしてくれ。お前を失ったら俺は・・・」

「なあ、シューちゃん。俺は本当に命を狙われているのか?」

「裏側からの情報だ、間違いないよ。幼馴染のお前を殺す事で、元老院派はヒヨッコの俺の心を折るつもりでいる。心を折った後に傀儡にでもするつもりなんだろうさ。知っての通りあいつらは、魔法院と繋がりがあるから証拠を残さずに暗殺が出来る。勿論、裏側にお前の周辺を守らせているが、それにも限界がある。だからよぉ、ガノン。暫く外国で身を潜めていてくれ。お前がまた自由に泳げるぐらい、この国の水が綺麗になったらまた呼び戻すからよぉ! それまで生き延びててくれ。それが俺の願いだ。・・・ごめんな、情けない王で。お前すら守れない情けない王で!」

 シュラスがこちらの身を案じているのは解るが、共により良い国にしていこうと誓いあったあの言葉は、嘘だったのかという悔しさもある。

 放心する自分の肩を、涙を流して揺する親友の顔が消え、いつの間にか自宅の冷たい床の上で、子供を抱えたまま横たわる妻を見下ろしている自分がいる。

「メリーサ・・・、セイン・・・」

 一緒に殺されたと思っていた赤ん坊の手は動いている。暗殺者が情けをかけたのか、それとも裏側との攻防があり子供を殺す時間がなかったのか・・・。

「ああ、セイン・・・」

 震える手で息子を抱き上げると、ガノンは堪らず歯を食いしばりながら涙を流した。耳元では息子の泣き声、自分の口からは、怒りと悲しみの混じった嗚咽が部屋に響き渡った。

 ガノンの緑色だった髪は見る間に黒くなり、微かに緑がかった肌の色も青白くなっていく。闇堕ちしたのだ。これでもう樹族国にはいられない。

「何故、私ではなく妻なのだ! ひと思いに私を殺せばいいだろう!」

 どういうわけか使用人も執事もいない屋敷の一室で、もしかしたら今もどこかで、自分を見ているかもしれない暗殺者にそう叫んだ。

 自分の妻となったばかりに、命を落としたメリーサの亡骸を見ている内に、今頃になって混乱がガノンを襲う。今は逃げる時だと頭は言うが、妻の傍から離れたくないと、心が邪魔をして足を動かそうとしない。

「誰か・・・! 誰か、せめて彼女の冥福を祈ってくれ! 私は神職ではない! 正式に冥福を祈ることができないのだ! 早く僧侶を! 誰か!」

 そう叫ぶと何者かの「こっちだ!」という声と、慌ただしい足音が聞こえてきた。暗殺者が戻って来たのかもしれない。

 妻の亡骸を置いていく事に激しい葛藤があったが、ガノンは【透明化】を唱えると、セインを抱えて屋敷から逃げ出した。

 屋敷の敷地を冬の風の音と、ガノンの駆ける足音だけが聞える。

「シュラス! 助けてくれ! シュラス!! 彼らは俺ではなく、妻を狙ったんだ! ハハハ! 子供・・・! そうだ! セインは絶対に守らなければ! シュラス! どこだ! シューちゃん!」

 闇堕ちし、一時の狂気がガノンを支配した。瞳に光はあるが、それは【暗視】の魔法によるものだ。彼の緑色だった目は今は黒く、光はない。

 心が壊れてみっともなく叫び、必死になって逃げるが、足に力が入らない。

 膝がフワフワして、時折転びそうになるも、セインを抱えているので絶対に転ぶまいと踏ん張っていると、薄暗闇だった外が、どんどんと暗くなっていく。暗いというよりは闇だ。

 その闇の中を走り続ける自分の後ろで、誰かの祈りの声が聞こえてきた。

 死んだ妻の為に僧侶が祈ってくれているのだろうか? 逃げなくても良かったのかもしれない・・・。戻って様子を見に行こう。いや駄目だ! 暗殺者がいるに決まっている! でも!もし僧侶だったら・・・。




「我が神、星のオーガは、汝の消え行く軟弱なる命を許さず。汝の向かう幸せの園は遥か遠く、今行くことは叶わない。星の光よ、強く瞬き、この者の命を照らせ!【致命傷の癒やし】!」

