125 / 373
辛い歴史
しおりを挟む
シルビィは王都の地下にこれ程広い書庫がある事に驚いた。
「一生ここで過ごしても読み切れないな・・・。本の好きなイグナが喜びそうな場所だ」
一冊を手に取って読もうとするシルビィをシオは止める。
「シルビィ様、迂闊に本を手に取らないほうが良いと思いますよ。あれだけ厳重な扉が用意されていたのですから、防犯魔法がかかっているかもしれません」
「あぁ、そうだな。忠告ありがとう、シオ」
そう言ってシルビィが手を引っ込めるとすぐ後ろで人の気配がした。
「賢き者が身近にいるというのはそれだけ長く生きながらえられるという事である。彼女の言うとおり、ここの本を許可なく触ると呪いがかかるようになっている」
「誰だ!」
彼女と呼ばれ気を悪くしたシオが振り返った。
聖なる光の杖で周囲を激しく照らして声の正体が何者かを確かめて絶望する。
「吸魔鬼!」
オールバックの両サイドが少し角のように尖った髪型の男は眩しそうにして目を細めたが、白目の部分が黒いのですぐに吸魔鬼と解る。
「如何にも吸魔鬼である。我が名はダンティラス。吸魔鬼の始祖が一人」
それを聞いてノームもどきゴブリンのシディマが短剣を落として膝を床についた。
「そんな・・・。運が悪いにも程がある・・・。ただの吸魔鬼でさえ国滅級なのにオリジナルの吸魔鬼だって・・・?まるで勝てっこないですよ・・・」
いつも威勢の良いシルビィだが、今回ばかりは流石に静かだった。
(始祖だと・・・?はったりだ!まぁはったりだったとしてもどの道、私の命もここまでか。死ぬまでに一度はダーリンに抱かれたかった・・・)
「破廉恥である。最期の願いが男に抱かれる事だと?しかもオーガを相手に・・・」
ダンティラスは鼻の下の綺麗に整えてある髭を捻って顔を赤くした。
「心を読んだのか?」
シルビィも顔を赤くしてダンティラスを見た。
「うむ、君たちがどういった意図でここにやって来たのかを知る必要があったのであーる」
以前戦った吸魔鬼と彼は何処と無く違うなとシルビィは感じた。紳士的で攻撃的な雰囲気を出していない。
その考えはシオも同じだったらしく、構えていた杖やワンドを下ろす。
ダンティラスはそれを見て満足そうに頷くと、更に思考を読んだのか静かに驚く。
「ほう。君たちは狂った吸魔鬼と戦った事があるのか。吸魔鬼としての血が薄かったり、喉を噛まれて下僕となった者は心が人に近い。不死の身体に精神が耐えられなくなってその内狂うのである。それにしても君の想像の中のオーガは尋常ならざる強さだな」
「ダーリンは星の国のオーガだからだな」
「なに!ではサカモト博士と同種族とな!」
オーガの始祖神を知っているこの吸魔鬼は何者だ?という考えが皆の頭を駆け巡り、ダンティラスに伝わる。
「私は二番目に博士に作られたのである。一番目は君が持っている杖がそうだ」
正直、自分の杖を指さされてそう言われてもシオには意味が判らなかった。
(何でこの馬鹿杖がサカモト神と関係があるんだ?こいつは先祖代々我が家に伝わる家宝。どこでサカモト神と接点があるんだ?)
