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腐肉の宴
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ゴデの街を人々は逃げ迷う。
ゴブリンの母親は抱いていた幼子に突然噛みつき、父親は娘の首を絞めはじめた。
僅かなお金を握りしめ、チャンスを掴もうと辺境の村からやって来たオークの青年は、目から光を失い、口から泡を吹いてオーガの老婆に襲い掛かった。
「えぇい! どういう事じゃ!」
明日の調印式に備えてやって来たヴャーンズは、街の異常な空気に気が付き、スレイプニル車の中で杖を握る。
魔法攻撃力を倍増させる魔法の杖の握りは、ヴャーンズの手の汗を吸って湿っていた。
「御者もやられました、ヴャーンズ様!」
サキュバスのウェイロニーが、両手で頬を押さえて叫ぶ。
御者の背中にある小さな小窓は、ゴブリンの御者の血に染まっていた。
「護衛の騎士達はどうしている?」
「それが不意を突かれた上に、多勢に無勢。暴徒の下敷きになっています!」
ウェイロニーはアワワとたじろいで、暴徒に次々と噛みつかれる魔法騎士と暗黒騎士を見て爪を噛んだ。
「嵌められたんですよ! ヴャーンズ様! ヒジリに嵌められたんです!」
「馬鹿な! 今日は魔法国スイーツからも女王が来ているのだぞ。これはワシだけを狙ったものだとは思えん! 戦闘態勢をとれ! ウェイロニー! 暴徒に向かって魅了スキルだ!」
「さっきからやってますよ! でも・・・。でも!」
窓に押し寄せる暴徒に必死になってウィンクをするウェイロニーだったが、口角から泡を吹き、白目をむく彼らには効果が無かった。
ヴャーンズがどうやって現状から脱出するかを考えていると、遠くから竜巻が近づいて来る。
「あれは・・・死の竜巻! ヘカティニスじゃ!」
ミスリルプレートメイルに身を包む英雄傭兵ヘカティニスは、魔剣へし折りで暴徒を次々と跳ね飛ばしている。
「ま、まさか・・・。ヘカティニスまでおかしくなっちゃったんじゃ・・・」
「絶対絶命じゃな。メイジは詠唱時間が確保できないと役に立たん。こんなに大勢に攻められて、尚且つ、化け物級の戦士まで来られてはお手上げじゃ!」
「そんなぁ~! ヴャーンズ様~!」
ウェイロニーは蝙蝠の羽を萎らせて、ヴャーンズに縋りつく。
「かくなる上は虚無の・・・」
「ヴャーンズ様! こちらへ!」
ヘカティニスの後ろから、小さな地走り族が顔を出し声を掛けて来た。
よく見るとヘカティニスも地走り族もわずかに光り輝いている。
「祈りの効果か。しかしあれは対アンデッド用の【聖なる光】・・・。という事はこの暴徒たちは・・・」
「話は後で! 取りあえず、桃色城までお越しください。そこで陛下が現状を説明してくれます」
フランは早口にそう言うと、自分が信仰するオーガの神、ヒジリやサカモト博士を思い浮かべて、ヴャーンズとウェイロニーに【聖なる光】を授けた。
悪魔であるウェイロニーは聖なる光の加護に不快感を示すが、背に腹は代えられないと我慢した。
「むぅ・・・。君は聖騎士かね?」
「いいえ、見習いです」
「見習いとは思えんな。ふむ・・・」
「早く! 私達の後ろをついて来て下さい!」
立ち止まって聖騎士の知識を思い出そうとするヴャーンズを、フランは急かす。
暴徒たちは襲い掛かっては来るが、攻撃が届く手前で【聖なる光】が遮る。
ヘカティニスが暴徒を跳ね飛ばして道を作ると、一同は桃色城へと向かった。
ダンティラスが扉を開けて、すぐさまヴャーンズ達を城の中に入れると、リツが駆け寄って来る。
「ヴャーンズ陛下!」
「どういうことだ、リツ団長。何故こんな事になった」
