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いつもの日々
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スイーツ魔法国やツィガルと同盟を結び、自由騎士の称号を得たヒジリは、ここ数日ひっきりなしにやって来る周辺国の使者や要人の対応に追われている。
それらを小さな桃色城で応対するヒジリは、今日最後の客との会合を終えて応接間で伸びをした。
「これで近隣国との同盟は結んだ事になるか。帝国だけでも十分だったのだがな。まさか遠く離れたポルロンド自由国や神聖国モティまで同盟を望むとは思わなかったが」
「モティも今回の件でマスターと争う気がなくなったのかもしれませんね」
「まぁ奇跡と言ってもカプリコンのやったことなんだが」
「と言いましても、我々はマスターの命令がなければ何もできないのです。これらの功績は司令塔であるマスターのものですよ」
「ありがとう、ウメボシ」
「ところで遮蔽装置の場所が解ってから随分と放置されていますが、そろそろ出向いた方が良いのではないでしょうか?」
「うむ。いつタケシのような目に遭うかも判らないからな。遮蔽装置の遺跡は明後日にでも出向いて軽く下見だけでもしておこうか。まぁ遮蔽装置を解除したらしたで心配事は増えるのだがね」
遮蔽装置を外せば、それだけ地球から悪人に侵入されやすくなる。
前回の侵入は、地球政府のデータからこの星の座標が盗まれた事で起きた事件だ。タケシはハッカーがカフェで古い古代の端末を使って情報のやり取りをしていたのを偶然見ており座標を知ったのだ。
勿論、地球政府が生き返らせたタケシの情報で足の付いたハッカーたちはその後捕まっている。
地球政府は惑星ヒジリの周辺に、転送を妨ぐシールドを張ると約束してくれたのでヒジリは必要以上に抗議する事はなかった。
今後、惑星ヒジリへの入り口はカプリコンのみとなる。
まぁそれでも悪人たちは侵入はしてくるだろうな、とヒジリは苦い顔で顎を摩った。
「それにしても、もう春まっさかりだな」
応接間の窓から見える中庭の花壇には、タスネやフランが植えた花が所狭しと咲き誇っている。花には蝶やミツバチが群がっていた。
「十五時か・・・。少し散歩してからオーガの酒場でコーヒーでも飲むか」
ウメボシは主の声に僅かな違和感を感じる。
普段の主の声は囁きに近いが、それでいて声の底に芯がある。なので声はハッキリと通るし、聞きづらいという事はない。が、今はその声の底に芯の部分がなく、ただ単にかすれたような声だとウメボシは気が付いた。
「マスター。どうされました?霞の影響でもあるのでしょうか?声に元気がありません」
「ウメボシには何も隠せないな。なんだか判らないが遮蔽装置の調査を決めた時から・・・なんというか寂しいというか、切ないというか今までに感じた事のない気持が押し寄せてきたのだ」
「どういう事でしょうか?」
「それはわからん。いや、私はその答えを知っているような・・・。とにかく明後日、遺跡に行けば何か解るかもしれんな」
「ええ。きっと夢か何かを見て現実と記憶がごちゃ混ぜになっているのだと思います。ウメボシも夢の中で人型アンドロイドとなってマスターとイチャイチャしてる夢をよく見ます。夢の中のウメボシはピンクの制服を着ていてマスターと同じポニーテールをしており、眼鏡っ娘なんですよ?」
「なんとも・・・。私の好みそのままだな」
「ウメボシは知っています。眼鏡をしてるリツ様をマスターが時折じっと見ているのを。リツ様もそれに気が付いていて眼鏡を外そうとはしません」
「はは。バレていたか。どうも私は眼鏡萌えらしい」
「それにヘカティニス様やフランが時々髪型をポニーテールにしている事がありますが、その髪型をする二人とマスターが会話をする時、マスターはいつもより五十パーセント長く彼女たちの顔と頭部を見つめています」
