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腐肉の宴5
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シバベロスの群れはダンティラスが囲む触手の壁を飛び越えてマサヨシ達に一斉に跳躍した。
数匹はダンティラスの背中から新たに生えてきた触手に捕まり、マナを吸い取られて動かなくなった。
触手をかいくぐってマサヨシに狙いをつける数匹はイグナの【火球】や【光玉】によって焼かれて消滅する。
「駄目だよ!イグナ!あの子達は元々アタシの言いつけを守って国境を守ってた子なんだよ!死体だけは残しといて!」
「手加減するのは難しい」
「もう!火力バカなんだから!」
イグナの攻撃魔法は練度が高くパワーレベルを上げなくても威力は高い。なので戦場で混戦になる前に敵を一掃するには向いているが、脆い岩盤でできた狭い洞窟などで魔法の威力を抑えて戦うのは不向きだ。
「魅了!」
タスネが両手でハートの形を作ると、そこから現れたハートマークがシバベロスに向けて乱れ飛んだ。
タスネはアンデッドでも下位のものなら魅了することが出来るが、巻物の呪いで生まれたシバベロスゾンビに効果があるかどうかは自信がなかった。
しかし数匹に効果があり、同士討ちを始めだす。
「やった!マサヨシ!今のうちに天使様を召喚して!」
「よしきた!でも今日はこれで打ち止めでつよ?いでよ!クソビッチ・テコキコフ!」
前回と同じく光の柱が現れて、中から光の羽を散らしながら天使が出てきた。
「ご用件はなんですか?ご主人様!」
「シバベロスゾンビの呪いを解除だ!」
「かしこまり!」
目を剥いて舌をベロンと出してクソビッチは敬礼する。
(くそったれめ!絶対俺の事馬鹿にしてるでそ、あの顔・・・)
イラつくマサヨシの前で眩い光が広がる。天使の使った解呪の魔法がシバベロス達を次々に死体へと戻していく。
「やった!流石は天使様!」
ジャンプして喜ぶタスネの横でマサヨシは、天使にシッシと手を振る。
「さっさと帰っていいでつぞ、クソビッチ・テコキコフ」
「報酬を」
クソビッチは尊大な顔をマサヨシに見せる。
「えぇと・・・今この場で行える善行は・・・。特に何も思いつかないでつな」
「ではそこの吸魔鬼とハグしてください。彼は常に寂しがっていますから」
「え?えぇぇ・・・。寂しいのダンティラスさん」
天使に心を読まれたダンティラスは顔を赤くした。
「ふむ。寂しくないといえば嘘になる。長い時を生きる身としては知り合った友人たちが必ず年老いて死んでいくのでな。今も情が移りつつあるお主たちとの出会いに少々後悔しているところではある」
それを聞いたマサヨシは細い目に滲んだ涙をそっと拭く。
「そっか。永遠に生きられるってのも良い事ばかりじゃないよね。辛い事もあるんでつね。わかりもうした。俺がダンティラスさんをハグしてその寂しさを和らげてみせましょうぞ」
触手を背中に戻し、普通の樹族の姿となったダンティラスをマサヨシはギュッと抱きしめた。
「むむ、中々照れくさいものがあるのである・・・」
ダンティラスから体を話すとマサヨシは振り返って天使を見る。
「これでいいか?クソビッチ」
「はい!愛の抱擁、確かに拝見しました。中年紳士とクール系イケメン(見た目だけですが)の抱擁は下半身にぐっとくるものがあります。帰ってすぐオカズにしたいと思います。ではこれにて失礼します」
「えっ?」
天使のおかしな言動にタスネは驚いたが、天使はウフフフと笑って消えていった。
「な?あいつの正体、解ったっしょ?」
マサヨシはダンティラスから離れるとタスネに、ほらな?という顔をした。
「おかずってなに?お姉ちゃん」
「イグナは知らなくていいの!」
「タスネお姉ちゃんのおかずは何かなぁ?オフフフ!」
「こらー!マサヨシ!」
マサヨシが足の遅いタスネに追いかけられて、オフオフと笑いながら逃げていると茂みの向こうにシバベロスゾンビがまだ一匹だけ残っている事に気が付いた。
