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最終話 戻ってきたこの世界で

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 …………島での出来事が終わり、昇は元いた生活へと戻ってきていた。島にいたのは、一日と経っていない。だが、とても濃い時間だった。
 デスゲームが終了し、昇のスマホが光を放った。それからの出来事は、よく覚えていない。

 届いたメール……サバイバルを勝ち抜いた昇は、現在所持している賞金を手に、元の世界に帰ることができるという旨の内容。
 それを確認し、冷たくなっていくレイナの体を抱きしめる中で……昇自身も、光に包まれた。

 その場所は島だ。船か、ヘリでも飛んでくるのかと当初は思っていた……しかし、光に包まれた瞬間、急激な眠気が昇を襲い、その場に眠ってしまった。

「……ぁ……」

 そして目が覚めたときには、自分の部屋にいた。見慣れた天井、いつも寝ているベッド、生活していた空間……紛れもなく、自分の部屋だ。
 周囲を見回しても、屋外ですらない。完全に、元の……あの島で目覚める、直前に見た景色だ。

 そして戻ってきたのは、以前までの、生活。……あの出来事が、夢だったのではないかと、思えるほどに平和な日々。

「……はは、あれが夢?」

 しかし、あれが全部幻であるはずがない。全部、覚えている。なにもかも。
 死への恐怖も、誰かを殺した感触も……この手で抱きしめた、ぬくもりも。覚えているし、忘れることなんてできない。

 不思議だったのが、昇がいなくなってから再び戻ってきたまでの時間、この世界ではあの島で過ごしたのと同じ時間が経っていなかったことだ。
 向こうで、どのくらい過ごしたのか正確に数えていたわけではない。だが、少なくとも朝から夜までの時間はあの島でデスゲームを繰り広げた。
 長いようで短かった、惨劇。

 しかし、戻ってきたこの世界では、一日と経過していない。夜に眠りにつき、次の日の朝に目覚めた……日付を確認してみたら、あの島で過ごした時間が丸ごとなかったことになっている。
 デスゲームに参加させられる前の日、夜に就寝した。そして目覚めたのは朝で、あの島で夜まで過ごし……デスゲームが終了した後、眠りについた。
 そして目覚めたら、朝だ。つまり、デスゲームの時間を含めれば、日付は一日先に行っていないといけないのに……日付は、ズレていなかった。

 それもまた、夢だったのではなかったのかと思わせる要因の一つだ。
 デスゲームに参加していた時間が、なかったことになっている。

「なんで、だ……」

 昇を含め、三十一人があのデスゲームに参加させられた。そして、生き残ったのは昇一人。
 つまり、残り三十人が、行方不明となっているはずだ。近いうち、ニュースで取り上げられるかもしれない……

 そう思って生活して、早くも一ヶ月が過ぎた。その間、行方不明者として報道されたデスゲーム参加者は、一人もいない。
 もちろん、昇はデスゲームプレイヤー全員の顔を知っているわけではない。なので、昇の知らないプレイヤーが報道されていたかもしれない。

 だとしても……今や人気絶頂期であるはずの、如月 レイナが行方不明になったというニュースすら、流れない。
 誰もが知っている人物、高校生アイドルのレイナ。なのに、彼女が行方不明になったと、ニュースでは報じていないのだ。

 もしかしたら、彼女は生きているのではないか。そう思うこともあった。
 確かに、デスゲームの最後、彼女は銃弾に倒れた……だが、あの世界では死んでも、ゲームがクリアされれば死んだ者も生き返り、元の世界に戻れるのではないか。文字通りゲームだと、そんなことも思った。
 あの島で、ありえない現象に巻き込まれたのだ。ありえない奇跡が起こっていても、不思議ではない。

 ……だとしても、彼女の姿は、あの日以来ぱたりとテレビから姿を消した。それは確かで、その原因は確かめようもない。
 それに……

「……マジで、入ってる」

 この世界に戻った後、昇は自らの口座を調べた。
 すると、本当に振り込まれていたのだ……三十一億円が。正確には、それよりも各プレイヤーがアイテムボックスで使用した分など、減ってはいたが。
 なんにせよ、莫大な金であることに違いはない。

 しかし、その金には手を付けなかった。
 もしもそれに手を出してしまえば、もう本当に、戻ってこれない気がしたから。

 昇は一時、警察に相談することも考えた。自分たちはデスゲームに巻き込まれ、とある島で殺し合いを強制されていたのだと。
 しかし、証拠はなにもない。ゲーム中に届いていたメール、デスゲームに関する画面などはすべて、この世界に戻ってきたあと消えていた。
 それに、どうして自分たちがデスゲームに巻き込まれたのかすら、本当のところはわかっていない。信じてもらえなければ、相談する意味もない。

「結局、デスゲームに参加させられた理由は、わかってない……いくら検索しても、デスゲームに関することは出てこなかったし。
 ま、なんか出てきても今さら調べる気もないけど」

 昇は、まるで死んだように生きていた。あの島で生死の境をさまよい……達観したと言えば聞こえはいいが、そんないいものではない。
 なにに対しても、感情を動かされなくなってしまった。それは、デスゲームでの出来事が昇の心を殺したのか……あのときの刺激に値するものを、求めているのか。

 大学にも通い、日々を過ごして、また一ヶ月が経った。やはり、行方不明者の報道はない。
 それは、デスゲームに参加させられた人物は、まるで初めからこの世界に存在していなかったのではないか……そう、思わせられてしまうほどに不気味で。

 大学に行って食って寝てまた大学に行って……そんな日々を、過ごしていた昇は、しかしそれが日常へとなりつつある中で少しずつ、事態を受け入れはじめていた。
 ようやく、日常をやり直せると……そう感じ始めた、矢先だった。

「……ふぁ……」

 夜遅くまで、バイトをする。なにかに打ち込んでいるときだけは、煩わしいことを忘れることができた。
 こんなこと、誰にも相談できない。話しても、頭のおかしいやつだと思われるだけだ。

 一人で溜め込むしかない。それを発散するように、昇はなにかに打ち込んで……この日も、どっと疲れて、眠りについた。

「……ん……」

 昇は、目覚める。昨晩は、大学から帰って、バイトをして……夜勤から帰ってきて、そのまま眠ってしまったのだ。覚えている。
 そして、今目覚めて……視界に移る眩しい太陽に、目を細めた。

 背中が変だ。いや、背中だけではない……昇は起き上がり、周囲を見回す。快晴の空、広く青い海、自分が寝ていた砂浜……それに、近くにはクーラーボックスのようなものがある。
 ここは部屋の中ではなく、明らかに外だ。しかも、明らかに都会ではない。

「……ま、さか……」

 瞬間、昇の脳裏によみがえるのはあの忌まわしい記憶で……同時に、スマホの着信音が、鳴り響く。
 肩を震わせ、それでもスマホを取り出し、届いたメッセージを見た。


『おめでとうございます。あなたは異世界への招待券を獲得しました。
 これから皆さんには、サバイバル……すなわちデスゲームをしてもらいます。生き残った一人だけが、元の世界、つまり今いる現実世界に帰ってくることができます。
 さらに今回のゲームでは、一人頭一億円の賞金がかかっています。一人殺せば、殺した者が殺した者の一億円を獲得できるシステムです。もう一人殺せばさらに一億円。このシステムは、直接殺していないプレイヤーの賞金も、ゲームの展開により変動します。
 つまり、すでに二億所持しているプレイヤーを殺した場合。殺したプレイヤーには、殺されたプレイヤー一億分プラスそのプレイヤーが所持していた二億、計三億円を獲得することになります。
 このサバイバルに参加しているのは三十一名。最終的に自分以外のプレイヤーを全て殺し、勝ち残ったプレイヤーは、その手に三十億の賞金と、自由を手に元の世界に帰ることができるのです。
 それではみなさん、輝かしい未来のために、見事デスゲームを勝ち抜いてください』


 スマホの画面には、もはや嫌というほどに見慣れた、そしてもう二度と見たくないと願っていた文字が映っていて。
 夢か、幻か……あれから二ヶ月経っても忘れられない、愚かな自分が見せた幻想だと。そう思わせてくれと、昇は願ったが……

 あのときと、同じ島で……これが現実であることを、頭は理解していた。

「はは、おい……ふざけろよ……!」

 また……巻き込まれてしまった。
 理由もわからず、ただ一人の生き残りを賭けたサバイバル……デスゲームに。

 あのときと、おそらくはまったく同じ文面。あれから、たった二ヶ月しか経っていないのに……どうして、こんなことになってしまったのだろうか。
 ここは、あのときと同じ島なのだろうか。ならば、島には死体が残されたままになっているはず……それとも、訳の分からない力で、なくなってしまったのだろうか。

「っ……くそ!」

 スマホを強く握りしめる……まるで、自分の運命を弄ぶかのように、嘲笑っているであろう者たちに、強い怒りを露わにして。
 またも、昇はデスゲームに、参加させられてしまった……それは、変えようもない現実で。

 その上、スマホの画面に表示されていたのは……

【平井 昇:所持金二十五億円】

「……は?」

 目を疑いたくなる、光景で……
 前回手にした、賞金が……そのまま、表示されていた……


 ……デスゲームは、終わらない。
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