356 / 1,141
第五章 魔導大会編
348話 拒絶
しおりを挟む「ひっ、い、やぁ!!」
「あっ……」
これまでに聞いたことのないような……そして、おそらく本人も出したことがないだろう、悲鳴。
エランもルリーも、あっけに取られている中で。ルリーの膝の上にいたクレアは起き上がり、ルリーの胸を押し、突き飛ばす。
座っていたため、突き飛ばされてもたいしたダメージにはならない。
しかし、それ以上に……立ち上がり、自分から距離を取るクレアを見て、ルリーはショックを受ける。
そして、ショックを受けるのは……エランも、同じだ。
「く、クレア……ちゃん?」
「あ……え、エランちゃん!」
目の前のダークエルフを見て、クレアは身を震わせている。足も、肩も……全身が震え、顔色は悪い。ひどく青ざめているのは、先ほど死んだ影響……とは思えなかった。
そんなクレアの様子に、エランはポツリと言葉を漏らす。
その声が届いたのか、クレアは肩をはねさせて、周囲をキョロキョロと見回す。
その目に、ダークエルフではなくエランを認め……クレアは、エランへと駆け寄った。
「え、え、エランちゃ、ん! あ、あそ、あそこっ……だ、ダークエルフ、が……!」
「……っ」
その怯え方は、やはり尋常ではない。
ダークエルフ……ルリーを指差して、髪を振り乱し、必死に首を振っている。
その姿に、いつものクレアの姿はない。ダークエルフが人々から嫌われている、という話は聞いていたが、ここまでとは。
いや、クレアは混乱しているだけだ。彼女が友達……ルリーだとわかれば、落ち着くはずだ。
「あ、れ? いや、あれ……わた、し、さっき、刺され……あれ……?」
ルリーは、魔導具による認識阻害で、自身がダークエルフだということを隠していた。
さらに、なぜいつもフードを被っているのか、とあまり疑問に思われないように、していた。
だから、ルリーがダークエルフだとわからないのは、当然のことだ。見知らぬダークエルフがいれば、誰だって混乱してしまう。
先ほど刺され殺されたことも重なれば、なおさらだ。
だからエランは、伝える。彼女はルリーだと……怯えるべき、相手ではないと。
「お、落ち着いてクレアちゃん! あの子はルリーちゃん、ね! クレアちゃんを、助けてくれたの! ルリーちゃんだよ、お友達だよ!」
……伝えて、しまった。
「……は……ル、リー……は? アレ……が……?」
エランの言葉に、クレアは……虚をつかれたように、目を丸くして、固まった。
エランの想像通り、落ち着いた。落ち着いてくれた。
瞬間、クレアの頭の中で、様々なピースがハマっていく。
いつもフードで顔を隠していたルリー……いつも聞いていたルリーの声……それが、あのダークエルフと同じ声であること……おどおどしている仕草が、見慣れた姿であること。
……ルリーが、ダークエルフであること……それが、エランの口から、もたらされた。
「……っ、いや、うそ……そん、な……うそで、しょ……?」
「クレアちゃ……」
「いや、ウソよ! うそ、うそうそうそウソうそうそ嘘ウソウソうそ嘘うそうそウソ!!」
その事実を認められず、クレアは頭を抱える。目を見開き、その目からは涙が流れている。
あまりに異常な光景。エランは手を伸ばすが、それが触れていいものなのか、わからない。
ふと、ルリーが一歩、近づいた。
「来ないで!!」
「ひっ……」
強い、拒絶。それを受け、ルリーは足を止める。
今にも泣きそうなほど、その体を震わせて。
ルリーにとって……もしかしたらそれは、初めてのことだったのかもしれない。
ルリーは、世間のダークエルフに対する評判は、知っている。だからこそ身を隠してきたし、これまでに友達と呼べる存在は、同族以外にいなかった。
初めて……同族以外の、友達ができた。
もしかしたら……と、思っていた。たとえ自分がダークエルフだと知られても、もしかしたらクレアならば、受け入れてくれるのではないか。
……そんな淡い期待は、激しく向けられる拒絶……敵意によって、打ち砕かれた。
「あ、わ、わた、し……」
「っ、近寄らないで! "ダークエルフ"!!!」
ルリーのか細い声では、クレアには届かない。
はっきりとした拒絶は、ついにルリーの名前をも呼ぶことはなくなった。
その態度に、カッとなるのはエランだ。
「く、クレアちゃん! ルリーちゃんに、なんてこと……今まで、仲良くやってきたじゃん! ダークエルフだからって、そんな、こと……関係ないじゃない!」
「わかってないのはエランちゃんよ! ダークエルフってのが、どんな存在か……わからないの!? それに、そいつは私たちを騙して……いや、もしかして、エランちゃん、知ってたの? 知ってて、なんで……」
「友達だから、仲良くするに決まってる!