「なんともむっつりスケベだな、私は。以後気を付ける」
「はい。マスターはウメボシだけを見ていればいいのです」
「はは・・・」
ヒジリは笑って誤魔化すとソファから立ち上がり応接間の扉を開けると、エントランスで掃き掃除をしていたタスネに行き先を告げオーガの酒場を目指した。
ヒジリが街を歩くと、国民から歓声が上がる。
先のゾンビ化の件で誰もが自分の愛しい者を失い絶望していた時に、彼はそれらの者を生き返らせてくれたからだ。神の奇跡を目の当たりにしてヒジリに感謝しない者などいなかった。
オーガの神を崇める巡礼者も多く、ヒジリと出会うチャンスを待ち構えていた多くの信者が集まりだした。
「祝福を!」
樹族の母親が小さな赤子をヒジリに差し出した。
「むう・・・。なんとプニプニしたほっぺたなのか・・・」
ヒジリは赤ん坊や地走り族のお餅のような頬が大好きだった。
「ブボボボボ!」
辺りに奇妙な吸音が響き渡る。
「マスター・・・」
ヒジリが赤ん坊のほっぺを吸ったのだ。赤ん坊は驚いた後、キャッキャと笑った。
「あぁ・・・。たまらんな、赤ちゃんのホッペ・・・。この子に無病の祝福あれ!」
母親は泣いて喜び、ヒジリに感謝の祈りを捧げ我が子を受け取ると立ち去って行った。
「マスター・・・。ほっぺブボボ!の祝福はどうかと思いますが・・・」
「仕方なかろう。私はほっぺブボボ!が好きなのだ。あれをイグナやフランにやると怒られるからな。チャンスは今しかないのだ。他に我が子を祝福してほしい母親は?」
それを聞いた母親たちが我が子を抱えて次々にやって来て列を作った。列が進むごとに辺りにブボボと音が鳴り響き、オーガ達はそれを見てゲラゲラ笑う。
「何やってんだよ、お人好し王は。面白れぇ人だなぁ」
笑われてもヒジリは気にしていない。
変な事をする主ですと思っていたウメボシだったが、ある事に気が付いていた。主が赤ん坊の頬に吸い付いた時に自分のナノマシンを一つだけ送り込んでいたのだ。
(ナノマシン一つだけでは精々病気にかかり難くなる程度。それでも碌に治療を受けられず、風邪を引いただけで死んでいく子供がいるこの星では有効ですね。流石はマスター)
最後の子供の餅のような頬を吸って祝福の時間を終えた。感謝して去っていく母親を見送ると、ヒジリはゲラゲラ笑っている野次馬に何か?という顔をして肩を竦め、オーガの酒場を目指した。
「マスターは、随分と優しくなられました」
「なんの話かね」
「知ってますよ、赤ん坊たちにナノマシンを送り込んでいた事を」
「むう。まぁあれはほっぺブボボ!のお礼だ」
「マスター、大好きです」
ウメボシは主の胸に頭を擦りつける。
「あ!ウメボシはタスネ様に買い物を頼まれていたのでした。行ってきます」
「ああ、いってらっしゃい」
用事を思い出したウメボシはオーガの酒場の前でくるりと向きを変え、市場を目指して去っていった。
ヒジリがカランカランとなる酒場の扉を開けて中に入ると、ヘカティニスが忙しそうに給仕をしている。
「お、いだっしゃい、ヒジリ」
そう言うとヘカティニスは客のテーブルに次々と珈琲やケーキを置いていく。
オーガの酒場の客は我らが王ヒジリにサムアップしたり、軽く拍手をして迎えると、また本を読んだり物思いに耽ったりしていた。
観光客らしき地走り族が、ヒジリを見て大げさに驚いてカウンターから滑り落ちる。
そしてカウンターに座り直すと、旅の連れに小声で話しだした。
「あの死の竜巻ヘカティニスが給仕しているだけでも驚きなのに、神ヒジリまで来店するなんて凄いなこの店は・・・」
「やぁ、地走り族の諸君。ヒジランドを楽しんでくれているかね?」
「うわ!ヒジリ様が話しかけてくれた!ラッキーだ!はははは、はい!とても素敵な国だと思います!あの!サインください!僕、宇宙刑事ヒジリダ―のファンなんです!蒸着!」
緊張した地走り族は、ヒジリ―が変身する時のポーズを取る。
「惜しいな、蒸着とはこうするのだ。蒸着!」
ヒジリが手を上に挙げ、次に胸の前で拳をクロスさせるとフルアーマーパワードスーツに変身した。
「うわぁ!フルアーマータイプだ!凄い!これって強敵が現れた時にしか変身しないですよね?初回と第十五話でしか見た事ないですよ!この空中に浮く板はうんたらかんたら!」
オタクな地走り族は興奮して言葉が止まらない。
「ヒジリ様、今の変身でBPがしっかりと減っておりますが・・・」
「うむ、うっかりフルアーマータイプの変身動作をしてしまったのだ。実は相当ショックを受けている」
フルフェイスヘルメットの中で響くカプリコンの声にヒジリはしょんぼりと答える。
「そこの地走り族いい加減口を閉じろー!煩いでつよ!」
カウンター席の奥にいたマサヨシがガタンと立ち上がるも、オタクの地走り族は怪人の強さランキングの話に夢中になっておりマサヨシの怒りに気が付いていない。
「くそ地走り族がー!こうなったら・・・。いでよ!クソビッチ!」
しかしいつものように光の柱は出て来ず、店の入り口からドアをカランカランと鳴らしてクソビッチは現れた。
「なんでしょうか、糞ご主人様!」
「糞ご主人とはなんでつか!その地走り族を黙らせろ!」
「残念ながらクソビッチは光魔法と祈りしか知りません。【沈黙】はメイジの魔法ですからー!」
「手段は問わん!いいからこのオタク地走り族を黙らせろ!」
「かしこまりました!ご主人様!」
クソビッチは下顎を突き出し、目を瞑って敬礼する。
(ここここ、このクソアマ!絶対俺の事馬鹿にしてるだろ!)
憤慨するマサヨシの横に立つとクソビッチはまだベラベラ喋るオタクを羽交い絞めにするとトイレまで運んで行った。
暫くすると、うわーという悲鳴とドタバタと暴れる音がトイレの中から聞こえてきた。
一分程シーンとした時間が流れ、最後に地走り族の切ない声が響く。
「お、おい・・・。まさか・・・」
「任務完了~!えへっ!」
クソビッチに連れられて出て来た地走り族は、顔を真っ赤にして大人しくなっていた。
「口元の白い何かを拭け!クソビッチが!」
マサヨシはクソビッチにおしぼりを投げつける。
(こいつ、絶対天使の皮を被ったサキュバスだろ・・・。で、きっと本物のサキュバスは清楚だったりするパターンだな?漫画とかラノベでよくある設定でつよ。よし、今度サキュバスを召喚しよう・・・決めた。こいつはクビだ)
「報酬をお願いします、ご主人様!」
「何すりゃいいの?早く言え」
「ではお店の手伝いを一時間してください」
おしぼりで口を押さえ、何かをごっくんと飲み込んで天使はマサヨシに命令した。
「えぇ~。そもそもその地走り族が煩くしなきゃこんな事には・・・」
「知ってます?報酬を支払えない召喚士は体を乗っ取られたり、魂を抜かれたりします」
「え?そうだっけ?こわっ!(こんなクソビッチに乗っ取られた日には俺のアヌスはガバガバ・・・)」
「そう、ガバガバになります」
「心を読むな!やりまつよ!」
手伝いをしてくれる者は増えて喜ぶヘカティニスにマサヨシはエプロンを借りると皿洗いを始めた。
「じゃあ私は消えますね。サボったら後で解りますから手抜きしないように」
「へいへい(お前は抜き抜きしたくせに)」
クソビッチはオタクの地走り族をねっとりとした目で見つめた後、唇に手を添えて消えていった。
「あの天使に何をされたのかね?」
ヒジリは静かになったオタク地走り族に聞く。どうやってあの天使がこの地走り族を大人しくさせたのか知りたかったのだ。
「そういうのは聞いちゃだめだぞ、ヒジリ氏。彼にもプライドがあるでそ」
「そうかね?では聞かない」
