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第六章 魔大陸編
430話 記憶
しおりを挟む「……あなたは、だあれ?」
……その言葉は、私に、私たちにどれほどの衝撃を、与えたことだろう。
だって、そうだ。眠ってしまってから、五日間ずっとベッドの上だったラッヘ。起きるのを、どれほど待ち望んでいたことが。
今ようやく、ベッドから起き上がり……目を、開いた。エルフ族特有の綺麗な緑色の瞳が、私を見ていた。
そして……先ほどの言葉を、言ったのだ。
「え、っと……」
とっさのことに、私はなんと言えばいいかわからなかった。
部屋の中にいたルリーちゃんに視線を向けるけど、彼女は不安げな表情を浮かべたままだ。
対してガローシャは、驚きは見せていても平静を保ったままではあった。
「なにが、あったの?」
「……正直、エランさんの驚きとさほど変わりはありません。私たちも、ついさっき同じ衝撃を味わったばかりですから」
私の問いかけに、ガローシャが答える。
二人も、ついさっきラッヘが目覚めたのを、確認したってことか。
そんで、目が覚めたら……こんな状態だったと。
「あの……ラッヘ?」
「……?」
軽く深呼吸をしてから、ラッヘに話しかける。まずは、名前だ。
まだ、さっきの一言だけだ。まだ、確信ではない。
なにか、悪ふざけでもしていたのだろう。そうであってくれ。
そんな願いを込めて、呼んだ名前は……
「……?」
きょとんと首を傾げるラッヘの姿に、どこかへ吹っ飛んでいった。
私たちのことどころか、自分の名前もわかっていない? もしかしてこれって……
「記憶が……」
「?」
そもそも、見た目からしてなんかおかしい。いや、どこがどう変わったってほどじゃないんだけど。
きょおんとしたラッヘからは、前までの刺々しい雰囲気が感じられない。以前は、触れるものみな噛みつくくらいの勢いがあった。
なのに、なんだこのおとなしい生き物は。外見が変わったわけじゃないのに、まるで別人に見える。
雰囲気が違うだけで、こんなにも……
じゃなくて!
「えっと……状況を、詳しく教えてくれる?」
「は、はい。とはいっても、ガローシャさんが言ったように、私たちにもなにがなんだかなんですが……」
今度は、ルリーちゃんが答える。ただ、本人たちも状況を飲み込めていない。
私がこの部屋からいなくなったあと、ラッヘとガローシャとがラッヘの様子を見ていた。
それからしばらくして、ラッヘが突然目を覚ました。驚きと、それ以上の喜びに襲われて……
……「あなたたちは誰だ」と……そう、言われたらしい。
「冗談なら、やめてくださいと言ったんですが」
「……とても、冗談には見えなかったと」
その後もいろいろ質問したけど、全部こんな調子で……驚きに固まっていたら、あとは私が戻ってきて……
そういう流れだ。
これは、まいった。いや、予想していなかった。
まさか今まで目覚めなかったラッヘが、突然目覚めたと思ったら記憶喪失になっていたなんて。
「ガローシャさんは、未来予見でラッヘさんが起きるのとかは、わからなかったんですか?」
「私が夢に見るのは、見たいと思って見れるものではないので。それに、エランさんたちが現れる関連の未来を見て以降は、まったくで」
「……ま、たとえラッヘの未来を見れたとして、どう対処もできないよ」
もし、目覚めたラッヘが記憶喪失になっていたと、事前に知っていたとして……だから、なにができるって話だ。
せいぜい、心構えが違うだけの問題だろう。
そんで……その先は、頭が真っ白だ。
「いや、まあ、うん。ラッヘが起きたことは、嬉しいよ。素直に喜ばしいことだよ。でも、さ……まさか、こんなことんなると思わないじゃん」
「エランさん、気持ちは同じですけど……こうなってしまった以上、この先のことを考えないと」
ルリーちゃんに宥められ、私は考える。
ラッヘが起きたのなら、もうここにいる理由はないわけで。なら、まあ準備してからここを経つ。
その際、エレガたちも一緒に連れ帰って、その先で処遇を話し合う。
「……」
ちらりと、ルリーちゃんとラッヘを見る。
ルリーちゃんのダークエルフ問題と、ラッヘの記憶喪失問題。問題事が増えてしまった。
私も、記憶喪失ではあるけど……十年以上の記憶がないだけで、そっからはちゃんと育ってきている。
でもラッヘは、自分の名前もわからないってことは生まれてからすべての記憶をなくしてる可能性があるわけで。
しかも、ラッヘはエルフだ。ラッヘが何歳かは聞いていないけど……長寿のエルフ族は、見た目と中身の年齢が比例しない。
「何十……下手したら、百年分の記憶がなくなってるってことだよね」
それは考えただけでも、恐ろしい。もし私が、今記憶喪失になってしまったら。
今日まで培ってきた、友達とか知識とか、そんなものが全部なくなっちゃう。それを考えるだけでも、怖い。
なのに、ラッヘの場合は……重みが、違う。
「ルリーちゃん、エルフ族が記憶喪失になることって、あるの?」
「……私は、聞いたことないです」
きょとんとしたラッヘは、物珍しそうにあたりをキョロキョロ見ている。
こんなラッヘを、放ってはおけない。かといって、誰が世話をする?
私の場合は、家族とかわからなかったみたいだから、師匠が育ててくれた。
そのグレイシア師匠が、ラッヘの親だというけれど。
「……師匠、今どこにいるのさ」
どこにいるかもわからない師匠をあてにすることも……また、難しかった。
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