未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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新しい掟

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「グモォォォ!」

 グレーターデーモンは攻撃する間も与えてもらえなかった。

 与えられたのは、断末魔の叫び声をあげて、魔法陣に沈んでいく時間だけである。

 一同は何が起きたのか、ロロムには理解出来なかった。それほどタケシが素早く動いたので、グレーターデーモンの敗因すら確かめる事が出来なかったのだ。

 自称現人神の拳骨一発で倒されたグレーターデーモンを見て、ロロムもマサヨシも鼻水を吹いて驚く。

「ちょっ・・・。未来の地球人は! どんだけ強いんでつか! 戦闘力だけならヒジリ氏以上ですな・・・。タケシ強すぎぃ!」

「馬鹿な・・・。私は帝国に戻ってからも、召喚術の精進を怠っていない! ヒジリ殿同様、星のオーガとはここまで強いのか・・・」

 タケシは吠える。

「やれる! 俺はヒジリよりもやれるぜぇぇぇ!」

 ヒジリが地球に送ったデータや、カプリコンの報告は、地球でもすぐに話題となっていた。

 特にこの惑星の怪物に苦労するヒジリの話は、タケシにとって胸躍るものだった。

「よえぇぇぇ! 惑星ヒジリの化け物も! 所詮はこんなもんかよ! 本気出した俺様が! 間抜けに見えるだろうがよ!」

 マサヨシが悔しそうにそれに反論する。

「そもそも何でかは知りませんが、地球人にはマナを消す力があるのでつ。ですから、マナ依存度の高い悪魔や幽霊なんかには滅法強いわけでつよ。グレーターデーモンに勝ったぐらいで、あまり粋がらないでくれます? オフッオフッ!」

「ああぁん?」

 ギヌロッ! とタケシの鋭い三白眼――――、いや四白眼がマサヨシを睨む。

「ヒエッ!」

 マサヨシは怯えて、リツの後ろにムーンウォークで移動して隠れる。

「お前、さっきから何かムカツクわ。文句あるならタイマンで白黒つけようぜ!」

「俺から見て、あなたは未来の異世界地球人なのに、何で田舎ヤンキーの香りがするのでしょうか? あ~。ヤダヤダー」

「何か言ったか!?」

「いいえ!」

「ハッ! 腰抜けのクソ雑魚が! あ~あ、退屈だなぁ。誰かいねぇのか? 俺の暇つぶしに付き合ってくれる奴はよぉ」

「私がお相手しますわ」

 間を置かずに応答し、リツは眼鏡を外すとマサヨシに渡した。

 どう考えても勝ち目がない戦いに臨むリツを、マサヨシは心配する。

「止めといたほうがいいでつって」

 ヒジリを介して距離の縮まったリツに、マサヨシは愛着がある。そんなリツにひどい目に遭ってはほしくない。

 リツが死んだところで、ヒジリが生き返らせるかもしれないが、それでも彼は悔恨に顔を歪ませるだろう。

「リツちゃん、ヤバいって。あいつはヒジリ氏より強いんですぞ?」

「彼の目的がどうであれ、これは我が一族に叩きつけられた挑戦状。当主の私が、何もしないでいるなんて事は出来ません。それにあそこで気絶している弟二人に、示しがつきませんもの」

「でも・・・」

「手出しは無用ですわよ? マサヨシ。それからロロム皇帝顧問殿も」

「うむ・・・。それが闇側の掟。決闘に割り込む行為は恥ずべき行い。仕方ない・・・」

 退屈そうにするタケシは、ゴツゴツとした赤い岩のようなパワードスーツのグローブをかち合わせて催促する。

「誰でもいいから、さっさとしろよ。あ! そうだ! 負けたらお前俺の女になれ。一度、自然交配してみたかったんだわ」

「ちょ! 何サラッと飛んでもない事を口走っているんよ。つまりタケシが勝ったらリツちゃんとやるって事でしょうが! どストレートにも程があるわ!」

「いいですわよ。でも貴方が負けたら、直ぐにでもこの星から立ち去ってもらいます」

「無理だってリツちゃん! あいつの女になりにいくようなものだって!」

「マサヨシ。最初から負けると思って戦う馬鹿はおりません。そんな気概では勝てる勝負でも勝てなくなります。戦う前から私の心を挫くような言葉は謹んでください」

「・・・」

 覚悟を決めたリツの目を見て、マサヨシはもうネガティブな事は何も言うまいと思った。せめて何とか引き分けぐらいに持ち込めたらと頭を巡らせる。

(俺は闇側のルールなんて知ったこっちゃないんすよ。どんな手を使ってでもリツちゃんを勝たせますぞ。とはいえ・・・。何も良い策を思いつかない。せめてリツちゃんが有利になる情報をば・・・)