 意識の無かったガノンの顔が苦痛に歪む。

 体中の血管を、痛みという成分が駆け巡るような激痛だ。

「ガハッ!」

 死に際の者が、癒やしを受けるとこうなるのかとガノンは知った。痛みを感じるのは生きている証拠だからだと、まだ混濁する意識の中で笑った。

「良かったわぁ~。祈りが通じた! 何で聖騎士見習いの私にこんな事させるのよぉ・・・」

 間延びした声が、不満を言っている。

「おめぇなら出来ると思ったかだだ。致命傷は普通の癒やしじゃ治らない。それにおで知ってんど。お前、姉妹の中で、ただ一人のエリート種なのを」

 野太いオーガの男の声がそう言って、ガハハハと笑う。

「も~。コロネねぇ? あの子ったらベラベラとある事ない事喋ってぇ・・・。ドォスンもコロネの言う事をなんでも鵜呑みにしちゃあ駄目よ?」

 酒場でコーヒーを飲みながら決闘を見ていたドォスンが、決着がつくかつかないかのところで、ピンクのお城まで走って行き、フランを抱えて戻ってきたのだ。

「気が利くなぁ、ドォスン。コーシーのおかわり飲むか? ただにしといてやるど」

 ヘカティニスは、自分たちとは少し毛色の違う―――、顔つきも原始的というか、頭に二本の尖ったコブがあるオーガにコーヒーを勧めた。

「もだう」

 ドォスンはそう言って、コロネと冒険に出かけた時にダンジョンで見つけた、魔法のゴブレットを差し出した。

「お前、いっつもそでで飲んでるな」

「こでで飲むと、何でもかんでも、美味しくなる」

「おしっこもか?」

「んだ」

「アホ!」

 ガハハと二人が笑っていると、ガノンがムクリと起き上がった。

「いやはや、おしっこの話で目が覚めるとはな・・・。ありがとう、聖騎士フラン」

「まだ見習いよ。あんまり私の事言いふらさないでね。一応、私は樹族国に籍があるから、功績を知った神学庁が私を正式に聖騎士にしちゃうかもしれないし。そうなったら治療代を、貴方に請求しないといけなくなっちゃうから」

 まだまだ気の早い話を冗談っぽく言うフランの後ろで、犬人の家族が申し訳なさそうに立っていた。

 その犬人の後ろで鬼のような顔をして、腰に手を当てているヘカティニスの母親、ミカティニスが立っている。

 ヘカティニスにほうれい線を足して、体のラインを少しだらしなくさせただけに見えるミカティニスは、ずいっと顔を前に突き出して周りの者に声を荒らげる。

「で、一体誰が! 雷に当たって壊れた床と食器と調度品の弁償代をしでくれるんだ? そでにどさくさに紛れて食い逃げしていった奴の金も!」

 コーヒーを飲んでいたドォスンの喉が、恐怖でグビリと鳴る。ミカティニスの目がギヌロッ! とドォスンに向いた。

「お前今、返事したか? ドォスン」

「し、しでないです」

 驚くと身を細くするフクロウのように、ドォスンはなるべく自分を、細く小さく見せた。

 静まり返る酒場で眉間に皺を寄せて、ミカティニスは更に声を荒げる。

「おまえだち、いっつもここで決闘してっけど、一回も弁償や後始末をした事ないど! 今日という今日はな! おでの堪忍袋の緒がぶち切れだ!! それにお前ら! 決闘で賭けをしてただな? 勝った奴が少しずつ払えば弁償代の十チタン硬貨一枚分にはなるんじゃないのか? あ?」