「ひえ!まだいた!」
シバベロスゾンビは自分のしっぽを追いかけるのに夢中である。
「なにやってんでつか、あいつ・・・?」
「ああ、あれね。シバベロスって賢いんだけど凄く馬鹿なところもあって、時々ああやって自分のしっぽを追いかけてクルクルと回っているのよ」
追いついたタスネがマサヨシの横腹にパンチを入れて言う。
「げふぅ!かはぁ!な、なるほどね。一匹だけだったら俺でも解呪できるし、しっぽに夢中になっている隙に触ってきますわ」
主に中衛ばかりやっているタスネだが、前衛に出る事もあるので力は強い。やせ我慢して横腹を撫でながら歩くマサヨシだったが、本当は気絶しそうなほど痛かった。
マサヨシはサブの盗賊スキルを活かしてシバベロスゾンビに忍び寄るが、痛みで集中力を失っていたせいかペキリと音をさせて枝を踏み折ってしまった。
クルクルと回っていたシバベロスが背中を見せてぴたりと泊まる。
「グルルルル!」
ゆっくりと振り向いたシバベロスゾンビの濁った目がマサヨシを捉える。
「ひ、ひえ!」
マサヨシがたじろぐと同時にシバベロスゾンビは火のブレスを吐こうと喉を赤く光らせる。竜と同じく喉に火炎袋を持つシバベロスのブレスはマナが由来ではないのでマサヨシには無効化できない。
「マサヨシ逃げて!」
タスネの鬼気迫る声を聞いてイグナとダンティラスが駆け寄ると、何故かシバベロスは首から上が炎に包まれていた。
頭を抱えてしゃがんでいたマサヨシは何が起こったか判らず驚いて顔を上げる。
「何事?」
「・・・自滅しちゃった」
「へ?なんで?」
「シバベロスやケルベロスって自分の吐いた炎で喉を火傷しないように、唾液や粘膜に熱や火を防ぐ成分が含まれているんだけど、死んでるから唾液が出てなかったみたいね・・・」
「なはは、ラッキー!」
「ごめんなさい、シバちゃん・・・。ゾンビになるのは怖かったよね・・・」
自分の命令を守って持ち場を離れず、結果ゾンビに襲われたであろう燃えるシバベロスを見てタスネは悲しくなった。
シバベロスは暫くフラフラと歩いた後、脳を炎で焼かれて動かなくなる。
「優しいのであるな。タスネ殿は」
ダンティラスが慰めるようにタスネの背中を軽く撫でる。
「シバベロス達は特に懐いてくれてたから・・・」
これまでダンティラスが見てきた魔物使いは魔物を使い捨てにするのが常だった。しかしタスネはゾンビとなって自分たちに牙を剥いたシバベロスの死を哀れに思っている。
「うむ。でも悲しむ必要はない。お主の魔物たちもヒジリ陛下が生き返らせてくれようぞ。さぁゾンビとシバベロスを迷いの雪原近くまで運ぶのである。シバベロスは私が触手で引っ張って移動しよう」
「うん」
タスネは自分を慰めてくれる優しい吸魔鬼に頷くと、マサヨシが召喚した大畳ムカデに死体を運ぶ作業を急いだ。
「皆、残っていたゾンビを戦闘不能、或いは死体に戻しました。後は生き返らせるだけです」
空中に浮くヒジリの横で羽ばたきをするパブリー女王は、魔法水晶を見てフランとマサヨシのパーティが任務を完了した事を告げる。
「よし、やってくれ!カプリコン!」
「畏まりました」
巨大なオーロラのような光がヒジランドを照らすと人々が次々と生き返っていった。
「成功だな。国民の半分ぐらいはゾンビ化していただろうか。実に恐ろしい呪いだったな」
「全くです。こんな事が過去にも起こっていたのでしょうか?毎回人々はどう対処したのでしょうか?ウメボシにはこの星の住人が死滅していない事が奇跡に思えます」
「この星には奇跡も魔法もあるんだよ」
「どこかの魔法少女みたいなセリフは止めてくださいませ、マスター」
ウメボシのツッコミに笑ってから、死んだ家族や知人が生き返って喜ぶ人々を見てヒジリは嬉しそうに頷いた。
満足そうな顔をするヒジリの下で人々が蘇るのを目の当たりにした仮面の姉妹は驚く。
ありえない奇跡に笑い顔の仮面を被る騎士は空中にいるヒジリに跪いて両手を組み、オーガの神に感謝の祈りを捧げてから立ち上がった。