「それは・・・。とにかく、客間へ案内します」
リツに案内されて客間に通されたヴャーンズは、長テーブルに座って、水晶にマナを送り込む妖精の女王を見つけた。
「こんな時に呑気に挨拶するのも間抜け話だが・・・。久しいな、パブリー女王」
しかし女王から返事はなかった。何かに集中しているようだ。ウェイロニーと同じくピンク色の髪をかき上げてから、必死になって魔法水晶から何かを読み取っている。
「なんじゃ? 何を見ておる? ところでヒジリ王はどこだ? リツ」
「パブリー女王陛下が原因となる場所を探り当てましたので、その場所に向かわれました」
「はぁ? 馬鹿か! 外のあれらは・・・ゾンビじゃろう? ゾンビがわんさかおるというのに」
「それが・・・。ヒジリ陛下はゾンビの影響を受けません。寧ろ、陛下に触れたゾンビは、ただの死体になってしまいます」
「なんじゃと!」
リツの説明を聞いて、ヴャーンズはヒジリが星のオーガであると完全に確信する。これまでヒジリの魔法無効化はアンチ魔法の可能性もあると疑っていたからだ。
しかし彼はアンデッドを浄化した。ゾンビを死体に戻すには魔法ではなく、祈りの力が必要。そうなると、彼は神、即ち星のオーガである。
「で、ヒジリ王はどこに向かったんじゃ?」
これまで魔法水晶に集中していたパブリーが、背もたれにもたれ掛ってフゥと息を吐く。
「ヒジリ王なら、このゾンビ化の原因となったオーガメイジのいる留置所に向かっています。そのオーガメイジは魔法の巻物で【腐肉の宴】を唱えてしまいました。元を絶たないといつまでもゾンビは発生します。この魔法、元々はツィガル帝国に保管されていたものですよ、ヴャーンズ。・・・貴方の管理が杜撰だから、こんな事になったの!」
妖精の女王は椅子から立ち上がると、テーブルを叩き、ヴャーンズを睨んだ。怒りに震える度に、蝶のような羽からは鱗粉が零れる。
「馬鹿な・・・。あの厳重な書庫から、巻物を持ち出した者がいるというのか。誰だ?」
「樹族ですよ。詳細までは判りませんが」
「えぇい! あいつらは碌な事をせんな。これまでの歴史でも、最悪な出来事はいつもあいつらが引き起こしてきた!」
危険な巻物は、いつも誘惑するように人の近くに突然現れるので、ヴャーンズは魔法騎士に命じてそれらを回収し、厳重に保管していたのだが、その書庫から樹族に盗まれた事に怒りを覚える。
ツィガル帝国皇帝はこれから先を予想して身震いをした。
ゾンビ化の魔法は効果範囲自体は狭いが、ゾンビ化した者が、爆発的に感染者を増やすからだ。いずれ帝国にもゾンビの波は押し寄せるだろう。
「このままでは結界を持たない闇側の多くの国が、亡ぶかもしれんぞ」
ゴブリンの皇帝は顔の脂汗を手のひらで拭うとテーブルに肘をついて頭を抱えた。
「今頃、結界の向こう側で慌てる我らを見て笑っておろうな」
タスネがツィガルの皇帝に少しでも癒しをと考えて、紅茶セットをトレイに乗せて運んできた。
「こ、皇帝陛下。ど、どうぞ紅茶で喉を潤しになってください」
ティーカップに紅茶を入れると、タスネは緊張しながら皇帝に差し出す。
喉がカラカラだったヴャーンズは、魔法で水の入った皮袋を具現化させようかと考えていたところだったので、タスネの気遣いに喜んだ。
「うむ、すまんな」
ヴャーンズは熱い紅茶を一口啜って香りを嗅ぎ、張りつめた精神を少しでも和らげようと目を閉じる。
「お姉ちゃん!」
コロネが不躾にドアを開けて入って来た。
「こら! コロネ! 皇帝陛下と女王陛下の前で失礼でしょうが!」
心臓が飛び出しそうなほど驚いて、タスネはコロネを部屋から追い出そうとした。
「でも! ドォスンが心配だよ! もしドォスンが死んでたら私・・・。うわぁぁ~ん!」