「いえ・・・聞いてください。あの天使はとんでもないものを盗んでいったんです」
「何をかね?」
「僕の心です」
地走り族の言おうとした言葉をマサヨシが先に言う。
「カリオストロの城かーい!」
珍しくヒジリが人差し指を掲げて突っ込んだが、ウケたのはマサヨシだけだった。
それらを小さな桃色城で応対するヒジリは、今日最後の客との会合を終えて応接間で伸びをした。
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「モティも今回の件でマスターと争う気がなくなったのかもしれませんね」
「まぁ奇跡と言ってもカプリコンのやったことなんだが」
「と言いましても、我々はマスターの命令がなければ何もできないのです。これらの功績は司令塔であるマスターのものですよ」
「ありがとう、ウメボシ」
「ところで遮蔽装置の場所が解ってから随分と放置されていますが、そろそろ出向いた方が良いのではないでしょうか?」
「うむ。いつタケシのような目に遭うかも判らないからな。遮蔽装置の遺跡は明後日にでも出向いて軽く下見だけでもしておこうか。まぁ遮蔽装置を解除したらしたで心配事は増えるのだがね」
遮蔽装置を外せば、それだけ地球から悪人に侵入されやすくなる。
前回の侵入は、地球政府のデータからこの星の座標が盗まれた事で起きた事件だ。タケシはハッカーがカフェで古い古代の端末を使って情報のやり取りをしていたのを偶然見ており座標を知ったのだ。
勿論、地球政府が生き返らせたタケシの情報で足の付いたハッカーたちはその後捕まっている。
地球政府は惑星ヒジリの周辺に、転送を妨ぐシールドを張ると約束してくれたのでヒジリは必要以上に抗議する事はなかった。
今後、惑星ヒジリへの入り口はカプリコンのみとなる。
まぁそれでも悪人たちは侵入はしてくるだろうな、とヒジリは苦い顔で顎を摩った。
「それにしても、もう春まっさかりだな」
応接間の窓から見える中庭の花壇には、タスネやフランが植えた花が所狭しと咲き誇っている。花には蝶やミツバチが群がっていた。
「十五時か・・・。少し散歩してからオーガの酒場でコーヒーでも飲むか」
ウメボシは主の声に僅かな違和感を感じる。
普段の主の声は囁きに近いが、それでいて声の底に芯がある。なので声はハッキリと通るし、聞きづらいという事はない。が、今はその声の底に芯の部分がなく、ただ単にかすれたような声だとウメボシは気が付いた。
「マスター。どうされました?霞の影響でもあるのでしょうか?声に元気がありません」
「ウメボシには何も隠せないな。なんだか判らないが遮蔽装置の調査を決めた時から・・・なんというか寂しいというか、切ないというか今までに感じた事のない気持が押し寄せてきたのだ」
「どういう事でしょうか?」
「それはわからん。いや、私はその答えを知っているような・・・。とにかく明後日、遺跡に行けば何か解るかもしれんな」
「ええ。きっと夢か何かを見て現実と記憶がごちゃ混ぜになっているのだと思います。ウメボシも夢の中で人型アンドロイドとなってマスターとイチャイチャしてる夢をよく見ます。夢の中のウメボシはピンクの制服を着ていてマスターと同じポニーテールをしており、眼鏡っ娘なんですよ?」
「なんとも・・・。私の好みそのままだな」
「ウメボシは知っています。眼鏡をしてるリツ様をマスターが時折じっと見ているのを。リツ様もそれに気が付いていて眼鏡を外そうとはしません」
「はは。バレていたか。どうも私は眼鏡萌えらしい」
「それにヘカティニス様やフランが時々髪型をポニーテールにしている事がありますが、その髪型をする二人とマスターが会話をする時、マスターはいつもより五十パーセント長く彼女たちの顔と頭部を見つめています」
「なんともむっつりスケベだな、私は。以後気を付ける」
「はい。マスターはウメボシだけを見ていればいいのです」