「これでヒジリ王が星のオーガであるという噂は真実となりました。蘇生魔法は全マナを注いでようやく一人を蘇生できるかできないかなのに、彼は確実に大勢の人々を生き返らせました。これを奇跡と言わずして何を奇跡と言いましょうか。人々を絶望からお救いになられた神ヒジリに感謝します!さぁ妹たち。この事を修道騎士会及び、神学庁に報告しますよ。魔法水晶に映像がありますから、司祭長達も信じるはずです」
姉妹たちは屋根から飛び降りると、足早にゴブリン谷の方へと去って行った。
「素晴らしい。なんと感動的な光景でしょうか。こんな奇跡を国民に施せる神に自由騎士の称号を与えるのは恐れ多い気もします。いえ、逆に私は名誉といえましょうか」
パブリーはヒジリと共に降下し、桃色城の裏庭に立つ。
「自由騎士の称号はありがたい。国際的信用を無条件で得られるのでな」
「ふふふ。ここまでの事をしておいて今更国際的信用を気にしても意味はないと思いますが。この愛に満ち溢れた奇跡の噂は直ぐに広まる事でしょう」
城の中からヴャーンズがウェイロニーを引き連れて歩いてきた。
「流石は星のオーガ殿。素晴らしい奇跡だった。おっと!ワシは神に対して相応しい態度をとるべきかな?」
ローブの裾を軽く持ち上げて跪こうとしたヴャーンズをヒジリは止める。
「これまで通りでいい。私は単にサカモト神と同じ種族というだけなのだから。サカモト博士の作り上げた神話に私は関わってはいない」
「そう言ってくれるとありがたい。幾らか皇帝としての面目が保てる。神の国と同盟関係を結んだことは正解だったようじゃ。あのままヒジリ王を配下にしようなどと思って動いておったらどんな事になっていたやら」
「平和的に事が運んでなにより。さて皆を迎えに行くかな。マサヨシ達がいなければ私は今頃、姿隠しモドキの霞にやられて遺跡の中で倒れていたかもしれない。二人にはまだ暫く待たせてしまう事になって申し訳ない。そうだ!お詫びに私がディナーを作ろう。是非食べていってくれたまえ」
「ほう?それは楽しみじゃな。ではワシも生き返った部下を探して、暫くこの街の散策しとくかの」
「行ってらっしゃい、ヒジリ王」
「では行ってくる」
手を振る妖精の女王に返事をし、ヒジリは光の粒子となって消えた。
「なんとも不思議な男じゃな。神に近い存在なのに全く尊大な態度をとらない。それどころか手料理まで振る舞うというではないか。なんだか可笑しくなってきたわい。ヒャッハッハ」
「あら、あなたが大笑いするなんて珍しい。いつもしかめっ面なのに」
「これもヒジリ王の影響かもな。何となく思うのじゃが、闇側は変わりそうな気がする」
「ヒジランドは確かに他の闇の国とは違いますものね。ここは優しさや思いやりが溢れています。昔の彼らであれば、死んだ仲間を見ても弱いから死んだのだと言って素通りしていた事でしょう。それが今や蘇った仲間たちに涙して喜び、抱き合っています。私の大好きな愛がここにはありますわ」
「もっと早く彼が現れていればワシは両親と妹を殺されてはいなかったかもしれん・・・」
パブリーは過去を悔やむ小さなゴブリンの肩をそっと抱いた。
「そうね。でもこれからは貴方のような人はきっと減りますよ、チョールズ。貴方の待ち望んでいた優しい世界はすぐそこにあるのかもしれません」
「そうなったらいいの。争いやいがみ合いが無くなればきっとワシは暇になる。そうしたらまたスイーツに遊びに行けるな」
「うふふ、貴方が転移魔法に失敗して私のベッドの中に現れた時を思い出しますわね。私ったら寝ぼけて貴方に・・・」
「もういいじゃろう、その話は。その話をするのならワシが魔王軍の幹部を倒した時の武勇伝を話してくれ」
「うふふ、あの時の貴方ったら・・・」
どこからか飛んできた山桜の花びらが舞う中を、昔話に花を咲かせる二人は桃色城の外へと歩いて行った。
数匹はダンティラスの背中から新たに生えてきた触手に捕まり、マナを吸い取られて動かなくなった。
触手をかいくぐってマサヨシに狙いをつける数匹はイグナの【火球】や【光玉】によって焼かれて消滅する。