「ドォスンは強いから大丈夫だって。さぁ部屋に戻って」
「心配じゃろうな。ゾンビ化で死んだ者は光魔法の【蘇生】や祈りでも生き返らん」
「ちょっと! ヴャーンズ!」
パブリーはヴャーンズを咎める。
「おっと! すまない、地走り族のお嬢ちゃん。そのドォスンとやらはきっと生きている」
「そんな安い慰め・・・」
パブリーは迂闊なヴャーンズを睨み付けた。
コロネは更に声を上げて泣き、走って部屋の外に出て行く。
「すまんと言っておろう・・・」
まだ睨み付けてくるパブリーに、ヴャーンズはもう一度小さく謝った。
「マスター。ウメボシはあのオーガメイジに見覚えがあります。昨日、街で決闘をしていたオーガメイジです」
「スカー達はどうやら、所持品のチェックはしなかったみたいだな」
牢屋の中で巻物を広げ、詠唱を続けるオーガの目には光が無い。意識を失い操られているように見える。
ヒジリは素早くオーガメイジに触れて巻物を取り上げると、破いて芯をへし折った。
巻物を取り上げられたオーガメイジはその場に倒れる。
「これでもう周辺の人がゾンビになる事はないと思うが・・・。これは大規模な再構成蘇生が必要となるぞ。BPは足りるだろうか? カプリコン、やれるか?」
「BPは問題ありませんが、蘇生が出来る範囲は遮蔽フィールドのない場所のみです・・・。なので遮蔽フィールドの下にいる方は蘇生できません」
「もう既にゾンビが国境付近まで行ったというのか! 何てことだ。急いで遮蔽フィールドを解除する必要がある・・・。が、一体どこを探せば」
「マスター。このオーガメイジを探り当てたパブリー女王陛下は、探し物が得意みたいでしたし、一度城へ戻りましょう」
「そうだな」
ヒジリはすぐさま踵を返すと留置場の外に出た。
ゾンビの群れはヒジリを見つけると襲い掛かかってくるが、パワードスーツに触れた途端、勝手にバタバタと倒れていく。
その中にオーガの酒場の常連客などの見知った顔もあった。
「・・・生き返らせる事が出来ると解っていても、気分は良くないな」
まだゾンビ化していない者も多く、生き残った者は、家に閉じこもって中でバリケード築いている。
街路樹の上で助けを呼ぶ者がいた。巡礼者や逃げ遅れた観光客が、木にしがみ付いて震えている。
ヒジリはヘルメスブーツで浮くとそれらの人を抱きかかえ、桃色城の庭に次々と降ろす。ゾンビ達は知性が低く、城を囲む高い塀を乗り越えようとはしない。
「ありがとうございます、陛下!」
「礼には及ばんよ。国民や我が国に来た客を助けるのは当然の事だ。ウメボシ、テントと炊き出しの用意をしてくれ」
「はい!」
ヒジリは避難民たちに手を振ると城の中へと入って行った。
「巻物を読んでいたオーガメイジの件は片付いた。他に情報は? パブリー女王」
「あります。まずこの混乱の首謀者が樹族である事。この事態を放っておくと大陸中がゾンビだらけになるでしょう。これを企てた樹族は、結界があるから光側は大丈夫だと思っているようです。ですが、結界も札が劣化すれば効果が弱まります。札の交換時に襲われる可能性を、彼らは考えていないようですね」
「パブリー女王に頼みたい事がある。貴方は魔法水晶を使った探し物が得意なようだ。説明するのは難しいのだが、この星を覆っている【姿隠しモドキ】を発生させている装置がどこかにあるはずなのだ。調べた限りでは、魔人族の吸魔鬼か、魔法傀儡を媒体にしているはずだ。それらを作ったのは樹族なので、樹族が支配する国のどこかにあるのは間違いない。が、私の知識はここまでだ。これ以上の情報が欲しい」
「調べてみますが、それがこの現状と何の関係が?」