「その・・・。この馬鹿杖が何だっていうのですか?ダンティラス殿」
「ハッハッハ!馬鹿杖とは!出来損ないの吾輩と違ってデルフォイには敬意を払った方が良いのである」
「誰だぁ?おめぇは。おめぇなんか知らねぇぞ」
杖はいつも通りぶっきらぼうに喋る。
「知らないのも仕方あるまい。君は吾輩よりも先に博士によって持ち出されたのである。ウィスプ殿やクロスケ殿と一緒に常に博士のもとにいた君と違って、我々は結局役目を果たす事はなかった・・・」
「何の事だぁ?」
会話の途中でカツーンカツーンと杖をついて誰かがやって来る気配がした。
「司書殿だな」
時々、陽炎のように揺らめく老婆は微かに半透明で杖の音も僅かにずれており、存在自体が何処か不自然だ。
「いらっしゃい、我らが敵の子孫よ」
赤いローブの下から丸メガネを掛けた老婆がこちらを睨めつけている。
その目には憎しみと悲しみと諦めが混じっていたようにシオは感じた。
冷たい老婆の視線はダンティラスへと移り、にっこりと笑う。
「憎くない樹族はお前さんだけだよ、ダンティラス坊や。探したい情報は見つかったかい?」
「うむ、有った。我が友人は子を作り幸せな家庭の中で終わりを迎えた。吾輩は裏切られたわけではなかった」
「そうかい。それは良かったねぇ。さてさて、デルフォイ。何をしにここへやって来た?お前さんはノームが持っていたんじゃなかったかねぇ?いつの間に樹族の犬に成り下がったんだい?」
「デルフォイって誰だ?ババァの知り合いなんざいねぇぞ」
杖は相変わらずぶっきらぼうにそう言う。
「おやまぁ。記憶がないのかい?それも仕方ないかねぇ。一万年も生きてりゃそうなるさね。デルフォイはお前さんの名前だよ。今は何という?」
「聖なる光の杖と呼ばれていますが、何か?」
それを聞いて老婆は咽るようにしてヒヒヒと笑う。
「数千年ぶりに腹の底から笑ったよ。お前さんが、聖なる光の杖だってぇ?博士と一緒になって女の尻を追いかけていたのに?性なる光の杖の間違いじゃないかねぇ?」
「うるせぇぞ、ババァ!俺はお前も博士もダンティラスも知らねぇ!お前ら纏めて浄化してやろうか!」
老婆は更にヒヒヒと笑う。
「あたしゃ、マナを媒体にした安っぽいゴーストとはわけが違うよ。浄化は無理さね。ダンティラスもお前さんの光でダメージは受けるかもしれないが、ちょっと肌を焼かれた程度のダメージしか負わないよぉ」
老婆がデルフォイと樹族たちを少し懲らしめてやろうかという顔をしたので、ダンティラスはゴホンと咳払いをして彼女の気をこちらに向ける。
「司書殿。どうやら彼らはこの書庫自体には用がないようである。ゴースト避けの御札を貼りに来ただけのようだ」
「あら、そうかい?じゃあさっさと札を貼って立ち去るんだね」
「そうさせてもらうさ」
許可を貰ったシオは札を出すと書庫の大きな柱に貼りつけた。
「よし、用事は済んだな?帰るぞ。じゃあな!ノームのババァ!」
口の悪い杖をじっと睨んでいた老婆だったが、視線をシオとシルビィに向けるとローブの奥で片頬を上げてニヤリと笑う。
「ちょい待ち。最後に歴史でも学んでいきな。博士がいなくなった後の世界で樹族がどれほど愚かだったか知っておいた方がいいんじゃないかねぇ?そこのお二人さん」
有無を言わさず、だった。二人が返事をする前に周囲は暗転し映像が流れ始める。
テーブルを囲む白衣の樹族たちはホログラムモニターを囲んで歓喜していた。
「やったぞ!サカモトと邪神が共倒れした!ウィスプはどうした?」
「よく判らん。ゲートの向こう側に吸い込まれた。彼女の出す信号もキャッチ出来ない。恐らく別宇宙に飛ばされたのかもしれん」
「クロスケはどうした?」
「機能停止信号が永遠に出る保管庫に閉じ込めた。我々が出そうとしない限り彼は二度と出てはこれないだろう」
リーダーらしき男は立ち上がって両手を広げる。
「我々は遂に!遂に!この星を取り戻したのだ!千年に渡った彼の支配は今、終わりを告げる!二度と地球人に侵略されないよう、遮蔽装置を星に展開する!」
