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第二章 現代くノ一、現代社会を謳歌する!
第79話 万死に値する
しおりを挟む人通りのない、路地裏……そこで俺は、命を狙われた。
危うく命を奪われそうだったところに、助けに来てくれたのは久野市さんだった。
久野市さんは、見たこともない長剣を手に……服装は、いつか見た忍びの黒い衣装だった。
そして、俺の命を狙った相手こそ……
「美愛さん……」
俺と直接的な関係はないが、まったく接点がないわけではない篠原 美愛さん。
バイト先の先輩篠原さんの娘さん……会ったのは、たったの一回、数分程度。
そんな彼女が、なぜ俺の命を狙ってきたのか。
その疑問は、彼女に届くより先に……久野市さんの刃が届くほうが、早かった。
「っ、じぃ!」
背後の久野市さんに気づいた美愛さんは、振り向きざまにナイフを振るい、喉の奥から声を絞り出す。
刃を、ナイフで受け止めるが、がら空きになった腹部に久野市さんの蹴りが打ち込まれた。
「かっ……!」
「ふん!」
そのまま足を振り抜き、美愛さんは壁に激突する。衝撃が、彼女の全身を襲う。
しかし、そのまま地面に倒れるではなく踏ん張ることで、なんとか立っていた。
「はぁ、はぁ……く!」
「ぁ……!」
直後美愛さんは、手に持っていたナイフを投げた。……俺に向かって。
狙いは正確で、ナイフの切っ先は俺の額目掛けて飛んできて……
「……ふっ」
……久野市さんの刃に、弾き飛ばされた。
「ちっ」
「私を無視して、直接主様を……ますます許せませんね。
なにより、主様の命を狙ったんです……それなりの覚悟は、できているんですよね?」
俺を守るように立つ久野市さんの背中は、とても頼もしく……同時に、恐ろしく見えた。
俺からは見えない久野市さんの顔を、正面から見ている美愛さんは冷や汗を流している。
よほど、恐ろしい表情をしているのだろう。
「くっ……まさか、そんな護衛までいるなんて。ってことはホントに、あんたを殺せば莫大な金が……」
「!」
取り出したナイフを構えながら、美愛さんが言う。どうして、美愛さんがそのことを知っているんだ?
じいちゃんが亡くなり、俺には莫大な遺産が残された。それを狙って、俺は命を狙われるようになった。
なったとはいっても、実際に狙われたのは火車さんにだけだ。そして今、二人目。
火車さんは、殺しの家に生まれたと言っていた。だから、俺に関する情報も手に入れることはできただろう。
だけど、普通の家に生まれたはずの美愛さんが、どうしてそんなことを知っているんだ?
「退けよ」
「退くわけがない。あなたこそ去るなら、今なら命だけは助けてあげますよ」
そういえば、ルアが言っていた。美愛さんは最近、俺の話にやたらと食いついてくると。
もしかして、ルアから俺の情報を引き出そうとしていた? ルアと一緒に帰るようになったのも、俺の友達だから?
ルアは俺の事情は知らない。だから、ルアから情報が漏れることはない。それでも、なにかしらの確証を得たから俺の命を狙ったのだろう。
俺目当てでルアに近づいたなら、美愛さんは以前から俺のことを狙っていたということになる。
「ほざけ! 私には金が、必要なんだ!」
初めて会った時の無表情な顔……あれはなんだったのかというほどの感情を乗せ、美愛さんは走り出す。
久野市さんに向かってナイフを振り上げるが、そんな単調な動きが久野市さんに通用するはずもない
体を少し横にずらすだけで、振り下ろされたナイフを避け……避けられたことでバランスを崩した美愛さんの腕を、久野市さんは切りつける。
「っ、う、ぁああぁあ!?」
「はぁ……」
軽く振るった刃は、美愛さんの腕に切り傷を刻んだ。
流れる血に、うろたえる美愛さん……それを見て久野市さんは、小さくため息を漏らしていた。
痛みに耐えきれなかったのか、美愛さんはナイフを落とす。それを見て、久野市さんは美愛さんの頰を叩いた。
「ぁぐっ……」
「主様の命を狙うから、今度はどんな殺し屋かと思えば……なんてことはない、ただの人間ですか」
さらに、二回三回と、往復してビンタを繰り出す。
たったそれだけでも、よほどの力だったのか頬は腫れ上がり、最後に久野市に額を押されてその場に尻餅をついた。
その首筋に、久野市さんは長剣の切っ先を向けた。
「久野市さん!」
「主様、この女どうしましょう。殺しますか?」
「いや、それは……」
久野市さんの容赦のない言葉に、俺はとっさに返事ができなかった。
「こいつは、主様を殺そうとしました。なら、自分も殺される覚悟はあるはずです」
「っ、わ、私が悪かったよ! もうあいつを狙うのはやめる! だ、だから殺さないでくれ!」
状況が、自分にとって最悪なのを確認したからか、美愛さんは自ら降参した。
金が必要だと言っていたが、自分の命とはさすがに変えられないらしい。
……だけど。
「なにを言っている? お金欲しさで、そんな身勝手なだけの理由で誰かを殺そうとした……そんなことをしておいて、謝って許されると思っているの?」
久野市さんが言っていたように、彼女は火車さんのような殺し屋ではない。それでも。
自分の目的のために俺を狙ったことに、間違いはない。そしてそれを、久野市さんは許さないだろう。
刃が、わずかに前進し……美愛さんの喉元へ、触れた。
「ひっ……」
「お前の首を取っても、なんの価値もない。けれど……主様を狙った罪は、万死に値する」
それは、紛れもない殺意……あと少しでも久野市さんを挑発すれば、すぐに美愛さんの首を刃が貫くだろう。
相手は、間接的な知り合いとはいえ……俺にとって、関わりの薄い人だ。火車さんのように仲良くしていたクラスメイトでもないし、学年も違う。
俺だって、自分の命を狙われたんだ。思い出しただけで、腸が煮えくり返りそうだ。
……それでも。
「待って、久野市さん」
俺は……久野市さんが誰かを殺すところなんて、見たくはない。
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