「私はその姿隠しモドキの霞に触れると力を失う。霞があると、広範囲の蘇生が出来ない。ゾンビ化した者を一人残らず蘇生するには、どうやっても装置を止めなければならないのだ」
ヒジリがやろうとしている事を聞いて、ヴャーンズは眉間を指で揉みながらため息をついた。
「バートラの吸血鬼化したゴブリン達と違って、ゾンビ化した者は蘇生は出来ないぞ、ヒジリ王よ。彼らを覆う呪いが蘇生を完全に拒むのだ」
「その呪いすら拒絶する力が私にある、と言えば信じるかね?ヴャーンズ皇帝」
「そこまで出来るのか! 星のオーガとは」
眉間を揉んでいたヴャーンズは、それを止めて驚いた顔でヒジリを見る。
「君たちが身にマナを纏うように、私たちは虚無を纏っているとサカモト神は言っていた。虚無の事を我らは粒子の発見者の名前に因んで、サカモト粒子と呼んでいる。この粒子は、集まって拡散するときに危険な性質を見せるが、分散した状態のままなら特に害にはならない。精々、人の微弱な願いを阻むだけだ。呪いも、マナを帯びた願いの一種なので阻むことができる。実際、私は呪いを消滅させたことがあるからな。つまり星のオーガにとって、ゾンビはただの動く死体なのだよ。蘇生可能だ」
妖精の女王はヒジリの話を聞いて、なるほどと頷いた。
「魔王が転移の途中で倒されたのも、ヒジリ王が虚無の手で転移門を触れて、魔王の侵入を拒絶したからですね?」
千年戦争をあっさりと終わらせたヒジリ王の力を、女王は心の内で畏怖した。
「そうだと思う(いや、知らないが)。ところで、パブリー女王。装置の場所は解りそうかな?」
女王は水晶を撫でまわして映像を皆に見せる。が、ヒジリとウメボシには見えない。
「何が映っている?」
ヒジリは、水晶を見て絶句するダンティラスに聞いた。
「始祖の一人が映っているのである。椅子に座る魔人族の吸魔鬼、カティスがな・・・。奴は勝手に施設を飛び出して行方不明になっていた。古代樹族の施設に囚われていたとは驚きである。カティスにはもう意識がないように見えのである。魂もそこにはないだろう。ただの生きる屍と化し、装置の一部となっている」
ヴャーンズは水晶に映る、黒い穴のようになった魔人族の目と口を見て、彼の無念さを感じ取る。
「惨いことをする・・・。樹族は我らが先祖にも非道な人体実験を行ったと聞く。今もゴブリンが樹族を無意識に憎むのは、こういった記憶を種全体の記憶として受け継いでいるからじゃろうて」
しかし、それは今の樹族たちには関係ない話だ。古代樹族は滅んでいるのだから、今の樹族とは別物だと考えてヒジリはヴャーンズの恨み言を無視した。
「場所はどの辺りかね?」
「獣人の国レオンの国境近くですね」
ウメボシが気を利かせて空中に投影したホログラムの地図を見て、女王が場所を指す。女王の透き通るような白い指は、樹族と獣人国の国境間にある洞窟を指していた。
「よし・・・。ダンティラス。君は城と避難民を守ってくれ。ゾンビの呪いは君には効果がなさそうな気がするのでね」
「うむ。吾輩は基本的に呪いを受けない。遺跡守りの呪いぐらい強力なものでない限りな。どのみち、吾輩が樹族の遺跡に行けば、遺跡守りの呪いを受けるので同行は出来ないのである」
「主殿、闇樹族村のファイアードレイク達は無事かね?」
ヒジリに聞かれ、タスネはこめかみに指を当てて、支配下にあるモンスターの意識を探る。
「大丈夫みたい。闇樹族達の村には結界があるから、その中に入れてもらってる」
「よかった。あれがゾンビ化したら厄介だからな」
「それから・・・遺跡に行くとなるとコロネがいてくれると助かるな。特にウメボシが探ることの出来ない、魔法の罠の解除には、コロネやイグナが必要だ。ん・・・? コロネはどこだ?」
コロネを呼びに行ってくれとリツに頼もうとしたその時、部屋にフランが飛び込んできた。