「駄目だよ!イグナ!あの子達は元々アタシの言いつけを守って国境を守ってた子なんだよ!死体だけは残しといて!」
「手加減するのは難しい」
「もう!火力バカなんだから!」
イグナの攻撃魔法は練度が高くパワーレベルを上げなくても威力は高い。なので戦場で混戦になる前に敵を一掃するには向いているが、脆い岩盤でできた狭い洞窟などで魔法の威力を抑えて戦うのは不向きだ。
「魅了!」
タスネが両手でハートの形を作ると、そこから現れたハートマークがシバベロスに向けて乱れ飛んだ。
タスネはアンデッドでも下位のものなら魅了することが出来るが、巻物の呪いで生まれたシバベロスゾンビに効果があるかどうかは自信がなかった。
しかし数匹に効果があり、同士討ちを始めだす。
「やった!マサヨシ!今のうちに天使様を召喚して!」
「よしきた!でも今日はこれで打ち止めでつよ?いでよ!クソビッチ・テコキコフ!」
前回と同じく光の柱が現れて、中から光の羽を散らしながら天使が出てきた。
「ご用件はなんですか?ご主人様!」
「シバベロスゾンビの呪いを解除だ!」
「かしこまり!」
目を剥いて舌をベロンと出してクソビッチは敬礼する。
(くそったれめ!絶対俺の事馬鹿にしてるでそ、あの顔・・・)
イラつくマサヨシの前で眩い光が広がる。天使の使った解呪の魔法がシバベロス達を次々に死体へと戻していく。
「やった!流石は天使様!」
ジャンプして喜ぶタスネの横でマサヨシは、天使にシッシと手を振る。
「さっさと帰っていいでつぞ、クソビッチ・テコキコフ」
「報酬を」
クソビッチは尊大な顔をマサヨシに見せる。
「えぇと・・・今この場で行える善行は・・・。特に何も思いつかないでつな」
「ではそこの吸魔鬼とハグしてください。彼は常に寂しがっていますから」
「え?えぇぇ・・・。寂しいのダンティラスさん」
天使に心を読まれたダンティラスは顔を赤くした。
「ふむ。寂しくないといえば嘘になる。長い時を生きる身としては知り合った友人たちが必ず年老いて死んでいくのでな。今も情が移りつつあるお主たちとの出会いに少々後悔しているところではある」
それを聞いたマサヨシは細い目に滲んだ涙をそっと拭く。
「そっか。永遠に生きられるってのも良い事ばかりじゃないよね。辛い事もあるんでつね。わかりもうした。俺がダンティラスさんをハグしてその寂しさを和らげてみせましょうぞ」
触手を背中に戻し、普通の樹族の姿となったダンティラスをマサヨシはギュッと抱きしめた。
「むむ、中々照れくさいものがあるのである・・・」
ダンティラスから体を話すとマサヨシは振り返って天使を見る。
「これでいいか?クソビッチ」
「はい!愛の抱擁、確かに拝見しました。中年紳士とクール系イケメン(見た目だけですが)の抱擁は下半身にぐっとくるものがあります。帰ってすぐオカズにしたいと思います。ではこれにて失礼します」
「えっ?」
天使のおかしな言動にタスネは驚いたが、天使はウフフフと笑って消えていった。
「な?あいつの正体、解ったっしょ?」
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「おかずってなに?お姉ちゃん」
「イグナは知らなくていいの!」
「タスネお姉ちゃんのおかずは何かなぁ?オフフフ!」
「こらー!マサヨシ!」
マサヨシが足の遅いタスネに追いかけられて、オフオフと笑いながら逃げていると茂みの向こうにシバベロスゾンビがまだ一匹だけ残っている事に気が付いた。
「ひえ!まだいた!」
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「なにやってんでつか、あいつ・・・?」
「ああ、あれね。シバベロスって賢いんだけど凄く馬鹿なところもあって、時々ああやって自分のしっぽを追いかけてクルクルと回っているのよ」
追いついたタスネがマサヨシの横腹にパンチを入れて言う。
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マサヨシはサブの盗賊スキルを活かしてシバベロスゾンビに忍び寄るが、痛みで集中力を失っていたせいかペキリと音をさせて枝を踏み折ってしまった。
クルクルと回っていたシバベロスが背中を見せてぴたりと泊まる。
「グルルルル!」
ゆっくりと振り向いたシバベロスゾンビの濁った目がマサヨシを捉える。
「ひ、ひえ!」
マサヨシがたじろぐと同時にシバベロスゾンビは火のブレスを吐こうと喉を赤く光らせる。竜と同じく喉に火炎袋を持つシバベロスのブレスはマナが由来ではないのでマサヨシには無効化できない。
「マサヨシ逃げて!」
タスネの鬼気迫る声を聞いてイグナとダンティラスが駆け寄ると、何故かシバベロスは首から上が炎に包まれていた。
頭を抱えてしゃがんでいたマサヨシは何が起こったか判らず驚いて顔を上げる。
「何事?」
「・・・自滅しちゃった」
「へ?なんで?」
「シバベロスやケルベロスって自分の吐いた炎で喉を火傷しないように、唾液や粘膜に熱や火を防ぐ成分が含まれているんだけど、死んでるから唾液が出てなかったみたいね・・・」
「なはは、ラッキー!」
「ごめんなさい、シバちゃん・・・。ゾンビになるのは怖かったよね・・・」
自分の命令を守って持ち場を離れず、結果ゾンビに襲われたであろう燃えるシバベロスを見てタスネは悲しくなった。
シバベロスは暫くフラフラと歩いた後、脳を炎で焼かれて動かなくなる。
「優しいのであるな。タスネ殿は」
ダンティラスが慰めるようにタスネの背中を軽く撫でる。
「シバベロス達は特に懐いてくれてたから・・・」
これまでダンティラスが見てきた魔物使いは魔物を使い捨てにするのが常だった。しかしタスネはゾンビとなって自分たちに牙を剥いたシバベロスの死を哀れに思っている。
「うむ。でも悲しむ必要はない。お主の魔物たちもヒジリ陛下が生き返らせてくれようぞ。さぁゾンビとシバベロスを迷いの雪原近くまで運ぶのである。シバベロスは私が触手で引っ張って移動しよう」
「うん」
タスネは自分を慰めてくれる優しい吸魔鬼に頷くと、マサヨシが召喚した大畳ムカデに死体を運ぶ作業を急いだ。
「皆、残っていたゾンビを戦闘不能、或いは死体に戻しました。後は生き返らせるだけです」
空中に浮くヒジリの横で羽ばたきをするパブリー女王は、魔法水晶を見てフランとマサヨシのパーティが任務を完了した事を告げる。
「よし、やってくれ!カプリコン!」
「畏まりました」
巨大なオーロラのような光がヒジランドを照らすと人々が次々と生き返っていった。
「成功だな。国民の半分ぐらいはゾンビ化していただろうか。実に恐ろしい呪いだったな」
「全くです。こんな事が過去にも起こっていたのでしょうか?毎回人々はどう対処したのでしょうか?ウメボシにはこの星の住人が死滅していない事が奇跡に思えます」
「この星には奇跡も魔法もあるんだよ」
「どこかの魔法少女みたいなセリフは止めてくださいませ、マスター」
ウメボシのツッコミに笑ってから、死んだ家族や知人が生き返って喜ぶ人々を見てヒジリは嬉しそうに頷いた。
満足そうな顔をするヒジリの下で人々が蘇るのを目の当たりにした仮面の姉妹は驚く。
ありえない奇跡に笑い顔の仮面を被る騎士は空中にいるヒジリに跪いて両手を組み、オーガの神に感謝の祈りを捧げてから立ち上がった。
「これでヒジリ王が星のオーガであるという噂は真実となりました。蘇生魔法は全マナを注いでようやく一人を蘇生できるかできないかなのに、彼は確実に大勢の人々を生き返らせました。これを奇跡と言わずして何を奇跡と言いましょうか。人々を絶望からお救いになられた神ヒジリに感謝します!さぁ妹たち。この事を修道騎士会及び、神学庁に報告しますよ。魔法水晶に映像がありますから、司祭長達も信じるはずです」
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パブリーはヒジリと共に降下し、桃色城の裏庭に立つ。
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