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第二章 異世界っぽい世界で学校生活
第57話 頼もしい幼馴染み
しおりを挟む「おいおいおいおいおいやばいやばいやばいやばいやばい死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」
必死の形相で、迫り来る触手から逃げる達志。捕まれば、絡まれて動きを拘束される……
いやそれどころか、粉々に握り潰されてしまうのは明白だ。
なぜなら触手は、壁や岩や地面に、ことごとく穴を開けているのだから。
「それであんな自在に動くとか、反則だろ! 硬いなら硬いなりの動きをしやがれってんだ!」
「そんな嘆いてても、事態は好転しねえぜタツ」
触手の脅威に対する愚痴。それに応えるのは、頭上に乗るスライム、ヘラクレスだ。
すっかりそこが定着位置になってしまったのか、さっきから乗っかったままだ。
「ほら、すぐ後ろに来てる!」
「わかってるよ! 上に乗ってる誰かさんのせいで、すこーしだけ速度が落ちるんだよ!」
これでも達志は必死だ。いかにすんごく軽いとはいえ、まったく重みを感じないわけではないのだ。
人任せでなく自分で動いてくれ……そんな意味を込めて、ヘラクレスに叫ぶ。
「オイラ自ら走れって? できなくはねえけど……いいの?」
「なんで!」
「だってほら、オイラがどうやって腕を生やしてるか思い出してみ?
自分で走るってなったら、それの足バージョンってことだから。それでもいいなら走るぜ」
スライムだから飛び跳ねて……ではなく、単純に走る、という言い方だ。
これまでのヘラクレスの移動方法は、飛び跳ねて、というものだった。しかし、それは普通の移動方法。
人が走る、というように、速度を出すことを目的としていない。歩く、というものだ。
しかし、スライムでも走ることはできる。ならば、その方法はどのようなものか?
それは、腕を生やすのと同じ原理……その足バージョンだと言う。要は、足を生やして走る、ということなのだ。
……最初、というか今もではあるが、腕が生えているのを見た時は、たいそう驚いた。だって、スライムの体から、腕が生えているのだ。
軽いホラーだ。
それの、足バージョン。スライムの体から足が生えて、その上走っているという、ある意味グロテスクな光景を想像してしまう。
……キモいな、うん。
「俺の肉体面の疲労が多少解消される代わりに精神面にものすごい負荷がかかりそうなのでこのままでお願いします!」
「ん、わかったぜ。いやあ、去年の体育祭、オイラが走った時に、悲鳴やらなんやらが上がった時には、さすがにくるものがあったぜ」
「なんかすんませんでしたあ!」
走らないで一安心……とは違うが、心なしか胸を撫で下したように感じた。胸があるのかもわからないが。
どうやらヘラクレスは以前、全生徒や教師の前で走ったことがあるらしい。足を生やして。
その時の光景を達志は知らないが、もしその時のヘラクレスの姿が達志の想像するものなら……
なるほど確かに、ヘラクレスには悪いが、周りの反応は納得だ。
嫌な記憶……というわけではないのだろうが、それでも、ヘラクレスにとっては苦い思い出なのだろう、多分。
よって結論は、現状維持のまま逃げ続けることとなった。
「それにしてもあのトサカゴリラ、口癖がヒャッハーで触手属性とか、あいつも過剰設定過ぎだろ!」
振り向き、トサカゴリラを睨みつける。背中から、十を超える触手を出し、それを暴れさせている。
その光景は、端的に言って……
「キモい! なんだよあれ、魔法ってかなんの生物だよ! もっと手から出すとかこう、ビジュアル的なこと考えてくれよ!」
背中から触手を伸ばすという、見た目的にあまりよろしくない光景。
魔法なんて万能なものなのだから、あんな変な触手の出し方をしなくても、と思う。
それとも、本人の趣味だろうか。趣味が悪い。
「いやあ、しかしトサカゴリラってよく言ったもんだなタツ。今やゴリラからトサカに加えて触手まで生えてるけど」
「それ俺もすごく思ったけど今言ってる場合かぁあ!」
とにかく逃げる、逃げる、逃げる。
とはいえ、十年の眠りから目覚めたばかりの達志の体力が、そう続くわけもない。
いくら日常生活にさほど支障がないほどに回復したとはいえ、走り続けていれば、体力が常人よりも減るのは、圧倒的に早い。
それでもこうも走り続けられているのは、命の危機に瀕しているからだろうか。
「はぁ、はぁ……そ、そうだ……ヘラ、魔法でどうにかなんない?」
頭上のスライムに、問い掛ける。
まだ見たことはまだないが、彼に魔法の属性を聞いた時、見た目通りの属性を使えると言っていた。
使える魔法はというと、土属性。見た目とは程遠い属性とは思うが、そんなことはどうでもいい。
魔法は使えるのだ。
「さすがにこの数はなぁ……それに、あの触手はあくまで水だから、オイラの魔法とは相性悪そうだし」
暴走族に追いつかれそうなところを、ヘラクレスが出現させた魔法、岩の壁で妨害する。
地面から盛り上がったそれは、達志と暴走族との間を、見事に分断する。
少しだけ足を止め、息を整える。額から流れる汗の量がヤバい。気を抜いたら、ぶっ倒れてしまいそうだ。
「たっ……勇界くん、大丈夫!?」
そんな達也の耳に届くのは、達也を心配する、聞き慣れた声。
またも人前で『たっくん』と呼びそうになりながら、なんとか呼び方を直した由香だ。
「やっほー、ゆかりん」
「もー、先生と呼びなさい。
……すごい汗、息も上がってる。ちょっとじっとしててね。」
生徒からとてもフレンドリーな呼び方をされ、由香は少し怒る。しかしすぐに、視線は達志へ。
まさかこんな情けない姿を見られるとは……達志は、猛とさよなの前では醜態を晒したが、由香の前ではまだちゃんとしていた。
それを、こんな形で見られることになるとは。
不甲斐なさを感じている達志、しかしそんな彼を樹にすることなく、由香は達志の額へと、手をかざす。
手のひらから、あたたかな光が、漏れ出す。
「これ……」
この、包みこんでくれるようなあたたかさ……達志には、覚えがあった。
荒くなっていた息が、落ち着いてくる。疲労が、軽くなってくる。
これは……達志が、この十年ずっとかけられていた魔法。回復魔法だ、
「まさか、この魔法……なんで……」
「ゆかりんは、回復の魔法を使えるのさ」
驚く達志に、短くも的確な言葉が返される。
それは、由香が魔法を。しかも、回復の魔法を使えるという確定情報。
元々この世界の人間も、異世界の人間と過ごすことで魔法を使えるようになる可能性はある……とは、病院で聞いた話だ。
まさか、こうして目の前で見ることになるとは。それも、幼馴染みが使えるようになっていたとは、思わなかったが。
「へぇ……由香らしいな」
小さく、つぶやく。それでも。
火や水、土に風……光と闇と、様々な属性の魔法がある。その中で、どの属性にも属さないという、回復魔法。
それは、いかにも由香らしいと思えた。傷つける力ではなく、癒しを与える力。
その姿は、とてもさっきまで、涙目でバットを振り回していた人物と、同一人物とは思えない。
とても一生懸命で、心強くさえ思える。
……ちゃんと、先生をやっているではないか。
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