「ヒジリ、大変! コロネが城を飛び出してドォスンの家に向かったわ!」
ゴブリンの母親は抱いていた幼子に突然噛みつき、父親は娘の首を絞めはじめた。
僅かなお金を握りしめ、チャンスを掴もうと辺境の村からやって来たオークの青年は、目から光を失い、口から泡を吹いてオーガの老婆に襲い掛かった。
「えぇい! どういう事じゃ!」
明日の調印式に備えてやって来たヴャーンズは、街の異常な空気に気が付き、スレイプニル車の中で杖を握る。
魔法攻撃力を倍増させる魔法の杖の握りは、ヴャーンズの手の汗を吸って湿っていた。
「御者もやられました、ヴャーンズ様!」
サキュバスのウェイロニーが、両手で頬を押さえて叫ぶ。
御者の背中にある小さな小窓は、ゴブリンの御者の血に染まっていた。
「護衛の騎士達はどうしている?」
「それが不意を突かれた上に、多勢に無勢。暴徒の下敷きになっています!」
ウェイロニーはアワワとたじろいで、暴徒に次々と噛みつかれる魔法騎士と暗黒騎士を見て爪を噛んだ。
「嵌められたんですよ! ヴャーンズ様! ヒジリに嵌められたんです!」
「馬鹿な! 今日は魔法国スイーツからも女王が来ているのだぞ。これはワシだけを狙ったものだとは思えん! 戦闘態勢をとれ! ウェイロニー! 暴徒に向かって魅了スキルだ!」
「さっきからやってますよ! でも・・・。でも!」
窓に押し寄せる暴徒に必死になってウィンクをするウェイロニーだったが、口角から泡を吹き、白目をむく彼らには効果が無かった。
ヴャーンズがどうやって現状から脱出するかを考えていると、遠くから竜巻が近づいて来る。
「あれは・・・死の竜巻! ヘカティニスじゃ!」
ミスリルプレートメイルに身を包む英雄傭兵ヘカティニスは、魔剣へし折りで暴徒を次々と跳ね飛ばしている。
「ま、まさか・・・。ヘカティニスまでおかしくなっちゃったんじゃ・・・」
「絶対絶命じゃな。メイジは詠唱時間が確保できないと役に立たん。こんなに大勢に攻められて、尚且つ、化け物級の戦士まで来られてはお手上げじゃ!」
「そんなぁ~! ヴャーンズ様~!」
ウェイロニーは蝙蝠の羽を萎らせて、ヴャーンズに縋りつく。
「かくなる上は虚無の・・・」
「ヴャーンズ様! こちらへ!」
ヘカティニスの後ろから、小さな地走り族が顔を出し声を掛けて来た。
よく見るとヘカティニスも地走り族もわずかに光り輝いている。
「祈りの効果か。しかしあれは対アンデッド用の【聖なる光】・・・。という事はこの暴徒たちは・・・」
「話は後で! 取りあえず、桃色城までお越しください。そこで陛下が現状を説明してくれます」
フランは早口にそう言うと、自分が信仰するオーガの神、ヒジリやサカモト博士を思い浮かべて、ヴャーンズとウェイロニーに【聖なる光】を授けた。
悪魔であるウェイロニーは聖なる光の加護に不快感を示すが、背に腹は代えられないと我慢した。
「むぅ・・・。君は聖騎士かね?」
「いいえ、見習いです」
「見習いとは思えんな。ふむ・・・」
「早く! 私達の後ろをついて来て下さい!」
立ち止まって聖騎士の知識を思い出そうとするヴャーンズを、フランは急かす。
暴徒たちは襲い掛かっては来るが、攻撃が届く手前で【聖なる光】が遮る。
ヘカティニスが暴徒を跳ね飛ばして道を作ると、一同は桃色城へと向かった。
ダンティラスが扉を開けて、すぐさまヴャーンズ達を城の中に入れると、リツが駆け寄って来る。
「ヴャーンズ陛下!」
「どういうことだ、リツ団長。何故こんな事になった」
「それは・・・。とにかく、客間へ案内します」
リツに案内されて客間に通されたヴャーンズは、長テーブルに座って、水晶にマナを送り込む妖精の女王を見つけた。
