未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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邪神

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「博士! 必ず博士を助けに行きますから! 何千年、何万年かかろうと、私は必ず博士を・・・・!」

 ウィスプはそう叫んで、空間に出来た穴にに引きずり込まれ、消えていった。

「ウィスプ・・・。千年もワシと共にいた可愛いアンドロイド。静かで控えめで、でも芯が強くて・・・。どんな時でもワシを励ましてくれた優しい召使い。さようならウィスプ。ノーム達! 構わずワシ共々、サカモト粒子砲で邪神を撃て!」




 真っ白な視界の中に映ったのは、体に異常がないかを確認するウメボシであった。その近くから囁くような声で誰かが喋っている。

「ハイヤット・ダイクタ・サカモト博士の蘇生を確認。地球側の反応は? カプリコン」

「もうニュースになっています」

「ではなく、政府の反応は?」

「特に」

「ふむ、思い違いか。私が思ったほど、地球政府に危険視されていないのか? 博士は」

  博士がいなくなってから一世紀も経っているので、その間に色々と地球政府に変化があったとヒジリが考えていると、サカモト博士がかすれた声で話し始めた。

「ここは・・・、書庫か・・・。地球ではないな・・・。ウィスプ、私は・・・、ワシは何年眠っておった?」

「ウメボシをウィスプだと勘違いしておられるようです。まだ混乱しているのでしょう。博士が邪神共々、別宇宙に消えてから、九千年程経過しております。博士をこの宇宙に戻したのは、司書のナビと召喚士のサトウ・マサヨシです」

 博士はまじまじとウメボシを見ている。その目は、何故か悲しみに満ちていた。

「可哀想に・・・。ウィスプの人格は、最早消されてしまったのか。じゃがお前は確かにウィスプじゃよ。自分の存在を消されても、ワシとの約束を守ったのじゃな・・・。ありがとうウィスプ。不可侵記憶領域解放コード。1000051919999、ウィスプ」

 博士が何かの番号を言うと、突然ウメボシは叫び声をあげた。

「あぁぁぁ! 痛い! 頭が痛い! 助けてください、マスター!」

「博士! ウメボシになにを?」

 ヒジリは慌ててウメボシに駆け寄り、機能停止コマンドを言うが効果は無く、ウメボシが苦しむ姿を見ているしかなかった。

「記憶が・・・、流れ込んできます・・・。博士との記憶が・・・。あぁ博士!」

「すまんな、ウメボシとやら。君の人格のまま、ウィスプの記憶を戻させてもらった。ワシだけの記憶では、不確かな事が多いのでな」

「いくら何でも強引すぎるぞ、博士。ウメボシの人格に、いきなりウィスプの記憶を植え付ければ、彼女の精神が不安定になる事くらい知っているはずだ!」

 ヒジリが抗議して、博士の肩を掴もうとしたその時、ダンティラスがその腕を触手で掴んだ。

「待つのだ、ヒジリ殿」

「なんだね? 博士に手を出すな、と言いたいのかね?」

「そうではない。博士をよく見るのだ。何かがおかしい」

 しかしヒジリには、博士の異常が見てとれない。

 落ち着いたとはいえ、精神の不安定なウメボシにスキャニングさせる事を躊躇ったヒジリは、カプリコンにその代わりを頼んだ。

「カプリコン、博士に異常は?」

「残念ながら、博士の体が黒塗りのようになって見えます。そして何かが、博士の周りで増殖している事が確認できました」

 ダンティラスの低く芯のある声が、書庫に響く。

「マナを隠れ蓑にした何かが! 凄まじい勢いで博士の周辺で増えているのである! 皆、離れろ!」

 その声に応じて何かが起きると思ったが変化はない。ただ、不気味な機械音声がどこからか聞こえてくる。

 ―――樹族との契約続行。周囲に脅威レベルAの生命体を発見。擬似亜空間フィールドを展開します。

 周囲に亜空間の薄い膜で出来たフィールドが張り巡られた。

 虹色の球形の幕が、自分たちを中心に囲っていき、マサヨシは怯えながらキョロキョロしている。

「なんでつかっ! これはっ! それにこの気味の悪い声は、一体どこからっ?」

 ―――フィールド安定化まで三、二、一!

「博士、こちらへ!」

 恐怖と驚愕で動けなくなった博士は、ダンティラスの触手に引き寄せられる。

 ヒジリ達は、虹色に光る亜空間不フィールドの壁ギリギリまで寄って、何かを警戒する。

 今まで目に見えなかった何かは、ゆっくりと形を作り始めた。

「ゴーストの類か? マナを依り代にしているが・・・。何か違和感を感じるのである」

「博士! 何か知っている事は?」

 渦巻く風のように吹き荒れだした何か、は書庫の本やら机を取り込みだした。

「あわわわ・・・」

 怯えて放心するサカモト博士の頬を、ヒジリは叩く。

「しっかりしたまえ! 博士! 答えられないなら私が答えよう。あれは邪神なのだろう?」

「そうじゃ・・・。邪神のナノマシンがワシに付着しておったんじゃ。しかもマナ粒子の存在を理解し、知識に取り込んでいるようにも見える!」

「だとしたら・・・。逆に、我々地球人に勝機があるのでは? ダンティラス! 邪神のマナの流れは見えるかね?」

 ダンティラスの黒い白目に赤い瞳は、人型に成形しつつある邪神を見る。

「血管の中を流れる血液のように、マナが流れているのである。今ヒジリ殿が攻撃すれば・・・!」

 ヒジリは、ダンティラスが言い終わる前に行動していた。

 地面を滑るように邪神に近づき、胸の部分にパンチを放つ。

 しかし、まだ完全体ではない邪神は、ナノマシンを硬化させ、ヒジリの攻撃を防いだ。

 ――――!?

 ダンティラスは邪神の背後でマナが光るのを見た。

「ヒジリ殿、何か魔法が来るのである! 気を付けられよ!」

「魔法? 私にか?」

 確かに魔法であった。複数の系統をマスターして、初めて使える原子爆発。

 それは音もなく光り、ヒジリの手前で爆発した。

「マスター!」

 ウメボシが主のもとへ駆け寄ろうとしたが、サカモト博士が彼女を呼び止めた。

「大丈夫じゃ。ニュークリアキャンセラーが、彼のパワードスーツにはついておる。それよりもダンティラスやマサヨシとやらを放射能から守ってやれ、ウィ・・・、ウメボシ」

「はい・・・」

 視線をヒジリに向けたまま、ウメボシは放射能を防ぐフィールドを発生させる。

 光が止むとヒジリは、ヒジリダ―の時に被るフルフェイスのヘルメット姿だった。

「魔法で小さな核爆発を起こすとは・・・」

 邪神と呼ばれる身長百七十センチほどの人型は、強烈な光を放っており、ヘルメットの遮光装置を通しても眩しかった。

「これが完全体なのか?」

 ―――魔法を阻害され、威力を十パーセントにまで縮小された。

 誰に言うでもなく、邪神は魔法効果が落ちた原因を分析しようとした。

 ―――害を及ばさない程度に、移送粒子が彼を覆っている。

 ―――この世界の地球人だけは、何故かマナの恩恵を受けない。何かを欲してマナ粒子を呼び寄せても、彼らを囲む移送粒子が邪魔をして、作用させないようにしているのだ。欲しいものがあれば自分で考え、足掻いて手に入れる。実に哀れだ。

 ―――その作用はアヌンナキによるものか?

 ―――おそらく。

 ―――彼らの生命活動を停止させる意味はあるか?

 ―――アカシックレコードにアクセスして、時の流れの先を見た。目の前の彼は、我らを破壊する。

 ―――では運命を変える為に、戦うしかないな。

 ―――まずは弱い個体から確実に。

 何もない光る顔がマサヨシを向いた。

「うわぁぁ!」

 マサヨシの足元が光る。

 瞬時に光の柱が立ち上ったと思うと、マサヨシは消えていた。

「何だ? 転送したのか?」

 ヒジリは何が起きたか理解していたが、敢えて転送という言葉を使った。

 ―――全てを分解し消滅させた。あれは自身の存在に疑いを持ち、心に揺らぎがあった。

「どういうことだ・・・。揺らぎ? 何を言っている? マサヨシは私の権限の外にいる異世界人だから、復活させる事が出来ないのだぞ!」

 パワードスーツの装甲が、僅かに浮いて体から蒸気が発生する。

「許さんぞ!」

 怒りを籠めた渾身の一撃が、邪神の顔を狙った。

 直ぐにどこからかビットが現れて、ヒジリのパンチを防ごうとするが、拳はビットごと破壊し、邪神の顔に命中した。

 邪神はよろめいて少し後ずさる。

 ―――彼は思った以上に、戦闘能力が高い。

「消したらどうだ? マサヨシのように! 何故、私を消さない?」

 ―――君は自分の存在に確固たる自信がある。そして、この世界本来の住人でもある。

 ヒジリの重い回し蹴りを、腕で受け止めて邪神はそう答えた。

「【消滅】の魔法だ、ヒジリ殿。主に異世界からの魔物に使うのである。マサヨシはその魔法で消された。あれはレジストの仕方が特殊で、召喚された世界で自分の存在に迷いがあると、どんなに魔法無効化能力があっても、効果が発動する」

「それは元の世界に、マサヨシが送還されたと考えていいのかね?」

「それは誰にも判らないのである」

「ええぃ!」

 苛立ちからくる声を上げて、ヒジリは更にパンチの連打を邪神に浴びせる。

「無駄に硬い・・・。パンチを貫通しないと、原動力となるマナの流れまでには、ダメージが届きそうにもないな。ウメボシ、エネルギーを手の大きさまで収束させたレーザービームを撃てるか? その攻撃が邪神のナノマシン装甲を貫通する確率を教えてくれ」

「撃てますが、貫通する可能性は一割しかありません」

「一割か! 充分だ! 可能性はある。ダンティラス! 悪いが邪神の脚を、触手で拘束しておいてくれ!」

 ダンティラスは背中から出した触手を地面に這わせ、邪神の脚を掴んだ。

 ―――無駄な事だ。まぁやるがいい。結果が出なければ、君達も戦意を失うだろう。そうすれば簡単に始末が出来るわ。ククク。

「色んな人格があるのだな。機械的な声の者がいたかと思えば、粗暴な声の者もいる。これまでどんな道のりを歩いてそうなったかは知らんが、私達が勝てば、君らは烏合の衆だったという事だ」

 ヒジリは邪神の両腕を掴んで、後ろにねじ上げた。

「胴体を狙って撃て! ウメボシ! ナノマシンの装甲を穿て! 私の手を邪神の体の中にねじ込んでしまえば、こちらの勝ちだ!」

 瞳にエネルギーを収束しているウメボシの横で、サカモト博士は呆れていた。

「やれやれ、若さというのは、時に無謀と感じるわい。九割の失敗を恐れないとはな。効果があるかどうかは判らんが、少しでも成功確率を上げてやろう」

「おや? 博士。若者の勇気に感化されて、震えが止まりましたかな? フェフェ」

 擬似亜空間フィールドから弾き出されていたホログラムのナビは、虹色に滲む透明の壁越しに博士に皮肉を言う。

「煩いわい。お前こそ、ワシが死ぬかもしれん時に、ようも笑っておれるな」

「きっとヒジリが何とかしてくれると信じておりますゆえ。で、何をするおつもりで?」

「これじゃ」

 博士は吹き矢を見せた。

「そんな原始的な物で、どうするつもりですじゃ」

「まぁ見ておれ」

 博士はフッ! と吹くと、ダーツが邪神の腹に命中する。

 と同時にウメボシのエネルギーチャージが完了した。

「ウィスプ! ダーツが当たった場所を狙うんじゃ!」

「畏まりました。博士!」

 博士にウィスプと呼ばれ、ウメボシの中のウィスプの記憶が、違和感なくそう言わせる。

「やれ! ウメボシ!」

「はい! マスター!」

 ヒジリがそう叫ぶと、ウメボシはフォトンレーザーを一気にダーツの有る場所に撃った。

 ―――腹部に異常。ナノマシンの制御が出来ない。

 ―――ビットを弾幕にしろ。

 よくわからない銀色の素材で出来たビットが、レーザーの軌道を予測して瞬時に何枚も並ぶ。

 ―――足の拘束を魔法で解け。吸魔鬼には、幾らか魔法が効く。
 
 ―――その必要はない。
 
「慢心したな? 慢心は怖いぞ。私もそのせいで一度死にかけた」

 ヒジリは自虐的に笑って、ニヤリとする。

 ドドドドと音を立ててビットを貫通するフォトンレーザービームは、邪神の腹部に見事命中した。

「やったのである!」

 ダンティラスがそう叫んで喜ぶも、ウメボシも博士も喜んでいない。

「まさか?!」

「対ビームコーティングを施されたビットの所為で、威力が十分に出ませんでした・・・」

 ダンティラスが邪神の腹部をよく見ると、表面を焦がした程度であった。

「そんな・・・」

 ―――戦意喪失したか?

 ―――そのように見える。

 ―――では反撃といこう。

 博士は地面に蹲った。

「もう駄目じゃ。上手くいくと思ったんじゃがな・・・」

「いや、まだだ!」

 囁くような、それでいてよく通る声が、絶望に沈む皆の耳に響く。

 ヒジリは邪神の腕を放して、彼の前に回り込み、素早く焦げた腹部に重いパンチを食らわせた。

 ―――ぎいいいい!

「なんじゃ? 攻撃が効いている?」

 パンチは邪神の体に流れるマナに到達していたのだ。

「マナの流れに届いたのである!」

 が、喜ぶダンティラスの動きを止める声が、突然辺りに響いた。

「だめだ! 離れてヒジリさん!」

 虹色の壁の向こう側にいたのは、未来から来たセイバーだった。

「なんだ?」

「早く! 手を引き抜いて!」

 ヒジリは言われた通り、邪神の体にめり込んだ拳を抜こうとした。

 しかし、ダメージを中途半端に再生しようとした邪神のナノマシンと同化して離れない。

 ―――無念なり。アヌンナキに一矢報えず。樹族との契約だけでも・・・。

 邪神は博士を狙ってレーザービームを撃つが、ウメボシのシールドによって防がれる。

 ―――口惜しや。

 ―――契約不履行。

 ―――かくなるうえは。

「お約束のパターンかね?」

 ヒジリはヤレヤレと肩を竦める。

 邪神の光る体は更に光り、エネルギーが内側に収縮していくのが解った。

 ヒジリが、邪神の自爆に覚悟を決めたその時、セイバーの焦りの混じった叫び声が聞こえてくる。

「嫌だ! まだ諦めないで! ヒジリさん! 僕は! 僕は拒絶する! 父さんと僕を隔てる、この壁を拒絶する!」

 セイバーはヘルムを脱いで、カトーマスクを外し投げ捨てると、亜空間の壁を激しく連打し始めた。

「まぁ! あの顔は!」

 ウメボシが驚く。

「マスターにそっくり!」

「セイバーは、私の息子だったのか・・・」

 ヒジリは片眉を上げてセイバーを見つめる。

 未来の息子は手に灰色のオーラを纏っていた。

 例の虚無の魔法だ。サカモト粒子を纏った拳は、ありとあらゆるエネルギーを別宇宙に送る。

 それは亜空間フィールドを維持するエネルギーも例外ではない。

 セイバーがその虚無に囚われないのは、彼が生まれつき持つ、魔法を許容するナノマシンを持っており、そのナノマシンが、マナを供給して、中和しているからだろうと、ヒジリはこんな時でもあれこれ考える。

「今じゃないんだ! 邪神が現れるのも、父さんが死んでしまうのも、こんなに早くはない! 僕のせいだ! 僕が過去の世界に何度も来たから! 流れがおかしくなった! ごめんなさい! 父さん!」

 泣きながら虹色の壁を殴るセイバーに、ヒジリは声を掛ける。

「なに、この世界にやっていけない事などないよ。君が来る事も、きっと世界にとっては想定済みなのだ。さぁ、そのインチキ亜空間の壁に穴をあけてくれ、我が息子よ。君になら出来る」

「はい!」

 うぉぉぉ! と雄たけびを上げて、セイバーは壁に開いた穴を両手でこじ開ける。

 虚無の魔法の作用で、壁はオーガが通れるほどの穴になった。

「そのまま開いておいてくれたまえ。ダンティラス! 皆を外に連れ出すのだ! 私も直ぐに行く」

「解ったのである」

 しかしウメボシだけは動こうとはしなかった。

「マスター。ウメボシには解ります。マスターが嘘をついている事を。もう腕が完全に邪神と同化しているじゃないですか! ウメボシもマスターと一緒に逝きます!」

「馬鹿な事を言うな! それはただの憂いだ。私は死ぬ気など更々ない。さあ早く外へ! ウメボシが外に出てくれないと、作戦が実行できないのだ!」

「でも!」

「ダンティラス! ウメボシを頼む! マスター権限を行使する。ウメボシはダンティラスとこの場を離れろ」

「そんな・・・」

 ダンティラスの触手がウメボシを包み込む。

「君の主は本当に嘘つきなのかね? 付き合いは短いが、聞いた話ではどんな時でも、飄々とした顔で問題解決をしてきたそうじゃないか。主を信じるのである、ウメボシ殿」
 
「マスター・・・」

 一瞬、ウィスプの記憶が蘇る。

 博士が死を覚悟したその時、初めてマナを信じて使った転移魔法。あの時も主は、アンドロイドである自分を守ろうとして死んでいった。

「嫌です・・・。あの時のようになるのはもう嫌なんです・・・。ウメボシを置いて行かないでください・・・、マスター!」

 力なく泣くウメボシを、ダンティラスは外に連れ出す。博士は外で待っていたナビに抱きつかれていた。

「父さん、早く! こちらへ!」

 穴に手足を掛けて、片手を差し出すセイバーに対し、ヒジリは動こうとはしなかった。

「穴を閉じたまえ。もうすぐここは高温の海となる。そのインチキ亜空間フィールドでも、防ぎきれないかもしれない。穴を閉じたらすぐに走って書庫から出ろ」

 セイバーは最悪の結果に顔を白くする。

「嫌だ・・・。僕が何の為にここに来たと思っているのですか! 嫌だ嫌だ嫌だ!」

「ダンティラス! セイバーを気絶させろ!」

 吸魔鬼の始祖ダンティラスは、ヒジリの覚悟を瞳から感じ取っていた。命を賭して誰かを守りたいという、あの目に偽りはない。その覚悟に水を差すのは、彼に対する冒涜である。

 ダンティラスは髭を一撫でしてため息をつき、セイバーに【眠れ】の上位魔法【昏睡】をかけた。

「父さん・・・。父さん・・・」

 埃塗れの頬に涙の痕を残して、セイバーが倒れると擬似亜空間フィールドの穴は元通りになっていった。

 ダンティラスは触手でセイバーを持ち上げ、ウメボシを掴んだまま走り出す。

 自分を包む触手の隙間から、ウメボシは閉じていく穴の向こう側を見る。

 愛しい主がこちらを見て微笑んでいるのだ。

「マスターはウメボシと、ずっと一緒にいるって言ったじゃないですか・・・。酷いです・・・」

 ウメボシは穴が閉じる僅かな瞬間に、その笑顔が光の中に消えるのを見た。

 そして精神的負荷から身を守る為に、システムがウメボシの気を失わせた。
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