「そうだぜ! お前ら勝ったんだろ? 払えよ!」

 スカーがミカティニス側に立って、ニヤけた顔で、賭けに勝った者を指差す。負けた腹いせだ。

 それを聞いた客達は自分たちが飲み食いした勘定分だけを、テーブルに置くと、酒場から逃げるようにして出ていった。

「こらぁ!」

 ミカティニスが皆を追いかけるも、最早酒場には犬人家族とガノン以外の客はいない。

 フランもドォスンもスカーも、とばっちりを恐れて客と一緒に逃げていったのだ。

 糞が、と呟いてミカティニスが腕を組んでガノンを見下ろす。

「アホの闇樹族。勝負に勝ったのはいいけんど、相手から金をぶんどる前に灰にしたのは失敗だった。お前はオーガよりアホだ」

 ガノンは脂汗の流れる顔を手で拭った。

「あ、あの魔法は万が一用でして・・・。本当は使わない予定でしたが、まさか、あいつらが闇魔法を使ってくるとは思っていなくて・・・。で、直ぐに万が一が来てしまい・・・」

 樹族国の元宰相は、しどろもどろになって答える。

「うどぅさい! わけの判らんことをゴチャゴチャ言うな! とにかく、お前が払うんだど? いいな! ぶ、ぶ、ぶ、分割でもいいから払え!」

「はい・・・」




 ピンクのお城に向かう道を、ガノンはトボトボと歩いていた。

 その後ろで犬人の父親が「自分たちのせいで申し訳ない」とガノンに何度も謝罪をしたが、ガノンには聞こえておらず、ブツブツと独り言を言って歩いている。

 仲間の忠告を聞いておくべきだったか・・・。今日の売上なんて、焼け石に水と思える程の負債を抱えてしまった。

 「それでも!」と、ガノンが急に言ったので犬人の家族はビクリとする。

 自分は正しいことをした。

 自分の中で犬人の家族を救わないという選択肢を選ぶのは、逃げるのと同じだ。それは妻の亡骸を置いて逃げたあの時と同じである。

 妻を守れず、彼女の遺体も自分の手で埋葬できず、墓参りにも行く事が出来ない。ずっと後悔してばかりだ。

 犬人の家族も助けなければ、ずっとモヤモヤして後悔したままだっただろう。

 そして今の自分はモヤモヤしたまま闇樹族村で再婚し、何のけじめもつけられないまま生き続け、ついこないだ息子と邂逅したが、感動の抱擁もなく罵られ・・・。

 村に帰れば、借金の事で皆に怒られるのだろうな・・・、と溜息をついていると、犬人の父親が一生懸命自分に話しかけている事を、今になって気がつく。

「・・・・みません。お金は私達が、働いて払いますから!」

 今まで話はずっと聞いてましたよ? という顔でガノンは振り返り、犬人に答えた。

「無論、君達にも働いてもらうさ。我が村は、今のところ、公平に儲けも借金も分担する仕組みでね。村の者から不満は出ると思うが、気にしないでくれ。リーダーである俺が、君たち家族を村に招き入れたのだから、責任は全て自分にある。皆で頑張って借金を返していこう!」

 ピンクの城の呼び鈴を鳴らすと、コロネとフランが顔を出した。フランが「さっきは大丈夫だった? 逃げてごめんなさいね」と謝るもガノンは「いえいえとんでもない」と上の空で返事をし、転送室の使用許可をもらった。

 転移室に入ると、「村に帰りたくないな」と家出をした思春期の子供みたいな事を考えながら、台座の上の転移石に触れる。犬人の家族も肉球のあるモフモフの手でそれに触れた。

 村の転移室に一瞬でついたガノンは、もっと時間をかけて転移すればいいのにとぼやき、何気なく窓の外を見ると村中が昼間のように明るい。

「なんだ? 誰かが無駄に【光】を唱えたのか?」

 ガチャリと扉を開けて外に出ると、村の道のあちこちに街灯がついていた。

「村に魔法灯を買う余裕はなかったはずだが・・・」

 王の使い魔であるウメボシが置いていった大きなドームテントから、村人の笑い声が聞こえてくる。

 何か催し物でもやっているのだろうかと、犬人の家族を連れて急ぎ足でテントに向かい中に入った。

「ただいま・・・。皆テントに集まって何の騒ぎ・・・。わぁ! 陛下!」

 ガノンは驚いて、直ぐ様ヒジリの前に跪く。

「楽にしたまえ。君を待っていたよ、ガノン。どうやらすれ違いだったらしく、君たちが村を出た後に私は転移して来てしまったようだ。まぁ連絡もなしに思いつきで来たのだから、こちらが悪いのだがね。ところで今日は良い知らせと、良い知らせを持ってきた。どちらを先に聞きたいかね?」