「こんな時に呑気に挨拶するのも間抜け話だが・・・。久しいな、パブリー女王」
しかし女王から返事はなかった。何かに集中しているようだ。ウェイロニーと同じくピンク色の髪をかき上げてから、必死になって魔法水晶から何かを読み取っている。
「なんじゃ? 何を見ておる? ところでヒジリ王はどこだ? リツ」
「パブリー女王陛下が原因となる場所を探り当てましたので、その場所に向かわれました」
「はぁ? 馬鹿か! 外のあれらは・・・ゾンビじゃろう? ゾンビがわんさかおるというのに」
「それが・・・。ヒジリ陛下はゾンビの影響を受けません。寧ろ、陛下に触れたゾンビは、ただの死体になってしまいます」
「なんじゃと!」
リツの説明を聞いて、ヴャーンズはヒジリが星のオーガであると完全に確信する。これまでヒジリの魔法無効化はアンチ魔法の可能性もあると疑っていたからだ。
しかし彼はアンデッドを浄化した。ゾンビを死体に戻すには魔法ではなく、祈りの力が必要。そうなると、彼は神、即ち星のオーガである。
「で、ヒジリ王はどこに向かったんじゃ?」
これまで魔法水晶に集中していたパブリーが、背もたれにもたれ掛ってフゥと息を吐く。
「ヒジリ王なら、このゾンビ化の原因となったオーガメイジのいる留置所に向かっています。そのオーガメイジは魔法の巻物で【腐肉の宴】を唱えてしまいました。元を絶たないといつまでもゾンビは発生します。この魔法、元々はツィガル帝国に保管されていたものですよ、ヴャーンズ。・・・貴方の管理が杜撰だから、こんな事になったの!」
妖精の女王は椅子から立ち上がると、テーブルを叩き、ヴャーンズを睨んだ。怒りに震える度に、蝶のような羽からは鱗粉が零れる。
「馬鹿な・・・。あの厳重な書庫から、巻物を持ち出した者がいるというのか。誰だ?」
「樹族ですよ。詳細までは判りませんが」
「えぇい! あいつらは碌な事をせんな。これまでの歴史でも、最悪な出来事はいつもあいつらが引き起こしてきた!」
危険な巻物は、いつも誘惑するように人の近くに突然現れるので、ヴャーンズは魔法騎士に命じてそれらを回収し、厳重に保管していたのだが、その書庫から樹族に盗まれた事に怒りを覚える。
ツィガル帝国皇帝はこれから先を予想して身震いをした。
ゾンビ化の魔法は効果範囲自体は狭いが、ゾンビ化した者が、爆発的に感染者を増やすからだ。いずれ帝国にもゾンビの波は押し寄せるだろう。
「このままでは結界を持たない闇側の多くの国が、亡ぶかもしれんぞ」
ゴブリンの皇帝は顔の脂汗を手のひらで拭うとテーブルに肘をついて頭を抱えた。
「今頃、結界の向こう側で慌てる我らを見て笑っておろうな」
タスネがツィガルの皇帝に少しでも癒しをと考えて、紅茶セットをトレイに乗せて運んできた。
「こ、皇帝陛下。ど、どうぞ紅茶で喉を潤しになってください」
ティーカップに紅茶を入れると、タスネは緊張しながら皇帝に差し出す。
喉がカラカラだったヴャーンズは、魔法で水の入った皮袋を具現化させようかと考えていたところだったので、タスネの気遣いに喜んだ。
「うむ、すまんな」
ヴャーンズは熱い紅茶を一口啜って香りを嗅ぎ、張りつめた精神を少しでも和らげようと目を閉じる。
「お姉ちゃん!」
コロネが不躾にドアを開けて入って来た。
「こら! コロネ! 皇帝陛下と女王陛下の前で失礼でしょうが!」
心臓が飛び出しそうなほど驚いて、タスネはコロネを部屋から追い出そうとした。
「でも! ドォスンが心配だよ! もしドォスンが死んでたら私・・・。うわぁぁ~ん!」
「ドォスンは強いから大丈夫だって。さぁ部屋に戻って」
「心配じゃろうな。ゾンビ化で死んだ者は光魔法の【蘇生】や祈りでも生き返らん」
「ちょっと! ヴャーンズ!」
パブリーはヴャーンズを咎める。
