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第四章 魔動乱編

293話 癒やしの訓練

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「ふっ、はっ」

「うーん」

 ぶんぶん、となにかを振り回す音が響く。それは一定のリズムで、空気を裂いている。
 それと同時に、荒い息遣いも聞こえる。ふっ、だのはっ、だのと、それを振り下ろすたびに聞こえてくる。

 現在、ダルマスとの訓練中。ダルマスの素振りをぼんやりと見つめながら、私は昨日のことを考えていたわけだ。

「……そんなに見られると恥ずかしいんだが」

「お、ごめん。でも見てはいたけど別のこと考えてたからちゃんと見てたわけじゃないよ。気にしないで」

「それはそれで腹が立つな」

 抜き身の剣を素振りしていたダルマスは、一旦動きを止めて額に流れる汗を袖で拭う。
 ダルマスと特訓を始めてから今日に至るまで、ダルマスの剣の腕はかなり上達したと思う。今やってた素振りだって、精神統一のために必要なことだ。

 ダルマスは変わった……なんというか、物腰が柔らかくなったと言うか。前はもっとトゲトゲが、素直になった気がする。ちょっとだけ。
 そして、変わったことはもう一つ。

「だ、ダルマス様! タオルを……それと、お、お飲み物です!」

「ん、あぁ、すまないな」

 差し出されたタオルアンド水の入ったボトルを受け取り、ダルマスは水を一気に飲み干す。豪快な飲みっぷりだ。
 そしてタオルで、汗を拭いていく。うーん、当初は変な眉毛した変な男だと思っていたけど、顔のパーツは整ってるんだよな。簡単に言うと、汗を拭う仕草だけで絵になる。

 まあ私はそれに見惚れはしないけど、実際に見惚れている人物が一人。今、ダルマスにタオルアンド水を渡した人物だ。

「……キリアちゃん、毎度毎度付き合ってくれるけど、キリアちゃんも用事があればそっち行っていいんだよ?」

「いえ、問題ありません!」

 手を組み、頬を染めてダルマスを見ているのは同じクラスのキリアちゃんだ。
 なぜ彼女がここにいるかというと……まあ、そこにはいろいろと複雑な事情があるようなないようななんだけど、私としてもどう説明すればいいか。

 キリアちゃんは、おそらくダルマスのことが好きだ。もちろん、友達としての好きじゃない。私にだって、それくらいはわかる!
 実際に好きだと名言されたわけじゃない。けど……気になってる人がいるって相談されて、その対象がダルマスだったのだ。


『その……き、気になる方が、いまして……』

『その……だ、ダルマス様の、こと、が……!』


 そう告白を受けたときには、どうしようと思ったよね、うん。

 始まりは、魔石採集の授業中に起こった魔獣騒ぎ。人より魔力を過敏に感じ取れるキリアちゃんは、いきなり現れた魔獣の魔力に当てられて気分を崩した。
 その時に介抱してくれたのがダルマスで、それから気になって……ということらしい。

 そんなキリアちゃんは、ダルマスのことをそれからずっと見ていた。それってスト……
 ……ううん、こんなかわいい女の子にじっと見つめられるなんて、男冥利に尽きるんじゃないのかな。


『な、なにをなさっているんです!?』


 そして、度々放課後にどこかに消えることに気づき、不思議に思って後を尾けたら……こうして、秘密訓練が見つかってしまったわけだ。
 それ以来、こうしてキリアちゃんも訓練に参加している。参加って言っても、主に今みたいなダルマスのサポートみたいなものだけど。

「それとも……エランさんは、ダルマス様と二人きりになりたいから私に出て行けと……」

「あははは、ないない」

 そして困ったことにキリアちゃん、どうやら私とダルマスの中を疑っているらしいのだ。
 まあ、放課後男女二人だけで秘密の訓練をしている……とだけ聞けば、そう思っても仕方ないのかな?

 ダルマスが変わった、というのも、キリアちゃん……ううん、平民に対しての扱いが大きい。以前は平民だからと問答無用に見下していたけれど。
 今だって、以前のままなら「平民からそんなもの受け取れるか」とかなんとか言って突っぱねていただろう。

 そんなダルマスを見直しこそしても、キリアちゃんが危惧しているようなことにはならない。絶対に。

「どうした、二人でこそこそと」

「ななな、なんでもない、ですっ」

 さらに困ったことに……ダルマスは、自分に向けられる好意に気づいていない。いや、人としての好意にならもちろん気づいているだろうけど……
 男として、異性として好感を持たれていると、思っていないのだ。

 こんなに、キリアちゃんから好き好きオーラが出ているのに……それとも、そう感じるのは私がキリアちゃんがダルマスを好きだと知っているから、だろうか。

「ふぅむ……」

「なんだ、考え事か?」

「うん、さっきとは別のね」

「?」

 さっきまでは昨日の生徒会の、魔導大会のことを考えていたけど、正直今はキリアちゃんのことで頭がいっぱいだ。
 平民と貴族という身分違いではあるけど、私はそんなのは気にしない。友達の気持ちは、応援したくなるもの。

 こうして二人を見ていると、なんだかお似合いな気もするし……うんうん、なかなか絵になる二人じゃないの。

「なにをニヤニヤしているんだ、気持ち悪いだだだだだ!」

「女の子に気持ち悪いとは失礼な奴め。あと素振り千回追加」

「千回!?」

 二人だけの、味気なかった訓練に……見ていて癒やしを感じる、もう一人が追加された。
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