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肉の味
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「え~? こでも、おで~?」
ヘカティニスはヒジリに寄り添い、液晶モニターに映る自分を指差して、子供のように喜んでいる。
リツは向かいのソファに座り笑顔を作り、一夫多妻制、一夫多妻制と心の中で繰り返し唱え、嫉妬心を押さえ込んでいた。
「こでも~?」
「ああ、それも君だよ。ヘカティニス。面白いだろう? 画像を加工して君の姿を獣人みたいにしたり、目を大きくしたり出来る」
「うはぁ。おもしどい」
ヒジリが取り出した二十一世紀のスマートホンを、コロネも興味深そうに覗き込んできた。
「ヘカのお姉ちゃんは狸の姿が一番似合ってるぞ。私も変身させてよ! ヒジリ!」
狸と聞いてリツがプスッと笑う。直ぐにヘカティニスが「笑うな狐」と低い声で唸った。
ヒジリは、パシャリとコロネを撮って、画像の目を大きくして犬の鼻と耳を付けた。
「うはぁ~! おもしれ~! なぁこれ貸してよ! ドォスンに見せてくる!」
「いいとも、持っていきたまえ」
亜空間ポケットの中に幾らでもあるスマホは、ヒジリにとって大したものではない。気前よく貸すと、地走り族の特徴を色濃く見せるコロネは、あっという間に居間からいなくなってしまった。
「風のように消えた。主殿やイグナ、フランはあまり地走り族っぽくはないのに、コロネは種族の特徴を更にブーストしたような感じだな」
「悪戯好きで好奇心旺盛で・・・。手癖が悪い。確かにそうですね」
ウメボシがそう答えて、部屋に誰か入ってくるのを察知する。
「イグナが買い物から帰ってきたようです。確かナンベル様の魔法店で装備を一新すると言っておりましたが・・・」
ヘカティニスとリツが居間のドアを見ると、闇のオーラを色濃く放つ黒色のローブを着たイグナが部屋に入ってくるところだった。彼女は、自分の身長ぐらいある杖を部屋の入り口に置いた。
「あの・・・、闇魔女殿。その装備・・・」
「前にも言った。イグナでいい」
リツにそう言ってイグナはヒジリに近づくと、闇のオーラの塊がズオッ! ズオッ! と音を立てて後を追う。
「その装備、皆から怖がられませんこと?」
言いかけた言葉をリツは続けると、イグナはピタリと動きを止めてヒジリを見た。
「私、怖い?」
「いいや、寧ろ可愛いな」
「ヒジリは可愛いと言ってくれた」
フードを外してこちらを見るイグナの顔は無表情だが、背後にドヤ! という文字が見えそうだとリツは思った。
「陛下は・・・。ゴホン、ヒジリは魔法不可視症ですから、魔力を高めてオーラを放つ、そのローブの怖さが判らないのですわ。だって歩く姿はまるで暗色のナメクジのようですもの」
「リツがナメクジって言った」
イグナがヒジリに抱きついて顔を擦りつけ嘘泣きをする。
ヒジリの魔法消滅効果で、イグナの新しいローブから闇のオーラがスッと消えた。
闇魔女の想い人は、招き猫のようなポーズをとって、リツに顔を向ける。
「コラッ! 良い子がそんな事を言っては! 駄目なんだぞ!」
と、ヒジリダーの時の口調でリツを叱る。
「でゅひひ! 怒られでやんの」
ヘカティニスは満面の笑みで、リツをからかう。
「叱ってくれるのは、愛してくれている証拠ですわ」
間を置かずリツがそう返すと、ヘカティニスは「ムッ!」と唸って黙った。
(コイヅは賢いので口喧嘩では勝でない。いつか力でねじ伏せる)
突然イグナが興奮して大きな声を出した。ヒジリの腕を揺すりだす。
「そうだ! ヒジリ。私、オチ・・・、オティムポが食べたい・・・」
この部屋にいた女達が一斉に凍りつく。皆の前で飛んでもないことを口走るイグナに、驚かない者はいない。
いつもツッコミ役をするウメボシですら、瞳を虹色にしてアワアワと言うだけだった。
リツが混乱するウメボシを見て、私がしっかりしなければと咳払いをし、イグナに言う。
「そ、そういう事は! もう少し大きくなられてからでも良いのでは? イグナ? 大人の私だって常に食べたいですもの(って何いってるのー! 私ぃー!)」
「いや! 今すぐ食べたい! 大人だけ食べているはズルい」
「で、ですが・・・。貴方にはまだ早すぎます!」
「ふむ・・・。仕方ないな・・・」
ヒジリは腕に抱きつくイグナを離すと、ソファから立ち上がった。そして徐に股間に手を伸ばし、スッと陰部を撫でる。
するとパワードスーツの股間の部分がチャックのように開いた。
「キャッ!」
ウメボシもリツも手で目を覆うも、隙間からヒジリの股間を見ている。
ヘカティニスとイグナは興味深そうにヒジリの股間を見つめていた。
ヒジリは股間をゴソゴソと弄り、一冊の本を取り出した。
「そこに亜空間ポケットが、あるんかーーい!」
ウメボシがホログラムの手を出し、人差し指を掲げてツッコミを入れる。
ヒジリが取り出した本は、何という事のないただの動物図鑑だった。が、珍しい野生動物の情報も掲載されている。
「オティムポ、オティムポっと・・・。あった。全長十メートル、体重三十トン、絶望平野の大森林の奥深くに生息する希少な野牛。その肉は中毒性があると言われているほど。美味で火を通すと柔らかくなり、これを食べる為に命の危険を冒してまで、狩りに行くハンターが後を絶たない。そしてハンターの殆どが絶望平野の途中で力尽きるので、肉が出回るのは極稀。故に高額で取引される。タイプはノーマルタイプで、頭突き牛ポキモン」
「最後のは蛇足です。そんな紛らわしい名前の牛がいたのですね。ウメボシは知りませんでした」
「紛らわしいかね? 一体何と間違えたのか言ってみたまえ」
「えっと、セクハラですか? マスター? ウメボシはセクハラなんかに動じません。言いますよ? その答えはピーーー!」
自分の口でピーーと言ったウメボシの声のトーンが面白かったのか、ヒジリはツボにはまり「ブハッ!」と笑う。
「ククク。と、とにかく。この希少な牛の肉をイグナはどこで見たのかは知らないが、私も食べてみたいな。どこで食べられるのかね?」
「砦の戦士達がたまたま街道をパトロールしてたら、いきなりはぐれ野牛が襲ってきたから倒した、と言っていた。街に帰ってきた彼らは、その牛がオティムポ牛だったとは知らずに、普通に肉屋に売ろうとしているところを、イシーが見つけて高額で買い取った」
「ほう。あのゴブリンの少女は目が利くのだな」
「私もオティムポ肉の噂を聞いて、イシーのレストランまで行ったけど、まだ肉を成熟させてないのに、もう予約でいっぱいだった」
ギョクリ! とヘカティニスが喉を鳴らした。
「おでも食べたかった。兄弟達は、何でおでのところに持ってきてくれなかったのか」
喉を鳴らしたヘカティニスを見て、リツは眉根を寄せて言う。
「喉を鳴らすなんて下品なタヌキ・・・・。あ! そうです! もしかしたら、砦の戦士の誰かが、一切れぐらい持っているかもしれませんわよ? 彼らはきっと儲けたお金でお酒を飲むでしょう。夕方にオーガの酒場に行けば、望みはあるかもしれませんね」
夕方になってヘカティニスがオーガの酒場の扉を開けると、案の定、彼らはどんちゃん騒ぎしていた。
「ギルドを通さないで金を持つと、いつもこれだど」
ヘカティニスがドアを開けたままにしてヒジリ達を中に入れると、砦の戦士達は国王の来店を他の客たちに告げた。
「国王陛下の、あ、おなーりー!」
煩い砦の戦士たちに迷惑そうな顔をしていた他の客たちも、ヒジリを見るなり拍手をして歓迎した。
胸に大きな三本キズがあるスカーは、上半身裸で若い戦士達にもっと酒を飲めと煽っている。
「いつ死んで酒が飲めなくなるか判らねえんだから、もっと飲んどけ! 下っ端ども!」
新米の砦の戦士達が、ゴブレットを掲げて返事する。
「ウーイ!」
砦の戦士達が騒がしい中、カウンターに静かに座わって、皆に背を向けるベンキに、ヒジリは話しかけた。便器みたいな変な名前だが、彼は砦の戦士の中で、唯一まともに話が出来る貴重なオーガだ。
ベンキの横に座ると、ヒジリはコーヒーをミカティニスに頼んで、本を読む彼に声を掛けた。
「やぁ、ベンキ。君は酒は飲まないのかね?」
「ああ、俺は飲まない。でもスカーが無理やり俺を酒場に連れてきたから、本を読んで暇をつぶしている」
ヒジリは七三分けの髪をポマードでかっちりと固めたベンキの横顔を見る。
死んだり怪我をしたりで、メンバーの入れ替わりが激しい砦の戦士ギルドの中で、この男とスカーはずっと生き延びている。初期メンバーはこの二人だけだ。なのでかなりの手練れの戦士だと言える。
彼のゴーグルのようなビン底眼鏡の向こうにある目は見えないが、文字を読むのに忙しそうだ。
「読書中悪いのだが、一つ聞きたい事があってね。いいかね?」
「いいぞ、お人好しの王様」
ベンキは本にしおりを挟んで閉じると、顔をヒジリへと向けた。
「実は君たちが今日、街道で狩った野牛の事なのだが」
「ああ、あれか。なんだ? 王様もあれを食べたかったのか?」
「ん、まぁそんなところだ。まだ肉は残っているかね? あれば買い取りたいのだが」
「無い。俺の知る限り全部イシーに売った。そういえばイシーの横やりで、あの野牛を安値で買えると思って、ホクホク顔をしていた肉屋が悔しがっていたのは面白かった。ウフフ」
「そうかね・・・」
ヒジリが残念そうな顔をしていると、スカーが馴れ馴れしくヒジリの肩に肘を置いて寄りかかってきた。
「なんだぁ? 王様。あの野牛の肉を食べたかったのか?」
「貴様! 陛下に対して無礼だぞ!」
リツは厳しい顔をして、スカーの肘を拳で叩き落とした。
支えが無くなった事で、スカーはズリッと体勢を崩す。
倒れそうになったが何とか持ちこたえて、スカーは怒鳴った。
「ああ? 帝国の騎士団長様は、いつグランデモニウム王国王陛下の騎士になったんだぁ?」
今直ぐにでも殴り合いの喧嘩でも始めそうな程、顔を近づけて睨み合っていたスカーとリツだったが、突然スカーがリツの唇に軽いキスをして「ヒャッハー!」と笑った。
(二十一世紀のお笑い芸人のようだ)
ヒジリが笑いを堪えていると、リツが青ざめた顔でヒジリの背中に抱きついてきた。
「ヒジリ、ごめんなさい。貴方の愛しい私が、他の人にキスされてしまいました」
「なに、後で上書きをすればいいさ」
その言葉を聞いて、今度はウメボシが拗ねた顔をする。
(また! マスターの天然スケコマシスキルが発動しました!)
「本当ですの? では後ほど、全裸で部屋でお待ちしております」
「うむ」
(うむって・・・。何普通に承諾をしているのですかーっ! ウメボシは許しませんよー!)
「じゃあ、おではその後で」
「うむ」
(はわーーっ!)
ウメボシが目を虹色にして動揺しているその後ろで、スカーは仲間に「帝国の騎士にキスをしたぞ」とアピールをし、笑いながらリツに謝ってきた。
「悪いな、騎士団長さんよぉ。おふざけが過ぎたかもしれん。お詫びに、お前さんの主様にとっておきの物をくれてやるぜ」
スカーはそう言うと、勝手に店の食料保存棚から、菖蒲の葉に包まれた何かを持ち出して、カウンターの上に置いた。
「今すぐには食べないほうが良いぜ? イシーが言ってたんだけどよ、一週間ぐらい腐らせない程度に置いてから、食べたほうが美味いってさ」
「これってもしかして・・・」
「ああ、オティムポ牛の肉だ。こっそりと一塊だけ取っといた」
ピンクの城に住む皆が、一切れずつ食べれるぐらいはあるだろうか?
ヒジリは何だか貧乏くさいなと思いつつも、量が足らないくらいが美味しいんだとも思う。あぁ、もっと食べたかったというところで止めておいた方が、後々思い出が綺麗になる。
「悪いな、スカー。本当に貰っていいのかね?」
「ああ、王様は貧乏なのに、俺たちの雇い賃を捻出してくれているんだろう? 街もすっかり綺麗になったしさ、せめてもの恩返しさ。そんだけしか肉がなくて申し訳ないけどよ」
そう言ってスカーはチョキにした手を振って、またどんちゃん騒ぎの中へと飛び込んでいった。
「いい奴だな、スカーは。ウメボシ、肉をスキャンして、後々デュプリケイト出来るようにしておいてくれ」
「畏まりました」
ウメボシの目から光が出て、一瞬だけ肉を照らす。
「あら・・・? この肉は確かに柔らかくなりますが、味自体は普通の野牛肉と、然程違いはないように思えます」
「まだ熟成してないからじゃないかな? あまり肉のことには詳しくないが」
「熟成具合をシミュレート予想してみましたが、結果は同じです。普通の野牛の肉と変わりません」
「ふむ・・・」
う~んとウメボシは唸ってから肉を見つめる。
「これは憶測ですが、恐らく味の決め手に、マナが関わっているのではないかと思います」
「ほう?」
「オチン・・・、オティムポ牛の肉は貴重なので美味しいに違いない、という思い込みがマナを介して、味に影響を与えているのかと」
「なるほど。ということは、だ。我々が食べても普通の野牛の味しかしない、という事だな?」
「ええ」
「プラシーボ効果みたいなものか・・・。まぁいい。ではマサヨシに普通の野牛肉と、この肉を食べさせて反応を見てみよう。彼は自分に有利な魔法は有効らしいからな」
「どんな反応をするか楽しみですね、マスター」
「うむ」
ヘカティニスはヒジリに寄り添い、液晶モニターに映る自分を指差して、子供のように喜んでいる。
リツは向かいのソファに座り笑顔を作り、一夫多妻制、一夫多妻制と心の中で繰り返し唱え、嫉妬心を押さえ込んでいた。
「こでも~?」
「ああ、それも君だよ。ヘカティニス。面白いだろう? 画像を加工して君の姿を獣人みたいにしたり、目を大きくしたり出来る」
「うはぁ。おもしどい」
ヒジリが取り出した二十一世紀のスマートホンを、コロネも興味深そうに覗き込んできた。
「ヘカのお姉ちゃんは狸の姿が一番似合ってるぞ。私も変身させてよ! ヒジリ!」
狸と聞いてリツがプスッと笑う。直ぐにヘカティニスが「笑うな狐」と低い声で唸った。
ヒジリは、パシャリとコロネを撮って、画像の目を大きくして犬の鼻と耳を付けた。
「うはぁ~! おもしれ~! なぁこれ貸してよ! ドォスンに見せてくる!」
「いいとも、持っていきたまえ」
亜空間ポケットの中に幾らでもあるスマホは、ヒジリにとって大したものではない。気前よく貸すと、地走り族の特徴を色濃く見せるコロネは、あっという間に居間からいなくなってしまった。
「風のように消えた。主殿やイグナ、フランはあまり地走り族っぽくはないのに、コロネは種族の特徴を更にブーストしたような感じだな」
「悪戯好きで好奇心旺盛で・・・。手癖が悪い。確かにそうですね」
ウメボシがそう答えて、部屋に誰か入ってくるのを察知する。
「イグナが買い物から帰ってきたようです。確かナンベル様の魔法店で装備を一新すると言っておりましたが・・・」
ヘカティニスとリツが居間のドアを見ると、闇のオーラを色濃く放つ黒色のローブを着たイグナが部屋に入ってくるところだった。彼女は、自分の身長ぐらいある杖を部屋の入り口に置いた。
「あの・・・、闇魔女殿。その装備・・・」
「前にも言った。イグナでいい」
リツにそう言ってイグナはヒジリに近づくと、闇のオーラの塊がズオッ! ズオッ! と音を立てて後を追う。
「その装備、皆から怖がられませんこと?」
言いかけた言葉をリツは続けると、イグナはピタリと動きを止めてヒジリを見た。
「私、怖い?」
「いいや、寧ろ可愛いな」
「ヒジリは可愛いと言ってくれた」
フードを外してこちらを見るイグナの顔は無表情だが、背後にドヤ! という文字が見えそうだとリツは思った。
「陛下は・・・。ゴホン、ヒジリは魔法不可視症ですから、魔力を高めてオーラを放つ、そのローブの怖さが判らないのですわ。だって歩く姿はまるで暗色のナメクジのようですもの」
「リツがナメクジって言った」
イグナがヒジリに抱きついて顔を擦りつけ嘘泣きをする。
ヒジリの魔法消滅効果で、イグナの新しいローブから闇のオーラがスッと消えた。
闇魔女の想い人は、招き猫のようなポーズをとって、リツに顔を向ける。
「コラッ! 良い子がそんな事を言っては! 駄目なんだぞ!」
と、ヒジリダーの時の口調でリツを叱る。
「でゅひひ! 怒られでやんの」
ヘカティニスは満面の笑みで、リツをからかう。
「叱ってくれるのは、愛してくれている証拠ですわ」
間を置かずリツがそう返すと、ヘカティニスは「ムッ!」と唸って黙った。
(コイヅは賢いので口喧嘩では勝でない。いつか力でねじ伏せる)
突然イグナが興奮して大きな声を出した。ヒジリの腕を揺すりだす。
「そうだ! ヒジリ。私、オチ・・・、オティムポが食べたい・・・」
この部屋にいた女達が一斉に凍りつく。皆の前で飛んでもないことを口走るイグナに、驚かない者はいない。
いつもツッコミ役をするウメボシですら、瞳を虹色にしてアワアワと言うだけだった。
リツが混乱するウメボシを見て、私がしっかりしなければと咳払いをし、イグナに言う。
「そ、そういう事は! もう少し大きくなられてからでも良いのでは? イグナ? 大人の私だって常に食べたいですもの(って何いってるのー! 私ぃー!)」
「いや! 今すぐ食べたい! 大人だけ食べているはズルい」
「で、ですが・・・。貴方にはまだ早すぎます!」
「ふむ・・・。仕方ないな・・・」
ヒジリは腕に抱きつくイグナを離すと、ソファから立ち上がった。そして徐に股間に手を伸ばし、スッと陰部を撫でる。
するとパワードスーツの股間の部分がチャックのように開いた。
「キャッ!」
ウメボシもリツも手で目を覆うも、隙間からヒジリの股間を見ている。
ヘカティニスとイグナは興味深そうにヒジリの股間を見つめていた。
ヒジリは股間をゴソゴソと弄り、一冊の本を取り出した。
「そこに亜空間ポケットが、あるんかーーい!」
ウメボシがホログラムの手を出し、人差し指を掲げてツッコミを入れる。
ヒジリが取り出した本は、何という事のないただの動物図鑑だった。が、珍しい野生動物の情報も掲載されている。
「オティムポ、オティムポっと・・・。あった。全長十メートル、体重三十トン、絶望平野の大森林の奥深くに生息する希少な野牛。その肉は中毒性があると言われているほど。美味で火を通すと柔らかくなり、これを食べる為に命の危険を冒してまで、狩りに行くハンターが後を絶たない。そしてハンターの殆どが絶望平野の途中で力尽きるので、肉が出回るのは極稀。故に高額で取引される。タイプはノーマルタイプで、頭突き牛ポキモン」
「最後のは蛇足です。そんな紛らわしい名前の牛がいたのですね。ウメボシは知りませんでした」
「紛らわしいかね? 一体何と間違えたのか言ってみたまえ」
「えっと、セクハラですか? マスター? ウメボシはセクハラなんかに動じません。言いますよ? その答えはピーーー!」
自分の口でピーーと言ったウメボシの声のトーンが面白かったのか、ヒジリはツボにはまり「ブハッ!」と笑う。
「ククク。と、とにかく。この希少な牛の肉をイグナはどこで見たのかは知らないが、私も食べてみたいな。どこで食べられるのかね?」
「砦の戦士達がたまたま街道をパトロールしてたら、いきなりはぐれ野牛が襲ってきたから倒した、と言っていた。街に帰ってきた彼らは、その牛がオティムポ牛だったとは知らずに、普通に肉屋に売ろうとしているところを、イシーが見つけて高額で買い取った」
「ほう。あのゴブリンの少女は目が利くのだな」
「私もオティムポ肉の噂を聞いて、イシーのレストランまで行ったけど、まだ肉を成熟させてないのに、もう予約でいっぱいだった」
ギョクリ! とヘカティニスが喉を鳴らした。
「おでも食べたかった。兄弟達は、何でおでのところに持ってきてくれなかったのか」
喉を鳴らしたヘカティニスを見て、リツは眉根を寄せて言う。
「喉を鳴らすなんて下品なタヌキ・・・・。あ! そうです! もしかしたら、砦の戦士の誰かが、一切れぐらい持っているかもしれませんわよ? 彼らはきっと儲けたお金でお酒を飲むでしょう。夕方にオーガの酒場に行けば、望みはあるかもしれませんね」
夕方になってヘカティニスがオーガの酒場の扉を開けると、案の定、彼らはどんちゃん騒ぎしていた。
「ギルドを通さないで金を持つと、いつもこれだど」
ヘカティニスがドアを開けたままにしてヒジリ達を中に入れると、砦の戦士達は国王の来店を他の客たちに告げた。
「国王陛下の、あ、おなーりー!」
煩い砦の戦士たちに迷惑そうな顔をしていた他の客たちも、ヒジリを見るなり拍手をして歓迎した。
胸に大きな三本キズがあるスカーは、上半身裸で若い戦士達にもっと酒を飲めと煽っている。
「いつ死んで酒が飲めなくなるか判らねえんだから、もっと飲んどけ! 下っ端ども!」
新米の砦の戦士達が、ゴブレットを掲げて返事する。
「ウーイ!」
砦の戦士達が騒がしい中、カウンターに静かに座わって、皆に背を向けるベンキに、ヒジリは話しかけた。便器みたいな変な名前だが、彼は砦の戦士の中で、唯一まともに話が出来る貴重なオーガだ。
ベンキの横に座ると、ヒジリはコーヒーをミカティニスに頼んで、本を読む彼に声を掛けた。
「やぁ、ベンキ。君は酒は飲まないのかね?」
「ああ、俺は飲まない。でもスカーが無理やり俺を酒場に連れてきたから、本を読んで暇をつぶしている」
ヒジリは七三分けの髪をポマードでかっちりと固めたベンキの横顔を見る。
死んだり怪我をしたりで、メンバーの入れ替わりが激しい砦の戦士ギルドの中で、この男とスカーはずっと生き延びている。初期メンバーはこの二人だけだ。なのでかなりの手練れの戦士だと言える。
彼のゴーグルのようなビン底眼鏡の向こうにある目は見えないが、文字を読むのに忙しそうだ。
「読書中悪いのだが、一つ聞きたい事があってね。いいかね?」
「いいぞ、お人好しの王様」
ベンキは本にしおりを挟んで閉じると、顔をヒジリへと向けた。
「実は君たちが今日、街道で狩った野牛の事なのだが」
「ああ、あれか。なんだ? 王様もあれを食べたかったのか?」
「ん、まぁそんなところだ。まだ肉は残っているかね? あれば買い取りたいのだが」
「無い。俺の知る限り全部イシーに売った。そういえばイシーの横やりで、あの野牛を安値で買えると思って、ホクホク顔をしていた肉屋が悔しがっていたのは面白かった。ウフフ」
「そうかね・・・」
ヒジリが残念そうな顔をしていると、スカーが馴れ馴れしくヒジリの肩に肘を置いて寄りかかってきた。
「なんだぁ? 王様。あの野牛の肉を食べたかったのか?」
「貴様! 陛下に対して無礼だぞ!」
リツは厳しい顔をして、スカーの肘を拳で叩き落とした。
支えが無くなった事で、スカーはズリッと体勢を崩す。
倒れそうになったが何とか持ちこたえて、スカーは怒鳴った。
「ああ? 帝国の騎士団長様は、いつグランデモニウム王国王陛下の騎士になったんだぁ?」
今直ぐにでも殴り合いの喧嘩でも始めそうな程、顔を近づけて睨み合っていたスカーとリツだったが、突然スカーがリツの唇に軽いキスをして「ヒャッハー!」と笑った。
(二十一世紀のお笑い芸人のようだ)
ヒジリが笑いを堪えていると、リツが青ざめた顔でヒジリの背中に抱きついてきた。
「ヒジリ、ごめんなさい。貴方の愛しい私が、他の人にキスされてしまいました」
「なに、後で上書きをすればいいさ」
その言葉を聞いて、今度はウメボシが拗ねた顔をする。
(また! マスターの天然スケコマシスキルが発動しました!)
「本当ですの? では後ほど、全裸で部屋でお待ちしております」
「うむ」
(うむって・・・。何普通に承諾をしているのですかーっ! ウメボシは許しませんよー!)
「じゃあ、おではその後で」
「うむ」
(はわーーっ!)
ウメボシが目を虹色にして動揺しているその後ろで、スカーは仲間に「帝国の騎士にキスをしたぞ」とアピールをし、笑いながらリツに謝ってきた。
「悪いな、騎士団長さんよぉ。おふざけが過ぎたかもしれん。お詫びに、お前さんの主様にとっておきの物をくれてやるぜ」
スカーはそう言うと、勝手に店の食料保存棚から、菖蒲の葉に包まれた何かを持ち出して、カウンターの上に置いた。
「今すぐには食べないほうが良いぜ? イシーが言ってたんだけどよ、一週間ぐらい腐らせない程度に置いてから、食べたほうが美味いってさ」
「これってもしかして・・・」
「ああ、オティムポ牛の肉だ。こっそりと一塊だけ取っといた」
ピンクの城に住む皆が、一切れずつ食べれるぐらいはあるだろうか?
ヒジリは何だか貧乏くさいなと思いつつも、量が足らないくらいが美味しいんだとも思う。あぁ、もっと食べたかったというところで止めておいた方が、後々思い出が綺麗になる。
「悪いな、スカー。本当に貰っていいのかね?」
「ああ、王様は貧乏なのに、俺たちの雇い賃を捻出してくれているんだろう? 街もすっかり綺麗になったしさ、せめてもの恩返しさ。そんだけしか肉がなくて申し訳ないけどよ」
そう言ってスカーはチョキにした手を振って、またどんちゃん騒ぎの中へと飛び込んでいった。
「いい奴だな、スカーは。ウメボシ、肉をスキャンして、後々デュプリケイト出来るようにしておいてくれ」
「畏まりました」
ウメボシの目から光が出て、一瞬だけ肉を照らす。
「あら・・・? この肉は確かに柔らかくなりますが、味自体は普通の野牛肉と、然程違いはないように思えます」
「まだ熟成してないからじゃないかな? あまり肉のことには詳しくないが」
「熟成具合をシミュレート予想してみましたが、結果は同じです。普通の野牛の肉と変わりません」
「ふむ・・・」
う~んとウメボシは唸ってから肉を見つめる。
「これは憶測ですが、恐らく味の決め手に、マナが関わっているのではないかと思います」
「ほう?」
「オチン・・・、オティムポ牛の肉は貴重なので美味しいに違いない、という思い込みがマナを介して、味に影響を与えているのかと」
「なるほど。ということは、だ。我々が食べても普通の野牛の味しかしない、という事だな?」
「ええ」
「プラシーボ効果みたいなものか・・・。まぁいい。ではマサヨシに普通の野牛肉と、この肉を食べさせて反応を見てみよう。彼は自分に有利な魔法は有効らしいからな」
「どんな反応をするか楽しみですね、マスター」
「うむ」
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俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
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不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
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異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
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クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
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現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~
みぃた
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地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった!
無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。
追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。
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