「はは・・・」
ヒジリは笑って誤魔化すとソファから立ち上がり応接間の扉を開けると、エントランスで掃き掃除をしていたタスネに行き先を告げオーガの酒場を目指した。
ヒジリが街を歩くと、国民から歓声が上がる。
先のゾンビ化の件で誰もが自分の愛しい者を失い絶望していた時に、彼はそれらの者を生き返らせてくれたからだ。神の奇跡を目の当たりにしてヒジリに感謝しない者などいなかった。
オーガの神を崇める巡礼者も多く、ヒジリと出会うチャンスを待ち構えていた多くの信者が集まりだした。
「祝福を!」
樹族の母親が小さな赤子をヒジリに差し出した。
「むう・・・。なんとプニプニしたほっぺたなのか・・・」
ヒジリは赤ん坊や地走り族のお餅のような頬が大好きだった。
「ブボボボボ!」
辺りに奇妙な吸音が響き渡る。
「マスター・・・」
ヒジリが赤ん坊のほっぺを吸ったのだ。赤ん坊は驚いた後、キャッキャと笑った。
「あぁ・・・。たまらんな、赤ちゃんのホッペ・・・。この子に無病の祝福あれ!」
母親は泣いて喜び、ヒジリに感謝の祈りを捧げ我が子を受け取ると立ち去って行った。
「マスター・・・。ほっぺブボボ!の祝福はどうかと思いますが・・・」
「仕方なかろう。私はほっぺブボボ!が好きなのだ。あれをイグナやフランにやると怒られるからな。チャンスは今しかないのだ。他に我が子を祝福してほしい母親は?」
それを聞いた母親たちが我が子を抱えて次々にやって来て列を作った。列が進むごとに辺りにブボボと音が鳴り響き、オーガ達はそれを見てゲラゲラ笑う。
「何やってんだよ、お人好し王は。面白れぇ人だなぁ」
笑われてもヒジリは気にしていない。
変な事をする主ですと思っていたウメボシだったが、ある事に気が付いていた。主が赤ん坊の頬に吸い付いた時に自分のナノマシンを一つだけ送り込んでいたのだ。
(ナノマシン一つだけでは精々病気にかかり難くなる程度。それでも碌に治療を受けられず、風邪を引いただけで死んでいく子供がいるこの星では有効ですね。流石はマスター)
最後の子供の餅のような頬を吸って祝福の時間を終えた。感謝して去っていく母親を見送ると、ヒジリはゲラゲラ笑っている野次馬に何か?という顔をして肩を竦め、オーガの酒場を目指した。
「マスターは、随分と優しくなられました」
「なんの話かね」
「知ってますよ、赤ん坊たちにナノマシンを送り込んでいた事を」
「むう。まぁあれはほっぺブボボ!のお礼だ」
「マスター、大好きです」
ウメボシは主の胸に頭を擦りつける。
「あ!ウメボシはタスネ様に買い物を頼まれていたのでした。行ってきます」
「ああ、いってらっしゃい」
用事を思い出したウメボシはオーガの酒場の前でくるりと向きを変え、市場を目指して去っていった。
ヒジリがカランカランとなる酒場の扉を開けて中に入ると、ヘカティニスが忙しそうに給仕をしている。
「お、いだっしゃい、ヒジリ」
そう言うとヘカティニスは客のテーブルに次々と珈琲やケーキを置いていく。
オーガの酒場の客は我らが王ヒジリにサムアップしたり、軽く拍手をして迎えると、また本を読んだり物思いに耽ったりしていた。
観光客らしき地走り族が、ヒジリを見て大げさに驚いてカウンターから滑り落ちる。
そしてカウンターに座り直すと、旅の連れに小声で話しだした。
「あの死の竜巻ヘカティニスが給仕しているだけでも驚きなのに、神ヒジリまで来店するなんて凄いなこの店は・・・」
「やぁ、地走り族の諸君。ヒジランドを楽しんでくれているかね?」
「うわ!ヒジリ様が話しかけてくれた!ラッキーだ!はははは、はい!とても素敵な国だと思います!あの!サインください!僕、宇宙刑事ヒジリダ―のファンなんです!蒸着!」
緊張した地走り族は、ヒジリ―が変身する時のポーズを取る。
「惜しいな、蒸着とはこうするのだ。蒸着!」
ヒジリが手を上に挙げ、次に胸の前で拳をクロスさせるとフルアーマーパワードスーツに変身した。
「うわぁ!フルアーマータイプだ!凄い!これって強敵が現れた時にしか変身しないですよね?初回と第十五話でしか見た事ないですよ!この空中に浮く板はうんたらかんたら!」
オタクな地走り族は興奮して言葉が止まらない。
「ヒジリ様、今の変身でBPがしっかりと減っておりますが・・・」
「うむ、うっかりフルアーマータイプの変身動作をしてしまったのだ。実は相当ショックを受けている」
フルフェイスヘルメットの中で響くカプリコンの声にヒジリはしょんぼりと答える。
「そこの地走り族いい加減口を閉じろー!煩いでつよ!」
カウンター席の奥にいたマサヨシがガタンと立ち上がるも、オタクの地走り族は怪人の強さランキングの話に夢中になっておりマサヨシの怒りに気が付いていない。
「くそ地走り族がー!こうなったら・・・。いでよ!クソビッチ!」
しかしいつものように光の柱は出て来ず、店の入り口からドアをカランカランと鳴らしてクソビッチは現れた。
「なんでしょうか、糞ご主人様!」
「糞ご主人とはなんでつか!その地走り族を黙らせろ!」
「残念ながらクソビッチは光魔法と祈りしか知りません。【沈黙】はメイジの魔法ですからー!」
「手段は問わん!いいからこのオタク地走り族を黙らせろ!」
「かしこまりました!ご主人様!」
クソビッチは下顎を突き出し、目を瞑って敬礼する。
(ここここ、このクソアマ!絶対俺の事馬鹿にしてるだろ!)
憤慨するマサヨシの横に立つとクソビッチはまだベラベラ喋るオタクを羽交い絞めにするとトイレまで運んで行った。
暫くすると、うわーという悲鳴とドタバタと暴れる音がトイレの中から聞こえてきた。
一分程シーンとした時間が流れ、最後に地走り族の切ない声が響く。
「お、おい・・・。まさか・・・」
「任務完了~!えへっ!」
クソビッチに連れられて出て来た地走り族は、顔を真っ赤にして大人しくなっていた。
「口元の白い何かを拭け!クソビッチが!」
マサヨシはクソビッチにおしぼりを投げつける。
(こいつ、絶対天使の皮を被ったサキュバスだろ・・・。で、きっと本物のサキュバスは清楚だったりするパターンだな?漫画とかラノベでよくある設定でつよ。よし、今度サキュバスを召喚しよう・・・決めた。こいつはクビだ)
「報酬をお願いします、ご主人様!」
「何すりゃいいの?早く言え」
「ではお店の手伝いを一時間してください」
おしぼりで口を押さえ、何かをごっくんと飲み込んで天使はマサヨシに命令した。
「えぇ~。そもそもその地走り族が煩くしなきゃこんな事には・・・」
「知ってます?報酬を支払えない召喚士は体を乗っ取られたり、魂を抜かれたりします」
「え?そうだっけ?こわっ!(こんなクソビッチに乗っ取られた日には俺のアヌスはガバガバ・・・)」
「そう、ガバガバになります」
「心を読むな!やりまつよ!」
手伝いをしてくれる者は増えて喜ぶヘカティニスにマサヨシはエプロンを借りると皿洗いを始めた。
「じゃあ私は消えますね。サボったら後で解りますから手抜きしないように」
「へいへい(お前は抜き抜きしたくせに)」
クソビッチはオタクの地走り族をねっとりとした目で見つめた後、唇に手を添えて消えていった。
「あの天使に何をされたのかね?」
ヒジリは静かになったオタク地走り族に聞く。どうやってあの天使がこの地走り族を大人しくさせたのか知りたかったのだ。
「そういうのは聞いちゃだめだぞ、ヒジリ氏。彼にもプライドがあるでそ」
「そうかね?では聞かない」
「いえ・・・聞いてください。あの天使はとんでもないものを盗んでいったんです」
「何をかね?」
「僕の心です」
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