拍手が起こり、皆が抱き合うところで風景が切り替わる。どこかの研究室のようだが、ゴブリンが手足を繋がれて白い部屋の真ん中で叫んでいた。
「もう嫌だ!部屋から出してくれ!何故こんな事をする!」
「煩いサルだな・・・。サカモトに出来たのだ。我々にも出来るはずだ・・・」
モニターでゴブリンを観察する樹族たちはデータをじっと見つめている。
「よし、兆候が現れた!今度こそ!」
期待に目を輝かせていた樹族の研究者たちの顔が失望へと変わるのはすぐであった。
ゴブリンの体が黒く膨らんだかと思うと破裂して肉の塊と化したからだ。
「チッ!失敗か・・・。次のゴブリンを連れてこい。あいつらは蛆虫のように増えるから幾らでも使え」
シオはそれを見て怒りで顔が紅潮する。
「くそったれが!あいつらに人の心はねぇのかよ!」
「ヒヒヒヒ。お前たちのご先祖様は、サカモト博士が生み出した新しい命なんて実験用の鼠程度にしか思っていなかった。ゴブリンが何故今もお前らを無意識に憎むか解っただろう?種として引き継がれる記憶の奥底で樹族の悪行を覚えているのさ」
「・・・」
黙り込むシオと入れ替わりでシルビィが口を開いた。
「本当に彼らは我々と同種なのか?体に流れる体液の色の差なのか知らんが、皮膚の緑色が濃い」
「ああ、それかい。それにもわけがあるさね。見るかい?」
見るかい?と尋ねておきながら老婆はまた返事を待たずに新たな映像を見せた。
どこかの平野で竜の大群と向かい合っている。
「うわぁ!古竜がこんなに沢山!」
それらは今では幻の竜と呼ばれるほど数を減らしており、あの竜の鱗一枚でどれだけ金儲けが出来るだろうかとシディマは考え、驚きの声を上げた。
少しくすんだ金色の鱗を持つ竜達は遥か昔、樹族が神と崇めていた種だ。サカモト神が現れる前は彼らが樹族に知恵を授けていた。
別の世界から世界へと旅をする彼らはその先々で知的生命体に知恵を与える。主に如何にして自然と共に生きていくかの術を教えてくれるのだ。
どうやれば作物の収穫が上がるか、どの病気にはどの薬草が良いか。魔法の術式が未熟であれば効率よく詠唱するやり方を教え、魔法を体系立ててくれる。
そんな恩ある彼らに樹族達は兵器を向けている。
「まさか・・・!」
シオがそう言うと老婆は頷く。
「そうさ、そのまさかさ。彼らはサカモト博士だけではなく親と言ってもいい古竜にまで手を出し始めた。まさに恩知らずの恥知らずさね」
「では今、古竜が少ないのも我々の先祖のせいだってのか?」
「それは映像を見れば解る事だよ。ほら」
樹族たちが弾の出口がない大砲のような物を古竜に向けると、古竜たちはまるで最初から存在してなかったように掻き消えていった。
「酷い・・・」
ポツリとシルビィが呟くと老婆は笑う。
「そうだろう?でもね・・・これからが・・・これからが見ものなんだぁよ!」
消えゆく古竜を見て喜んでいた樹族たちが突然慌てだす。
兵器が制御不能になったのだ。突然大砲の筒が空を向いたかと思うと、空に円形の衝撃波が走り、次々と樹族たちが消えていった。その衝撃波は世界を包み、何故か樹族のみを消しさっていった。世界各地にあったカメラがその様子を映し出していたのだ。
「ヒヒヒィ!それ見た事かい!自分たちの科学技術に慢心するからこうなるんだぁよ!」
笑う老婆を見てシルビィは放心する。
「そんな・・・。我々は一度滅んでいるなんて・・・」
「滅んだあんたらをまた復活させたのは誰か解るかい?サカモト博士だぁよ!樹族が滅ばないように予め計画していた保管プログラムが作動したのさ!あんたらの先祖が殺した博士のお陰で今の樹族がある!しかも病気になりやすく生命力の弱かった樹族の弱点を遺伝子操作で克服し、新たなる樹族を繁栄させたんだよ!肌の色の違いはそういう事さね!」
「もう嫌だ・・・。こんな映像は見たくない・・・」
シオは涙を零してしゃがみこんだ。
