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第四章 魔動乱編

170話 私と同じその子

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 振り下ろされた拳……それは、私の顔面目掛けて落ちてくる。
 誰もが、その先にある未来を予想し、目を閉じる。私が殴り飛ばされると思っているのだろう、周囲の悲鳴はいっそうに高くなる。

 後ろに女の子がいるため、避けるわけにもいかない。
 向かってくる拳を、私はその場から動くことはなく、突っ立ったまま……


 ドォン……!


 激しい音が鳴る……私が拳に吹き飛ばされたと、誰もが思っただろう。
 だけど、現実は違う。その光景に、目を見開くのは他ならぬ、拳を放ったスキンヘッド男だ。

 男の拳は、確かになにかに衝突した……だからこそ、あんな音が鳴ったのだ。
 けれど、それは私の顔面ではない。拳が衝突したもの、それは……

「と……止め、やがった……だと!?」

 男の拳は、私の手のひらに衝突して……そこで、動きを止めている。
 私の顔面を、男が狙っているのはわかっていた。だから私は、男の拳がぶつかるより先に、手のひらで拳を受け止めた。

 結果として、スキンヘッド男の拳は私まで届くことはなく、手のひらに受け止められ止まってしまった。

「あ、アニキ……?」

「ぐっ……」

 トカゲの、おろおろした声。スキンヘッド男は、力を込めているようだけど……そんなんじゃ、ビクともしない。
 なぁんだ、Bランク冒険者っていうから、結構強いのかと思ったけど……ただでかいだけか。

 私が、軽く押し返してやると、スキンヘッド男は大きく後ずさる。

「てめえ……なにしやがった」

「なにもしてないけど」

「ふざけんな! どうせ魔導使ってインチキしたんだろうが!」

 とんだ言いがかりだな……確かに、魔力で身体強化をすれば、私のようなか弱い女の子でも、大岩を持ち上げることは可能だ。
 だけど、学園の生徒は一応、学園外での魔導使用は禁止されている。

 それに、だ。

「いや、あの程度魔導を使うまでもないって」

「……!」

 ぶちっ、となにかが切れたような音がした。
 多分スキンヘッド男は、魔導を使えない。じゃないと、魔導を使った相手をインチキ扱いはしないだろう。

 そのままスキンヘッド男は、私に突っ込んでくる……かと思いきや、その場に留まったままだ。
 てっきり、感情任せに向かってくると思ったんだけど……

「なめやがって……痛い目見ねぇと、わからねぇらしいな」

 私を睨みつけ、スキンヘッド男は右腕を掲げる。次の瞬間、右腕に変化が訪れた。
 男の太い腕が、みるみる毛に覆われていき……右腕のみ、まるで獣の腕のようになった。

 なるほど、あいつただの人間じゃなくて、獣人か。
 常に異形の姿をしている亜人とは違って、部分的に異形の姿に変化させることができるのが、獣人だ。

 見た目通り、パワフルって感じの太い手だ。私の体なんか、掴まれたらバキバキに折られてしまいそうだ。

「くたばれ小娘ぇ!」

 その腕を持って、再び男は突撃してきた。今度は、先ほどとは違う……自身に満ち溢れた顔だ。
 こんな大柄な男に、真正面からぶつかってこられては恐怖に震える……のが普通なのかもしれない。

 でも、なんでだろう。全然怖くないや。
 学園に入ってから、決闘やら魔獣騒ぎやら試合やらまた決闘やらと……いろいろあったもんなぁ。

「そんな頭に血が上ってちゃ、勝てるもんも勝てないよ、っと」

「!?」

 私は、自ら前進して男との距離を詰める。そして、放たれた拳の軌道を読んで体ごと横にずらすことで、それを回避。
 がら空きになった男の懐へと入り込み、男の右足に軽く蹴りを入れる。

「な、ぁ……!?」

 すると、足を払われた男はバランスを崩し……その場に、ドシンと転んだ。
 私を狙うことに集中しすぎて、足元が疎かになっていたのが、彼の敗因だ。こんなんでホントに冒険者なのか。

 周囲は、先ほどより静かになっていた。あちこちからざわめきが聞こえるけど……

「お、おい、あの女の子、Bランク冒険者を……」

「いや、たまたま転んだだけなんじゃないのか?」

「でも、勇敢なのには違いないわよ」

 うーん、ちょっと目立ちすぎたかな。この子連れてさっさと逃げるべきだったかな?
 でも、こういう輩は一度痛い目見させとかないと、どんどんつけあがっちゃうからね。それに、怒り心頭のままこの場に置き去りにしたら周りが迷惑するかもしれないし。

 いわばこれは、そう、教育的アレだよアレ。

「て、てめえ……」

「あ、アニキぃ」

 あ、まだ意識あったんだ。
 まだ戦意は失われてないのか、私をにらみつける。自分よりも小柄な女の子に転がされたことが、よほど我慢ならないらしい。

 まあ……女の子から私に標的が完全に変わったのは、いいことなのかも?

「いい加減諦めなよー、また転ばせるよ?」

「るっせぇ! っ、つつ……派手に蹴りやがって
 マジで骨逝っちまったかもしれねぇ……」

 男はぶつぶつつぶやきながら、右足を擦っている。なんだよ、そんなに強く蹴ってないぞ私は。せいぜい足払いだ。
 小柄な女の子に、その上こんな大勢の前で転ばされた。この男にもプライドってものがあるなら、もうズタズタだろう。

 まあ、そんなものがあるとは、私には思えないけど。

「アニキぃ、もうやめときましょうよ」

「てめえまでうるせえぞ!
 このままじゃ俺のプライドが傷ついたままだ!」

「私より小さな女の子カツアゲしてた時点であんたにプライドなんて見当たらないんだけど」

「っ、この……!」

 自分の口からプライドとか言っちゃったよ、こいつ。どの口が言うんだ。
 ……ま、いいや。まだ諦めないつもりなら、相手になってやろうじゃないか。どうせ暇してたんだ。

 もうすぐしたら憲兵さんも来るだろうし、それまでこの男を逃さないよう、適当に遊んで……

「もう許さねえ、ぶっ殺してやる!」

「へぇー、面白いな。誰をどうするって?」

「だから、あの女をぶっ殺……」

 もはや怒りでつるつるのスキンヘッドが真っ赤になっている男は、背後からの声に苛立ちげに振り向く。
 ……瞬間、男の空気が凍った。

 男の背後には、憲兵の服を着たおじさんが立っていたからだ。

「そうか、あの女の子を殺すのかい」

「いや、それはあの……」

「ちょーっと、話を聞かせてもらおうか」

 ぽん、と肩を叩かれ、男はここからでもわかるくらいに震えている。
 まさか、こんなにも早く憲兵さんが来てくれるとは……ま、これだけ騒げば当然かも。意外と近くに居たのかもしれない。

 なんにせよ、あの男は憲兵さんに任せて良さそうだな。冒険者って言っても、権力には逆らえないだろうし。
 私は、背後にいる女の子へ振り返る。

「大丈夫? どこか、怪我してない?」

「あ、はい……大丈夫、です。
 ありがとうございます」

「……あ」

 目線を合わせ、女の子の顔を覗き込む……すると、だ。
 気づいたことがある。

 帽子を被っているのと、ずっと背に庇っていたからよく見えなかったけど……よく見ると。
 その子は……私と同じ、黒髪黒目の……

「あの、私は、ビジーと言います! 助けていただき、ありがとうございます!」

 ビジーと名乗った女の子は、私に向かって深々と、頭を下げた。
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