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第六章 魔大陸編

358話 ラッへの正体

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「あぁ……?」

「……っ」

 その瞬間、場の空気が変わった……ような気がした。
 元々、この魔大陸に来てから、ベルザ王国とはちょっと空気が違うな、とは思っていたんだ。

 でも、そういったものとは違う……背中に、剣でも突き付けられたかのような、この感覚……

「私が、そいつと同じ顔をしている理由……だと?」

「っ、は、はい」

 ラッヘの空気が変わったのは、ルリーちゃんの言葉を受けてからだ。


『あなたはどうして、エランさんと同じ顔をしているんですか』


 私も気にはなっていた。なっていたけど……
 まさか、ここでいきなり、その話題に突っ込んでしまうとは。

 ルリーちゃんって、結構大胆だよね。

「教えて、もらえませんか?」

「……なぜ」

「それは……その、私の大切な人と、同じ顔……気になる、と言いますか」

 る、ルリーちゃん……! 私のことを、大切だなんて思ってくれているなんて……!
 仲が良いとは思っていたけど、まさかそこまで思ってくれていたとは。私嬉しいよ。

 ルリーちゃんから切り出したのは……もしかして、大切な人のことだから、かもしれない。
 私だって、ルリーちゃんと同じ顔をしている人がいたら、気になって仕方ない。

 私は自分のことだから、後でいいかと思っていたけど……

「……」

 ルリーちゃんは、そうは思っていない。
 ただ、ラッヘが素直に答えてくれるだろうか。

 しばしの沈黙。ルリーちゃんはさらに、言葉を続ける。

「それに、ラッヘ、って本名じゃありませんよね?」

「え、そうなの?」

 ここで、予想外の言葉。
 今まで名前だと思っていた、ラッヘ……それが、名前ではないのだという。

「はい。ラッヘとは、エルフ語で……『復讐』を意味するんです」

「……!」

 その言葉の意味に、私は背筋が震える。
 ラッヘという名前、いや言葉の意味……それが、復讐だって?

 もちろん、それはたまたまかもしれないし、偽名ではなく両親がそういう意味を込めて付けた名前、かもしれない。
 ……それはそれで問題だけど。

 ラッヘは、なにも答えない。

「あなた、いったい……何者なんですか」

「……そんなに、知りたいか」

 ルリーちゃんの、踏み込んだ問いかけ。返ってくるのは、ラッヘの……ラッヘと名乗っているエルフの、鋭い視線。
 その視線だけで、殺されてしまいそうだ。

 それは、私を見ている。さっきから、ずっと。
 もし、ラッヘの言葉の意味が、復讐なのだとして……初めて会った時から私に向けてくる殺意が、本物だとして……

 もしかして、この子は……私を、恨んでいる?
 でも、心当たりなんてない。

「私は……」

「!」

 ぽつりと、つぶやいた。彼女は、私を見ながら……

 ……続く言葉は、思いもしないものだった。

「……そんなに知りたいなら、教えてやる。私の名前は、エラン……」

「え……」

「エラン・フィールド。それが、私の本当の名前だ……!」

 ……その瞬間、なにを言われたのか、すぐには理解できなかった。

「……え……なに、言ってるんですか?」

 先に言葉を漏らしたのは、ルリーちゃんだ。ルリーちゃんの言葉は、そのまま私の思い。
 この子は、なにを言っているのだろう……エラン、エラン・フィールド……私と、同じ名前? うそを言っている顔じゃない。

 そりゃあ、世の中には同姓同名の人物だっているだろう。
 だから、名前が同じこと自体には、不思議はない。

 問題なのは……私と同じ顔をした女の子が、私と同じ名前をしている、ってことだ。
 これが、ただの偶然か?

「なにを、言ってるだ? てめえが聞いたんだ、私の名前を……!」

「あ、その……いや、だって……」

「まあ、気にすんな。私はこの名前、大っ嫌いだからな。
 やるよてめえに。なあ、グレイシア・フィールドの弟子ぃ!」

 視線が、私を射抜く。

「……キミ、は……」

「私は、グレイシア・フィールドの娘だ」

「……!」

 あまりに衝撃的な言葉が、私を貫いた。
 気を抜いたら、この場に倒れてしまいそうだ。

 師匠に、娘? そんな話、聞いたことがない。
 師匠はあまり自分のことをしゃべらなかった……でも、娘がいるなら。十年も一緒だったんだ、そういう話があっても、いいだろう。

 ルリーちゃんを、見る、ルリーちゃんも、初耳といった表情。
 師匠は有名で、凄腕の魔導士、冒険者としている人は多い。でも、ルリーちゃんの様子を見るに……娘がいるなんて、聞いたことがなさそうだ。

「うそだと思うか? はっ、それならどれだけ、よかっただろうな」

 吐き捨てるような、ラッヘの……エランの、言葉。
 それは、私だけじゃない……師匠のことも、恨んでいるように聞こえる。

 彼女はエルフで、師匠もエルフだ。種族だけで見れば、うそではない。だいたい、うそをつく理由がない。

 ……私と同じ顔の、私と同じ名前の、師匠の娘……

「偶然……じゃ、ないよね…………でもそれ、って、どういうこと……?」

「……私は、一度死んだ。
 いや、正確には、あいつは私を死んだと、思ってる」

「!?」

 彼女の言葉が、よくわからない。いったい、なにを抱えているんだ?
 一度死んだ……師匠は、死んだと思っているだって?

 それって、まさか……

「勘違いすんなよ、私は死んでねえよ。生死の狭間をさ迷った経験があるってだけだ。
 だから、別に生ける屍リビングデッドってわけじゃねえ」

「っ……」

 死んで、生き返ったわけではない……その言葉に、ルリーちゃんが小さく反応する。
 きっと、クレアちゃんのことを思い出しているんだろう。

「師匠は、あなたを死んだと思ってる……それって、どういう意味?」

「言葉の通りだ。私が死んだと思って、あいつは私を"捨てた"! そして、私とよく似た顔のお前に、娘の名前をつけ育てた! ただそれだけのことだ」

「っ……」

 胸が、痛い……彼女の言葉は、全部本当なのか?
 彼女が、師匠の娘で……なんらかの理由で、死ぬほどの目にあって……死んだと思った師匠が、彼女を捨てて……彼女によく似た私を、彼女の代わりに……

 私は、師匠の弟子で、もしかして娘のように育てられているのかな、なんて、ちょっと思っていた。
 でも、私は……本当は、師匠にとって、娘の代用品でしか、なかったのか……?
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