「まだ見て欲しい映像は沢山あるよ!新たに生まれたあんたらを導いたのは誰だと思う?古竜だよ!お前らが消そうとした古竜が恨みを捨てて、また樹族に知恵を授けてくれたんだ!恩知らずのあんたらに!」
「嫌だ!映像を消してくれ!もう見たくない!」
「駄目だね!気が触れても歴史の事実を知るべきさ、あんたらは!」
「そこまでだ。それぐらいにしてもらおうか」
書庫の暗がりから黒い服を着たオーガと闇より濃い闇を纏った少女が現れた。その背後にはイービルアイが浮かんでいる。
「ダーリン!」
「ヒジリ!」
二人はヒジリの脚にしがみついた。
「ドワイトに頼まれ、シディマを追って来てみれば・・・。とんだ歴史授業だったな、二人とも」
ウメボシはすぐにシディマを蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにして捕獲した。
「ターゲット捕獲完了」
「ひえぇぇ!クソッタレが!ついてねぇ!」
シディマは逃げる間もなく捕まってしまい喚く。
突然音もなく現れたヒジリとウメボシを見た司書は目を見開いて叫ぶ。
「ああぁ!なんてことだい!新たなる星のオーガがここに!」
「一生ここで過ごしても読み切れないな・・・。本の好きなイグナが喜びそうな場所だ」
一冊を手に取って読もうとするシルビィをシオは止める。
「シルビィ様、迂闊に本を手に取らないほうが良いと思いますよ。あれだけ厳重な扉が用意されていたのですから、防犯魔法がかかっているかもしれません」
「あぁ、そうだな。忠告ありがとう、シオ」
そう言ってシルビィが手を引っ込めるとすぐ後ろで人の気配がした。
「賢き者が身近にいるというのはそれだけ長く生きながらえられるという事である。彼女の言うとおり、ここの本を許可なく触ると呪いがかかるようになっている」
「誰だ!」
彼女と呼ばれ気を悪くしたシオが振り返った。
聖なる光の杖で周囲を激しく照らして声の正体が何者かを確かめて絶望する。
「吸魔鬼!」
オールバックの両サイドが少し角のように尖った髪型の男は眩しそうにして目を細めたが、白目の部分が黒いのですぐに吸魔鬼と解る。
「如何にも吸魔鬼である。我が名はダンティラス。吸魔鬼の始祖が一人」
それを聞いてノームもどきゴブリンのシディマが短剣を落として膝を床についた。
「そんな・・・。運が悪いにも程がある・・・。ただの吸魔鬼でさえ国滅級なのにオリジナルの吸魔鬼だって・・・?まるで勝てっこないですよ・・・」
いつも威勢の良いシルビィだが、今回ばかりは流石に静かだった。
(始祖だと・・・?はったりだ!まぁはったりだったとしてもどの道、私の命もここまでか。死ぬまでに一度はダーリンに抱かれたかった・・・)
「破廉恥である。最期の願いが男に抱かれる事だと?しかもオーガを相手に・・・」
ダンティラスは鼻の下の綺麗に整えてある髭を捻って顔を赤くした。
「心を読んだのか?」
シルビィも顔を赤くしてダンティラスを見た。
「うむ、君たちがどういった意図でここにやって来たのかを知る必要があったのであーる」
以前戦った吸魔鬼と彼は何処と無く違うなとシルビィは感じた。紳士的で攻撃的な雰囲気を出していない。
その考えはシオも同じだったらしく、構えていた杖やワンドを下ろす。
ダンティラスはそれを見て満足そうに頷くと、更に思考を読んだのか静かに驚く。
「ほう。君たちは狂った吸魔鬼と戦った事があるのか。吸魔鬼としての血が薄かったり、喉を噛まれて下僕となった者は心が人に近い。不死の身体に精神が耐えられなくなってその内狂うのである。それにしても君の想像の中のオーガは尋常ならざる強さだな」
「ダーリンは星の国のオーガだからだな」
「なに!ではサカモト博士と同種族とな!」
オーガの始祖神を知っているこの吸魔鬼は何者だ?という考えが皆の頭を駆け巡り、ダンティラスに伝わる。
「私は二番目に博士に作られたのである。一番目は君が持っている杖がそうだ」
正直、自分の杖を指さされてそう言われてもシオには意味が判らなかった。
(何でこの馬鹿杖がサカモト神と関係があるんだ?こいつは先祖代々我が家に伝わる家宝。どこでサカモト神と接点があるんだ?)