それに、ルリーちゃんはクレアちゃんを、助けてくれたんだよ! なのにあんなの、あんまりだよ!」
「……たす、けた?」
お互いに、ここまで感情を露わにしたことなどない……エランとクレアの言い争い。
それは、エランの一言を聞いたクレアが押し黙ったことで、一旦の中断を見せる。
自らの両手を見て、クレアは、手を握り、開き、握り、開き……を繰り返す。
その顔からは、血の気が失せていた。
「ま、さか……さっき、のって……気の、せいじゃ……」
思い出すのは、自分が意識を失う直前の出来事。それを確認するために、クレアは腹を触る。
傷は、ない。痛みも。やはり、気のせいか。
次いで、視線を動かし……手で触れている場所を、見た。
服が、破れている。服に血が、ついている。まるでそこだけ、なにかが刺さった痕のように。
その瞬間、思い出した……自分が、刺されたことを。その瞬間、生命活動が止まったことを……理解した。
なのに、今自分は、生きている。動いている。
……いや、生きて、いるのか……?
「はーっ……はーっ、はー……」
「クレアちゃん……?」
額から流れる汗が、止まらない。激しくなる動悸が、止まらない。
自分は、一度死んだ……それを理解した瞬間。言いようのない衝撃が襲ってきた。
しかし、クレアが真に恐ろしく感じたのは、自分が死んだことではない……今こうして、生きていること。
否、生き返ったことだ。
「や……いや、いやぁ……こん、なの……あんまり、よ……!」
「クレアちゃん、いったいどうし……」
「なん、で……! なんで私を、生き返らせ、たの!? なんで、こんな……こんな、こと……!」
ひどく取り乱すクレア……ダークエルフの存在、ルリーの正体、生き返ったこの体。そのすべてが、クレアに重くのしかかる。
あり得ない、認めたくない。
クレアの言葉に、エランは言葉を失った。クレアは、自分が生き返ったことを喜ぶどころか……そんな自分を、そうさせたエランとルリーを、ひどく恐ろしいものを見る目で、見ていた。
「くく……くっふふ……」
困惑する状況の中で、似つかわしくない笑い声が、聞こえた。
エランが反応し、首を動かす。そこにいたのは……
「くふっ、ふふふ……あは、っはははははは!
お、面白すぎるだろ……っ、くぁはははははは!」
「っふふふ……なんて、友達思いで……なんて、哀れなのか。
あっははははは……!」
抑えようとした笑いを、堪えきれず……腹を抱えて吹き出す、エレガ。そしてその隣に立つジェラ。
これまで、状況に関与してこなかった……二人の人間だった。
ゲラゲラゲラゲラと、邪悪な声で、邪悪に笑っていた。
1
あなたにおすすめの小説
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
濡れ衣を着せられ、パーティーを追放されたおっさん、実は最強スキルの持ち主でした。復讐なんてしません。田舎でのんびりスローライフ。
さら
ファンタジー
長年パーティーを支えてきた中年冒険者ガルドは、討伐失敗の責任と横領の濡れ衣を着せられ、仲間から一方的に追放される。弁明も復讐も選ばず、彼が向かったのは人里離れた辺境の小さな村だった。
荒れた空き家を借り、畑を耕し、村人を手伝いながら始めた静かな生活。しかしガルドは、自覚のないまま最強クラスの力を持っていた。魔物の動きを抑え、村の環境そのものを安定させるその存在は、次第に村にとって欠かせないものとなっていく。
一方、彼を追放した元パーティーは崩壊の道を辿り、真実も勝手に明るみに出ていく。だがガルドは振り返らない。求めるのは名誉でもざまぁでもなく、ただ穏やかな日々だけ。
これは、最強でありながら争わず、静かに居場所を見つけたおっさんの、のんびりスローライフ譚。
追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて
だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。
敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。
決して追放に備えていた訳では無いのよ?
「宮廷魔術師の娘の癖に無能すぎる」と婚約破棄され親には出来損ないと言われたが、厄介払いと嫁に出された家はいいところだった
今川幸乃
ファンタジー
魔術の名門オールストン公爵家に生まれたレイラは、武門の名門と呼ばれたオーガスト公爵家の跡取りブランドと婚約させられた。
しかしレイラは魔法をうまく使うことも出来ず、ブランドに一方的に婚約破棄されてしまう。
それを聞いた宮廷魔術師の父はブランドではなくレイラに「出来損ないめ」と激怒し、まるで厄介払いのようにレイノルズ侯爵家という微妙な家に嫁に出されてしまう。夫のロルスは魔術には何の興味もなく、最初は仲も微妙だった。
一方ブランドはベラという魔法がうまい令嬢と婚約し、やはり婚約破棄して良かったと思うのだった。
しかしレイラが魔法を全然使えないのはオールストン家で毎日飲まされていた魔力増加薬が体質に合わず、魔力が暴走してしまうせいだった。
加えて毎日毎晩ずっと勉強や訓練をさせられて常に体調が悪かったことも原因だった。
レイノルズ家でのんびり過ごしていたレイラはやがて自分の真の力に気づいていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる