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第3章 『竜王』への道
助けるか見殺しにするか
しおりを挟むクルドがアンジーを降ろしてから、再び歩みを進めていた。しかし、先ほどと違うのは、アンジーの機嫌が悪くなってしまったことだ。
「あ、アンジー?」
「なんですか? ヤーク様」
と、こういったやり取りはなんの変わりもないのだが……クルドにだけ、目も会わせようとしない。俺には普通に話してくれる分、クルドにだけ怒っているというのがよくわかる。
「さっきからどうしたんだ、機嫌が悪いぞ?」
「別に悪くありません! 子供扱いされたことが不服なだけです!」
「悪いじゃん」
当のクルドも、アンジーの機嫌が悪いことに気づいてはいるようだ。その理由が、先ほどの高い高いにあることは明らかだ。
それを受けて、クルドは……
「扱いもなにも、我にとっては子供であることに変わりないのだが」
とのこと。確かに、竜の寿命がどれほどかはわからないとはいえ、ジャネビアさんと顔見知りな時点でアンジーよりも遥かに年上なのは間違いない。
だから、クルドにとってアンジーは子供なのだろうが……
「っ……だ、だとしても、恥ずかしいんです! それに、ヤーク様の見ているところで……」
「お、俺は気にしてないからさアンジー」
「私が気にするんです!」
乙女心は難しい。いや、乙女心とは関係ないか。
そんな感じで、高い高いされたアンジーはご機嫌斜めなのだ。
「ねーねー、クルドの家はまだなの?」
「あぁ、もう少しだ」
この場にいて、まったく態度が変わらないのがヤネッサだ。アンジーが高い高いされていたときうらやましそうにしていたが、それと最初にクルドに警戒していたのを除けば、変わりないように見える。
初対面のイメージが、容赦のない狩人って感じだったが……その実態は、少し子供っぽい。俺がよく話したエルフの中で、一番年下だろう。
まあ、よく話したエルフがエーネ、アンジー、ジャネビアさんしかいないんだがな。エルフは見た目と中身が同じではないとはいえ、ジャネビアさんはわかりやすいし、アンジーもお姉ちゃん呼びだ。エーネと比べると、エーネの方が大人っぽい雰囲気を感じる。
「ヤーク、疲れてない?」
「だ、大丈夫だよ」
度々、こうして気遣ってくれるのはお姉さんぶりたいからだろうか。とても、初対面で殺そうとしてきたのと同一人物とは思えない。親密になったという証だろうか? ルオールの森林にいた頃は、なんだか敵意見せられていた気もするけど。
旅の中で、信頼関係でも築けたのだろうか。あまり旅という旅してないけど。
「着いたぞ、ここだ」
「おぉ」
たどり着いたのは、クルドの家。それは見上げるほどに大きく、王都にあればまず間違いなく豪邸と言えるほどの大きさだ。自作なだけあって、やはり手作り感は否めないが。
というか、なんで俺たちはクルドの家に案内されているんだっけ。『竜王』の話を聞くなら、立ち話でもよかったんだが。
『せっかくの客人だ、ウチでもてなそう』
そうだ、もてなしをするつもりなんだった。正直、時間がないからさっさと用件を済ませたいところではあるが……
「わぁ、ここが竜族の家!」
と、目を輝かせているのがひとり。そもそもヤネッサが着いてきたのは、においを追って見つけるという話だったが、結果論とはいえ竜族の暮らす街に来てしまった今となっては……役に立つ姿が想像できない。
まあ、せっかく案内してくれたんだし……落ち着いて話をできた方が、いいか。
「それで、『竜王』と呼ばれる者についてだが……」
「ごく……」
家の中に招かれ、おっきなソファーに座りお茶を出され、正面にクルドが座る。そしてクルドの口から、ついに『竜王』についての話が。
それを、真剣に聞く。
「『竜王』……その名の通り、我ら竜族を統べる存在のことだ。とはいえ、ヤークたちの話を聞く限り、『竜王』はおろか竜族の存在さえも人間社会には認知されていないらしいな」
「うん……何年も生きてきたけど、竜族がいるなんて知らなかった」
「? おかしな言い方をするな。お前はまだ8つだろう?」
「! あ、はは、言葉のあやですよ」
あっぶねー、普通に転生前の記憶も含めて話していた。クルドだけならともかく、ここにはアンジーもいるし、発言には気を付けないと。
「私も、竜族がいるなんて初めて知りました」
「わたしもー」
「認知度の問題……それほどまでに、竜族とその他の種族との関わり合いは現在途絶えている。だから、『竜王』の血があらゆる病怪我に効くのか、自信を持って答えることは出来ん。なんせ、竜族は病に侵されることも、怪我をすることもないからな。我らには、自然治癒の力がある……わざわざ『竜王』の血を使う必要もないということだ」
「それじゃあ……」
「だが、その問題はすでに解決している。アンジー、お前の祖父ジャネビアが体験しているからな。ジャネビアがここへ訪れた時、ここに来れたのが不思議なほどの熱に浮かされていた。だが、『竜王』の血を飲むことでみるみる回復した」
クルドも、実際にジャネビアさんが病を治すところを見ていたのか……エルフであるジャネビアさんでも治せない病、それを治したとなれば、その力は本物だ。
「だが、その力が本当にあらゆる病に通用するのかは、保証出来ん」
「それはジャネビアさんにも言われた。たまたまジャネビアさんの病に聞くだけのものだったのかもしれないから、過度な期待はしないようにと」
「そういうことだ。しかも、『呪病』というのは名前はお前たちが名付けたのだろうが、ある一定の歳の子供に発病し命を奪う病など、聞いたこともない。それに効くかどうかだ」
万能薬、という表現が正しいかはわからないが、そうでなければ正直困る。だが、『呪病』の症状はジャネビアさんと同じくらい生きているらしいクルドでもわからないらしい。
そのような未知の病に、『竜王』の血でも効くのかどうか、という問題。
「『竜王』の血が通用するかしないか、これは悪いが一種の賭けだ。だが、問題は他にもある」
「他の、問題」
「簡単なことだ。ヤーク、お前はひとりの少女を救いたいのだったな。仮に『竜王』の血が作用し、その者の命が助かったとしよう。だがお前は言ったな、『呪病』は流行り病、他にも病に苦しんでいる子供がいると。お前はひとりの少女を救えたとして、他の者は救わないつもりか?」
「! そ、れは……」
クルドの指摘……それを受けて俺は、思わず胸を押さえた。考えたことがなかった、からではない。痛いところを突かれたと思ったからだ。
俺は、ノアリを救いたい。そのためにここまで来た。だが、ノアリを救えたとして、『呪病』に苦しんでいる他の子はどうするんだ?
ノアリが『呪病』で苦しんでいるのは内密の話で、ノアリがこれまで外に顔を出さなかったのは単に体調が悪かったから。こっそりノアリの『呪病』を治して、他の子は見て見ぬふり……というのはおそらくできない。ノアリのカタピル家は、貴族の中でも結構大きな地位にある。
その令嬢が、顔も出さなくなったとあっては単に風邪なんかでごまかせないだろう。ノアリの両親はいい人だし、正直に症状を打ち明けているかも。王族さえも苦しんでいる『呪病』に苦しんでいると、周囲が知っていてもおかしくはない。
そもそも、母上以外にも医学に精通した医者を呼んだという話だ。ノアリが『呪病』にかかっているというのは、すでに何人かに漏れている。隠し通すのは、無理だ。
「ひとりの少女を助け、見殺しにするか?」
「! ちょっと、見殺しなんて……」
「あぁ、ただヤークは、『呪病』を治す方法を手に入れただけ。だが、その方法を持ちながらひとりしか救わなかった……実際になにかするわけではない、いやしなかったからこそ、その事実に押しつぶされる質(たち)だよ、この子は」
クルドの、言う通りだ。たとえ『竜王』の血を持ち帰っても、それが『呪病』に効いても、他に苦しんでいる子を見捨てたことに変わりはない。その事実は変わらない。ひとりだけ救うだの見捨てるだの、この考え自体がひどく傲慢だとわかってはいるが……
それでも、死にたくない者を、助けられるかもしれないのに見殺しにするなんて……俺には……
そんな俺の本質を、クルドは見抜いている。
「なら、血をいっぱいちょうだい! それなら……」
「ヤネッサ……それは無理だよ」
「えー、なんで」
「ヤネッサ、あなた何百何千の人を助けるためとはいえひとりの体から血を抜き続けたら、どうなると思う?」
「……死んじゃうね」
「そういうことだ。病も怪我もすぐに治る、竜族の『竜王』だとはいえ……そんなことをすれば、さすがに死ぬ。そして、見ず知らずの人間たちのために我らが同胞を死なせるほど、俺はお前たちに肩入れできない」
お茶を飲みながら語るクルドの言葉は、正論でしかなかった。そもそも、ノアリひとりを助けるためだとしても、見ず知らずの人間のために血を分けてくれなど……虫のいい、話だ。
血のことも、ノアリ以外の子たちをどうするかも、考えなかったわけじゃない。ただ、目的地に着くことをまず考えていた。いざ着いたら、答えが出ない。
「クルドの言うことは、わかるけど……でも……」
「……別に意地悪で言っているわけじゃない。少なくともお前たちのことは好きだ。助けたい少女というのも、大切だというのは伝わる。だがな……皆は助けられん。着いてこい」
お茶を飲み干したクルドが、立ち上がる。俺とアンジーはお茶に手をつけていなかったので、立ち上がる前に渇いた喉を一気に潤した。
クルドに着いていくと、とある一室の前で立ち止まった。それから静かに、というジェスチャーと共に、ゆっくりを扉を開けて……
「……!」
「これが、皆を助けられん理由だ」
息を呑んだ。寝室、だろうか。そこには、大きなベッドがあり……そこに、ひとりの少女が眠っていた。いや、少女と思うほどに小さいが、老婆だ。身体中がか細く、しわが刻まれ血管が浮き出ている。眠っている、のか。
しかし、息を吞んだのはそれだけが理由ではない。左右の腕には点滴だろうか、管から針が刺さっている。弱々しいその姿に、老婆の命が長くないことだけはすぐにわかった。
「我の祖母だ。『竜王』と呼ばれている存在……いや、もうじき呼ばれていたになるか。見ての通りの有様だ」
「……」
「たとえ血を取れても、数人が限度だ。もっとも、万全には程遠い今の姿で、その血に万能の力があるかもわからないだろう?」
そう自虐的に笑うクルドの姿が、嫌に印象的だった。
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