「その・・・。この馬鹿杖が何だっていうのですか?ダンティラス殿」
「ハッハッハ!馬鹿杖とは!出来損ないの吾輩と違ってデルフォイには敬意を払った方が良いのである」
「誰だぁ?おめぇは。おめぇなんか知らねぇぞ」
杖はいつも通りぶっきらぼうに喋る。
「知らないのも仕方あるまい。君は吾輩よりも先に博士によって持ち出されたのである。ウィスプ殿やクロスケ殿と一緒に常に博士のもとにいた君と違って、我々は結局役目を果たす事はなかった・・・」
「何の事だぁ?」
会話の途中でカツーンカツーンと杖をついて誰かがやって来る気配がした。
「司書殿だな」
時々、陽炎のように揺らめく老婆は微かに半透明で杖の音も僅かにずれており、存在自体が何処か不自然だ。
「いらっしゃい、我らが敵の子孫よ」
赤いローブの下から丸メガネを掛けた老婆がこちらを睨めつけている。
その目には憎しみと悲しみと諦めが混じっていたようにシオは感じた。
冷たい老婆の視線はダンティラスへと移り、にっこりと笑う。
「憎くない樹族はお前さんだけだよ、ダンティラス坊や。探したい情報は見つかったかい?」
「うむ、有った。我が友人は子を作り幸せな家庭の中で終わりを迎えた。吾輩は裏切られたわけではなかった」
「そうかい。それは良かったねぇ。さてさて、デルフォイ。何をしにここへやって来た?お前さんはノームが持っていたんじゃなかったかねぇ?いつの間に樹族の犬に成り下がったんだい?」
「デルフォイって誰だ?ババァの知り合いなんざいねぇぞ」
杖は相変わらずぶっきらぼうにそう言う。
「おやまぁ。記憶がないのかい?それも仕方ないかねぇ。一万年も生きてりゃそうなるさね。デルフォイはお前さんの名前だよ。今は何という?」
「聖なる光の杖と呼ばれていますが、何か?」
それを聞いて老婆は咽るようにしてヒヒヒと笑う。
「数千年ぶりに腹の底から笑ったよ。お前さんが、聖なる光の杖だってぇ?博士と一緒になって女の尻を追いかけていたのに?性なる光の杖の間違いじゃないかねぇ?」
「うるせぇぞ、ババァ!俺はお前も博士もダンティラスも知らねぇ!お前ら纏めて浄化してやろうか!」
老婆は更にヒヒヒと笑う。
「あたしゃ、マナを媒体にした安っぽいゴーストとはわけが違うよ。浄化は無理さね。ダンティラスもお前さんの光でダメージは受けるかもしれないが、ちょっと肌を焼かれた程度のダメージしか負わないよぉ」
老婆がデルフォイと樹族たちを少し懲らしめてやろうかという顔をしたので、ダンティラスはゴホンと咳払いをして彼女の気をこちらに向ける。
「司書殿。どうやら彼らはこの書庫自体には用がないようである。ゴースト避けの御札を貼りに来ただけのようだ」
「あら、そうかい?じゃあさっさと札を貼って立ち去るんだね」
「そうさせてもらうさ」
許可を貰ったシオは札を出すと書庫の大きな柱に貼りつけた。
「よし、用事は済んだな?帰るぞ。じゃあな!ノームのババァ!」
口の悪い杖をじっと睨んでいた老婆だったが、視線をシオとシルビィに向けるとローブの奥で片頬を上げてニヤリと笑う。
「ちょい待ち。最後に歴史でも学んでいきな。博士がいなくなった後の世界で樹族がどれほど愚かだったか知っておいた方がいいんじゃないかねぇ?そこのお二人さん」
有無を言わさず、だった。二人が返事をする前に周囲は暗転し映像が流れ始める。
テーブルを囲む白衣の樹族たちはホログラムモニターを囲んで歓喜していた。
「やったぞ!サカモトと邪神が共倒れした!ウィスプはどうした?」
「よく判らん。ゲートの向こう側に吸い込まれた。彼女の出す信号もキャッチ出来ない。恐らく別宇宙に飛ばされたのかもしれん」
「クロスケはどうした?」
「機能停止信号が永遠に出る保管庫に閉じ込めた。我々が出そうとしない限り彼は二度と出てはこれないだろう」
リーダーらしき男は立ち上がって両手を広げる。
「我々は遂に!遂に!この星を取り戻したのだ!千年に渡った彼の支配は今、終わりを告げる!二度と地球人に侵略されないよう、遮蔽装置を星に展開する!」
拍手が起こり、皆が抱き合うところで風景が切り替わる。どこかの研究室のようだが、ゴブリンが手足を繋がれて白い部屋の真ん中で叫んでいた。
「もう嫌だ!部屋から出してくれ!何故こんな事をする!」
「煩いサルだな・・・。サカモトに出来たのだ。我々にも出来るはずだ・・・」
モニターでゴブリンを観察する樹族たちはデータをじっと見つめている。
「よし、兆候が現れた!今度こそ!」
期待に目を輝かせていた樹族の研究者たちの顔が失望へと変わるのはすぐであった。
ゴブリンの体が黒く膨らんだかと思うと破裂して肉の塊と化したからだ。
「チッ!失敗か・・・。次のゴブリンを連れてこい。あいつらは蛆虫のように増えるから幾らでも使え」
シオはそれを見て怒りで顔が紅潮する。
「くそったれが!あいつらに人の心はねぇのかよ!」
「ヒヒヒヒ。お前たちのご先祖様は、サカモト博士が生み出した新しい命なんて実験用の鼠程度にしか思っていなかった。ゴブリンが何故今もお前らを無意識に憎むか解っただろう?種として引き継がれる記憶の奥底で樹族の悪行を覚えているのさ」
「・・・」
黙り込むシオと入れ替わりでシルビィが口を開いた。
「本当に彼らは我々と同種なのか?体に流れる体液の色の差なのか知らんが、皮膚の緑色が濃い」
「ああ、それかい。それにもわけがあるさね。見るかい?」
見るかい?と尋ねておきながら老婆はまた返事を待たずに新たな映像を見せた。
どこかの平野で竜の大群と向かい合っている。
「うわぁ!古竜がこんなに沢山!」
それらは今では幻の竜と呼ばれるほど数を減らしており、あの竜の鱗一枚でどれだけ金儲けが出来るだろうかとシディマは考え、驚きの声を上げた。
少しくすんだ金色の鱗を持つ竜達は遥か昔、樹族が神と崇めていた種だ。サカモト神が現れる前は彼らが樹族に知恵を授けていた。
別の世界から世界へと旅をする彼らはその先々で知的生命体に知恵を与える。主に如何にして自然と共に生きていくかの術を教えてくれるのだ。
どうやれば作物の収穫が上がるか、どの病気にはどの薬草が良いか。魔法の術式が未熟であれば効率よく詠唱するやり方を教え、魔法を体系立ててくれる。
そんな恩ある彼らに樹族達は兵器を向けている。
「まさか・・・!」
シオがそう言うと老婆は頷く。
「そうさ、そのまさかさ。彼らはサカモト博士だけではなく親と言ってもいい古竜にまで手を出し始めた。まさに恩知らずの恥知らずさね」
「では今、古竜が少ないのも我々の先祖のせいだってのか?」
「それは映像を見れば解る事だよ。ほら」
樹族たちが弾の出口がない大砲のような物を古竜に向けると、古竜たちはまるで最初から存在してなかったように掻き消えていった。
「酷い・・・」
ポツリとシルビィが呟くと老婆は笑う。
「そうだろう?でもね・・・これからが・・・これからが見ものなんだぁよ!」
消えゆく古竜を見て喜んでいた樹族たちが突然慌てだす。
兵器が制御不能になったのだ。突然大砲の筒が空を向いたかと思うと、空に円形の衝撃波が走り、次々と樹族たちが消えていった。その衝撃波は世界を包み、何故か樹族のみを消しさっていった。世界各地にあったカメラがその様子を映し出していたのだ。
「ヒヒヒィ!それ見た事かい!自分たちの科学技術に慢心するからこうなるんだぁよ!」
笑う老婆を見てシルビィは放心する。
「そんな・・・。我々は一度滅んでいるなんて・・・」
「滅んだあんたらをまた復活させたのは誰か解るかい?サカモト博士だぁよ!樹族が滅ばないように予め計画していた保管プログラムが作動したのさ!あんたらの先祖が殺した博士のお陰で今の樹族がある!しかも病気になりやすく生命力の弱かった樹族の弱点を遺伝子操作で克服し、新たなる樹族を繁栄させたんだよ!肌の色の違いはそういう事さね!」
「もう嫌だ・・・。こんな映像は見たくない・・・」
シオは涙を零してしゃがみこんだ。
「まだ見て欲しい映像は沢山あるよ!新たに生まれたあんたらを導いたのは誰だと思う?古竜だよ!お前らが消そうとした古竜が恨みを捨てて、また樹族に知恵を授けてくれたんだ!恩知らずのあんたらに!」
「嫌だ!映像を消してくれ!もう見たくない!」
「駄目だね!気が触れても歴史の事実を知るべきさ、あんたらは!」
「そこまでだ。それぐらいにしてもらおうか」
書庫の暗がりから黒い服を着たオーガと闇より濃い闇を纏った少女が現れた。その背後にはイービルアイが浮かんでいる。
「ダーリン!」
「ヒジリ!」
二人はヒジリの脚にしがみついた。
「ドワイトに頼まれ、シディマを追って来てみれば・・・。とんだ歴史授業だったな、二人とも」
ウメボシはすぐにシディマを蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにして捕獲した。
「ターゲット捕獲完了」
「ひえぇぇ!クソッタレが!ついてねぇ!」
シディマは逃げる間もなく捕まってしまい喚く。
突然音もなく現れたヒジリとウメボシを見た司書は目を見開いて叫ぶ。
「ああぁ!なんてことだい!新たなる星のオーガがここに!」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。
Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。
現世で惨めなサラリーマンをしていた……
そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。
その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。
それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。
目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて……
現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に……
特殊な能力が当然のように存在するその世界で……
自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。
俺は俺の出来ること……
彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。
だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。
※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。
アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚…
スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。
いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて…
気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。
愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。
生きていればいつかは幼馴染達とまた会える!
愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」
幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。
愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。
はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる