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転生魔王は友達を作る

楽しかった時間

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「今日は、ありがとうございました!」

「いや、こちらこそ」

 日が傾いてきたところで、解散の運びとなった。
 あまり遅くまで、連れ回すわけにも、いかないからな。

 今日も家まで送るため、さなの家の近くまで来ていたところだ。
 いつもの制服ではなく、私服で送り届けるというのは、なんだか新鮮だ。

 さなはお礼を言うが、俺も楽しかった。
 こうして、好きな人と同じものを見て、同じものを食べて、同じものを買って……

 以前までの俺なら、考えられなかったことだな。

「俺も今日は、楽しかったからな」

「その……そのこともなんですけど。
 わ、私なんかを、好きになってくれてと言いますか」

「ん?」

 なんだか不思議なことを言うものだな。
 さなは、続ける。

「誰かに告白されるなんて、その……これまで、なかったので」

「それは周りの見る目がないだけだな」

「はぅ!」

 さなは、女子校育ちだから、出会いがなかったと言えばそれまでだろう。
 もちろん、町中ならナンパの恐れもあるが……

 それは、あいがほとんどなんとかしていたんじゃないか、とも思う。

「こほん。え、えっとそれで……私なりに、告白の返事を考えたんですが……その……」

「ふむ……」

 妙に、もじもじしているさな。かわいい。
 顔を赤らめているし、恥ずかしがっているのか。

 告白の返事を考えた……か。
 即座にオーケーと言わないあたり、まだはいと答えるには足りないか。
 かといって、さなの様子から、ごめんなさいとも違った雰囲気を感じる。

 と、いうことは……

「言ったろう、焦らなくてもいい。
 ゆっくり考えてくれればいいさ」

「……す、すみません」

 まだ、答えを出しあぐねている。
 こういうことだ。

 別に俺は返事を急いではいない。
 しかし、さなはさなで気にしているようだ。

「待たせて、しまって……自分でも、何様だって思ってるんです。
 でも、告白なんて初めてだから……どうすれば、いいのかと」

 多分、俺はさなに嫌われてはいない。
 今日一日行動を共にしていて、わかった。

 さなとは出会ったばかりだが、それが作り笑いか見極めることくらいはできる。
 さなは今日、笑顔をたくさん浮かべていた。
 それは、おそらく本心からのものだ。

 本心からの笑顔を浮かべてくれている。それだけで、俺との時間が楽しかったのだと伝わる。
 人が作り笑いを続けるには、限界があるのだから。

「俺としてはむしろ、それだけ真剣に考えてくれているのだと、もっと好感が上がっているぞ」

「そ、そうなんですか?」

「あぁ」

 中には、その場で即座に告白を受け入れる者や、拒否する者もいるだろう。
 だがさなは、そのどちらでもない。
 時間をかけて、じっくりと考えてくれている。

 それはつまり、俺のことをそれだけ、真剣に考えてくれていることに他ならない。
 その事実が、俺は嬉しいのだ。

「だからさなは、気にせずにいてくれればいい。
 まあ、さすがに一年も待たされるのはつらいがな」

「そ、そこまで待たせるつもりは、ありませんよっ」

 頬を膨らませるさなの姿に、その場の空気が少し和らぐ。

 俺は告白をしたこともなければ、されたこともないが……
 もし逆の立場、俺がさなに告白されたとして……果たして、自分ならどんな行動をとるだろうか。

「ここまででいいですよ。後はすぐそこなので」

「む、そうか?」

 話し込んでいるうちに、とある公園の近くまで着き……さなは、言う。
 やはり、楽しい時間はあっという間だな……
 この時間が、もっと続けばいいのに。

 さなもそう思ってくれていたら、嬉しいのだが。

「じゃあ、俺はここで失礼する。
 また、学校でな」

「は、はいっ」

 惜しいが、もう立ち話をする理由もない。話も一段落したしな。
 俺はさなに背を向け、歩き出す。

「あ、あの、光矢くん!」

「!」

「今日は、楽しかったです!」

 振り向き、見たさなの顔は……これまでに見たどの笑顔よりも、輝いて見えた。
 寸勘、心臓の高鳴りを感じた。

 あぁ、やっぱりこの気持ちが……

「あぁ」

 軽く手を上げて、応える。
 今度こそ、俺はさなに背を向けて、その場を去る。

 もう見慣れ始めた景色が、やけに新鮮に見えた。

「さて……」

 もうさなの家も見えなくなったところで、俺は足を止める。
 そして、後ろに振り向いて誰もいない場所に向けて……

「そろそろ、出てきたらどうだ?」

 声を、かけた。

 それから暫しの沈黙……
 しかし、やがて電柱の影から、出てくる影があった。

 それは男女のもの……それも、俺がよく知っている二人の、ものだ。

「なにをしてる……あい、鍵沼」

「……」

「あっはは……」

 そこにいたのは、あいと鍵沼……二人共私服ではあるが、どう考えても二人で出掛け、たまたま俺に見つかった感じではない。
 そもそも、隠れていた時点で……なにをしていたかは、想像がつくが。

「俺たちを、尾行していたのか?」

 二人は、肩を震わせる。
 この二人の性格からして……示し合わせて、尾行してきたわけではない。
 おそらくは、二人が別々に尾行していて、後にたまたま合流してた。

 その後、行動を共にしていた、といったところか。

「えっと……ど、どこから?」

「昼食時に確信した。それまで妙な視線は感じていたが……」

 しかし、どこから……か。
 その言い方だと、もっと前から……まさか、最初から、見ていたのか?

「あはは……ま、まあ、そんな怒んなって。な?」

 別に怒ってはいない。
 だが、肩に手を回してきた鍵沼の頬は、とりあえず叩いておいた。
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