「ではアドバイスだけでもさせてください、リツちゃん。俺の知っている限り、あのパワードスーツには、誰にでも簡単に解除出来る、緊急解除ボタンが首の所についています。前にヒジリ氏に教えてもらいましたから確かです。そのボタンをタケシに悟られないように押してください。パワードスーツが少しの間でも剥がれてくれれば、リツちゃんも幾らか有利になるでしょうから」

「ありがとう、マサヨシ。良い情報ですわ。やってみます」

 帝国兵の正式制服である黒いロングコートの襟を緩めて、リツは拳を構えた。

「鉄騎士は格闘術にも優れていますわよ? 貴方のノーム式の格闘術も強いかもしれませんが、帝国の格闘術も中々ですから」

「へぇ~。楽しみだな。俺様の喧嘩殺法が上か、アンタの格闘術が上か。戦いに飽きるまでは手加減しといてやるよ」

 タケシは拳を握って顔の横で構え、いきなり背中のフォトンバーニアで地面を滑空した。

 リツの目の前に、捻りの加わった拳が突き出る。

 それをリツは寸でで躱すと、タケシの腕に右手を添えて軌道を変え、がら空きになった彼の頬に、エルボーを叩きこんだ。

「いってぇ!」

 リツの肘は頬を滑って鼻に当たったので、タケシはつぅと鼻血を流して痛みに驚く。

「やるじゃねぇか。俺様の我流喧嘩殺法と違って、規則正しい動き! かっこいいねぇ!」

 鼻の奥の鉄の匂いは直ぐになくなる。ナノマシンによって傷は直ぐに治り、鼻血も分解吸収されていく。

 リツが「もしかしたらいい勝負になるのでは?」と微かに期待していると、目の前で笑っていたタケシが残像を残して消えた。

「こっちだぜ? 太眉の姉ちゃん」

 リツの背後から声がした。

「オラァ!」

 タケシの腕が自分の腹部にある事を確認した瞬間、天地がひっくり返った。

「投げっぱなしスープレックス!」

 パワフルな投げ技を受け、頭を下に向けてリツは飛んで行ったが、高度があるので落下前に猫のように回転すると足から地面へと着地した。

「でっかいのに身軽だな、お姉ちゃん」

「回避と防御に関して、鉄騎士は優れていますもの。平衡感覚も当然、秀でていますわ」

「でもよぉ、俺様の素早い動きには目がついてこれないようだな?」

 タケシはまた残像を残して、リツの周りをグルグルと回る。

「くそ! 素早さもある、力もある。フォースシールドこそないけど、パワードスーツの防御力だって、並大抵じゃない。チートにも程がありますぞ!」

 マサヨシは地面を踏んで悔しがった。

「なまじ、目で追うから彼の動きを察知出来ないのです。音と空気の動きで・・・」

 リツは目を閉じた。

「そんなバトル漫画のお決まりみたいな事しても無駄だぜ? 現実はそんなに甘くはねぇ!」

 ビュッ! と音がして空気が動く。何となく体を動かすと、彼の顔面へのパンチを避ける事が出来た。

 遅れてパンチの風がリツの頬を叩く。

「おほぉ! やるじゃねぇか! まぁまぐれだろうけどな!」

「私は・・・オーガでありながら、メイジの素質がありました。メイジの素質など、我が一族にとって恥ずべき素質。なのでその才能を殺して騎士一本でこれまで生きてきましたが、今ほど自分の魔の素質に感謝する事はありません。目を閉じて解ったのです。貴方がいる場所はマナが存在しませんの。瞼の裏に映る貴方は、白く光るマナの中にぽっかりと開いた、黒い穴のように見えるのです。私はまぐれで貴方の動きを躱したわけではありません事よ?」
 
 タケシは鼻を鳴らして笑うと、更に動きを速めた。

「じゃあ、これはどうだ?」

 まるで樹族国の裏側の秘技のように、タケシは分身する。

「同じ事です。マナは貴方がいなくなった場所を、瞬時に埋めます。貴方がどんなに速く動こうとも、必ず貴方の居場所が解ります」

 リツの背後から来る踵落としを、裏拳で往なして力を逃し、タケシの脚を掴んで地面に叩きつけた。

「くそったれ!」

 漫画のように地面に穴を作ってめり込むマサヨシは、また強かに鼻を打って鼻血を出す。すぐさま穴から飛び出して立つと鼻を拭った。

「強いな、太眉の姉ちゃん。瞬間瞬間では確かに強いが、長期戦になったらジリ貧だぜ? 俺はスタミナがほぼ無限だからよ。それに・・・」

 タケシは手のひらをリツに向けて襲い掛かって来た。

 リツは思わず四つ手でそれを防いだが、後悔する。

「打撃戦では何とかなるかもと思っただろ? だがよ、喧嘩は殴り合いばかりじゃねぇんだわ」

 タケシの圧倒的な腕力に、リツの腕がミシミシと悲鳴をあげる。

 力を逃がそうとリツは片膝を付いたが、それ以上力を逃がす場所は無い。痛みに悲鳴をあげそうになるが、歯を食いしばって堪える。

「ほらほら、もう終わりか? 次の一手がないなら降参したほうがいいぜ? でないと腕がへし折れるからよ」

「やめろ!」

 どこからか石が飛んできた。

 リツは一瞬マサヨシが勝負に水を差したのかと思ってそちらを見たが、彼が石を投げた様には見えない。驚くマサヨシの視線は自分を通り越した向こう側にある。

「誰だ、あいつ・・・」

 闇側の掟をあっさりと破った若いオーガを見て、マサヨシは細い目を見開く。

 弟子の呟くような問いに、ロロムはため息をついて答えた。

「フーリー家の末弟、誰かがふざけて付けた二つ名は、床ずれのセイバーです・・・」

「セイバーって・・・。同じ名前の奴を知ってるけど、似ても似つかないですな・・」

 弟を睨むタケシの力が緩んだ事で、リツは痛みから少し解放された。

「セイバー・・・。決闘に水を差す事は禁忌ですわよ・・・」

 しかし、それは承知だと言わんばかりに、セイバーは目に涙を溜めて力無い声で叫んだ。

「闇側の掟がなんだ! 僕は姉さんの方が大事なんだ! このまま姉さんがやられるのを、黙って見ていられるか!」

「ああ? なんだ? シスコン野郎! タイマンに割り込んでくる奴には、お灸を据えねぇとな?」

 リツの手を離すと、タケシはずんずんと歩いてセイバーに近づく。

「弟は病弱なんです! 許してやってください!」

「だめだな! ケジメってーのは大事な事だぜ? それにお前らは、力こそ全てなんだろうが。こんな弱虫を何で庇うんだ? あ?」

 リツは必死になってタケシの胴に縋りついて動きを止めようとするが、怪力無双の男を止める事叶わず、ずるずると引きずられていった。

 リツは縋りつくのを止めて、タケシの前に回り込んで腕を広げた。

「弟は貴方の軽い一撃でも死にかねません! お願いです! 弟を殴らないで!」

「いいぜ? その代り・・・。何だか知らねぇが、アンタ見てたらムラムラしてきたわ。この場で種付けしてみてもいいか?」

 タケシは、地球にいた時と違って、これまで感じた事のない劣情に戸惑い、純粋に興味心でそう言ったのだ。

 しかし、リツにとってそれはこれ以上ない屈辱であった。人前で好きでもない相手とそういった行為をするのは、当たり前だがオーガでも嫌なのだ。

 リツは怒りで顔を赤く染める。

「ふざけるな・・・! ふざけるなァ!!」

 何も考えずに怒りの赴くままタケシの首を絞めると、顎の下の襟首にある小さな物理ボタンに触れた。

 その途端、パワードスーツがパージして、タケシは褌一枚の姿になった。

 そのタケシの鳩尾にリツの一撃がめり込む。

「ぐへぇ! パワードスーツを解除するとは思わなかったぜ! でもな! これくらい何でも・・・。あれ?」

 タケシの眼内モニターに、エラーコードがずらりと並ぶ。

「嘘・・・、だろ・・・。惑星ヒジリを覆う遮蔽フィールドが大気圏から降りて来た・・・、だと?! そんな情報知らねぇぞ・・・。ああ、免疫システムが・・・。ゲホッゲホッ! ナノマシンの抵抗も追いつかない」

 ヒューヒューと喉から奇妙な音を出して、タケシは地面に横向きになって倒れた。

 徐々に皮膚が土色となって、白い斑点が浮き始める。

「な・・・なんです? 体が菌に浸食されていっているのでつかな? やだ! 何か怖い!」

 マサヨシが驚いていると、タケシは唐突に息絶えた。

 ロロムは驚いて、興奮しながら杖を地面に向かって打ち鳴らす。

「勝負有り! 勝った・・・。我らが鉄騎士団団長が! 星のオーガに勝った・・・! これは・・・! 凄い事ですよ! 神殺しだ! 彼女は神殺しのリツ・フーリーだ!」

 タケシに倒されて地面に伏していた野次馬や、フーリー家の弟たちは丁度意識を取り戻し、ロロムの声を聞いて驚く。

「なんだと? あのオーガは、星のオーガだったのか!」

「道理で兄上でも勝てなかったわけだ・・」

「姉さん!」

 セイバーは姉に抱きつくと、リツも可愛い末弟を抱きしめた。

「怪我はない? 助けてくれてありがとう、セイバー」

 自分に抱きしめられているセイバーは、何故か顔を曇らせている。

 リツは彼の細い体が自分の腕の中で小さく震えているのを感じた。

「ううん・・・。でも僕は闇側の掟を破ったから、フーリー家から出ていくよ。僕の存在は一族にとってこれ以上ない恥だから・・・」

 リツはもう一度セイバーを抱きしめると、涙を流して叫んだ。

「馬鹿! そんな事させるわけないでしょう! 闇側の掟なんて・・・! 私だって糞食らえ! ですわ!」

 姉の優しさに眉根を寄せて訝しむハサウスとウラヌスは、顔を見合わせた。

「何故、セイバーを庇うのだ? 姉者」

「セイバーは一族の恥。そんな者に慈悲を与えるのか?」

 リツはセイバーを体から離すと、手を水平に薙ぎ払ってハサウスとウラヌスに振り返った。

 激情を見せる事の少ない姉は、泣きながら怒っている。

「でしたら! 貴方達も一族の恥ではないですか! 貴方達は無様にもそこのオーガに負けましたわ! フーリー家を支える者として、貴方達は相応しくありません!」

 姉にそう言われて、ハサウスもウラヌスも静かにその言葉を受け止める。

「わかった、姉者。我らは出ていく」
 
 素直に掟に従う弟二人を、リツは呼び止める。

「待ちなさい。私はフーリー家の当主として宣言します。我が一族は闇側の掟には従いません。力こそ全て、という考え方を捨てます。貴方達はこれまでのフーリー家には相応しくありませんが、これからは必要となります」

 その宣言にハサウスもウラヌスも驚く。そしてまだ何かを言おうとする姉の言葉に耳を傾けた。

「私たちは姉弟なのです。お互い助け合って、一族を今よりも繁栄させていかなければなりません。冷たい掟なんかよりも・・・。私は家族の絆を取ります。そう・・・。それは絆を重んじるヒジリ王のように・・・」

 リツは三人の弟をまとめて抱きしめた。ハサウスとウラヌスは戸惑いながらも、姉の抱擁を受ける。

「それが一族の新たなる掟と言うなら、我らは姉者に従う」

「ええ、そうして」

 ロロムは姉弟の抱擁を見て涙ぐみ、拍手をする。

「素晴らしい。私も常々そう提唱してきたのですが、誰も耳を傾けてくれませんでした」

「師匠は優しい分、押しが弱いからね・・・。オフッ」

「影響力の大きいフーリー家が、闇側の掟に従わないと決めたのです。これは時代が動きますよ。力や暴力が支配する時代は終わりです」

 これはチョールズが望んでいた事でもあった。

 親と妹を政敵の雇った暗殺者に殺された彼は、力や暴力による支配を終わらせようと願っていたが、皇帝という立場上、絶対的な強者である姿を臣民に見せる必要があった。迂闊に優しさを見せれば、どうなっていただろうか?

 闇の掟を撤廃するタイミングを間違えれば、帝国はあっという間にまとまりのない状態になるだろう。下手をすれば内戦が起き、国力の弱体化にも繋がった。

 皇帝になってずっと足踏みをしてきた従兄弟の姿を、ロロムはずっと見て来ていたのだ。
 
「民が自発的に少しずつ変わっていくのが望ましい、とチョールズも言っていた。それが今、現実になりつつあります」

 ロロムはローブの裾で、涙を何度も拭いている。

「師匠泣き過ぎだって。揶揄われますお。それにしてもヒジリ氏は結局来なかった・・・。なにやってんですか、もう」

 ヒジリ達はいまにも飛んでくるのではないかと、マサヨシは空を見上げたが姿はない。代わりにどこからか桜の花びらが飛んできて唇につく。

「おや? もう春でつか・・・。時が経つのははやいでつね。オフッオフッ!」

 そう言ってマサヨシはその花びらをむしゃむしゃと食べてしまった。
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