「おっと! すまない、地走り族のお嬢ちゃん。そのドォスンとやらはきっと生きている」
「そんな安い慰め・・・」
パブリーは迂闊なヴャーンズを睨み付けた。
コロネは更に声を上げて泣き、走って部屋の外に出て行く。
「すまんと言っておろう・・・」
まだ睨み付けてくるパブリーに、ヴャーンズはもう一度小さく謝った。
「マスター。ウメボシはあのオーガメイジに見覚えがあります。昨日、街で決闘をしていたオーガメイジです」
「スカー達はどうやら、所持品のチェックはしなかったみたいだな」
牢屋の中で巻物を広げ、詠唱を続けるオーガの目には光が無い。意識を失い操られているように見える。
ヒジリは素早くオーガメイジに触れて巻物を取り上げると、破いて芯をへし折った。
巻物を取り上げられたオーガメイジはその場に倒れる。
「これでもう周辺の人がゾンビになる事はないと思うが・・・。これは大規模な再構成蘇生が必要となるぞ。BPは足りるだろうか? カプリコン、やれるか?」
「BPは問題ありませんが、蘇生が出来る範囲は遮蔽フィールドのない場所のみです・・・。なので遮蔽フィールドの下にいる方は蘇生できません」
「もう既にゾンビが国境付近まで行ったというのか! 何てことだ。急いで遮蔽フィールドを解除する必要がある・・・。が、一体どこを探せば」
「マスター。このオーガメイジを探り当てたパブリー女王陛下は、探し物が得意みたいでしたし、一度城へ戻りましょう」
「そうだな」
ヒジリはすぐさま踵を返すと留置場の外に出た。
ゾンビの群れはヒジリを見つけると襲い掛かかってくるが、パワードスーツに触れた途端、勝手にバタバタと倒れていく。
その中にオーガの酒場の常連客などの見知った顔もあった。
「・・・生き返らせる事が出来ると解っていても、気分は良くないな」
まだゾンビ化していない者も多く、生き残った者は、家に閉じこもって中でバリケード築いている。
街路樹の上で助けを呼ぶ者がいた。巡礼者や逃げ遅れた観光客が、木にしがみ付いて震えている。
ヒジリはヘルメスブーツで浮くとそれらの人を抱きかかえ、桃色城の庭に次々と降ろす。ゾンビ達は知性が低く、城を囲む高い塀を乗り越えようとはしない。
「ありがとうございます、陛下!」
「礼には及ばんよ。国民や我が国に来た客を助けるのは当然の事だ。ウメボシ、テントと炊き出しの用意をしてくれ」
「はい!」
ヒジリは避難民たちに手を振ると城の中へと入って行った。
「巻物を読んでいたオーガメイジの件は片付いた。他に情報は? パブリー女王」
「あります。まずこの混乱の首謀者が樹族である事。この事態を放っておくと大陸中がゾンビだらけになるでしょう。これを企てた樹族は、結界があるから光側は大丈夫だと思っているようです。ですが、結界も札が劣化すれば効果が弱まります。札の交換時に襲われる可能性を、彼らは考えていないようですね」
「パブリー女王に頼みたい事がある。貴方は魔法水晶を使った探し物が得意なようだ。説明するのは難しいのだが、この星を覆っている【姿隠しモドキ】を発生させている装置がどこかにあるはずなのだ。調べた限りでは、魔人族の吸魔鬼か、魔法傀儡を媒体にしているはずだ。それらを作ったのは樹族なので、樹族が支配する国のどこかにあるのは間違いない。が、私の知識はここまでだ。これ以上の情報が欲しい」
「調べてみますが、それがこの現状と何の関係が?」
「私はその姿隠しモドキの霞に触れると力を失う。霞があると、広範囲の蘇生が出来ない。ゾンビ化した者を一人残らず蘇生するには、どうやっても装置を止めなければならないのだ」
ヒジリがやろうとしている事を聞いて、ヴャーンズは眉間を指で揉みながらため息をついた。
「バートラの吸血鬼化したゴブリン達と違って、ゾンビ化した者は蘇生は出来ないぞ、ヒジリ王よ。彼らを覆う呪いが蘇生を完全に拒むのだ」
「その呪いすら拒絶する力が私にある、と言えば信じるかね?ヴャーンズ皇帝」
「そこまで出来るのか! 星のオーガとは」
眉間を揉んでいたヴャーンズは、それを止めて驚いた顔でヒジリを見る。
「君たちが身にマナを纏うように、私たちは虚無を纏っているとサカモト神は言っていた。虚無の事を我らは粒子の発見者の名前に因んで、サカモト粒子と呼んでいる。この粒子は、集まって拡散するときに危険な性質を見せるが、分散した状態のままなら特に害にはならない。精々、人の微弱な願いを阻むだけだ。呪いも、マナを帯びた願いの一種なので阻むことができる。実際、私は呪いを消滅させたことがあるからな。つまり星のオーガにとって、ゾンビはただの動く死体なのだよ。蘇生可能だ」
妖精の女王はヒジリの話を聞いて、なるほどと頷いた。
「魔王が転移の途中で倒されたのも、ヒジリ王が虚無の手で転移門を触れて、魔王の侵入を拒絶したからですね?」
千年戦争をあっさりと終わらせたヒジリ王の力を、女王は心の内で畏怖した。
「そうだと思う(いや、知らないが)。ところで、パブリー女王。装置の場所は解りそうかな?」
女王は水晶を撫でまわして映像を皆に見せる。が、ヒジリとウメボシには見えない。
「何が映っている?」
ヒジリは、水晶を見て絶句するダンティラスに聞いた。
「始祖の一人が映っているのである。椅子に座る魔人族の吸魔鬼、カティスがな・・・。奴は勝手に施設を飛び出して行方不明になっていた。古代樹族の施設に囚われていたとは驚きである。カティスにはもう意識がないように見えのである。魂もそこにはないだろう。ただの生きる屍と化し、装置の一部となっている」
ヴャーンズは水晶に映る、黒い穴のようになった魔人族の目と口を見て、彼の無念さを感じ取る。
「惨いことをする・・・。樹族は我らが先祖にも非道な人体実験を行ったと聞く。今もゴブリンが樹族を無意識に憎むのは、こういった記憶を種全体の記憶として受け継いでいるからじゃろうて」
しかし、それは今の樹族たちには関係ない話だ。古代樹族は滅んでいるのだから、今の樹族とは別物だと考えてヒジリはヴャーンズの恨み言を無視した。
「場所はどの辺りかね?」
「獣人の国レオンの国境近くですね」
ウメボシが気を利かせて空中に投影したホログラムの地図を見て、女王が場所を指す。女王の透き通るような白い指は、樹族と獣人国の国境間にある洞窟を指していた。
「よし・・・。ダンティラス。君は城と避難民を守ってくれ。ゾンビの呪いは君には効果がなさそうな気がするのでね」
「うむ。吾輩は基本的に呪いを受けない。遺跡守りの呪いぐらい強力なものでない限りな。どのみち、吾輩が樹族の遺跡に行けば、遺跡守りの呪いを受けるので同行は出来ないのである」
「主殿、闇樹族村のファイアードレイク達は無事かね?」
ヒジリに聞かれ、タスネはこめかみに指を当てて、支配下にあるモンスターの意識を探る。
「大丈夫みたい。闇樹族達の村には結界があるから、その中に入れてもらってる」
「よかった。あれがゾンビ化したら厄介だからな」
「それから・・・遺跡に行くとなるとコロネがいてくれると助かるな。特にウメボシが探ることの出来ない、魔法の罠の解除には、コロネやイグナが必要だ。ん・・・? コロネはどこだ?」
コロネを呼びに行ってくれとリツに頼もうとしたその時、部屋にフランが飛び込んできた。
「ヒジリ、大変! コロネが城を飛び出してドォスンの家に向かったわ!」
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