「どっちも良い知らせやないかーい!」

 とタスネがヒジリの尻を叩いた。

「なんと! 誰ですか? タスネ様にお酒を飲ませたのは!」

 ウメボシが驚いてタスネを酔った状態から素の状態に戻した。

「ごめん、ウメボシ。自分で飲んだ。皆、美味しそうにワインを飲むから・・・」

「酔う前のタスネ様を、スキャンしておいて正解でした」

 でへへと笑う主を見て苦笑いし、ヒジリは視線をガノンに戻しある事に気がつく。

「ん? どうしたね? 顔のあちこちがケロイド状になっているじゃないか」

 それが・・・、と頭を掻いてガノンは事の顛末を話し、犬人の家族をヒジリと村人に紹介した。

「えらい! なんたるけっこーじんか(なんという好人物か)! あーた!(あなた)」

 ヒジリが何かを言う前に、興奮したウメボシが奇妙な言葉でガノンを褒めて、彼を数日前の、ガノンの身体データの状態に戻す。

 ガノンは、癒やしの祈りでも治らなかった体中の火傷の痕が治っている事に気がついてはいないが、ウメボシは一々言う必要もないと思ったのか、傷のことは何も言わなかった。

「えっと・・・。褒めてくれたのですよね? ウメボシ殿。でも、村の皆には申し訳ない。多額の借金を作ってしまった。本当にすまない!」

 ガノンがそう言って頭を下げると、どっと笑いが起きた。

 誠心誠意、頭を下げて謝罪する者を笑うとは何事か、と驚いて顔を上げて皆を見ると、皆はテーブルの上の小さな箱を指差していた。

 ガノンがこの箱がどうした? という顔をしていると、ヒジリの影から紺色の装束を着た男が現れる。

「ゲッ! ジュウゾ! いや、セイン!」

「これはこれは! 親愛なる間抜けな父上。またお人好しで失敗しましたか?」

「ふん、何をしに来た」

 わざわざ嫌味を言いに来たのかと思ったが、樹族国の諜報組織の長である息子は、そこまで暇ではない。

「褒賞金を持ってきたのですよ。ガノン・ザステス元宰相殿?」

「褒賞金? この間の殺人犯の事なら闇魔女様の手柄だろう?」

 ガノンはチラリと闇魔女を見る。無表情の彼女の瞳は、相変わらず闇が渦巻いている。

「その闇魔女様が、この村の貧困を憂い、手柄をガノンに譲れと、私に懇願したのです。愚鈍なる父上。その机の上の小さな箱には、イグナ殿の愛と、シュラス陛下の喜びと、金貨がぎっしりと詰まっているのだ。感謝してイグナ殿にひれ伏したらどうか? 父上」

「そんなバカな! なんでそこまでしてくれるのです!」

「疑うのなら中を確認してみたまえ」

 ヒジリが笑いながらガノンに命じた。

 ガノンは驚きながら横三十センチ高さ十五センチの箱を開けると、そこには金貨ではなくチタン硬貨がぎっしりと詰まっていた。

「金貨はチタン硬貨に両替しておいた。箱にコインがカチカチに詰まっているのはリツの仕業だ。あれは几帳面過ぎる・・・」

 箱にザラザラと適当に硬貨を入れようとした自分に、リツは怒りだして押しのけ、せかせかと硬貨を詰めだした。その彼女の後ろ姿は、実に楽しそうに見えたな、とヒジリは思い出す。

 あの後ろ姿に胸がキュンとしたのは何故だろうか? と少し考えて黙っていると、ガノンが年甲斐もなく喜んで飛び跳ねだした。

「おぉ・・・! これだけあれば酒場の借金なんて! 黄金の詰まった金庫の中の、砂金の一粒みたいなものだ。本当にいいのですか?闇魔女様! ありがとうございます!」

 ガノンは個人としても村の代表としても、イグナに頭を深々と下げる。

 これで村はひもじい生活から抜け出せる。蓄えがあるというのは心に余裕が出来るものだ。そうなれば皆の顔にも笑顔が増えるだろう。村に犬人の一家が増えたところで、誰も文句は言うまい。

「良いのじゃよ、ふおふおふお」

 イグナが口を開こうとすると、彼女の後ろで勝手にアテレコする者がいた。

「私、そんなお婆ちゃんみたいな喋り方しない。あっち行って、お姉ちゃん」

 タスネが顔を真っ赤にして酒臭いので、イグナは姉の顔をぐいっと向こうへと押しやった。

「またタスネ様は酔っ払っていますね? もう!」

 ウメボシが再度タスネを素の状態に戻すと、彼女は頭を掻いて笑った。

「ウメボシって便利だよね。酔っ払っても元に戻してくれるから。ワイン飲み放題だよ!」

「いつもいつも良い状態の時のデータを保持しているとは限りませんよ。次の定時スキャンでタスネ様が酔っ払っていれば、タスネ様は何度でも、酔っ払った状態に戻ります」

「うそ! じゃあそれまで、めいいっぱい飲むから、時間ギリギリで治してよ!」

「飲まないという選択肢はないのですか!」

 ギャーギャーと騒ぐ主とウメボシに、ヒジリはまた苦笑いしてからガノンに向き直る。

「もう一つの良い知らせは、君も外で街灯を見ただろう? あれは電気の力で動いていて・・・」

「雷魔法の得意な陛下が夕方になると、一つ一つマナを篭めて点けている街灯の事ですよね? 何だか恐れ多い気がするのですが・・・」

 何の事だ? とヒジリが不思議そうな顔をしていると、ハックルが「プスーーーー!」と笑いだした。

「陛下が街灯守りみたいな事をするわけないだろ。あれはノームの作る街灯とよく似たものだ。仕組みは判らないけどな」

 ハックルは、王に無礼な事を言ってしまい顔を真赤にして俯く相棒の背中を、バシバシと叩いて笑う。

 ヒジリは気にせず続きを話した。

「この村の近くにエネルギーを作り出す施設が見つかってね。試しにこの村に電気を通してみたのだ。施設でエネルギーを作り出す時に出る温水で、屋内プールも作ってみた。後で入ってみてくれたまえ。かけ流しなので、お湯が汚れる事もない。それから、空調設備も整えておいた。もう室内において冬に凍え、夏の暑さで喘ぐ事も無いだろう」
 
 ヒジリが説明していると突然、ガノンが号泣しだした。

「わだしは! いっつも誰かに助けられてばかりだ! わぁぁぁ!」

「ど、どうしたね?」

 急に鼻水を垂らして泣き出したガノンに、ヒジリは驚いた。

「わだしは! 闇堕ちしだ時に、シュラス陛下に助けられてこの国へ逃亡してきた。シュラス陛下は、息子も立派に育ててくれだ! それなのに何も恩返しができない! 次はヒジリ陛下や闇魔女様が村を救ってくれだ! でもまた恩返しが出来ない! 私は・・・! 俺は悔しいんです! 陛下! 何も出来ない自分が!」

 ヒジリは身長百七十センチほどのガノンを―――、鼻水が自分に付かない程度に軽く抱きしめた。

「そんな事はない。この村の者は、君に導かれて厳しいこの国で生き延びてきた。皆からは君への感謝の言葉しか聞かないぞ。それにそこの犬人の家族も、君に救われたではないか。何故何も出来ない、と言うのかね?」

「でも・・・!」

 ガノンがまだ何かを言おうとしたその時、入り口からフランとコロネが入ってきた。

「お祝いのケーキ持ってきたぞー!」

「ちょっと時間がかかちゃった。ごめんねぇ~」

 ヒジリは心の中でいいタイミングだとサムアップをした。泣き顔よりかは、笑顔の方がいい。

「さぁ、泣くのよして、ガノン。コロネとフランが作ってくれたケーキを食べようじゃないか。ウメボシ、村の者にもケーキを出してやってくれたまえ」

「畏まりました」

 ワインやら食事を堪能していた村人達だったが、テーブルの上にフルーツの沢山乗った、大きなクリームケーキが現れると歓声を上げた。

「皆遠慮なく食べまえ。好きなだけ自分で切って食べるといい」

 ハックルが買い出しした中には甘いお菓子などなく、甘い物に飢えていた子供たちは、一斉にケーキに群がった。

「もう! テルケシったら、食いしん坊なんだから! 恥ずかしい!」

 先日、我が子をマギンに殺されて、泣き叫んでいた母親はが喚く。

 ヒジリによって生き返らせてもらった息子のテルケシが、ケーキの列の最前列で真剣な表情で並んでいる事に、恥ずかしくなったのだ。直立不動の息子の透過する瞳は、ケーキを真っ直ぐに見つめている。

 テルケシの真剣な顔を見ていると、ヒジリは勝手に彼の心情を代弁しだした。

(すごい高揚感を感じる。今までにない何か熱い、一体感を。匂い・・・。なんだろう吹いてきてる確実に! 着実に、俺たちのほうに。中途半端はやめよう、とにかく最後まで食ってやろうじゃん。俺の後ろには沢山の仲間がいる。決して一人じゃない。信じよう。そしてともに食い切ろう。工作員や、邪魔は入るだろうけど、絶対に流されるなよ)

「陛下?」

 ガノンが、コロネとフランが作ったケーキを切り分けて皿に乗せて持ってきた。

 何かブツブツと言っている王に、ガノンは遠慮気味にもう一度呼びかける。

「陛下?」

「ん? ああ、すまんね。コロネ、フラン、ケーキを頂くよ」

「は~い!」

 王がケーキを食べるのを見て、ガノンも食べる。美味しい! 甘すぎず、微かに塩味がする・・・。

「ハハッ、涙と鼻水で塩っぱく感じます。でも美味しい・・・。ぐぉう」

 ガノンがまた泣き出した。

 息子のセイン―――、ジュウゾが冷ややかな目で自分を見ているが、構わず涙を零す。

「陛下は光だ。外の街灯のように暗い我が村を照らしてくれた。我々闇樹族は、一生陛下についていきます」
 
 その言葉を聞いて、ヒジリは全てを包み込みそうな顔でにっこりと微笑む。

「ありがとう、ガノン。村の信頼を芯から得られたようで嬉しい。今後とも宜しく」

「オレサマ、オマエ、マルカジリ」

 離れた場所で給仕をするウメボシが何かを言ったような気がするが、ヒジリはスルーする。

 そして、これ以上ガノンに泣かれても困るので、話題を変えようとコロネとフランが作ったケーキの味の評価をすることに決めた。

 皿の上のケーキをフォークで切って、口に運びゆっくりと味わう。味覚を総動員してどんな味も逃すまいと、目を閉じた。勿論眼内モニターで成分の詳細を知る事が出来るが、ヒジリは敢えて設定をオフにしている。

「うむ、甘すぎないところが良い。やるじゃないか、コロネ、フラン! 脂っこくもなく、食べた後にまた食べたくなるような気分にさせてくれる。何か隠し味があるな?」

「えっ? 隠し味ぃ? そんなのあったかしら?」

 ヒジリに褒められて得意げな顔をしていたフランだったが、隠し味と言われて首を傾げる。

 フランが唇に人差し指を当てて少し斜め上を見る仕草が、村の男達の心を刺激する。ケーキを食べながらチラチラとフランを見る彼らを見て、ヒジリはクスっと笑った。
 
「ああ、隠し味。塩味の何かだ」

「あるぞ!」

 コロネが、竜の角のように真上に伸びる編み込んだ髪をピコーンと動かす。

「ほう、何かね?」

「これは秘密なんだけどな~。聞きたい?」

「ああ、聞きたいとも」

 コロネの顔が徐ろに悪魔のようになり影が差す。今にもドーン! とか言いそうだ。

「あのね・・・」

 ヒジリは嫌な予感しかしない。背筋を冷たい何かが走った。

「ふむ・・・」

「ハナクソォ!! ハナクソ入れた!」

 ゲハーーー! と笑うコロネを見ながら、ヒジリは眼内モニターの設定をオンにした。ざっと流れるケーキの成分の中にあるものを見つける。

 ―――鼻腔内の粘膜と大気中の埃の混合物―――
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俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

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