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第一章 魔導学園入学編
5話 エラン・フィールド
しおりを挟む魔導学園への入学。その決意を固めて、数日が経った。
その間、それまでの生活と別段変わったことはない。
師匠から魔導の訓練を受け、家事をして……
ただ、以前よりも魔導に関する知識に加え、一般常識を学ぶ時間が増えた。
それと、これは私が勝手にやってることだけど、師匠に家事を教えている。
着実に別れの時間が近づいている中で、もしも私が魔導学園の入学試験に落ちたらどうする、と師匠に聞いてみたことがあった。
『エランなら、必ず入れるよ』
と、師匠は答えるので、それ以上はなにも聞けなかったけど。
それからも、準備は続いていって。
あっという間に、王都パルデアに行く当日となった。
「本当に、それだけでいいのか?」
「はい!」
私は、鞄を背負い、強くうなずく。
中には、魔導の本や今後の生活に必要だろうものが入っている。
魔導の杖は、鞄の中ではなく身につけている。
いつでも取り出せるように、太ももに専用のホルダーを取り付け、そこに杖を差している。
「他に必要なものがあれば、現地調達できますから!」
「そうか。エランなら、一人でもうまくやっていけそうだな」
そう言いながら、師匠はなにやらずっしりとした小包を、私に差し出してくる。
私は、それを両手を受け皿に、受け取る。
ジャリン、と、なにか金属のような音が聞こえた。
「師匠、これは?」
「当面の生活費だ」
「生活費!」
袋の中身が生活費……つまりはお金だと知って、私は驚く。
こ、こ、この中にお金が……
お金を扱ったことがないわけでは、ない。
師匠と一緒に王都パルデアに行ったとき。食料や日用品を買うために、お金を使うことはあった。
食料はこの付近で現地調達もできるが、王都で売っているものもそれはそれでおいしいのだ。
それを抜きにして……自分の生活のためだけに、使うお金。
その重みに、思わず震えてしまう。
「でも、こんなに……」
「餞別のようなものだ」
「せんべつって……そんな、大げさな」
「いや、餞別さ。
私も、エランを送ったらこの地を離れるつもりだからな」
「……え?」
それは、突然だった。
あまりに突然の言葉に、思わず手の上の袋を、落としそうになってしまう。
この地を離れる……って、今、そう言ったの?
なんで? どうして?
「私は、元々旅人だ」
「!」
旅人……自分のことを、そう表す師匠。
それは、いつだったか聞いたことがあった。
師匠が私を拾う前のこと……師匠は、各地を旅して回っていた。
それが、私を拾ったことで一つの場所に、腰を据えることになったのだ。
ちなみに、なぜ王都とかではなくこんな辺境の地なのかは、わからなかったけど。
「私がいなくなったら、もうここにいる意味もない……」
「言い方はともかく、まあそういうことだ」
「そんな……」
ここからいなくなったら。じゃあもう、師匠とは……?
会えなくなってしまうかもしれない。
それが表情に出ていたのか、師匠は、私の頭を撫でる。
優しい、大きな手だ。
「安心しろ、そんな言い方をしたが今生の別れってわけじゃない。
また会えるさ」
「でも……」
「なら、これもエランに」
すると、師匠は自分の首に手を回して……
首にかけていた、ネックレスを外し、私に手渡した。
「これ、師匠がいつも身に着けていた?」
「これを私と思って……とはちょっと気持ち悪いか。
ま、お守りのようなものだ」
「お守り……」
私は、そのネックレスを丁寧に、受け取る。
手のひらに乗せ、じっくりと観察した。
中心部には、小さいけどきれいな、金色の宝石のようなものがはめ込まれている。
師匠の髪の色とおんなじ色だ。
「きれい……
でも、いいんですか?」
「あぁ。きっと、エランを守ってくれると思うよ」
「ありがとうございます!」
さっそく、私はネックレスを首にかける。
アクセサリーなんて、着けたことがなかったけど……
なんだか少し、恥ずかしいな。
「うん、よく似合ってる」
けど、師匠がそう言ってくれたんだから、堂々としていたらいいのだ。
「師匠は、どこに行くつもりなんですか?」
「さあ、どうしようか。
長くここに留まったからな……ま、気の向くままに、な」
この地にいたのは、少なくとも私を拾って十年……私にはかなり長い時間に思えるが、長寿のエルフにとってはそうでもないのだろうか。
それでも、短い時間ではないと思う。
私を連れて旅を続けなかったのは、きっと私のことを心配して。
まったく。私の両親を捜してくれたり、私のことなんかどこか適当な所に預けて一人旅を続ければいいのにそうしなかったり……
ホント、お人好しなんだから。
「師匠、今日までありがとうございました」
私は、ぺこりと頭を下げた。
「なんだ、突然。
……ま、私も一人じゃない時間は案外楽しかったよ。弟子ができたのも、嬉しかった」
照れくさいのか、師匠は顔を背けていた。
ふふ、私よりかなり大人なはずなのに、子供っぽいんだから。
それから、なにか言うべきか考えたが……特に、なにも思い浮かばなかった。
師匠も言っていたように、今生の別れではない。
またいつか、会えるはずだから。
それに、感謝は、今日までの日常で、伝えてきたつもりだ。
「じゃ、そろそろ行きますね」
「あぁ」
これ以上ここにいると、名残惜しくなってしまいそうだ。
師匠に背を向けて、歩き出す……と同時、背後から「あ」と声が聞こえた。
「そうだ、大事なことを忘れていた」
と、師匠は言う。
せっかくいい感じに別れようとしたのに……締まらないな。
私が振り向きジト目を向けると、師匠は苦笑いを浮かべていた。
「エラン、キミの名前についてだ」
「名前?」
「あぁ、キミは今日までエラン……ただのエランと名乗ってきたろう。
けれど、これからは……エラン・フィールドと、そう名乗るといい」
「……エラン・フィールド……」
「それが、キミの名前だ」
ニコッ、と師匠は、柔らかい笑顔を浮かべてくれる。
エラン・フィールド……私の、名前。
記憶のない私に『エラン』と名付けてくれて。
師匠の名前グレイシア・フィールドの家名を与えてくれて。
もう、たくさん貰っているのに……これ以上ない、贈り物だ。
「ほら、泣くな」
「な、泣いてないです!」
指摘され、私は目元をゴシゴシと拭う。
うぅ、少し痛い。
まだ込み上げてくるものをぐっと堪えて。
精一杯の笑顔を浮かべて、私は言った。
「エラン・フィールド、いってきます!」
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